FINAL FANTASY 3【風の呼び声】 -5



   (5)旅立ち


 「じっちゃん!」

  扉の外に控えていた風の司祭に促され応接間に勢いよく飛び込むと、
 そこには既に二人の長老トパパとホマク ── それに
 四人の義母親ニーナが待っていた。


 「騒がしいぞ、ムーン」 トパパは孫を、軽くたしなめる。


 「早急にお話があると聞き、戻って参りました」

  キャンディは公式の場での ──『長老』に対する態度で、祖父に臨んだ。
 そっと前へ出たのを見て、ポポとアリスも倣う。


  四人が横一列に並ぶと、トパパは孫たちの顔を見渡し、静かに訊ねた。

 「何故呼んだか、分かるな」

 「ええと…はい、あの…たぶんそうだと思います」と、ポポ。


 「よろしい。
  お前たちの身に何が起こったかは、大まかにだが分かっておるつもりだ」

 トパパは言い、続いて厳かに告げた。

 「 ── 先程、『風』のクリスタルよりお告げがあった」


 「!! じゃあ、やっぱり……!」

 どよめく兄妹。


 ここでついに、ポポが無断で約束事を破ったことを黙っていられなくなる。
 後ろめたさが彼に言わせた。

 「……あの…ごめんなさい、僕たち」

 そんな彼の言葉を引き取り、もう一人の長老、ホマクが言う。


 「無断で北の神殿跡へ行ったことか?奥で、『風』の祭壇を見てきたと」

  訳知り顔で頷き、ぱちりと片目を瞑る ── 全てお見通しだった。
 ポポが吃驚して目を丸くすると、彼はからからと笑った。

 「困ったことよ」

 「……」


 「しかし今回ばかりは叱れんな、トパパ。
  子供たちの好奇心だけがこの事態を招いたのなら、何とでも言えようが…
 『風』が絡んでおるもの、のう?」


 「…全くだ」トパパは溜め息を一つ つくと、再び厳粛に言った。

 「しかし、これは偶然起こったことではない。
  クリスタルは自ら、お前たちを『呼んだ』のだからな」


 「クリスタルが、僕たちを…」

  思い当たるふしが多すぎて、四人はただただ驚くばかりだ。
 それでも我が身に起こったことは、正確に把握しつつあった。
 全員が…様々な感情と共に。


  機会を与えられると、四人は我先にと洞窟での出来事を話した。
 こんな状況でさえなかったら、日常の中の小さな冒険談になっただろう。
 そしてその後、祖父からこってりお叱りをいただいたに違いない。
 …それが終われば、日常が戻ってくる。

 だが、しかし。

  今、話す側は戸惑いを顕わにしており、
 聞く側は淡々と語られる顛末を聞いていた。


 日常とは明らかに違うことが、始まりつつあった。

 …そう、これは始まりに過ぎないと、誰もが既に、どこかで理解はしていた。


 「…祭壇には、封印されたという魔物が居ました。
  昔語りで聞いた姿そのままに」


 「クリスタル ──『光』のちからが弱まった証拠だろうな。
  だからこそ『光』はお前たちを手元へ引き寄せた」


 「クリスタルは俺たちのこと、『光の戦士』って呼んだんだ」


 「クリスタルは僕らに言いました。『闇』の氾濫をくい止めろ、と…。
  それは、世界に何か ── 」

 キャンディは言い淀み、何とか先を続けた…ように、
 ポポとアリスには見えた。

 「…何か、悪いことが起こる。
  いえ、既に起こっている……そう、考えるべきでしょうか」


 「おいおい!縁起でもねえな」

 「心当たりが、あるんだよ」

  彼は険しい表情で言う。そのまま、長老達の方を見て続けた。


 「最近、世界中で異変が起きていると聞きます。
  ── 長老が外と連絡を取っているのはそのせいでしょう?
  村のみんな、普通を装ってるけど、本当は不安なんだ。…違いますか?」


 「………」


 「魔物達も凶暴になっていく。地震の前後から人里に現れていた。
  …祭壇の洞窟で、僕らは小鬼に会いました。
  あそこは以前、魔物なんか決して棲んでいなかった筈です」

 三人が頷く。
 長老達は予想はしていたようだが、衝撃を隠しきれない様子だった。

 「…関係が、あるのでしょうか」


  最後の方は、絞り出したような声になった。


  世界の危機、光の啓示…肯定して欲しくはなかった。何故ならそれは、
 自分たちがあまりにも重大な使命を背負ってしまったことを意味するから。
 ── しかし。


 「おそらくは、な。間違いなかろう。
  …異変についても聞いての通り、この村の被害など小さいものだ。
  全てはあの地震以来、始まったという。そして」

  トパパは順繰りに、子供たちを見やった。

 「世界の命運を託すべく、クリスタルは戦士を選んだ。希望を持つ者として」


 「それが…僕たちだと?」

 「さよう。…村を出なさい。世界を旅して異変の元を探り、それを断つのだ」



 「……。あのさぁ」

  どことなく重い空気の中、ムーンが口を開いた。全く緊張感の無い様子で。

 「それって、俺たち勇者にされちゃったってこと?そんで、
 『今から世界を救いに行け〜』って、俺、そう聞こえるんだけど」


  身も蓋もない言い方だが、要点は上手く捉えているらしい。



 「平たく言えばそういうことになる」トパパはいささか苦い顔で頷いた。
 「まさか、お前たちが選ばれるとはな」


 「ほんにのう。こんな子供たちがの」

  相変わらずどこか惚けた口調で、ホマクも言う。


  母ニーナはといえば、先程からただ黙って話を聞いている。
 何かを言いたそうに、だが何とも言えない顔をして、四人を見つめていた。


 「お前たちには酷なことかもしれん。
  儂とて、送り出すのに戸惑いがないわけではない。
  しかし、クリスタルの啓示を受けた者こそ、世界の救世主。
  我々に残された、希望なのだよ」

 「…」

 そこまで聞いて、「待って…!」
 今まで拳を握りしめて俯いた姿勢で居たポポが、と顔を上げた。

 「ちょっと待ってよ!そんな、いきなり…っ」


  告げられた事の重大さ。彼の表情は、充分心の内を物語っていた。


 「僕はそんなこと…無理だよ!!どうして!?何かの間違いじゃないの?
  だって僕たち、昨日までただ…ただ普通に、平凡に暮らしてただけなのに」


 「どうして、と言われてものぉ」

  長老ホマクはふさふさした白い眉を寄せ、僅かに困った顔をする。

 「強いて言うなら、時が熟したということじゃ。…ほれ、お前の中にも
  光が見える。それはクリスタルより啓示を受けた証、他の誰にも代えられん」


 「でもっ」ポポは勢い込んで言いかけ、…また俯いた。
 「…でも、僕…何にも出来ないよ……」


 「〈魔法〉は」ぽつりとホマクが言った。
 「お前がわざわざ勉強に精を出して身につけたその知識は、何だと言うんだね」

 「それは…」

  ポポは言い淀んだ。


  彼には、村の男たちと同じ仕事をするのは困難だった。
 周りの少年たちが親に仕込まれて、働き手として力仕事を手伝う頃になっても
 馴染めないでいた。決して出来ないわけではないが、
 良かれと思ってしたことが余計な手間を増やしてしまう。
 周りと同じ事をしようとすると、人に気を遣われてしまう。
 手伝うことで自分は返って迷惑を掛けているのでは、と思う。
 要は向いていないのかもしれない。何度やりきれない思いに駆られただろう。


  それを察した祖父は、孫に〈魔法〉の習得を勧めた。
 自らの不得手を埋めるように、彼は読書に没頭し、
 祖父の伝授してくれる知識や技術を身につけていった。

 彼は次第に、知識を蓄えることへ、面白さや喜びを見出した。
 やりきれなさの代わりに、手応えを感じていった。
 …しかし、それもまだ、ここ二、三年の話だ。


 そして、なんと〈魔法〉においてさえ問題が出てきた。
 それは今も彼の中で燻り続けている。
 よりによって、こんな時に『光の戦士』にされてしまうなんて…!


 「勉強はしてるよ。けど、それは『世界を救う』なんてことを
  するためじゃ、ない。…なかった」


  ただ、楽しかっただけ。
 自分の知識が深くなっていくことに、満足したかった。


 「知識なんてものは、思わぬ時に思わぬ形で役立つものじゃ」

 「まだ、勉強中だもん。ちゃんとした〈黒魔導師〉じゃないよ」

 「それでも、今まで蓄えた知識は無駄になりはせん。
  余程のことがない限り、失いもしない。
  …どうかの?お前は今、零(ゼロ)ではないはずじゃ」


 「それにの、人には得手不得手はあっても、
 『何も出来ない』なんてことはない。
 『何もしない』のを選ぶことは出来るがの」

 「……」


 「そうよ!」横で聞いていたアリスが、勢い込んで頷く。
 「洞窟でだって、魔法で助けてくれたじゃない」


 「へろへろだったけどな」とムーン。言いながら、にっと笑う。

 キャンディは無言で弟の肩に手を置き、微笑む。


 「のう、ポポ?お前さんが『何も出来ない』なんて、嘘じゃよ」


  長老ホマクの言葉に、黙って頷く母。祖父トパパだけは、
 厳しい表情を変えることはなかったが。祖父は言った。


 「…お前にとて困難がないとは言わぬ。だが、志したからには
  中途半端は許さぬ。実践も勉強の内、〈魔法〉の類となれば、なおのこと。
  外に出て実力を磨いてきなさい。くれぐれもむやみに使うことは無いよう。
  お前は、充分に分かっているだろうがな」


  皆の叱咤激励に、ポポは胸に込み上げてくるものを感じた。

 「……うん、── 頑張る」


  ようやく彼は顔を上げた。群青の瞳に、
 小さく、微かながら炎が点ったようだった。


 「…よろしい。では出発の準備を。それから今夜は、ゆっくり休みなさい」




 「もっといい武器ないのかよ、師範!」

 「馬鹿言え!これは我が家に伝わる由緒正しき棍だぞ!
  大体、その剣は何なんじゃ。
  格闘家が武器に頼ろうなんぞ弛んどる!!素手で充分じゃ素手で!!」


 「へーんだ、頑固ジジイ。俺は武器の扱いに関しちゃ天才的なんだぜ。
  素手でも充分強いけど、武器があれば強さは倍になる!いい武器なら尚更だ。
  そこんとこ、解ってほしいよなあ……」

 「たわけ!口ばっかり達者になりおってからに」


 「痛ってぇ〜〜〜!!」


  倉庫の分厚い扉を隔ててなお聞こえてくる怒鳴り声に、キャンディは笑った。
 かれこれ一時間近くもあの調子だ。


 これから魔物の出没する中を旅していこうというのだから、保身のために
 武器は必要だけれども…選び始めたら、きりがなくなってしまったらしい。
 思うに、使い慣れた物が一番だと思うのだけれども。



  ムーンは、剣術を教えてもらう傍ら、老師について格闘技も齧っていた。
 もともと身体を動かすのは好きで、何にしても「格好いいから」と形から入る
 タイプなのだが、やってみると思いの外筋がいい。
 特に運動神経は抜群なのだった。


 ただ、あの通りの性格だから、老師と一緒だとなかなかに騒がしかったりする。
 …いや、老師に限ったことでもないか。



  家の裏手から帰宅し、台所を覗くと義母親ニーナが居た。

 「母さん」

 「あらキャンディ、お帰り。あと少しで夕飯よ」

  いい匂いのするシチューの鍋をかき回しながら、母は振り向き、微笑んだ。


 「もうそんな時間か。手伝うよ」


 「みんなは?」

 「ムーンはまだ倉庫だよ。ポポとアリスは、おじいちゃんの所じゃないかな」


 「準備は、もういいの?」

 「うん、粗方。必要なものは揃ったし、
  後はみんな…各自で持っていくものがあれば、それで終わり」



  テーブルを拭き棚から食器を出して並べていると、ふと背中の向こうで、
 そっと母が溜め息をつくのが聞こえた。


 「……何?」

 「いえね、不思議だなあと思って」


  母はしみじみと言った。そんな気持ちは、何となく分かる気がした。
 ── 母と同じように彼もまた、笑む。

 「僕たちのこと?」


 「それもあるけど…いろいろよ。巡り合わせって不思議ね。
  おじいちゃんが貴方たちを拾って、だから今こうして、ここに居てくれて。
  明日、旅に出る…。どこまでが偶然なのか、判らないくらい」


 「…確かにね。時期が少しずつずれてるとはいえ、
  みなしごが四人も拾われるなんて、ちょっと驚きだ。
  おじいちゃんは、よっぽど子供が好きだったのかな」

  冗談めかして言うと、母は目をぱちぱちさせた。


 「あら。それは、あながち外れてないわ。
  あれで、おじいちゃんは貴方たちのこと、可愛くて仕方ないのよ」


 「でも母さんは、いきなり息子や娘が増えて大変だったでしょう」



   ─── ムーン、ポポ、キャンディ、アリス。
 『風』の村ウルで育ったこの四兄妹。
 そして長老トパパ、義母親ニーナは、同じ屋根の下で暮らしてこそいるが
 血縁ではない。


  子供たちはそれぞれ異なる時期に一人、また一人とトパパに拾われ、
 ニーナが母親代わりとなって彼らを育て上げたのだ。


 親子の間はもちろん、兄妹間にも血の繋がりはまったく無い。
 それは彼らの容姿や色素の違いからも容易に察せられる。
 何しろ、各々が全く異なる特徴を持つのだから。


 しかし、四人はずっと一緒だった。
 物心つく前からか、ついた時からなのか。
 気がつくと側にいた、…そんな感じだった。
 それからずっと、四人一緒に居ることが、もう当たり前になっていた。

 疑問を抱くことは殆ど無かったと言っていい。事の次第を初めて知った時も、
 衝撃ではあったけれど、変に悲観したりはしなかった。



  キャンディ自身も赤ん坊の時に拾われて、以来ここで育ってきたから、
 今更本当の出自がどうであろうと、関係なかった。
 …いや、こう言ってしまうと語弊があるかもしれない。
 要は、気にしたことがなかったのだ。
 改めて考えてみたこともない。弟や妹は、違うかもしれないが。


  村人たちは、ムーンやポポ、アリスがやって来たときも、温かく受け容れた。
 キャンディが思うには、ごくごく自然に。

 そして、慣れる時間には個人差があったが、最後にはみんな、
 すっかり「ウルの子供」になった。村の「日常」に入ったのだ。


  辺境の村というと、多くは余所者を嫌うイメージがある。
 だが、ここは違った。常に温かく、外からやって来たものを受け容れる。


 それは、この村が旅や自由を象徴する『風』の恩恵を受けているからかも
 しれない。あるいは『風』の祭壇の膝元に在り、
 多くの旅人を受け容れては安全を祈願し、送り出している故かもしれなかった。


  …何にしても、キャンディはこの村が大好きだった。ここで育ったことを
 誇りに思っている。

 「ありがとう、母さん」

  ぽつりと言うと、母は笑う。

 「やあね、何改まってるの。そりゃ、大変は大変だったけどね…後で振り返ると
  子育てって、やっぱり嬉しいものよ」


  母の口調には、心なしか明るさが足りなかった。
 いつも笑顔で、そこに居る ── 決して泣いたりしないひとだったけど。


 「キャンディ」

 「…ん?」


  母の姿は、何だかとても小さく見えた。
  彼女は息子を見上げ、その目を見て静かに言う。


 「気をつけて、行ってらっしゃい。みんなをよろしくね」

  安心させたくて咄嗟に出てきた言葉は、ひどく簡潔なものだった。


 「うん…大丈夫だよ」




  村の出入口に、旅装束で子供たちは立った。
 荷物は決して多くない。見送りは、母親と長老達、風の司祭などに限られた。


  ポポは周囲の人間を見渡した。そして、母親に目を留める。
 その顔を見てしまうと、我慢していたものが込み上げてきた。それを抑えようと
 して、必死で堪える。

 …駄目だ、絶対。ここで泣いたりしたら、きっとまた心配をかける。
 それに、優しく手を差し伸べられたら、もう旅になんか行けない。
 だから精一杯の笑顔をつくった、つもりだった。


 「……お母さん…!!」

 「ポポ」肩を震わせる息子を優しく抱きしめてやりながら、ニーナは言った。
 「ほら、しっかり。男の子でしょ?」

 「うん…うん……。行ってくる」


 「行って参ります」

  折り目正しく言ったのはキャンディ、長老トパパも頷く。

 「うむ、しっかりな」

 「はい」 


  一方ムーンは、場の雰囲気が何だか重くて、あまりに落ち着かない。
 それで、反射的に明るい声を出すのだった。


 「じっちゃん、暗い!! ── 大丈夫だって。
  俺が居るんだぜ?」

 「…お前がそうだから、一番不安なんだが、分かっておるか」


 「言えてるわね」

 アリスが最もらしく頷いた。
 くってかかろうとする兄を横目でちらりと見やり、
 いささか大げさに溜め息をつく。

 「ご心配なく。『お兄ちゃんたち』が馬鹿なことしないように、あたしが
  ちゃあんと見てますから」


 「あのなあっ!!」 「あはは。信用無いなあ、僕ら」



 「いやはや、元気じゃの」

  長老ホマクは、いそいそとやってくると、手にしていたものを
 ポポの頭に被せた。── 鍔の広い、とんがり帽子。


 「ホマクおじいちゃん、これ…」


 「餞別じゃ、持ってけ」ためらうポポを後目に、さらりと言う。
 「昔っから、黒魔法使いはこれと決まっておる」


 「!!……ありがとう!!」


 「な〜に、気負うことはない。物見遊山にでも行くつもりで、楽しんでこい。
  何せ、世界中回るんじゃからの」


 「まあ、ホマク様ったら」ニーナは明るい声をたてて笑った。
 「行ってらっしゃい。くれぐれも、病気や怪我には気をつけるのよ。
  ……お土産、楽しみにしてるわ?」

  最後に茶目っ気たっぷりに瞬き、こんな風に付け加える。


 「……。気を付けてな」


 「君たちの行く先に、良い風が吹かんことを。風はいつも君たちと共にある」

  黙って控えていた風の司祭は、旅人を送り出す時するように言った。
 まさか彼らを送り出すことになろうとは…。


  子供たちは、揃って頷いた。


 「行ってきます!」

 「見とけよーっ!バッチリ世界を救ってやるからな!!」

 「みんな、元気でねえ!」

 「またね、お母さん!おじいちゃまーっ!」


  歩き出す四人の背中を、風が後押しした。
 北から吹きつけるそれは幾分冷たかったが、軟風。彼らを導くかのようだった。



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