(17)広間の決闘
魔法陣が光るや否や、〈黒魔法〉が完成した。
〈サンダラ〉が荒れ狂う雷を成して、『光の四戦士』に襲い掛かった。
稲妻が駆け抜け、身体の芯を容赦なく貫いていく。
「うわあああ!!」
凄まじい衝撃。たちまち四人は態勢を崩した。
心臓が激しく脈打っている。…止まらなかったのが奇跡だ。
威力が段違いだ。ポポには、それがよく分かった。
こんなものを立て続けに食らったら、命がいくつあっても足りない。
「…っどういうことだ!?」
「だから」
だから言ったのだ。普通なら、みんなが捕まるわけは無いと。
ここは、いわばハインが全てを支配する空間なのだ。幾つもの魔法陣によって。
当然、主であるハインはここの構造を熟知している。
呪文など無くとも、瞬時に〈魔法〉を発動できるわけだ。あるいは、あの溢れた
『暗黒』が それを可能にしているのかもしれないが。
また魔法陣が緑色に光る。
ひゅん、と不思議な音が耳を掠め、畳み掛けるように吹雪が襲う。
〈ブリザド〉系の魔法だ。
全身を凍えさせた『光の四戦士』。顔が痛い。
そして手足の指先は、痛むのを通り越して麻痺した。感覚がない。
殆ど気力だけで杖を掴んでいたアリスが、
緑の光と同時に、今度はハインの手から火焔が生じたのを見る。
全身から力を振り絞って叫んだ。
「よけてぇ!!」
はっとしたムーンとポポだが、防御する間もなく炎の直撃を受ける。
何て大きく、広範囲に届くのだろう。
「「あああ!!」」
ドワーフ製の衣服が紙同然だ。
匠の技を以てしても、気休めにしかならないなんて。
…そこに再び、極寒の冷気が吹きつけた。
「どうした?少しは楽しませてくれたまえよ」
ハッハッハ、と魔導師ハインは笑う。
「………っ」「…。……」
頽(くずお)れた二人は、勝ち誇った敵を見上げた。
ムーンが膝をついて ―― 強い怒りを、
ポポは尻餅をつき、片手を支えに腰を引いて、恐れを顕わにする。
キャンディは、捩れた枝の垣根に寄りかかり倒れて、既に動かない。
アリスが慌てて治癒魔法を施したが、意識を取り戻さない。
あともう一回、魔法陣を起動させれば一網打尽に違いないのに、ハインは
そうしなかった。「死ね」と言ったくせに。
遊興にでも耽っているようだ、とアリスは思う。
―― そうだ。遊んでいるんだわ。
ぞっとした。実験動物でも見るような目で、ハインはこちらを見ているのだ。
四人の力はどんなものかと、興味津々で観察している様子だった。
彼の作り出した〈魔法〉に、四人が どの程度耐えられるのか。
どんな風に、どの程度抗うのか。
…嫌だ。この、あえて生かされているのだという感覚が。
得体の知れない恐怖の正体が、やっと分かった。
できるものなら、これ以上動きたくなかった。動かないのが得策だとも思う。
たとえ反撃をしても、徒(いたずら)にハインを喜ばせるだけだから。
でも、それじゃ…何をどうしたら良いのだろう?
「なんだ、あっけない」ハインは心底残念そうに言う。
「私は、君たちを買い被りすぎていたのか?」
彼は長靴飾りの音をシャラシャラさせて、ムーンとポポの目の前まで歩く。
倒れたキャンディを眺め ―― 立ち竦むアリスに視線を移し、
また目の前の二人に戻した。
左手で、杖の先端に付いた大きな紅玉(ルビー)を握っている。
それと揃えたように、右手の人差し指には小さな紅玉のついた華奢な
指輪を填めていた。骨だけの手を、気取って差し伸べる。
「ポポ…どうなんだ?こんなものでは無いはずだ。君のちからは」
「っ」 両手を使って拒絶した腕の先、ふいに炎が形を為す。
炎はハインに向かい、彼を焼くかに見えたが、それをハインは制御し、
自分の手の中に収めた。少し驚いた顔が ―― やがて、実に嬉しそうに微笑む。
「そう、その調子だ。それでいい」
向かっておいで、と彼は言う。まるで、諭し励ますように。…敵なのに。
と、宙を鋭く斬る気配がした。
「!」
ハインは、ふいに自分へ向けられた拳を避け、
続いてやってきた蹴りを、ガッキと片手杖で受け止める。
「!?」
狼狽えた少年の顔も、ハインは余裕たっぷりに見つめ返した。
そう。ムーンが、痛みと気色悪さを払わんとばかり攻撃を仕掛けたのだが…
まさかハインに受け止められるとは思っていなかったのだ。
「純粋な『水』 ―― 異質なものを融合させるには最適だ」
…目の前に居るのは しゃれこうべだ。
表情は無いのに、笑っているのが判るのは何故だろう。胃の中がひやりとする。
身に帯びた、預かりものの剣。―― アーガス王の剣。
持ち主と同じ、『王者』の名を冠する剣の重みが、
怖気に浸食されかけたムーンの、支えになった。思わず、その柄に手を掛ける。
―― どうか、王様。
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃねぇ!叩っ切ってやる!!」
言葉通り、ムーンは『王者の剣(キングス・ソード)』を振りかざした。
身体を右に引いて大きな一撃を避け、ハインは言う。
「その剣、持ってきてしまったんだな。『闇の蔓』の発育を抑えるには
最適だったのに」
「!」
しまった、の表情をしたのはムーンだけではない。ポポも同じだ。
「まあいい」
「ああ、関係ねえさ。お前を倒せば、それで終わりだ…っ!」
二度振るった両手剣。またも杖で受け止め、ハインは挑発した。
「できるかな?」
杖と両手剣、勝負は明らかに剣の方が有利に見えたが。
戦いが始まった。
びゅんびゅんと空気を切り裂き唸る刃を、ハインは片手杖で受け流す。
普通だったら杖が弾け飛ぶか折れるかしそうなのに、手応えが あくまで堅い。
見た目通り木で出来ているとは思えなかった。
床に魔法の紋章が幾つも幾つも光って、華やかな宮廷の広間を思わせた。
剣戟の小気味よいリズムが、ワルツでも奏でているような案配だ。
「決闘には最高だ」
―― あとは音楽でもあれば、などと のたまう魔導師ハイン。
(楽しんでやがる……!!)
こいつ。 何故、どこから来るのだ、この自信は。
果敢に攻めていながら、ムーンは また胃の中が冷たくなるのを感じた。
正気を失った兄キャンディと対峙した時も同じだった。
ムーンの足元、魔法陣が光った。
ムーンは持ち前の身の軽さで、くるりと体を翻す。
彼を掴まえ損ねた炎が、一瞬だけ燃えてまた消えた。
そのまま飛びすさって、彼は両手剣を構え直した。
切っ先を、ぴたりとハインに向ける。
「大道芸のようだな」 と、ハインが嗤(わら)う。愉快そうに。
(俺が…俺たちが、勝てないとでも言いたいのか)
ムーンは、ハインだけでなく自分自身も『光』が負ける可能性を考えはじめて
いたことに、内心愕然とした。
慌てて打ち消す。…打ち消すために、剣を一閃した。
畳み掛け、力一杯踏み込むムーンと、床を滑って踊る足取りで引くハイン。
両手剣は重い。命中すれば破壊力は抜群なのだが、相手は信じられぬほど
確実に、攻撃を受け止め、流す。
また、ムーン本人は目の前の敵に集中するあまり気づいていなかったが、
彼の体力もじりじり削られていた。
一撃一撃の隙が大きすぎてハインを捉えることができない。
壁際までやっと追い詰め、ムーンは振りかぶった。―― が。
床が勝手に緑色の円紋様を描く。
「ああーっ!」
「!!」
やっと手応えを感じたと思った時、目の前に居たのはハインじゃなかった。
彼はポポに向けて刃を振り下ろしていた。
ポポは慌てて避けたが間に合わず、肩から腕を切り落とされんばかり。
「………っ」
赤く濡れた切っ先。血に染まった弟を、ムーンは青ざめて見る。
もし咄嗟に手加減をしていなかったら、本当に弟の腕を
切り落としてしまうところだった。
「…痛いよ……」 呟いた声が、心底その通りに響く。
「〈ケアルラ〉!!」
ハインの作り出した魔法陣は、今度は慌てて唱えたアリスの〈白魔法〉を
増幅させ、後押しした。
お陰でポポの腕は無事繋がったが、結局、『生かすも殺すも"ハイン様"次第』と
言われたも同然だ。他ならぬハイン自身がそれを強調する。
「痛かったね。温和しく言うことをきかないから…」
「………っ」
みるみる群青の瞳に盛り上がる、涙の粒。
「気は変わったか?」
「ふっざけんな!!」 ムーンは再び駆けた。
「馬鹿!!」 アリスが叫ぶ。
また今のようなことをされては、下手をすれば取り返しがつかないというのに。
「これだからイヤなのよ、単細胞は…!」
完全にハインのペースだ。でも、こうなったら黙っていてもしようがない。
―― アリスは動いた。
「うおおお!!」
ハインの堂々たる笑みを掻き消す勢いで、ムーンは攻めた。
剣戟の響きが再び始まる。大きく振り降ろした剣を、ハインが余裕でかわそうと
したその時。
「『風よ来たれ!』〈エアロ〉!!」
ごうっと横なぐりの風が吹きつけ、ハインに向かった。
不意に生じた空気の流れに、ハインが体勢を崩す。
羽マントが たなびいた後、一部切り裂かれて散った。
(貰った!)
―― ざん!
黒い帽子が宙を舞っていた。
鷹の翼を模した黄金色の柄。
『王者の剣』は、邪なる魔導師の肩から先を一刀両断した。
腕が一本飛ぶ。握った杖とともに あさっての方向へ飛んでいった。
「でやああああ!!」
ムーンは続いてもう一太刀を浴びせようとしたが、
「…っ甘い!」
ハインは姿勢を低く足から床に滑り込み、残った右手を床に付いた。
たちまち呼び起こされる、魔法陣の力。
「ぐあああ!!」
緑色に光った魔法陣の中から、激しい雷が迸った。
目に見えない衝撃が、幾重にもムーンの身体を貫いて、
弱まることなく内部にまで達する。倒れた瞬間、ムーンの瞼は力無く閉じた。
アリスが唱えた〈ケアルラ〉は、今度は魔法陣に取り込まれて敵を癒した。
〈白魔法〉の波動すら怪しく捻って。
飛んでいった腕はそのまま床に落ちたが、ハインはバランスの悪くなった身体を
揺すって、残った片手を支えに…ゆらりと立ち上がる。
湧き出した暗黒の靄が、支えてふわりと持ち上げた。
「流動する『風』―― とんだ跳ねっ返りだな」
「!」
「だから…だから嫌だったんだ」ポポは震えた。
「旅なんて。クリスタルなんて、もう!!」
――『捉えた!』
「!?」
泣き出して歪んだ瞳から また涙を零し、ポポは思わず顔を上げた。
聞こえたのは、聞き覚えのない声だ。
――『おい、お前!』
「え…え!?」
――『お前だお前!いいか、よく聞けよ。おれがあいつの力を抑えとく。
落ち着いて、〈魔法〉いっこずつ撃て』
「え…っ何?誰?長老の木!?」
――『違う。まーいいから。天の声だと思っときな』
威勢の良い感じがする台詞。ムーンにちょっと似てるけど、違うみたいだ。
何が何だか訳が分からないが、とにもかくにも励まされた。
知らない声に勇気を貰い、杖の感触を確かめて、ポポは立ち上がる。
――『行け。試しに、…なんでもいいや、思いっきりぶちかませよ!』
咄嗟に思いついたのは、やはり『火のクリスタル』の力だった。
呪文を唱え〈黒魔法〉を形にする。出来上がったのは、〈ファイラ〉の魔法だ。
アリスに迫った魔導師ハインは、生じた猛火に焼かれた。
「ぐおおお!!……おぉ……。ぉぉ…」
苦悶の声を上げる。燃え上がった手の平を返して、見つめた。
苦しみが、死への恐怖が ―― さっと通り過ぎ、度を超えて、変化した。
アリスは慌てて距離を取りながらも、それを目の当たりにする。
千切れて燃え上がったかに見えたマントを、ハインが翻す。
炎は あっという間に消えた。
発動前の白い光 ―― エネルギー体へと還元されたのだ。
一部は魔法陣へと吸い込まれ、一部は溢れ出した真っ黒な靄に取り込まれる。
今までムーンやアリスを追いかけるように一部ずつ輝きを帯びていた床が、
ふいに明るさを増した。透明な緑色の輝きが部屋全体に満ちて、
「!」
一瞬、酷く眩い光。
しゃあん、と音がして ―― 何だろう?場の雰囲気が変わった。
ぱっと見、何か変化が起こったようには全く見えないのに。
――『もう一回!』
「わかった!」
頭の中の声に急かされて、ポポは二度 火の精霊に呼びかける。
精霊が十二分に満ちたこの空間では、存分に威力が発揮できた。
皮肉なことに、ハインの狙い通りに。
しかしポポは、構わなかった。立ち向かうしかないんだ。
怖じ気づいた気持ちが、見知らぬ誰かの声に励まされて薄れた。
夢中だったが、思考回路は落ち着きを取り戻したようだ。
魔法陣でいっぱいの空間は、ありとあらゆる精霊と魔法力に満ち溢れた空間だ。
逆手に取れば、それは自分にも力を貸してくれる可能性がある。
―― いちかばちか。
古の魔法書。…記憶力の良さが幸いした。
長兄キャンディが繰り返し呟いていた長い呪文。今度は動作と共に
それを基本の一節だけ組み込んで、試しにひとつ。
「〈ファイア〉!!」
ごうっ、と火が沸き上がり、ハイン目がけて突進した。
(やった!!)
一高程の魔法にも拘わらず、炎は増幅されて大きくなった。
ポポが、よし、とばかりに拳を作ったその時、炎は確かにハインを呑み込んだ。
―― が。
「え!?」
魔法は弾かれた。
透明な ―― 硝子か鏡のような障壁が彼を覆い、ポポの魔法を阻んだのである。
そればかりか、エネルギー体となって散れた魔力の欠片が
床や壁に巡る青緑色の蔓を伝って、部屋にあった複数の瘤に達する。
瘤は ―― 下層にあったのと同じものが、全部で六つ。
―― ごわ。
ごちそうさま、とでも言いたげに、暗黒の溢れた枝の隙間が音を立てた。
「な…なんで!どうして!?」
――『ちっ、持ってかれた』
「〈エアロ〉!!」
アリスの発生させた風は、ごうごうと唸ったは良かったが、ハインに届く前に
〈ブリザラ〉をぶつけられ、相殺される。
残った余波は しっかり攻撃手段になり、アリスは呻いて退いた。
(―― みこ。巫女)
呼ばれるのと同時に、長老の木の苦痛が覆い被さって来た。
「…っお願い…やめて」 ―― 今だけは。
「嬉しいよ。君たち。やっと調子が出てきたようだね」
魔導師ハインは何度目か、光の戦士たちに呼びかけた。
カタカタ、と骸骨の顎が鳴る。
アリスは慌ててムーンの倒れている側に走り込み、
「……っ」 ポポは杖を構えた。逃げ出したくなる足を懸命に踏ん張って。
『頼む、ハインを』―― あの時、確かにアーガス王様は一瞬 口ごもった。
神官ハイン。今はこんな風になってしまったけれど、
王にとって彼は間違いなく信頼のおける人だったんだと、ポポは推測する。
そして…凄い魔法だ。ここまで出来たのは、彼が研究熱心な人だからだろう。
優秀で、王からの信頼も厚かった人間。
それが、どうまかり間違って こんなことになってしまったのか。
『倒してくれ』
倒す、というのなら…それはハインではなく。
「――― さあ。見せてくれ」
あの暗黒の靄ではないのか?――まるで、『闇』だ。でも。
ハインが、残った片手を広げた。もう片方も、肩先が動く。
抱擁でもしそうな、彼の仕草。
今は、この人を倒すしかないのか?
「…」 汗が伝う。額を、背中を。
―― キャンディ。ムーン。アリス。
傷つき倒れ、あるいは苦しそうに喘ぐ姿をひとつずつ確認すると、
ポポは、あえて頷いた。―― もう、後がない。
「受けて、立ちます」
「良い子だ」 ハインは満足げに言った。
「!! ポポっ…」
魔法発動の音が、ひゅん、と耳を掠めた。
「〈ブリザラ〉!!」
ポポが氷の結晶を生み出せば、
「〈サンダラ〉!!」
ハインがマントを払い、突き出した腕から稲妻を走らせる。
激しい魔法の応酬が続いた。
「…どうなってる?」
アリスに治癒してもらったムーンは、起き上がるなり問うた。
「押されてる。キャンディも目を覚まさないし、このままじゃ あたしたち」
「巻き返す」 言いかけた妹を、彼は遮る。「こっからだ」
「でも!効いてないみたいなの、ポポの魔法」
確かにそうだ。ポポの撃った魔法は時折 障壁を貫くが、大抵が遮られて、
前後左右上下 ―― どこに当たっても弾かれてしまう。
「くそっ!」ムーンは立ち上がった。「…あの腕切り落としゃ、一発だろ!」
「どうする気!?」
「加勢だよ!」
今のところ、自分たちがハインに勝る点は『頭数の多さ』しかない。
駆け出してから振り返って、兄は妹に言葉を投げて寄こした。
「お前は…喋れんなら、『長老の木』に伝えろ。助けてくれって!」
「なっ、無茶苦茶よぉ!」
ずっと、こちらは『助けを求められている側』だというのに。
しかしアリスは、試みた。何にもしないで突っ立ってるよりましだ。
長老の木 ―― いや、どちらかといえば外を吹きすさぶ砂漠の『風』が
助けてくれないかと、淡く都合の良い期待を抱きながら。
ハインの魔法陣が作り出す緑色の光は、時折強まっては また収まる。
しゃあん、しゃあん、と涼しい音が時折耳を打つ。
何度も聞いていると耳に残りっぱなしになって、聴覚が麻痺してきた。
何度目だろう。魔法陣が光る。
「〈ファイラ〉!!」 「うわあ!!」
慌てて脇に飛び込み、避ける。
炎の柱が立ち上ったかと思いきや、盛大な爆発音が轟いた。
振り返ると、灼熱の炎が明るく辺りを照らす。目標を外したと知れるや、
それは瞬く間にエネルギー体に戻って消えるのだけれども。
「………!」
(こんなの殆ど〈ガ〉級じゃないか…!)
最上級の火魔法、〈ファイガ〉を思って ぞっとするポポ。
包まれたら最後、骨も残らないに違いない。
「〈サンダー〉!!」 ―― 海上戦で連発しているうちに得意になった魔法は、
火のクリスタルに会って以来、少し威力が上がったように感じる。
でもこんなの、このひとには子供の遊びだろう。
魔法陣と合わせて威力を増すことで、辛うじて張り合っている状態だった。
ぜいぜいと息をついているうちに、ポポを励ましてくれていた声が消えた。
ここから先は、一人でなんとかしなければならない。
「威力が落ちたな。どうした」
…まずい。このまま魔法を撃ち続けたら、先に力尽きて終わりになる。
いちかばちかで魔法を撃って、抜けるかどうかだ。
ハインの作り出す結界は、どういうわけか黒魔法を殆ど受け付けない。
ポポが必死になって魔法を ぶつけても、吸収されてハインの手助けになって
しまうのだ。
(最初は効いたのに)
何がどうして効いたのか、今となっては分からない。
現状の打開策も見当たらない。時間の経過とともに魔法陣が威力を増すなら、
…もう勝ち目がない。
不安を断ち切るべく、ポポは魔法を発動させた。
「〈ブリザド〉!!」
届くか。…駄目だ。
「…さて。それでは、そろそろおねむの時間かな?」
ハインは言う。…余興に見切りをつけた風だった。
「………」 足元がふらつく。
「ちゃんと全員、君と一緒に送ってあげよう。心配は要らない」
―― そんなこと、させて堪るか。
光った円の範囲内、逃れようとして一歩及ばなかった身体を、間一髪。
誰かが力一杯 攫って跳んだ。
「ごめん。遅くなって」―― 切羽詰まった表情ながらも微笑んだ、黄金色の瞳。
「………。キャンディ!!」
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