(7)亡霊の住む町
サスーン城が王女行方不明で騒然となっているその頃、城の危機を救う筈の
『光の四戦士』たちは、まだ騒ぎの中心から遠く離れた砂丘に居た。
「だから。何だって俺たちがわざわざ、こんなトコ歩かにゃなんねえんだよっ」
不機嫌顔なのはムーンだ。
「サスーン城に行くためでしょ?」
困ったようにポポ。
対してムーンは、やっぱり不機嫌なまま言うのだった。
「んなこた、わかってら」と、目の先に続く砂山を睨む。
「問題なのは!
他にも道があるのに、何でこっちを行くのかってことだろーがっ!」
「ええと、シドさんが飛空艇を貸してくれたから」
「お前な、淡々と事実を語るなっつーの。も少し気の利いた答えは
出てこないのかよ」
「そんなこと言われても…」
砂漠の強い陽射しを避けるため、それなりの格好をしたものの、
何をどうしようが照りつける太陽の暑さは変わらない。
これだけ暑いと外套など放り出したくなるが、
砂漠でそれをしたら日焼けどころか酷い火傷を負ってしまうし、
あっという間に脱水症状になる。
当然ながら風が吹けば砂が舞い上がり、息をするにも大変だった。
そんな有様だから、とにかく苛々が募るばかりなのだ。
「やめなさいよ、ポポに当たるの。幾ら喚いたって、涼しくはならないわよ」
「うるさい」
見かねたキャンディが、苦笑混じりに割って入った。
「まあまあ。旅の足に…って、折角貸してくださったんだから、
ありがたく思おうよ。北の大森林を経由して歩くより、
ここを通っても飛空艇を使わせてもらった方が絶対に速い」
「分かってるけど。だったら、もっと町の近くに停めときゃいいのに」
「仕方ないよ、あの辺は鉱山だし。
他も飛空艇を降ろす所なんて無いんだから」
この小規模な砂漠は、件の城から遙か南東の地点にある。
ここから更に東には、ミスリル銀という鉱石の産地、カズスがあった。
彼らはそこを経由し、今サスーン城へと向かっている。
飛空艇 ── いわゆる空飛ぶ機械仕掛けの乗り物だ ── を貸してくれた
親切な人があって、砂漠の中に飛行場があることを教えてくれたのだ。
徒歩で行けば何日もかかる道程も、空を飛んでいけばひとっ飛びだ。
「だからって、まさかいきなり砂漠を歩くとは思わなかったぜ」
「大丈夫、あと少しだと思うよ。ほら、一つ目岩が見えてきた」
キャンディが指さした。教えてもらった目印だ。
そびえ立つ岩が、小さくではあるが確認できる。
名前の通り、奇妙に抉れた部分が目のように見えた。
「飛空艇に乗れば、サスーンまではあっという間だよ。
あともう少しだよ、きっと」
ポポが嬉しそうに言った。
「う〜〜ん」
ムーンは唸って、渋々ながらも納得しようとする。
大きかろうが小さかろうが砂漠は砂漠、あと少しでも辛いものは辛い。
「世界にはもっと広い砂漠だってあるんだ。いつか歩くことになるかも
しれないじゃないか」
「うへぇ…それだけは勘弁。今から考えたくねえ…」
げんなり肩を落とした次兄を、アリスは呆れたように見た。
「今まではあんなに元気だったくせに、こうだものねぇ。先が思いやられるわ」
「お前は何処に行っても口数が減らねえな」
「あんたも不満だけは いっちょまえよね。まったく、うるさいんだから…」
すっかり埃っぽくなってしまった衣服の裾を気にしながら、
彼女は溜め息をつく。
いつもなら ここで一戦交えるところだが、両者ともすっかり疲れている
らしく、口喧嘩まで持っていく気力はないらしい。
「それだけ文句言う元気があれば大丈夫よ」
ふう、とアリスは汗を拭った。
「でも……旅の最初っからびっくりさせられちゃったわ。町に着いたら、
いきなり幽霊がお出迎えよ?」
口々に、皆も同意した。
─── 話は、少々前に遡る。
ミスリル鉱山の町、カズス。
風の村・ウルの南に位置するこの町は、パルメニア山脈地方で
唯一ミスリルが採れる場所。
ミスリルは、別名〈魔法銀〉とも呼ばれる。その名の通り、
僅かながらも魔力を帯びた金属だ。
ミスリル製の装飾品は、特に、昔から魔除けや御守りとして人々の間で
もてはやされている。また、普通の銀より はるかに固い物質であることから、
剣や鎧は騎士や傭兵からも注目を集めているのだった。
そして、魔力を帯びるものの割に加工がしやすい ──
本来、大地の妖精族(ドワーフ)ならばいざ知らず、この類は扱いが難しい
のだが──人間にも比較的易しく扱えることから、
ミスリル銀は町の最大の呼び物となっていた。
そのような所だから、さぞかし鉱夫や職人たちで賑わっていることだろう…
そう思い、町へ入ったのだが。
「うわ、真っ白……。…これ、霧なの?」
ポポは目を見張り、ぱちくりさせる。アリスが辺りを見回した。
「ねえ、本当に町に入ったの?人っ子ひとり居ないみたいよ?」
「み〜んな町の外に出てる…ワケはねえよな。…やな感じだぜ」
ムーンが顔をしかめる。
「……。静かすぎる ── 」
「…何があったのかしら。皆さん、お休み中なの?」
隣でポポが何とも言えない顔をした。アリスの言い方では、
言葉の取り方によっては、怖い意味で聞こえてしまったからだ。
こう霧が深くては、万が一何か起こっても、即座に対処できない。
キャンディが、声を低めた。
「町がどうなっているか分からないから、気をつけていこう」
四人は頷きあい、なるたけ寄り添うように、極力物音を立てないようにして
進んだ。
本当に真っ白で、ほんの少しでも離れてしまうと、
みんなの姿が白い中に融けて見えない。
小さな林の側を通り過ぎようとした時、白色の視界の中に薄ぼんやりと
明かりのようなものが見えた。
…いや、間違いない。あれは橙色の光だ。
近づくとそれが焚き火の炎であることが分かる。
更に近寄り目を凝らすと、火の側に人影がひとつ見えた。
人を見つけて安堵したのが正直なところ、とにかく話をしたい。
用心しながらも、声を掛ける。すると、その途端 ───
「ぎゃ!!」
「 ── っ!」 「!?」
人影は凄まじい悲鳴を上げ、一目散に木々の奥へ逃げていってしまう。
これには四人もすっかり腰を抜かしてしまった。
影に勝るとも劣らない悲鳴があがる。四人分なら、なおさらだ。
ポポは吃驚したそのあまり、後ろに転んで尻餅をつき、
ムーンは後退ってそのまま固まる。
アリスはそんな兄の服の端を、条件反射で掴み、
キャンディは思わず、その稀な色の瞳を見開く。
「な、何なに!?」
「怖いよ〜〜!!」
騒ぎ立てたところで、今度は影が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「 ── …誰、ですか?」
キャンディが、今度はもっと、もっと慎重に声を掛けた。
「………」
姿を見せたのは、一人の男。くたびれた帽子と外套が、
明らかに余所から来た旅人であることを物語っている。
心底ほっとしたらしい。深く深く息をついて、彼は言った。
「……。いや ── すまん。てっきり、あんたたちも幽霊かと思って……」
「…あんたの声の方がバケモノみたいだった…」 ぼそりとムーン。
アリスが早くも気を取り直して、訊ねる。
「…どういうこと?何があったの」
「ユーレイ!?」
男にしてみれば、また別の意味で驚いたのだった。
霧の中から突然現れたのは、年端もいかぬ子供たち。
ましてや、頼れそうな戦士でも、博識な魔導師でもない。
予期してもいなかった訪問者から矢継ぎ早に質問を浴びせられて、男も
戸惑っていた。だが、人に出会って安堵したのは一緒だ。
「…私にも分からないんだ。
私は、この町の名工の元へ弟子入りしようとやって来たんだが、
着いたときにはもう、この有様でね…」
男は何やら思い詰めた表情をする。
やがて、四人をじっと見つめてこんなことを言うのだ。
「…。とにかく。君たちみたいな子供がどうしてここへ来たのか知らんが、
こんなところに居ちゃいけない……幽霊に取って喰われるぞ!!」
「……………へ?」
四人は呆気にとられてしまった。揃いも揃って、つい目が丸くなる。
幽霊?喰われる?何のことだろう?
「だから。悪いことは言わない、早く町から出るんだ。な?
出なさい、良い子だから」
「おいおい、おっさん」
泡を食って言い聞かせようとする男に向かって、
もはや呆れる気も起きない、とムーンは苦笑した。いくら何でも、これはない。
「まったく、何を言い出すかと思えば。いい大人が何言ってんのよ」
と、腕組みするアリス。
しかし、男は必死だ。
「嘘じゃない!この町は呪われてるんだぞ。宿にも…そこら中で、
幽霊が出るんだ!!」
おろおろする大人を後目に、子供たちは何故か至って冷静だった。
男はまだ何か言っているが、彼らは聞いていなかった。
「……ですってよ。どうする?」
「呪い、か…まさか、いきなりこう来るとはね。原因は何だろう……
調べてみるかい?」
「そりゃそーだ。…んじゃ早速」
言うが早いか、ムーンは弟の腕をむんずと掴んだ。
そのエメラルドの瞳に、戦士としての影はない。すっかり
やんちゃな少年のそれである。
「幽霊屋敷探険だ!ポポ、お前も来い!!」
「えっ、やだ!!……うわぁん、離して〜〜」
ずるずると引きずられていくポポを見ながら、キャンディは苦笑した。
「さて」と、男を振り返る。「どうしますか?」
「ど、どうと言われても」
狼狽える男の顔を、アリスは覗き込んだ。片手を腰に当てて、
もう片手の人差し指を ちょこん、と立てる。
「このまま此処に居る?おじさん。あたしたちは行くけど」
「…どうなるか、分からんぞ」
「そうねぇ。お化けに食べられちゃうのは流石のあたしも勘弁だけど……
ここで震えてても、何にもならなそうだし。ねえ、おじさんはずうっと、
ここに居るつもりなの?
もしその気が無いんだったら、あたしたちと来てもらえると嬉しいんだけど。
あたしたちも、こんな町初めてだし…。おじさんみたいな大人のひとに傍に
ついててもらえると、とっても心強いんだけど…」
アリスは上目づかいのまま言った。
幼い少女にこうやって頼りにされてしまえば、大人としては
応えてやるのが義務だろう。
彼の中で、自尊心が恐怖を抑えつけた。
── そして、ついに彼は言ってしまう。
「き、君らみたいな子供だけを危険な目に遭わせられるか!」
「あら。うふふっ…ありがとう、おじさん!」
半ば自棄になって歩き出す男の後ろで、妹は こっそりこちらを振り返り、
ぱちりと片目を瞑ってみせた。
── たいしたものだ。このまま放っておくのも不安だから、
どう説得して連れていこうか、迷っていたというのに。
キャンディは、そっと笑みを零した。
ムーンが手を掛けると、乾ききった木の扉は、ぎぎぃ…と、
いかにもな音を立てて開いた。
「開いてら。当たり前か、宿屋だもんな」
相も変わらず暢気そうなムーンの背中で、ポポは相も変わらず震えていた。
「き、きっと…中に入った途端、がしゃんって戸が閉まって
閉じこめられるんだ。お化けに取り囲まれて、それから」
「お前ねぇ」
どうして、そこまでありがちな状況を想像するかね。…ムーンは、
呆れて弟を見た。
「だ、だって」
ポポが泣きそうな顔でムーンを見上げる。
その彼を脅かすがごとく、今度はしんとした屋内で、ひときわ大きな音がした。
「ぅひぁっ!」
「………。大丈夫だって。そこの箒が倒れただけだよ」
言いながら、ムーンは弟を、扉の側から宿の中へ押しやった。
ポポは仕方なしに、扉の前から屋内へ退く。
(このまま、こいつだけ閉じこめたら大騒ぎだろうな)
悪戯心が一瞬頭をもたげたが、ムーンはひとまず
その考えを頭の隅へと追いやった。
…すぐにキャンディとアリスも、こちらへ来るだろう。
ともかく、扉を閉める。と同時に、
「ぅわわわ!!」
ポポがまた、すっとんきょうな声を出した。
ここまで怖がっているのを見たら、もう宥める言葉も見つからない。
きっと、何を言っても結局怖いのだろうから。
しかし、こちらまで情けなくなってくるのも確かだ。
いい加減にしてほしい。だから、そう言ってやろうと思った。
「おい、いい加減に」
─── その先は言葉にならなかった。いつの間にか半透明な
人間たちがずらりと居て、こちらに視線を向けていたからだ。
幽霊を見に来るつもりが、逆に幽霊たちのいい見世物になってしまった。
…こんなこと、そうそうあるもんじゃない。否、あってたまるか!!
空気ごと声を呑み込む羽目になった。ぐっ、と喉が鳴る。
こういう時は音を立ててはいけないような気がした。
幽霊たちの気を引きたくはなかった――どうなるか分かったものじゃない。
出来るだけ息を殺して、静かに成り行きを見守り…いざとなったら逃げ出す。
…扉はすぐそこにある。逃げ道を確保できたのが不幸中の幸いだ。
少しずつ、幽霊たちに気づかれないくらい少しずつ後退り、
扉を開けたら全力で駆ければいい。
ムーンはいざという時の手筈を頭の中ですっかり考えた。
……なのに。ああ、この弱虫ときたら!
「お化け……!!」
ポポは震えながら、その場にしゃがみこんでしまう。
立っていなければ、即座に走り出すこともできないのに。
更に、声が災いした。声変わり前の高い声音は、
微かに呟いたにもかかわらずピンと張って、きっちり耳に届いた。
そう、それは幽霊たちにも聞こえてしまったらしく…
『坊や』
ムーンがぎくりと肩を震わすのと、カウンター越しに宿の女将の幽霊が
口をきいたのは、殆ど同時だった。
「そう怖がらないでおくれ。私らも、好きでこうしているわけじゃないんだよ。
…大丈夫、取って喰いやしないさ」
「そうは言ってもよ、女将さん。俺たち、こんなスカスカの透明じゃ、
怖がられて当たり前。説得力ってもんがない。ましてや、まだ子供だぜ?」
鉱夫らしき若者が、冗談めかして笑う。
しかし、それもすぐに大きな溜め息に取って代わった。
何てことだ、幽霊が話しかけてきてる!
「そっちの坊主はさしずめ、度胸試しに来た…とでもいうところかの」
そう言ったのは、こちらをことさら興味深げに眺めていた白髭の爺さんだ。
「お、おうよ」どぎまぎしながら、何故かムーンは胸を張った。
「『光の戦士』たるもの、こんなことでビビってられるかって」
「『光の戦士』だって!?」
ざわめきが走った。
今度は幽霊たちが驚く番だ。一瞬で宿の中が騒然となる。
「風の村からクリスタルに啓示を受けて、若者が旅立ったってきいたよ。
でもまさか、こんなに若いなんて…」
「いつだよ?」
「お前、知らなかったの?」
「伝書鳩が来ただろうが。『くれぐれもよろしく』って」
「ウルの長老様から?私も存じ上げませんでしたわ」
「へえ、あんたたちがねぇ……」
「本物かい?」
ムーンが少々むっとして言う。
「本物だよ。俺たち、ウルから来たんだ。な?」
「う、うん…」
ポポはおずおずと顔を上げる。立ち上がると、宿の人々に向かって
ぴょこりとお辞儀をした。
「…騒いじゃって、ごめんなさい…!えと、
信じてもらえないかもしれないけど、僕たちクリスタルに会って、
闇の氾濫を止めるように言われたんです。だから異変の元を探してるんだ。
……。あのう、よかったら聞かせてもらえませんか?
どうしてこうなっちゃったのか」
ポポの説明はたどたどしかったが、それなりに的を射ている気がした。
が、これはひとまず皆が揃ってからの方が良いだろう。そう思い当たって、
「あ、ちょっと待ってくれよ」
ムーンは言った。人々が一斉にこちらを見る。
「あと二人居るんだ。一応『光の四戦士』なもんで」
「四人」
「クリスタルと同じ…こりゃ間違いなさそうだぜ、女将さん」
「だから本物だって!……まあ、いいや。ちょっと待ってて。
今、一番それらしいのが来るからさ」
「『それらしいの』?」
「そ」
ムーンが肩を竦めた時、絶妙なタイミングで扉が開け放たれた。
──『あと二人』の到着である。
後から来た彼らが、驚き言葉を失ったのは言うまでもない。
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