(14)背負うもの
地上に通ずる入口付近こそ天然洞窟のようだったが、
暗闇に巧みに隠れた扉や階段は、明らかに人の手で造られたものだ。
幅もほぼ一定の通路を観察しながら、一行は進む。
「壁が平らだ。やっぱり今来たところが入口だな。
見ろよあれ。ごちゃごちゃとあるぜ、気色悪いもんが」
元は倉庫だったのだろうか。雑然とした中には様々な道具類と、
片隅に標本の棚が埃を被っていた。
実験動物の籠や、乾いた骨、薬品づけにされた 両生類・は虫類たち。
中にはガラス容器が割れて、中身が散乱したまま放置され、
干からびているものもあった。元が何だったのか、想像するのもおぞましい。
更に進むと、辛うじて生活できるかどうかの空間がある。
「こっちは何だか書斎みたい」
幾分片づいているように思えた。
朽ちた机と椅子。巧みに岩壁を刳り貫いた本棚。
隣には薬品棚があって、瓶詰めの中身はやはり古びて判別がつかない。
変色した薬草、濁った液体、正体不明のゲル状のもの。
インク瓶の中身も、固まって変質していた。
ポポが恐る恐る書物を手に取ると、ぼろぼろと崩れてしまった。
「信じられない、本当に生活してた跡があるなんて」
「誰も気づかない訳ね。地震があるまでは完璧な閉鎖空間だったんだわ。
じゃなきゃ、誰かが見つけてるはずだもの」
サラが言った。確かに、人の手で荒らされたような形跡は見当たらない。
ただし、見ての通り、長く放置されていたおかげで物品は傷みが激しい。
時の流れが運んだ荒れ様が、ここには澱んで溜まっていた。
研究室兼書斎と二間続きになっている奥に踏み込むと、突然
天井が高くなった。ここが恐らく最深部、一番広い。
「うわあ、大きい」
他の部屋とは違う。このような造形は、自然の力なくしては
あり得ないだろう。
しかし、こちらにも巧みに人の手が加えられ、部屋として成り立っていた。
「何にも無えなあ。こんなだだっ広いのに」
歩きながら、ムーンは磨り減って消えかけた床の模様に気づく。
いやに凝った装飾だ。
部屋の中心から外に向かって、放射状に続いているかと思えば
規則的な線が渦を巻いていたりする。
「ここが真ん中か?」
何とはなしに立ち尽くす。すると。
「魔法陣だ…!」
ポポの驚く声がした。
いつの間にか隣に立ち、床を調べては、信じられないもののように
何度も見直す。
「誰かが、精霊を呼び出した跡だと思う…。それもこの形だと」
――火の精霊。
ポポは思い当たり、ぞっとした。
その様子から、側に来た仲間たちも大体を悟る。
ポポは我知らず震えていた。
だとしたら本当に、魔人が。
しかも、よりによって炎を従えた魔人だ。
紋様の複雑さを見るに、かなり強い力を持った…。
「これ、融合の呪文、みたい…」
「…。ポポ」サラ姫が側に来て、同じように腰を屈めて言った。
「ねえ、ここを見て。あなたはこういうの、詳しい?ほら…」
彼女は床を指した。
「この円と重なるように、もう一つ別の模様があるの。ここよ」
「ほんとだ…ぴったり重ねて描かれてる」
次いでサラは、自らの手指に輝くミスリルの指輪を見せた。
灯りを頼りに、ポポは目を凝らす。
「似てるでしょう?」
華奢な指輪の細工と、床に重ねられたもう一つの模様。
床に描かれた分はところどころ消えかけ、ひびが入っている部分もあるが…
似ている。多分、同じものだ。
「アリス、どう思う?古代語に見えるんだけど…」
「封印呪かしら。ちょっと違う…?」
頭をつき合わせて相談する魔導師2人を、キャンディは見、
自らも何か分かることはないかと岩室を調べた。…と。
何かが揺らいだ。静寂とゆっくり流れては沈みゆく時間の中、
そんな場所にはそぐわない――何か。
(――居る)
背を冷たいものが走る。全員が、一斉に振り返った。
キャンディが姿を見留めたのと同時に、そいつは言った。
「客か」
心臓が飛び上がる。皆同じに違いない。
足許から忍び上がってこようとする震えを、彼は咄嗟に意思の力で抑えつけた。
「挨拶もなしに入ってくるとは、無礼だな」
「なっ…」
走り出ようとしたムーンを、兄はその背で押し止めた。
文句を言おうとする口を、意を解したサラが片手で塞ぐ。
「他人の家の奥まで、断りなくズカズカと。世も末だな」
ゆら、とそいつは肩を竦めた。…笑ったのだろうか。
「最も、俺には外の変化など、分かるわけもなかったが。なあ」
肩を大きくいからせて数歩、彼は――
おそらく、魔人は――歩き、立ち止まった。
姿がはっきりとは見えない。どこか所在なげで、不安定に思えた。
だが、それが返って恐怖感を煽る。
声は聞くものを圧し、是が非でも相手を従えようとする強引さを含んでいた。
「どうした、口がきけないか」
男の太い声には、明らかに面白がっている響きがあった。
――見透かされている。
ここで引いたら、負ける。それだけは判る。
「我が姿を目にし、畏怖を覚えたか」
男は問うた。間を置いて、ことさらゆっくりと、
こちらの出方を観察するように。
こちらの心の内など、とうに察しているに違いない。
しかし、このまま手玉に取られるわけにはいかなかった。
同じように息を詰めている弟たちの存在に励まされ、
キャンディは一呼吸置き、努めて平静な声で言った。
「ジンというのはお前か」
「いかにも、そうだ。弟子入りなら断るが――そういうわけでもなさそうだな」
「ああ。僕たちはお前を封じにきた。これ以上悪さをしないように」
「それはそれは。――折角だが、睡眠は足りている。
何しろ長いこと眠っていたのでな」
「事と次第によっては、封じない。このまま静かに暮らすと、
約束をしてくれるなら」
「ほう」
魔人は笑った。ゆるゆるとこちらを向く。
でっぷりと太った大男だ。頭髪は残らず剃り上げてあるが、
真っ黒な髭がぼうぼうに伸びて、顔の下半分を覆っている。
貪欲そうな瞳に宿った、強い光。
気圧されまいとして、キャンディは正面から向かい合う。
視線を逸らしたら、負けると思ったから。すると。
「…。お前――」
ジンの目にほんの一瞬、戸惑いの色が浮かんだ。
それもすぐに消えてしまったが。
「お前は、『悪さ』というのか。俺の行いを」
魔人は静かに言った。
声に圧力が増したのを感じる。寒気がした。
「お前がしているのは、ひとに迷惑を掛けることだ。ひとを困らせて、
何が楽しい?力で無理矢理従えて、どうなる。どうするっていうんだ」
「何が悪い。そんなことを言えば
人の歴史の一部分を全て否定することになるぞ。
そこに居る王女様も同じだろうが」
指摘されたサラの全身を、強い震えが走った。
恐怖のためか、怒りのためか、それとも。
「王族なんて最たるものだろうよ。
支配者なんぞ、元を辿れば皆同じ。
他より力を手に入れて蓄えた奴が、それでもって他を抑えつけ、従える。
そういうのの積み重なりで、王族が存在するのさ。違うか、え?王女様」
「………」
「ふざけないで。あんたみたいなのとサラ姫を一緒にするんじゃないわ!」
「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!
悪い奴だから封印されたんだろ!自覚も無えのかよ」
叫んだ二人には目もくれず、ジンは、今度は正面の若い戦士に視線を戻す。
「お前も同じだろう?なあ。
そのちからはどうした。俺にとて分かるぞ。今度は『光』を手にしたと
いうわけか。大きな力だ」
「――」
踏みとどまることしかできなかった。
剣の柄を強く握りしめて、黙り込むことしか。
何かを、言わなければ――そう思うのに。
そんなキャンディに、魔人はふん、と笑った。
「…まあいい。これで分かったろう?交渉は決裂。
悪いが、出来ぬ相談だ。俺は王になる。
誰にも負けぬほどの力を手に入れ、やっと復帰したのだからな。
情けを掛けにきたつもりだろうが、欲しくもないわ。
まさか、またノコノコ同じことを言いに来るとはな。まったく煩いハエだ。
しかも今度は仲間まで余計に連れてきやがる」
「…何を言ってる?」
ぶつぶつと言葉を連ねるジンの、表情が次第に変わってきた。
『炎の魔人』の二つ名が、形になって現れたような気がした。
目つきが変わる。憎悪に縁取られて、激しく燃え始めた。
「その目――忘れようもないさ。稀な色をしているものな。
『光』か…随分と気に入られたものだ。時間にさえ――」
「キャンディ、その人何か変よ、気をつけて!」
「―― ?」
「忘れてしまったか?俺は憶えている。憶えているとも。
この冷めやらぬ憎しみと共にな」
「…聞く耳も無いみたいだぜ、キャンディ」
ムーンが肩を竦める。
魔人は言いながら、一歩、また一歩、距離を詰めてきていた。
「――残念だ」
キャンディは低く、辛うじて呟いた。
しゃん、と剣を抜き放つ。…そうすることで、覚悟を決めた。
「結局最後に勝つのはお前だと?そうはさせん。
俺にとて今は増大した『闇』が更なる力をくれる。
これで今度こそ、お前を倒す!」
太い腕が唸った。振り下ろされようとした刹那、
キャンディは思わず剣を使って受けとめる。硬い音が響いた。
信じられない手応えをおぼえる。
本当に、腕だろうか?驚く間もなく再び攻撃が繰り出される。
今度も受けとめたが、堪えきれずに弾かれる。…そして。
「――!散れ!!」
キャンディは皆に向かって叫んだ。
瞬間、火の玉が飛んでくる!轟く轟音。
直撃は免れたものの、戦士たちは爆風に煽られ壁際まで吹っ飛ばされる。
「キャンディっ!」
「……っ…大丈夫だ」
伏せた姿勢から慌てて起き上がり駆け寄るアリスに、
彼は、ひりつく頬を歪めて笑ってみせた。
――負けられない。あっさりやられてなるものか。
「さて。いつまで強がっていられるかな?」
炎の魔人は勝ち誇った笑みを浮かべ、歩み寄った。
そこへ。
「やめなさい、ジン!!」
凛々しい声が叱りつける。
声の主は、すっくと立ち、高々とミスリルの指輪を
さし上げた――サスーンの王女そのひと。
「これを見ても、まだそんなことが言える?
貴方は、私がこの指輪で封じてみせるわ!」
「サラ姫!」
「おお、やっちまえサラ!」
焦るキャンディ、逸る気持ちを抑えられないムーン。
ポポとアリスには、彼女の指輪から魔力が波紋のように広がり、
魔人に向かって押し寄せるのが感じられた。…が。
――ぴぃん!
「えっ!今のは…嘘!」
「封印が破られた!?そんな…」
「サスーンの姫君よ…。残念だったな。
その指輪、今や呪いを逃れることは出来ても
肝心の封印までは叶わぬようだ。
効かんなあ、『闇』のちからを得たこの俺には!」
「………!!」
彼女の瞳と、魔人の瞳。双方が交わり、かっと見開かれる。
「焼け死ぬがいい!!」
「っ…――」 「「―――!!」」
悲鳴。呼び声。それらは押し寄せる炎に呑み込まれて、
消え――しかし、炎も瞬間、かき消えた。サラに届く寸前で。
「ポポ!」
「……。…っ…。…」
――そう、これはご存知、冷気の魔法だ。
黒魔導師が続けて夢中で放ったもう一発が、怯んだ炎の魔人を直撃した。
「ぐっ――お、おのれ小童(こわっぱ)……!」
「ひゃ!?ご、ごめんなさ〜〜いっ!!」
キャンディとアリスが、揃ってほうっと溜め息を洩らす。
「なに謝ってんだよ…」
ムーンは呆れたが、次の瞬間ぱっと敵の目の前に飛び出した。
「次は俺が相手だ!しのごの言わず掛かってこい!!」
「っあの子――!」
「ふふ、威勢のいい小僧だ」
挨拶代わりに拳を叩き込む。
炎の魔人は、その体格に似合わず俊敏だった。
ムーンの繰り出す一撃一撃を、引きつけておいて寸前でかわす。
連続攻撃が全く入らないのを見て取って、彼は跳びすさり、距離をあけた。
「…っ…。…」
「どうした」
これには答えず、彼は相手を睨みつけた。
――情けない。これしきで息を乱すなんて…。
それにしても、あいつは何だ?
同じように動いているはずなのに、汗をかいてもいなければ
息づかいも変わっていない。
平然と構えてこちらを見下ろす様の、何と腹立たしいことか。
――もっと、相手をしっかり見ないと駄目ってことか。
「無茶苦茶やったって当たるわけないじゃないの、もう!」 と、アリス。
白魔法の光と波が優しく負傷したところを撫でていくと、痛みが消える。
途端に気力まで復活するからありがたい。
元気を取り戻したところで、自分も加勢しなければと立ち上がり、
キャンディは内心首を傾げた。何故?
どう見ても、動きはムーンの方が速い。その彼が、翻弄されている。
あの巨体、動き。力はありそうだが、さほど武術に長けているとも思えない。
ゆらゆらと揺らめいて、まるで――
「―― !」
「ねえキャンディ、もしかして…!」
「ああ、奴は炎の魔人なんだ。身体ごと炎になれてもおかしくない!!」
ぜいぜいと息をするムーンに、余裕綽々で魔人は言った。
「もう終わりか?」
「んなわけ無えだろっ!」
駆け出すムーン。にやりとするジン。
「やめろ!!」
キャンディが叫んだ時には、既に両者がぶつかった後だった。
棍ごと突きだした拳が、魔人の腹を突いた――と、手応えがあっという間に
消え失せる。疑問に思うより先に感覚が察知する、耐え難い熱さ。
「ぅああああああ!!」
反射で引っ込めたものの、炎は逃げることを許さなかった。
ムーンは床を転がった。
無感覚から取って代わって、痛みが覆い被さってきたせいで、
他に何も考えられない。痛い。熱い。手が…腕が!
意識を凝らして目を開ける。とても火傷を確認する気になれないけれど。
そこへ、水が痛む腕を包み、抜けていく感覚があった。
「大丈夫よ」
言いながら、切羽詰まった表情のサラが革水筒の口を開けている。
目を合わせ微笑みかけてくる彼女は、なんて強いんだろう。
上体をぐい、と起こす腕は、キャンディか。
顔は見えないが、「しっかりしろ」と叱咤を受けている気がした。必死だ。
「消し炭になりたいの!?」
白魔法が、重ねて、沈みかけた意識を持ち上げる。
が、炎の魔人は容赦がない。
「纏めて灰にしてくれる!!」
ごう、と火が唸る。一所に固まってしまっては、全員で焼かれるしかない!
「駄目えーっっ!!」
火の勢いに反して、冷気の波が起こる。
小さな身体が懸命に踏ん張って、火を食い止める。
「むんっ」
押して、押されて、炎と氷のぶつかり合いが壁を生んだ。
「お、まえなんかに……お前なんかに…っ」
顔が緊張を最大に表して、青白くなっている。
どうにかして火を防がなければ。ポポの頭はそれだけで一杯になっていた。
「ほら、どうした。その程度では俺まで届かんぞ」
「…っ…――っ」
前へ、後ろへ、反属性の壁が僅かずつ位置を変えては戻る。
ポポの目に、じわ、と涙が浮かんだ。
「「「てやぁあああ!!」」」
響いた声は三人分、自らを奮い立たせるような叫びと、
こんな時でも凛々しく真っ直ぐな声。
冷気の渦が一瞬火を押し切り、消失した。
ぜい、ぜい、と肩を揺すりながら、ポポは、
向かい合う魔人が苦しげに態勢を崩したのを見る。
魔人の向こうで、煤で真っ黒になった一人が倒れる。
抱えた魔人の腹にはくっきりと刃の跡、そして一本の矢。その矢を抜き取り
ながら、魔人は言った。
「小童だと思ったが…なかなかナメた真似をしてくれる」
「…――それはこっちの台詞だ」
白魔法を受けたムーンが、よろよろと上半身を起こす。辛くも言葉を紡いだ。
「黒焦げにされるなんて聞いてねえぞ、てめえ…!」
「我が身に降りかかった災いを、正当な手段で払いのけただけのこと…
自らの力を最大限発揮して、何が悪い?」
「…へっ、それならこっちも同じだぜ……その言葉、
全部纏めて返してやる」
「こら!あんた、もう動いちゃ駄目っ」
怒る妹に答えようとしたムーンはしかし、代わりに呻く。
ジンは傷こそ癒えていないものの、勝ち誇って言った。
「いくらでも吠えるがいい。何が世界だ、クリスタルだ。
所詮俺には敵わんよ。今にも消えそうな、お前たちの『光』ではな」
「な……っ」
「言ったわね。風の守護者を馬鹿にしたら許さないから!」
「あんな石ころに何が出来る。
ただ、世を移りゆくまま見守っているだけの――
現に弱ったあれの意思とやらだけでは、何も出来ぬではないか」
「! 何てことを……!!」
「最後に何かを為そうとするのは人間だ。その中でも強い人間こそ生き残り、
結果を残すことができる。大いなる力を手にするに相応しい人間が!」
「――そして…貴方がそうだというのね?」
…サラが言った。静かに。
「そうとも。自然界に在って最も扱いにくいとされる
『火の精霊』を従えたのだぞ」
「いいえ。貴方は『火』を暴走させたのでしょう。
だったら、それは従えたのではない、
貴方は『火』に呑まれたのよ。大きすぎる力に……」
「何を言う。…まあ、精霊と一体化したことのない
お前らには理解できまいな」
「今の貴方は、不安定に揺らいでいるわ。確固たる存在ではないの。
それが何よりの証拠よ。気づいている?」
「…な……!」
ジンは怒りのあまり震えた。その震えが伝染したかのように、
事のなりゆきを緊張して見守っていた光の戦士たちも、震えた。
両者は全く異質の『震え』だったけれども。
「可哀相だけど、封印するわ。貴方は危険すぎる。
大きすぎる力は、災いを呼ぶの。身の程を弁えず振るえば、破滅を招くわ」
「何だと!?この俺を侮辱する気か!!」
激怒する魔人を目の前にしながら、キャンディはそっと呟いた。
「…ポポ…頼む」
「う、うん」
――上手くいくか、判らないけど。
「良いことを思いついた」
(賭けるしか、ない)
彼は剣の柄をしっかり握りしめると、王女と並び、魔人と対峙した。
「キャンディ」
「……。面白い。やるか、『紅の魔導師』?」
「――何ですって?」
サラが驚いて訊き返したのも、キャンディには聞こえなかった。
彼はジンを見つめながら、呟くように、噛みしめるように、言った。
「…お前は、最後に事を為すのは人間だ、と言った。ならば僕は、
『光』の意思に代わってお前を封じる!」
「お偉いことだ。出来るかな?かぁぁーーーっ!!」
帯状に広がった火炎を、キャンディとサラはそれぞれに避けた。
サラが魔人めがけて矢を放つ。
「無駄だ、王女様」
弓弦のしなりに、魔人の笑い声が重なる。それでも、サラは撃った。
「無駄だと言っているだろう。む……!」
ジンは見た。燃えさかる闇の中に冷たい光が生まれるのを。
次の瞬間、全身に炎を纏いながら、白く輝く刃と共に向かってくる少年を。
そして、ジンの肉体は矢をあっさりと背後に抜けさせたが、
続いてやって来た剣の刃は、ずぶり、と受けとめた。
「……ば、ばかな。…どうして……」
キャンディが剣を抜くと、すうっと輝きが収束し、失せる。
「――風に煽られた炎は、一瞬揺らいで形を崩すけれど、元に戻ろうとする。
…お前の能力も、同じみたいだ。
攻撃を受けた時は実態を崩して揺らぐけど、次の瞬間
元に戻ろうとするんだ。そこに、隙ができる。できると、思った」
立ち尽くしたままゆっくりを息を吐く少年と、
うずくまる、かつての魔術師。双方の視線が交錯し、お互いを捉えた。
「お、おのれ…おのれ……オ……」
――何故。何故、俺をそのように見る。痛ましげな、哀れむような目で。
お前のような若造が、俺に無いものを持っている。
何もかも手に入れ、さぞ得意だろう――
「…ジン」
若者は、言う。
「お前の気持ちは、よく分かる。人間なら、誰でも…
僕も、ひょっとしたら同じようになるかもしれない」
――『気持ちは分かるけど、ね。
本当に力の欲しくない奴なんて、居ないよ。
ただの一度も欲しくなかった、なんて嘘じゃないか』
「弱いから、力が欲しいんだ」
――『人間は、弱いからねぇ。悲しいくらい、さ』
弱い、というのか。この俺を。…怒鳴りたかったが、声にもならない。
「でも、手に入れた力を使うには、それなりの
心構えが必要で――それが、なかなか難しい」
――『賭けをしようか。いずれお前が本当の王とやらになれるかどうか。
少しここで、王の何たるかを考えてみたらどうだい』
「お前は、それを分かっていないみたいだ。だから、僕らはお前を
このままにしては行けない。冷静に、考えてみてくれないか。
力を持つことの意味を――」
――『力を持つのも、大変だよ。ただ振るうだけなら、簡単なんだけどね。
それだけじゃ、〈世界〉は許してくれないんだ。小難しいよねぇ…』
王女が片手を掲げる。紅の魔導師が目を細めた。
つられて、彼もまた、眩しいと感じた。
ジンは気づかなかったが、床に描かれた封印呪が、
かつての形を取り始めていた。彫る刃も、描く為の白墨も無かったのに。
『――…』
指輪が、光った。
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