FINAL FANTASY 3【風の呼び声】 -15



  (15)飛び立つ


  「………」

  言葉もなく、全員が脱力した。

  ムーンが息をついて天井を見上げ、ポポはへたへたと床に伏してしまう。
 疲れきって戸惑った五つの顔が、状況を認識する。次第次第に安堵感を映し、
 そして笑顔に変わった。恥ずかしいような嬉しいような、何とも言い難い気分。
 誰からともなく吹き出して、小さな笑い声を洩らす。


  キャンディは冗談めかして言った。

 「…まったく、貴女というひとは無茶をなさる。魔人を目の前に
  お説教を始めたときはハラハラしましたよ」

 「あら」サラはきょとんとしてみせる。「貴方こそ。お互い様でしょ」


 「これは、是非ともお父上にご報告しなくてはいけないかな」

 「まあ!だったら私にも考えがあるわ。…………いいのね?」

 「――っ何がですか!」


  恐らくなかなか見られないであろう やりとりに、三人は目を丸くする。
 やがて、キャンディがぽつりと言った。


 「――やったな」

  五人は煤だらけの顔を笑わせた。
 ――その後。


  城に戻り、儀式用に清められた『聖なる泉』に指輪を浸けると
 呪いは解けた。
 城内は歓声に包まれ、喜びが溢れて、泉のある地下にまで届く。


 「ありがとう、戦士たちよ」――王は玉座で、再びその顔を微笑ませた。
 「再びジンを封印し、サラを助け出してくれたこと、礼を言う。
  そなたらの働き、全て聞かせてもらった」


 「身に余るお言葉、ありがとうございます」

  跪き顔を下にしたまま、四人は笑いをかみ殺した。


  一国の王女が一人であんな処に乗り込んだと知れたら、
 大騒ぎになるだろう。
 彼女は「父王の尊厳にも関わるから」と最もらしく言ったが、
 あれは絶対タテマエだ、と四人は踏んでいる。…しかし、そのようなわけで、
 事態は当初の予定通り、
 「魔人を封印し、姫君を『助け出して』」の凱旋となった。



  王の側に控えた当人は涼しい顔。勿忘草色のドレスを優雅に着こなし、
 洗練された礼を返した。――これが同一人物だろうか、と一瞬
 疑ってしまったほどだ。


  彼女の立場は本来こういうものなのだろう…――不思議な思いに捕らわれ
 ながら、キャンディは城のテラスで外を眺めていた。
 今となっては、一緒に居たことが信じがたい。
 それは、ほんの昨日のことの筈なのに。


 「キャンディ」

  と、本人の声が、そんな思いから彼を引き剥がした。


 「サラ姫」

 「サラでいいって言ってるでしょ!……なに?パーティーはつまらない?」

 「いえ、そんなことはありません。ただ少し、落ち着かなくて…」

 「主役が何を言ってるんだか」

  美しく着飾った王女は、ころころと笑った。
 小さく笑って俯いたキャンディが着ているのも、それ相応の礼服だ。
 やはり王室の宴にはそれなりの格好をせねば、と
 王女自ら見立ててくれた衣装。アリスこそ初めのうちはご満悦だったが、
 改めて四人揃うと「何だか仮装パーティーみたいだね」とみんなして笑った。



 「……。――あの、サラ」

  キャンディが言いにくそうに切り出すと、サラはそれを遮った。


 「分かってる。誰にも言わないわ。交換条件ですものね。……でもいいの?
  貴方が『紅の魔導師』だって知れたら、貴方は英雄よ。
  あの剣だって、決してこれから荷物にはならないはず。
  もう貴方のものだもの、持っていって構わない――」

 「いいんです。言ったでしょう?僕は弱虫なんです。
  英雄なんて言ってもらえるほど、強くも偉くもない」


 「――っだから、卑屈になるのは止しなさいって――」

  苛立ちのあまり激しく上下するサラの言葉を、キャンディは
 やんわりと受けとめた。意味ありげに一つ瞬きをしてみせ、
 「今は。」と付け加える。


 「………何ですって?」


 「正直、怖くなったのも確かです。あいつのように、
  力の解釈や使い方によっては、誰でも道を踏み外す。けれど」

  キャンディは、そっと息をついた。暮れかけた空を映して、
 金の瞳が夕暮れの色に染まる。

 「力は誰もが手に出来るわけじゃないから。手にしたなら、
  せめて――こんな風に、みんなが幸せそうに笑っていられるように、
  …その為に使えたらと思うんだ。
  大それた目標かもしれないけど、僕らの仕事も大それてるから、
  丁度いいでしょう?」


 「まあ」…サラがくすっと笑う。


 「みんなが笑っているのを見ると、安心するんです。とても」


 「そうね」彼女は庭で談笑している人々を見渡した。「…私も」


 「人の道から外れかけたとしても、僕は独りじゃないから。きっと誰かが
  途中で止めてくれるでしょう。ただその時に、誰の言葉も聞こえなく
  ならないように。…――ありがとう」

 「え?」


 「僕は、貴女のようになりたい。見ていて、そう思いました」


  サラは慌てて笑顔をつくった。かっと熱くなる。顔が赤くなっていなければ
 いいけれど。


 「なに、改まって!止めて、そういうのは嫌いよ」

 「お世辞じゃありません」


  分かっているとも。お世辞になど聞こえやしない。だからこそ困るのだ、
 どう応えたら良いのか。


  サラは努めて毅然と、王女らしく、少年を見つめ返した。


 「私こそ。本当にありがとう。皆が元に戻ったのは、あなた方のおかげだわ。
  私一人じゃ、きっとどうにもならなかった」


 「僕らが前に進む力を出せたのは、サラ姫が居たからです。
  …少なくとも、僕はそうでした」


 「それは良かった!褒めても何も出ませんからね」

 「残念」

  何を思ったか、彼は今度は、サラに調子を合わせた。ふふ、と笑う。
 それはあまりにも真っ直ぐで、曇りがなくて、
 サラはまともに目を合わせられなくなってしまった。


  彼女の落ち着かない心中を知りもせず、キャンディは続けた。


  「何が正しいとか、間違ってるとか、とても難しいけど」

  言いながら遠くを見て、またサラを見る。
 踏み出せなかった自分に、道を示してくれたひと。背中を押して、
 大丈夫と微笑んでくれた。

  本当の英雄は僕ではなく。…貴女こそ、あの剣に相応しい。
 この国に無くてはならない、貴い女性――


 「今は駄目でも、いつかきっと『英雄』に相応しい奴になって帰ってきます。
  自分でじゃなくて、誰かがそう思ってくれるような。
  それまで『ワイトスレイヤー』は貴女が持っていてください。
  僕に、自信が―…力を持つことの意味が――分かるまで」


  サラは、ぱっとこちらを振り返り、何かを言いかけ――やがて
 みるみる破顔した。

 「ええ…ええ!もちろんよ!!」

  約束、と小指を出しかけて、やめる。
  キャンディは首を傾げ、無言で彼女に伺った。


 「――…もう暫くは会えないのね。
  私は王女としてお父様の側についていなくてはならない…」

 「……サラ…」


  あのね、と王女は明るい声を出した。

 「ほんとは、ついていきたい。私はずっと、王女でない自分に憧れてたの。
  けど、私の居場所はここなのよね。私の責任も、それから幸せも…たぶん、
  今はここにあるの。だから――貴方たちが帰ってくるのを、
  私はここで待っています。旅が終わったら、必ず、帰ってきてください。
  …会いに来て。約束よ」


  思いもよらず潤んでしまった瞳をごまかそうと、サラは慌てて瞬きをした。


 「……。ええ、必ず。約束します」


  笑顔が見えた。
 出会った当初の大人びた笑みでも、不安を隠す控えめな笑みでもなく。
 恐らくは心からの――むき出しの、少年の笑顔だった。


  ――…「押さないでよっ」
     「馬鹿、頭出すなよ、見つか…」「うわあっ」

  賑やかに、どたどたっ、と近くで人山が崩れた。
 何事か、とキャンディは戸惑い、見つけて吃驚する。

 「あらま」

 「大丈夫か?…どうした?」


 「え、へへ…」

 「ご、ごめんなさい。お邪魔かしら〜とか思って」

  ごまかし笑いをするアリス。


 「いやあ、声掛けづらくって」

  節でも歌うような調子のムーンと、こくんと頷くポポ。


 「それはそれは」サラは楽しそうに笑うのだった。「どう?パーティーは」


 「ありがとう。とっても楽しい」
 
 「こんなの初めて。人がいっぱいでどきどきするよ」


 「美味いもんも沢山食わしてもらったし。…でも、
  この服どうにかならねえ?」


 「あら、やっぱりダメ?」

 「ダメ。どーーも首の辺がムズムズしちゃってさ。窮屈過ぎる!
  みんな、よくこんなの着てられんな」


 「確かに窮屈ね」

  サラが笑って頷く。昔は心底、そう思ったものだ。


 「でもサラは、それ良く似合ってるぜ。どこぞのお姫様かと」

 「…あんたね」

 「あら、ありがとう」

  サラは目をぱちくりさせて返した。

 真っ直ぐな言葉。本当に仲間として見てくれている――そう思うと、
 今までにない嬉しさが込み上げてくる。


  ムーンは結んだタイをむしり取ると、綺麗に撫でつけてあった髪を
 くしゃくしゃとかき回した。

 「ふう、すっきりした」

 「お行儀悪いったらありゃしない!
  せめて部屋に戻ってからにしなさいよ、もうっ」

  薄地のリボンやサッシュをひょこひょこ、ふわふわさせて、アリスが怒る。
 両者を脇に慌てていたポポが、一番星を見つけて嬉しそうに指さす。
 みんなの視線がそちらを向く。
 眺めていたキャンディの瞳が、ふと弟妹に向き、柔らかく細められる…。

  沸きあがってきた想いに、サラは胸が苦しくなった。


 「勇者デビューは大成功だな!」

 「何、デビューって」

 「あんまり浮かれるなよ?遊びと違うんだから」

 「はいはーい」

 「あんた、分かってないでしょ?」

 「分かってますって。明日からはまた、旅空の下か――」


 「…憶えていてね」

  ぽつりと、サラが言った。
 四人がそれを聞き取って、彼女の方を見る。


 「貴方たちは、広い空へ飛び立つのだということを。
  沢山のものを見聞きできるってことを」

 「………サラ?」


 「きっと飛んでいけるわ。どこまでだって。…だって、貴方たちには
 『風』の呼び声が届くから。それに耳を傾けていれば、きっと――」


  見上げた空は遙かに遠く高く、本当にどこまでも続いていた。



  サラはパーティーの後も遅くまで四人と話し込んだ。
 アリスとは、ベッドに入ってからもお喋りが続いた。――
 ―そう、彼女は遠慮したのだが、サラが「どうしても」と自室に呼んだのだ。

  お互いとても眠れそうになかったが、やがて
 アリスが先に寝息を立て始めた。慣れないことばかりで疲れたのだろう。

  口の中で小さく「おやすみ」と呟き、サラもまた瞼を閉じる。
 すぐ隣に親しい誰かが居る。そんな温かい安堵感を、殆ど初めて感じながら、
 サラもいつしか眠りに入った。


  ――そして、翌朝。
  サラは塔の最上階にある自室から、四人の姿を見送った。
 門までは出ない。今度こそ別れづらくなると思ったからだ。


 「お互い頑張ろうぜーっ!」

 「あの、…ありがとうございましたっ」

 「ご馳走さまでした♪ふふっ…またお会いしましょう、『お姉様』」

 「行って参ります……っていうのも変かな」


  四人の目を一人一人見つめ、挨拶をし、言葉を交わして。
 手を振り送り出してから、すぐさま塔を駆け上がったのだった。


  四人は、お土産話を沢山持って帰ると約束してくれた。
 今のサラにはそれで充分、たぶん何よりも嬉しい。
 ――今歩き出した彼らを、引き止めてはいけない。
 どれだけ掛かるか分からないけれど、きっとまた、来てくれる。会える。
 

  そう。約束を、したのだから。
  ……。


 『――ええ』

  ふと、穏やかな声を思い出した。

 『ええ、必ず。約束します』―――


  ほんの少しの間に芽生えてしまったもの。それが何だか
 彼女には分かっていたが、今は言葉にする気になれなかった。

 …告げる必要はない。
 今は他に、やるべきことが沢山あるから。――自分にも、彼にも。


 「……頑張るから」

  窓辺で遠ざかる姿を見送る。
 やがて彼方から飛び立つ飛空艇の影を目で追いながら、サラは呟いた。

 「私も、力に負けないように…」


  ほっそりと長い指が、窓枠に掛かる。ミスリルの指輪が、きらりと光る。


 「…――行ってらっしゃい、私の――」


  最後の言葉を、風が優しく攫っていった。


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