(11)王女
── 柔らかなランプの光を囲み、四戦士と王女サラは対面した。
「恥ずかしいわ。いきなり気絶するなんて…」
アリスは上目づかいでサラを見、頬を赤らめた。が、
「いや、まったく」
と頷くムーンには、容赦なく肘鉄がお見舞いされる。
サラはそれを見てひとしきり笑うと、すまなそうに言った。
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。いくら気が張っていたとはいえ、
もう少しで貴方たちを傷つけてしまうところだったわ……」
王女に深々と頭を下げられてしまうと、流石にアリスも慌てた。
「いっ、いいのっ…この通り無傷だし。みんなも無事だもん!」
三人の少年も代わる代わる頷いた。
サラは再び笑みを零していた。
…このような所で、人に会うとも思っていなかった。
こんなに嬉しいということは、自分はそれほど心細かったのだろうか。
先程までの緊張感が嘘のようだ。
「ありがとう…」
「お礼なんて、なしだよ。咄嗟だし、怖い時は僕だって…――ええと、
でもその、無事で良かったです」
ポポは居住まいを正した。
サラに向かって言った言葉を、最後の方だけ慌てて敬語に直す。
「本当に」
「つまんねえ。これから助けにいくところだったのにさ」
「あんたって…」
「――― 助けに…って、私を?」
「うん」
王女は、思いがけず現れた少年少女を見つめた。
四人とも、真っ直ぐにこちらを見つめ返してくる。
「それにしても、貴方たちが『光の四戦士』だなんて…」
思わずこう口にしていた。何しろ彼らは若いのだ。
事情を聞いた時には、実を言うと仰天してしまった。
「若者が風のクリスタルに啓示を受けた」とは聞いていたが、これ程とは。
対する四人は、こういう反応を予測していたらしい。
そしてサラの内心を見透かしていたかのように、各々反応した。
「ちぇーっ」
悔しそうにするのは、若草色のバンダナの、見るからに腕白そうな少年。
「みんな、そうやって言うんだ」
「僕たちも、まだ半信半疑なんです。だって、まさかこんなことになるなんて、
思いもしなかったんだもん…」
俯きがちに言ったのは、とんがり帽子の男の子だ。
「そうなの。でも、選ばれちゃったのは本当。…だからね、
あたしたち、頑張らなくちゃ、って」
少女の言葉に合わせて、こくんと頷く少年二人。
残る一番年かさの若者はというと、微かに笑んで同意を示す。
世界を旅して回るなど、それだけで途方もないことの始まりである。
ましてや、それを救うなど。
しかし、四人はそれでも事実を受け容れようとしているらしい。
そう、彼らには確かに不安があるけれど、同時に溢れんばりの好奇心がある。
両方が彼らの心をを満たし、せめぎ合っているに違いない。
…顔を見れば分かる。
だから、これ以上何も言うまいと思う。
先入観だけの無責任な発言は、彼らの不安を煽るばかりか、秘められた可能性や
ちからをも潰しかねない。───
そんなことを考える一方で、彼女は四人を羨ましくも思う。
自分たちの可能性を試す機会を、彼らは得たのだ。
広い広い世界で、彼らはきっと知るだろう。
ちっぽけな自身の存在や、その中に眠る大きな可能性…
そしておそらくは、
自分に隠れた目を背けたくなる弱さと、思いもしなかった強さ。
辛いこともあるだろう。嬉しいこともある。…それは何処にいても同じだ。
しかし、彼らは飛んでいけるのだ。
箱庭の中へではなく、青い青い空へと……。
物思いに沈みかけたサラは、
ふと自分の傍らで静かに休む若者に視線を移した。
柔らかな笑み…そして、類い希な容姿に つい目を引かれる。
先程明かりの中で微笑まれた時など、思わずどきりとしてしまった。
綺麗なのはもちろんだが ── 年頃からは想像もつかない、
穏やかな笑顔だったのだ。
彼は外見こそ少年から抜け出したばかり、
しかし落ち着いた物腰は、もう十分大人の男性に見えた。
「 ── ?」
と、若者の瞳が曇った。
陽光のごとき明るさの中に、ほんの僅か、影が差す。
── なに…?
どうしたの、と問おうとしたところで、彼はこちらに気づいた。
…また、微笑む。一瞬見えたかに思った翳りは、さっと消えてしまった。
── なにかしら?
サラは気になり始めると きりがない性格だった。
しかし、彼女の心の内を知る由もなく、若者は ──キャンディは問うた。
「ところでサラ姫、貴女はどうしてこんな処に?」
「ああ」サラは気持ちを切り替えた。
「私はミスリルの指輪をつけていたので、呪いにかからなかったようなのです」
小さく笑って、指輪を填めていた方の手を差し出す王女。
「それで、あの挑戦状のような声を頼りに ── 父や皆を助けたくて
ここまで来たのだけれど、予想以上に魔物が多いでしょう。
なかなか先へ進めないので、困っていたの」
「そうでしょうね」
苦笑しながらキャンディはあっさりと流したのだが、
他の三人は目を点にした。
── だって…それはつまり、お姫様がたった独りで
(しかも魔物を蹴散らしながら!)ここまで来たってことで。
いやいや、と彼らは思い直す。
── ミスリルの指輪は、魔物を寄せ付けなかったのかもしれない。
しかし、どう見ても彼女の矢筒の中身は減っている。弓にも使った形跡が。
よくよく見れば彼女の傍らには、
古めかしくも美しい装飾の施された長剣が置かれている。
なるほど、これならば…と納得しかけて、
「剣まで扱えるのか!」と呆気にとられる三人である。
「とにかく、ここは危険です。サラ姫、貴女は城で待っていてください」
……いや、このひとは危険なんか、へっちゃらだと思う。
ムーンは思ったが、口には出さなかった。
── そして、当の姫君は。
「まあ!」 サラは目を見開き、言った。
「そんな中を、独りで帰れと言うの?」
「!…それは」
言いかけたキャンディを遮って、続ける。
「それとも、あなた方の誰かが、私を送り届けてくださる?
あの、幽霊だらけの城へ」
彼女は四人を順繰りに見つめ、
最後に小さな黒魔導師と、同じ高さで視線を合わせた。 「…ね?」
「え?えっと、あの…」
しどろもどろになっている少年に優しく笑いかけておいて、
サラは再び長身の若者に向き直る。
「そうこうしている間に、魔人が私たちのことに勘づくかもしれないわね。
── はっきり言って、得策ではないわ。
時間を無駄にしたくもないでしょう?」
「ええ…しかし、貴女を危険な目に遭わせる訳にもいきません」
「あら。大丈夫よ、私、こう見えても武術には自信があるの」
「そういう問題では…」
キャンディは面食らった。
サスーンの姫君。彼女は、当初彼が抱いていた人物像とはかけ離れていた。
無論、出会った時に受けた印象とも違う。
「お願い、一緒に連れていって。この指輪がなければ、ジンを
封印することはできません。ですから…」
言葉こそ冷静だが、王女の熱っぽい心の内は上手く隠れていなかった。
本人は自覚していないだろうが、目がもう冒険の予感に活き活きと輝いている。
しかしこちらも、「はいそうですか」というわけにはいかない。
王に約束した手前、サラ姫を無事に送り届けるのが最優先というものだろう。
キャンディは、辛抱強く説得を続けた。
「どうか、指輪を」
「嫌」
「危険な目に遭うのは分かっているでしょう?」
「平気よ、そんなの」
「怖い思いをするかもしれませんよ」
「父の方がよっぽど怖いわ。あの顔で怒鳴られてごらんなさい、
逃げ出したくなっちゃうから」
「…ですから。そういう問題ではないと思うんですが…」
おおむね、このような調子で交渉は続いた ──
…やがて。ムーンが面白そうに、ポポとアリスが はらはらと見守る前で、
「困ったお姫様だ……」
キャンディがついに根負けした。
「よく言われるわ。ふふ」
「ま、仕方ないって」ムーンが相変わらず楽しげに助け船を出す。
「そんじゃ、めでたく一緒に行くことになったし、自己紹介でもすっか!」
そこで、サラは嬉々として言った。
「…改めまして、私はサラよ。名前で呼んでくれて構わないわ。
折角『パートナー』になれたんだもの、ねっ」
「俺はムーン」
「えっと、ポポといいます」
「…キャンディです」
「あたし、アリス」
「よろしくねっ」
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