FINAL FANTASY 3【風の呼び声】 -9



   (9)サスーン城


  霞がかった森。
  緑濃く、黒々とさえ映る木々に、乳白色の霧が まとわりついている。
  …その上空を、飛空艇は半ば急ぎ足で駆け抜けた。


  森は本来、沢山の命の営みを包み込む。

 しかし、上空から見た限りではそれも感じられない。
 鳥が飛び立つ様子もなく、全域が白く閉ざされて、
 生き物という生き物が呼吸を止めてしまったように思えた。



  やがて飛空艇は、霧のひときわ濃い部分に差し掛かる。森と城の境目だ。
 慎重に速度を落とし、近づいていく。
 すると、真っ白な霧の中から、上に向かって伸びる尖塔が現れた。

  城の東と西に一つずつ。石造りの塔が、真っ直ぐに伸びている。


 他の部分は全て白塗りの建物から成っており、
 ほっそりとしたシルエットも手伝って優美な外観を創り出している。
 今でこそ視界を惑わす厄介なものだが、晴れたら
 さぞかし綺麗に映るに違いない。

  が、例によって城下も白く霞んでいる。


 「うっわ、ここもひでえ…キャンディ、気をつけろよ」

 「うん…」

  飛空艇は高度を下げた。霧の中に突入するので、当然視界も悪くなる。

 「うわっ」


  悪天候の中、着陸は困難を極めた。
 それに、「簡単なものだ」と飛空艇の主は言ったが、こちらはあくまで素人、
 これが簡単なものだろうか。


 このままでは危険だと判断し、四人は一旦霧の中から抜け出した。
 空中をとって返し、降ろしやすい場所を探す。それでも息を呑むこと度々。
 四人は可能な限り集中力を使い慎重に――その結果、何とか飛空艇は着陸した。



 「良かった…ああ、やっぱり引っかかってる。領内のクヌギの枝、
  丸ごと持って来ちゃったんだ」


 「クヌギの木に悪いことしちゃったわね。王様には後で謝っておきましょ」


 「荒い運転でごめん」…キャンディは、精魂尽き果てた様子で突っ伏した。
 自動機能が付いていなければ、どうなっていたか。


 「いや、上出来じゃん?良くやったよ、こんなんで。
  しっかしシドの奴、いい加減だな。あとで文句言おう」

 「やめろって。『シドさんの飛空艇だから』無事だったんだ。
  じゃなきゃ、とっくに墜落してるよ」

 彼は微かに苦笑した。



  一行は船を下り、城を包み込んでいる森を抜け、石畳を通って奥へ向かった。


  やはり外は無人だった。見張りの者さえ見当たらない。
 花壇の花はそのまま咲いていたが、手を触れると しなだれかかるように
 こちらへ傾いた。…元気を無くしているのだ。


 「やっぱり、ここも…」

  奇妙な静けさが、城と一体になっている。…しかしそれでも、
 改めて見上げると一つの芸術作品のように感じるから不思議だ。



 「ああ、やだ。こういうのって、怪談とかにありそう。
  でもって、夜な夜な啜り泣きが聞こえてきたりするのよねぇ…」

 「えぇ!?」


 「…………。ぅわっ!!」

 「「!! きゃあああ!!」」


  背後から思いっきり脅かされて、二匹の『兎』が悲鳴と共に飛び退く。
 …けらけらとムーンが笑った。

 「この、根性悪っ」



  城門を潜ると、こちらもカズスと同じ有様だった。
 唯一無事だったのは使いに出ていた兵一人だけ。その彼も、この事態に
 どうしていいか分からず おろおろするばかり。


  そのうち、幾人も透き通った人影が現れて、一行を検分した。
 こんな時に人間が、しかもこんなに若い連中がやってくるなんて。
 何者だろう?──人々の目は明らかにそう言っていた。

 ともかく、王に謁見を申し出る。


  状況が状況だからだろうか。
 怪訝な顔をされたものの、こちらの身の上を告げると、
 意外に すんなり許可が下りた。


 聞けばこのサスーンにも、風の村から報せが来ている、とのこと。
 事の早さに、四人は目を丸くした。


 「話を通しておいてくれて、有り難いよなぁ。
  僕たちだけじゃ、どうしてもね。…でも何だか、おじいちゃんは
  どうあっても僕らを救世主にしようとしてるみたいだ」

  キャンディが苦笑い混じりに言った。

 もちろん、クリスタルの啓示を受けたからには覚悟していたし、
 祖父たちの期待にも応えたいと思っているのだが。


 「そりゃ、送り出しちまったんだから そうだろ。
  これで、俺らが何にもしないで帰ってみろよ。送り出した方も
  立場がないじゃん。ま、多少のお膳立てはしてもらってもいいんじゃねえ?」


 「…そうだな」

  金の瞳がつかの間、曇ったことにムーンは気づかなかった。


 「『少年よ、大志を抱け〜!世間の荒波に揉まれてこい』ってか?」

 「馬鹿…」

  アリスが溜め息混じりに、すかさずツッコミを入れる。



  通された広間で四人が辛うじて大人しく待っていると、やがて
 透き通った姿の家臣が滑るように現れて、静かに歓迎の挨拶を述べた。


  広い通路を案内され、真っ直ぐに王の待つ謁見の間へ。途中、沢山の視線が、
 じっと一行に注がれる。期待と好奇、あるいは不安や哀願の目が。


 「ここもか…」

 「カズスと同じだね」

  キャンディとポポは、半透明の人々と視線を合わせ、軽く会釈をした。



  分厚い扉の前まで来ると、家臣が仰々しく『光の四戦士』の到着を告げる。

 「ご無礼かと存じますが、このまま中へ」

  と、恭しく一礼して前を退いた。
 幽霊の姿なので、彼は物に触れることができないのだ。


  キャンディが頷き扉を開けると、
 落ち着いた、良く通る声が四人を迎え入れた。


 「ようこそ」


  彼らの正面、玉座に座るのは当然ながらこの国の主。
 上等な紅の衣装に身を包み、冠というよりは額環に近いものを頂いた、
 王そのひとであった。口元には上品に、髭を蓄えている。

 幻にも似たその姿…明かりの中に浮かび上がったサスーン王は、
 威厳の上に神秘のベールを纏っていた。


  そんな王直々に声を掛けられたからか、場の空気に圧倒されてか。
 はたまた初めての経験にか ── 四人は緊張気味だった。
 何しろ、本来ならこんな処は雲の上も同然、縁などある筈がないのである。


  光の戦士たちは、一礼した。…ゆっくりと前に進み出、跪く。


 「お初にお目に掛かります、陛下。ウルよりクリスタルの命を受けて
  参りました。突然の来訪を、お許しください」

 「話は聞いている。── ああ、良い良い。くつろがれよ」


  緊張のあまり しゃちほこばっている子供たちを見、王は
 にこやかに表情を ほころばせた。

 皺の刻まれた顔は気難しげで怖そうな印象を受けたが、
 それが微笑むと、何ともいえないほど優しげな顔に変わるのだった。
 灰色がかった青い瞳が、じっと四人を見つめる。


 「このような姿でそなたらを迎えること、誠に申し訳ない。見ての通り、
  呪いで皆このような姿にされてしまった。ジンを倒さぬ限り、元には戻らぬ」


 「王様も、これを魔人の仕業だとお考えなんですか?」

  ポポが思わず顔を上げる。王はゆっくりと頷いた。

 「信じ難くはあるが。声が自ら『ジン』だと告げたのだ。
  ─── そなたたちも、『紅の魔導師』の伝説は知っているだろう?」


 「そりゃあもう。ガキの頃から聞かされてたし…」


 「話の中に出てくる『炎の魔人』、あやつこそジンだ。
  ジンはその魔力で炎を操り、また人の有り様にまで影響を及ぼしたと聞く。
  丁度、今と似ていると思わぬか。実のところ、確証は無い…
  しかし情けないことに、他に思い当たる節がないのだよ」

  四人は真剣そのものの顔で頷いた。


 「声は、『封印の地』まで来いと告げた。
  来られるものなら来てみろという調子だったな。
  …本来ならば私がどうにかせねばならぬところだが、知っての通り
  我々はここから出ることが出来ぬ。単なる脅しかもしれないが…」


 「カズスの人たちも、同じように言っていました」

 「王の御身に万が一のことがあっては取り返しがつきません。
  僭越ながら、申し上げます。このまま留まるのが宜しいかと」

 「うむ…」


 「そうそう。まあ、俺たちに任せておいてくださいって」


  アリスが兄たちを振り返る。

 「…じゃ、話は早いわ。わざわざ名乗ってくださったんだもの。
  それに居場所まで教えてくれたのなら、お招きに与るしかないんじゃない?」

 「…しかし、居場所まで告げるなんて…余程の自信家か、
  それとも何かの罠か」


 「キャンディ」

 考え込んでしまった兄を見かねて、ムーンが言った。

 「考えすぎだぜ。そーやって悩んでたって、仕方ねえだろ。
  とりあえず手掛かりが一つでもあるんだったら、それ頼りに行ってみようや。
  町と城の人たち、このまんまにしとく訳にもいかないし、さ」


 「ああ…」

 よく解っている。『光の戦士』はいわば世界の救世主。
 なったからには異変を探るだけでなく、困っている人を助けるのは当然だろう。
 まして、そうすることで少しでも異変の尻尾を掴める可能性があれば、
 これはもう行くしかない。

 『闇の氾濫』──『世界の危機』なんて途方もなさ過ぎて、
 正直、どこから手をつけていいか分からないのだから。


 …しかし。
 今更な話だが、何か…薄っぺらな根拠で動くのが酷く躊躇われた。
 カズスの人々に、「任せてくれ」と言ったにも関わらず。


  自分たちは村を出た。それは、平穏な生活から遠ざかったことを意味する。
 これからは、おそらく格段に危険の方が多い。
 いつ何時、どんなことがあるかも判らない。
 万が一取り返しのつかないことになったら…。


 「『封印の地』へ、行ってみましょう」

  沸き上がってきた思いと裏腹に、キャンディは努めて冷静な声で告げた。


 「よろしく頼む」

  王が控えめな笑顔で頷いた。



 「でも、それって何処のことを言っているんでしょう?」

 「語られているのに近い場所が、この城の北、湖の沿岸にある。
  だが、ミスリルの指輪が無ければ、ジンを再び封印することは叶うまい…」


 「あの。そのことなんですが、サラ姫はどちらに?
  …姫が指輪をお持ちになっていると聞いて、あたしたちここへ来たんです」


 「そうか…。昔カズスより、サラにミスリルの指輪を贈ってくれたのだったな。
  娘もあれは気に入っているようで、いつも身につけておるよ。
  しかし、これは少々困ったことになった…」

  王が言葉を途切れさせ、表情を曇らせた。
 だから、嫌でも四人は事態を呑み込めてしまった。
 次の言葉は、聞くまでもなかった。あまりに予想通りだったから。


 「肝心のサラが何処にも見当たらん…。
  呪い騒ぎの最中にか、居なくなってしまったようなのだよ。
  騒ぎが治まった時には、もう何処にも…」


 「そんなっ」

 「あ〜ん、やっぱり〜!薄々そうじゃないかなって思ったけど〜〜!!」

  と、半泣きで突っ伏すアリス。


 「唯一、指輪を持つ方…」キャンディは険しい顔をして俯いた。
 「ジンに囚われていることも、考えられますね…」

 「── ああ、もしやとは思うが…」


  しかし、深刻な顔をする王たちをよそに、何とも明るい声がする。

 「いい感じじゃねーかっ」

  ムーンだ。みんなが驚いて彼を見る。何が良いものか、と。
  だってさ、と彼は言った。

 「記念すべき初仕事だぜ?
 『魔人退治』に『姫様救出』なんて、勇者らしくていいじゃん!」


 「……」

 「あんたねえ」

  というアリスはしかし、満更でもなさそうに笑っている。


  彼の何気ない一言は、その場の重い空気を殆ど払ってしまったようだ。

  キャンディも気を取り直して言った。
 今度は幾分、いつもの調子を取り戻しながら。


 「…とにかく、急ごうか。もしものことがあっても、
  ミスリルの指輪を持つ姫君に、ジンは容易に手出しできない筈だ」


  頷き合う四人は、ほんの子供だ。不安を隠しきれない小さな魔導師や、
 目を輝かせて「楽しみだ」と言い切ってしまえる格闘師(モンク)の少年。
 いろいろな意味で、まだ未熟だという感は拭えない。


  しかしクリスタルは、この少年少女に世界の命運を託した。

  ひょっとすると、と王は思う。もしかしたら、彼らは大人が── ともすれば、
 この世界の人間の殆どが忘れてしまったものを、持っているのかもしれない。


  彼らの心に垣間見た、まだ微かな輝き。
 王は、その可能性を信じてみようと思った。
 やがて立ちはだかるだろう血生臭い戦場や暗闇渦巻く洞窟を思えば、
 心苦しくもあったが…。


  ──どうか、君たちが純心を濁らせることなく、曇らせることなく、
 成長していけるように。


 「『光の四戦士』よ。サラを…人々を救ってくれ」

 「── はい!」



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