(12)継承者
光の四戦士と勇敢なる王女は、魔人の住処を目指し進んだ。
行く手の至るところに、闇は横たわっており、その色が濃くなるにつれ
不死者の気配も一段と濃くなる。
「真っ暗だね……」
「あちらへ進みましょう。ゆっくりでいいわ」
不死生命体というのは、大半が臆病な傾向にあるらしい。
今までも、こちらから何かをしない限り寄ってくることはなかった。
だが一度でも刺激してしまうと話は別、執拗に追いかけてくる。
生きる事への未練 ── 執着心から、必死に生ある者へ縋り、
もはや言葉にならぬ言葉を叫び続ける。
彼らは、自らの力では生命の流れへ還ることができない。
だから、生ある者に手を伸ばす。そして請うのだ。
「こちらへおいで、一緒になろう」と…。───
「び、び、吃驚したあ……」
ポポが大きな目を潤ませて言った。
「よりによってゾンビの足なんか踏む!?この大馬鹿者っ!!」
と振り返ったアリスの顔もぐしゃぐしゃである。
「もっと慎重に歩きなさいよっ!」
「十っっ分慎重だったよ!」
…潜む敵を刺激しないよう、とはいったものの、それは思った以上に
難しいことだった。彼らは其処此処に待ち受けているのだから。
近くを通らなければいい、というのも無理な話だ。
「こらこら」
何がそんなに楽しいのか、先程からくすくすと笑うサラ姫を
気にしないようにして、キャンディが割って入る。
「…まったく。その大声で、余計にゾンビが集まってきたら、どうするんだ?」
「逆に驚いて逃げてくかもしんねぇじゃん」
慌てて黙った弟妹を後目に、ムーンはあっけらかんと言った。
「なあ、サラ」と話を振る。
「そうねぇ、どうかしら?何だか沢山居るみたいだし、遭わない方が難しいかも
しれないけど。…でも、貴方が居れば大丈夫でしょ?」
「当たり前だ。残らず蹴散らしてやるぜ」
彼は得意気に頷き、先頭に立って行ってしまう。
その背を見送りながら、キャンディは小さく溜め息を零した。
「お願いですから、あんまり煽らないでくださいよ」
「そうよ、サラ姫様。あいつ、すぐ調子に乗っちゃうんだから」
困った表情をする若者と、袖を引っ張り見上げてくる少女。
そのどちらもが、兄妹の居ないサラには、新鮮でたまらない。
「あら、男の子はあれくらい元気な方が、丁度いいのよ」
「あれはね、単純馬鹿なだけ」
身内だから言えるのだろう台詞も、彼女にとっては羨ましい。
微笑むサラを、遠慮がちに呼ぶ声があった。
「…ねえ、サラ姫は、怖くないの?」
おずおずとこちらを見上げる少年に、彼女は言った。
「もちろん、怖いわ。…ポポも?」
「……。少し…」
無理をしている様が、微笑ましくもあり、不憫でもある。
「そうね。でもほら、言うじゃない?『みんなで居れば怖くない』って。
それに、思い切って えいっ!て頑張れば、人間 大抵のことは
出来ちゃうものよ。
大勢が力を合わせたら、なおのこと、ね」
「僕…も、出来るかな。
怖くても、思い切って頑張ったら…ちゃんと出来るかな」
躊躇いがちな、しかし熱心で、どこか食い入るような視線。
「ええ」サラは請け合った。
「一緒に頑張りましょう。そしたらきっと、魔人もアンデットも、ぱーん!と
やっつけて、あっという間に終わっちゃうから。…ね」
「ぱーん?」 …ポポは くすくす笑い声を漏らした。
やがて、うん、と頷く。
「…行こう、アリス。ムーン独りじゃ、危ないもん」
「ええ。先に行くね、キャンディ!なるべく早く追いついて」
「ああ」小さく笑って、兄は言った。「気をつけろよ」
「「うん!」」
返答は底抜けに明るい。
ほんの少し前までと同じ日常会話のような調子が、
このような場所で出てきたことに不思議な可笑しさを覚える。
「…ありがとうございます」
彼はぽつりと言った。傍らで、同じように弟たちを見ていた王女に。
「何が?思ったことを言ってみただけ」
キャンディは再び、意外な言葉に目を見張る。
王女と聞いて訳もなく、近づきがたい印象や
か弱い女性像を思い描いていた自分に行き当たった。
彼女は違う。気高さと強さを備えている。
そして、その中に感じる温かさと親しみやすさは、
故郷の人々と少しも変わらなかった。
丁度、この地方の町や村が纏う、空気そのもの。
きっと、と彼は思った。
彼女や ── あの王が上に立つからこそ、この土地は ――
ここに吹く風は、人を温かく包むのかもしれない。
「さあ、行くわよ『お兄さん』!」
「…はい」
ひとつの発見を嬉しく思いつつ、彼は先を急いだ。
先頭を足取りも軽く行くムーンが、うっかりつまずいた何か。
「おわっ」
小石か、と思ったそれは、次の瞬間ちゃりん、と軽い金属音を立てた。
勢いで蹴り飛ばしてしまったらしい。灯りを翳すと、きらりと光った。
「……。…コイン?」
何でこんな処に、と訝しみ、改めて覗き込む。
すると、薄汚れた銅貨が五、六枚ひとかたまりになって、
音もなく浮かび上がったではないか!
「は!?」
こいつは魔物だ、と認識するより先に、身体の方が飛び退いていた。
「ムーンっ!」
「ああもう、やっぱり!」
ポポとアリスが駆けてきて左右に散り、呪文を唱えようとする。
が、夢中で駆けるさなか、ポポは勢い余って青い霧の中に突っ込んでしまった。
「わ、ぷっ! ── !?」
たちまち核のような一つ目が、くるりと流れてきてこちらを睨んだ。
生物を見つけては、その霧状の身体で相手を包み、
精気を吸い取る魔物 ──ラルウァイだ。
巨大な一つ目に射すくめられて動けなくなったポポに、凛とした声が飛んだ。
「ポポ、伏せて!」
言われるがまま地に伏したポポの上を、一直線に矢が飛んでゆく。
清めを施した銀の矢は、狙いを違えず魔物の目を貫いた。
シュウッと霧が四散する音を聞きながら、ポポは慌てて身を翻した。
「痛ててて!痛いって!!」
銅貨はムーンを取り巻き、乱舞する。
気がつけばアリスの方にも新手がもう一塊り現れ、呪文詠唱の
邪魔をしているではないか。
頭を庇いながら必死に払いのけるも、ちっとも応えた様子がない。
「硬貨(コイン)なら大人しく、財布に入ってろーーっ!!」
気合い一閃、突きだした拳を
ひょいと避け、銅貨が五枚。こちらを嘲笑うかのようにふよふよしている。
「…く…っそー、馬鹿にしやがって……!」
右へ左へ。上へ下へ。背後に回ったと思ったら、今度は正面に戻る。
足許をかすめては頭上へ舞い上がり、翻弄する。
こちらはといえば、飛んで走って掴まえ損ね、うっかりぶつけて躓いて、
痛みを堪えて立ち上がる。分が悪いのは目に明らかだが、
こうなるとムーンの頭にも血が上ってしまって、それどころではない。
「ちっ…きしょ…絶対ふんづかまえてやる…!」
当初の目的から外れて、もはや鬼ごっこになっていることに、
果たして気づいているやらいないやら。
空振って転んだ拍子に打ってしまった尻をはたいていると、
目の前に一枚が降りてきて裏返った。
「……。何だってんだよ?」
「!! 駄目だ、目を合わせちゃ──」
ちかり、と瞬く銅貨。光ったのは、刻まれていた肖像の瞳だ。
ポポの忠告虚しく、ムーンの膝が がく、と折れる。
「うう……」
ポポは震える身体を精一杯励まして、声の限りに叫んだ。
「やいっ、魔物共!僕が相手だっ!」
妹に群がっているのを、杖で必死に打ち払う。
やがて飛んできたもう一方を引きつける。雹のように叩きつける金属片の
痛みに耐えながら、彼はやっとのことで名を呼び ──
「アリスっ!」
── 応えて、呪文が飛んだ。
「〈ケアル〉!!」
背後から来た敵を、キャンディは迎え撃った。
姫君を背に庇いながらの攻撃は困難を極めたが、有り難いことに
彼女は弓の名手だった。浮遊する魔物が次々撃ち落とされていく。
感服しながら、キャンディは言う。
「よく見えますね」
「うん、目はいいの」
青い霧の壁が崩れると、キャンディは
続いて向かってきたスケルトン三匹を切り伏せた。
「賑やかになってきたわね。やっぱり起こしちゃったのかしら」
後ろで、信じられないほど活き活きとした声がする。
意識の隅で聞きながら、彼は振り下ろされた敵の刃をしっかりと捉えた。
ここを突破されてしまったら、全員無事ではいられない。
「また!」
「日が落ちたのよ。だから活発になったのかも」
次に出てきたのは、同じく白骨の…但し、全身に苔を纏い、黒ずんだ敵。
そいつを筆頭に、通路を押し合いへし合い、続々と新手がやってくる。
「くそっ、きりがない…!」
重い一撃をやり過ごしながら、キャンディはひとりごちた。…その一瞬。
があん!
ひときわ大きな音がして、衝撃が手に伝わる。驚く間もなく、
剣が弾き飛ばされる!
気づいたサラは咄嗟に弓をその場に放る。
腰に帯びた剣を、鞘ごとむしり取った。その剣が持つ特性も曰くも ──
何もかも忘れて。
「使って!!」
錆びた剣の一撃を辛くも避けたキャンディは、続いて来たもう一撃を
小手で受けとめ ── 幸運にも足許に滑り込んだ武器に手を伸ばし、
痛みを堪えて抜刀した。
瞬間、鞘から解き放たれた剣が、カッと光を発した!
たったそれだけで、周囲に居た敵の殆どが消滅してしまう。
眩い刀身は、ランプの光を映して煌めいているのではない。
冷たく清く、白い── 夜の導となる月光のよう。
白い光の剣は まさに彼らの導となり、闇に輝いた。
見れば、少年は鮮やかに剣を翻し、
残った敵をも取るに足らぬもののように倒していくではないか。
何も気づかず、ただ夢中で目前の敵に向かっていく少年を
呆然と見つめながら、サスーンの王女は震えた。
「……うそ………」
あれこそは、『紅の魔導師』の剣。
歴代の王はおろか、名の知れた赤魔導師、そして自分にさえ抜けなかった……。
何ということだろう。
それが今、年端もいかぬ少年の手の中、燦然と輝いている。
永き眠りから目覚め、待ってましたとばかりに。
あの剣は、主を選ぶのだ。
「…貴方が……」
少しの悔しさと、溢れんばかりの感激に胸を打たれ、
サラは、立ち尽くした ───
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