(4)啓示
「や…った…」
「ふあ〜…危なかった……」
「助かったあ……」
安堵のあまり溜め息をつき、力無くその場に座り込んだ三人。
と。ムーンは、またしても傷が完治していることに気づいた。
「…治ってる」
相変わらず破れた袖はそのままだったが。
消えた傷をぽかんと眺めていた少年たちは、先刻の緑色の光に思い当たった。
「!」
殆ど同時に振り向いて、彼らは妹の姿を見つける。
彼女は神々しい光を放つ水晶柱の側で、途方に暮れていた。
…疲れを押して立ち上がり、駆けつける。
「アリス!」
「アリス、無事か!」
「…大丈夫?怪我ない?」
言われると、彼女ははっとした。たった今、夢から覚めた人のようだった。
「生きてるか?起きてるか?おーい」
「ムーンてば」
「アリス…大丈夫かい?」
アリスは笑顔を見せた。
まだ夢見がちな微笑みだったが、出てきた言葉は しっかりしていた。
「あ。うん、あたしは平気。みんな無事?」
「うんっ」
「お陰さんで。さんきゅ」
「ありがとう、アリス」
「お礼なら、あたしじゃなくてクリスタルに言って。
あたしは、お祈りしただけだもん」
「お祈り」
ムーンはふざけて、目をぐるりと回して見せた。
「そう」
アリスは一度三人を見回してから、改めて目の前の水晶柱を見上げた。
もうずっと其処へありながら、一点の曇りもない宝石を。
「…ねえ、クリスタル。貴方よね?あたしに話しかけたのは…」
( ── いかにも)
万物の根元、世界の全てを支える尊い存在 ── に対して、
アリスの言葉は礼儀を欠いたものに違いなかった。しかし、それでも
クリスタルはあくまで優しく答えるのだった。
これに驚いたのは少年達の方だ。
「お…おい、聞いたか?クリスタルが喋ったぜ!」
「う、うん…!今の…空耳じゃなかった、よね?本物だよね?」
「信じられない……言葉を聞くことが出来るのは、
選ばれた者だけだっていうのに」
(よく聞け)
クリスタルが言った。それで、子供たちは一斉に口をつぐみ、慌てて
その言葉に耳を傾ける。
(汝等、選ばれし者たちよ……。我が中に残った最後の光を…
最後の希望を受け取ってくれ。このままでは、この光も消えてしまう。
全てのバランスが崩れることになる……)
「…ひかり…?」
(光を受け取れば、大いなるちからを取り出すことが出来よう。
それは溢れる闇を打ち砕く力となる。
闇の氾濫を止めるのだ。この世界を消してしまってはならない……)
「…え?」
「な、何だよ、何なんだよ!?」
「うわーっ!!」
「きゃああ!!」
突然クリスタルが輝きを増し、四人は光に包まれた。
何が起こったのか、考える暇も貰えないまま…気がつくと四人は、
真っ白な空間に居るのだった。
きょろきょろと辺りを見回したが、あるのは溢れる光だけだ。
辛うじて上下左右の認識はできるものの、床も天井も消えて無くなっている。
それ故だろうか、宙に浮いていると感じてしまうのは。─── いや、違う。
四人は宙に浮いているのでもなく……そう、自分が空間そのものに融けて
しまったのだと思った。
彼らは今や、完全に光と一体だった。クリスタルの ─── 『風』の気配を
自分の内に感じることができる。
…と。
眩いばかりの白い空間の中で、四人は見た。
ここでは認識できない筈の、おぼろげな人影を。
人が人として見える不思議よりも、反射的に、ごく当たり前の疑問が先に立つ。
……誰だろう?
彼らが思うと同時に、人影は両手を胸の前へ持ち上げた。
丁度、両手大の箱を手にした姿勢だ。何があるのかと目を凝らしたところで、
その手の中には、何も在りはしなかった。
だがやがて、徐々にその手から灰色のものが湧き出してくる。…霧か、煙か。
薄墨色のそれは黒へと変じ、広がって、次第に色濃く辺りを覆った。
四人には、まずその人自身が闇(と皆には認識できるもの)に
じわり、じわりと染まってゆくのが見えた。
そして、とうとうその両手に収まりきらなくなった闇が、
まるでコップから水が溢れ出るように ── 流れ出していく。
流れ出した『闇』は、周囲の『光』を侵食するかに見えて、
音もなく『光』との衝突を繰り返す。……そんな中で。
また新たに、何かが生まれた。── とても嫌な感じのする、『何か』───
…生まれる、と言って良いものか。
だいたい、そこには何も『無い』のに。
強いて言い表すとすれば、『空っぽ』だ。『空っぽ』の感覚が、そこに在った。
突然、『空っぽ』がこちらへ向かってきた。
只ならぬ気配を感じて、四人は その場から逃れようとする。
しかし、追いつかれる、と思った途端、本当にその通りになった。
『空っぽ』が迫ってくる。
大きな大きな口を開けて、四人を呑み込もうとする……!!
( ── っ……!!)
─── 無限の恐怖。
叫びたくて ── 助けを求め叫びたくて、泣き出したくて。
けれど、声が出ない。『空っぽ』の波に揉まれ、押し流されて、
自分が『からっぽ』になる。消えてしまう!
必死に身を縮め、あるいはもがいて振り払おうとしても、
それは意味を成さない。もう、そこに自分が居るのかすら分からない。
自分が無くなる。自分が自分であることも、分からなくなる……。
( ── ……。)
もう駄目だと覚悟した瞬間、『光』が戻ってくる。温かさと共に。
あの輝きと、慈愛に満ちたことば。
四人は自分を取り戻す。この上ない安堵感を覚えながら。
…『風』のクリスタルは言った。「四つの希望の光で世界を救え」と。
「この世界を消してしまわないでくれ」と……。
それは命令というよりも哀願に近かった。
同時に伝わってくる切迫した雰囲気が、子供たちを真剣な気持ちにさせる。
四人はクリスタルの声に耳を傾け、その意思を理解した。
…が、どうしたことだろう。声はとても小さく、弱くなっていく。
繋ぎ止めておこうとする四人の思いとは裏腹に。
(光の戦士よ…… ─── 光と闇を分かつ者達よ、
この世界に再び希望を……。……)
切ない余韻と温もりだけを残して、クリスタルが遠ざかってゆく……。
「……」
陽光と小鳥のさえずりに目覚めを告げられ、四人は起き上がった。
「…う……ん、…あ、あ〜〜…」
「ここは…?クリスタルは…?」
「…行ってしまった…?いや、僕らがここへ、出てきたのか…」
「……。…? ── 見て!」
妹の声で、少年達は我に返る。
「…ここ、村の裏側じゃない」
その通り、四人が目を覚ましたのは、
彼らが住む風の村「ウル」の、綺麗に刈り込まれた林だった。
向こうから穏やかな風に乗って、人々の喧噪が聞こえる。
見慣れた風景、生活感漂う場所。…四人は顔を見合わせた。
「帰ってきたんだ!」
ポポが嬉々として叫んだ。かたやムーンは、欠伸を残す。
「それにしても、クリスタルも気が利かねーよなー…
どーせ送り届けてくれるなら、家のベッドの中にしてくれりゃいいのに」
「馬鹿なこと言ってないの! ── 聞いたでしょう?あの、クリスタルの声」
「とても、哀しげだった…。『闇が氾濫を起こす』と言っていたけど、まさか
この前の地震と関係あるんだろうか。魔物達のことも気になるし」
「…俺たちのこと、『光の戦士』って言ってたな…」
「夢じゃないよね」
「夢なもんか。俺たち、確かに祭壇へ行って、魔物と戦って、
クリスタルに会ったろ?」
ムーンは一言ずつ強調して、大げさに手を振って見せた。
「うん…。痛っ、なにするのさムーン!」
「ほら見ろ」弟の頬をつねっておいて、彼は最もらしく頷く。
「痛いってことは、これは現実なんだよ」
「そりゃあ、『今は』ちゃんと、起きてるもんっ」
ああでもないこうでもないと議論の末、四人は結局、祭壇での出来事を
信じることにした。
四人が四人とも同じような夢を、しかも同時に見るなんてないと思ったし、
何よりも…あの恐ろしい体験やクリスタルの温かさは、現実味がありすぎる。
今も、まざまざと思い出すことが出来たからだ。
加えて、破けた袖はそのまま。
更にポポの持っていた筈の〈魔法〉の結晶は、しっかり消失していた。
ここまで揃えば、夢だと疑う方がおかしい。
「…とにかく、長老たちに話を聞いてもらおう。何か、ご存知かもしれない」
「でぇーっ、わざわざ怒られにいくようなもんじゃん」
「仕方ないだろう?」
家に戻ろうと歩き始めたところで、慌てて走ってくる人影がある。
もちろん、よく見知った村人だ。
「お前たち!?」彼はあからさまに驚いた様子だった。
「今までどこに…まあいい。長老様がお呼びだ。急いで家へ戻りなさい。
……。まさか、何かしでかしたんじゃないだろうな?」
汚れた衣服に目を留められ、顔をねめつけられたので、
四人は慌てて首を横に振った。滅相もない、と口を揃えて弁解する。
こっそり横目を使ってお互いを見やった四人には、
いつになく深刻な表情が浮かんでいた。
何やら只ならぬ事態らしい。
心当たりは、と聞かれれば、有りすぎるくらいだった。
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