FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -15



   

  (15)古代呪法



 「―― 素晴らしい……」

  男は独りごちた。
 心からの賛美と期待を滲ませて、その声は熱に浮かされた時のよう。


  床一面に広がる水鏡。その上に、彼は沈むことなく立っていた。
 水は、エメラルド色に発光している。色はあるものの、透明感は失われずに。
 見つめた水鏡に、四つの姿。―― 『光の四戦士』に違いない。

 手に持った杖を、とん、と一突き。すると波紋が広がって、少年の顔が映る。
 闇さながらの黒髪と、星を抱いた夜空のような群青の瞳。


 見れば見るほど、彼が良く知っている顔だった。
 最も、色素の印象は正反対だけれども。

 ―― 間違いない。


  先程の炎。高々 三高程(こうてい)の〈黒魔法〉であったが、
 あの純度の高いちからは、充分に彼の期待を上回っている。


 それが証拠に、この部屋に置いた六つの『媒体』が充分なエネルギーで
 満たされて輝いている。―― 彼自らの、喜ばしさに比例して。


 大きな帽子と杖は、あの子が〈黒魔法〉を使えるようになったという印だ。
 『蛙の子は蛙』である。


  まさかと思った。
 何というタイミングか。深追いして事を荒立てずに良かった。
 一度は諦めたものが、もうすぐ、準備万端で ここにやってくる。
 最高の舞台を整えた、今 ―― この、ハインのために。


  壁を這う枝の隙間。暗黒の靄が蠢いて、出てこようとしていた。
  とても生物とは思えぬ暗黒に、男…ハインは愛おしそうに話しかける。


 「待っていなさい。もう少しだ」

  この暗黒。―― 私の知識と経験。そして、あの子が戻れば、きっと…


  興奮に、震えが走った。
  細かく振れて定まらぬ杖の先を辛うじて止め、

  とん。

  また、一突き。


  ―― 水鏡が消え、木目の床が現れた。

  床に描かれた図形は、とても複雑だ。
 沢山の魔法に関する紋章が、互いに組み合っているのだ。


 (戻っておいで)

  大丈夫。私ならば、お前の持つ素質を、存分に引き出してやれるから。





 「また、瘤だ…」

  ポポは不審そうに眺めた。
 瘤を中心に、不特定多数の精霊が集まっている気配がした。


 アリスも怪訝な顔をしている。
 苦しむ長老の木の中にあって、この周辺では
 螺旋形に渦巻く生命の波動を感じたからだ。



 「―― どれくらい登った?」


 「さあ…でも、さっきの階段含めたら、いち、にい、さん…四回目」

  ムーンが質問に答える。


 「四階層か。二層目にあった瘤と ―― たぶん、蔓を通して繋がってるな。
  この中心を軸にして、全体に広がってるんだ」


  手にした魔法書をめくり、キャンディは静かに分析を進めた。

 この本には様々な魔法陣の形が書いてある。
 自分たちが使っているのより遙かに長い、いにしえの呪文も、
 節回しと共に記されていた。

 ここまで長いと、呪文と言うより、歌みたいだ。
 昔の人は、覚えるのも大変だったろう。


 「これ、司祭様のお祈り聞いてるみたいだよね」

 「そうかも」

  ポポの言葉に、アリスは頷いた。
 『風』の祭壇で、クリスタルの言うとおりに祈った時のことを思い出していた。



 「基本の形があって…と。凄いな」

  キャンディが唸った。


 「何が」

 「この場所だよ。みんな、意味も無しに通路を作ったんじゃない。
  全部確かめたわけじゃないけど、きっと
  ここも下層も、魔法陣の一部になってるんだ。
  人の居る空間、全部…あの牢だって、ひょっとすると」


 「でも、そうとは限らないわ。下はともかく…ここなんか、
  魔法陣の形としては歪(いびつ)すぎない?」


 「………」


 「オーエンの塔は、歯車が組み合って動いてた。それと同じさ。
  きっと全部が組み合って、一つの大きな意味と機能を成してる」



 「じゃあ…」

  ポポが、恐る恐る口を開いた。
  ここへ来て分かってしまった。事の重大さが。

  ―― 三人が、彼を見る。


 「うんと単純なのはともかく…魔法陣は大掛かりで、作るのも使うのも難しい。
  だけど、応用が利くんだ。
  ハインが妖精の森を突破できたのも、きっと古い魔法を知ってたからだよ。
  今の魔法じゃできないような…機械文明にも匹敵する色んな事を、
  長い呪文と魔法陣ならできる。
  物を浮かせたり、性質を変化させたり、結界を張ったり壊したり。他にも」


 「でも、長い呪文が無けりゃ、役に立たないだろ?そういうもんじゃねーの?」

 「そう…だけど」

 「奴が長ったらしい呪文唱えてる間に、俺たちが束で掛かりゃ、終わりじゃん」

 「だったら、みんな…こんな風に捕まってないよ!!」

 「なにムキになってんだよ。これだからお前は――」

 「何にも知らないくせに!」


  ポポが声を荒げたのを、久々に聞いた。


 「ポポ」 アリスが顔を覗き込み、
 言葉を連ねようとしたムーンを、キャンディが止めた。




  嫌な ―― 嫌な予感がする。怖い。


  下層から上層まで、見てきた ありとあらゆるものがポポの頭の中を過ぎる。


  上から下まで全部の魔法陣。長老の木の外側を囲った巨大な結界。

 妖精たちは何と言った?
 長老の木が無ければ、森が死んでしまうと――必死だった。それほど偉大な木。
 その木の内部に、意味ありげな蔓と瘤。

 地水火風の精霊と、濃い魔力。
 巨木の命が大きな正の力なら、先程のミイラは負の力だ。

 そして、二種の魔法陣。
 〈白魔法〉と〈黒魔法〉 ―― どちらにでもなる原初の形と、
 魔法の分化を受けて複雑かつ強大になった形。

  こんな規模のものが、全部が合わさって、力を発揮するとすれば。


  とんでもない敵だ。ありとあらゆる魔法を使う魔導師。


 「…………」 

  ―― どきん。

 「………っ」

  ―― どきん。




 「ムーン」 応じて、次兄は長兄を振り返った。すると、
 「悪いけど、手伝ってくれ」 と、くたびれた靴紐を渡される。

 白墨と常備のロープまで鞄から引っ張り出すのを見て、
 彼は頭を捻った。何を始めるつもりだろう。

 「これ、壊した方がいいんじゃねーの?」

 「そう。『壊す』というより…『崩す』」


  同じじゃん、と呟いた彼の背を、妹がぽんと叩いた。

 「叩き割るんじゃないわよ?」



 「ポポ」―― 呼ばれて、ポポもまた慌てて顔を上げる。


  金色の瞳は、相変わらず穏やかな雰囲気を湛えていた。…いつもの兄だ。
 だが、出てきた言葉は真剣そのものだった。


 「僕は、本を読み囓ったばっかりで、詳しくないから。
  知ってること、此処を見て気になること、どんな小さな事でもいい。
  教えてくれ。―― アリスも」


 「うん…」

 「分かったわ」







  最上階に続く階段は、今までと違って あっさり見つかった。
 ―― そう、蔓や幹や枝でなく、ここだけは明らかに人為的な階段だ。登る。

  他よりも通路が広くて分かり易い。天井らしい天井も、見て取れた。
 だが…床の大半を覆い尽くしたエメラルド色の水が発光しているのを見て、
 魔導師である二人が、まず絶句した。


 そして、二人の兄も驚愕に目を見張った。
 見たこともない白い膜が、天幕状になって、天井の至る所に張っていたのだ。
 茸の生える様が、一番近いだろうか。いわば菌糸だ。


 あの不可思議な『瘤』と直結していそうな柱が中央にある。
 大黒柱に見えるそれも、木の芯や石ではない。例えば、巨大な茸の軸。
 あるいは虫の繭が縦に引っ張られ、伸びたように見えた。


 「うわっ、えげつねぇ…。何て場所だよ」

 「同感」 アリスが口元を押さえた。


  床は、渡りとなる中央部に、ごく僅か。後は何かというと ―― 水だった。
 うんと浅い人工池と水路が、水を湛えて、この五階層全体に広がっている。


 水の…普段なら綺麗だと思える透明な緑色は、ここでは
 得体の知れない不気味さを孕んでいて、生理的な嫌悪感と恐怖感を煽った。

 ムーンは恐る恐る、濡れないように進む。
 後から来たキャンディが しゃがみ込み、わざわざ触れようとするのを見て、
 「おい!」 ―― 仰天した。


 「培養液の一種かな…」 と、キャンディは言う。

 「培養?」

 「やっぱり…」


  ポポは相変わらず、ここを警戒しているようだ。さっきから…
 突然、どうしたというのだろう。



 「…なんで、こんなに必要なんだと思う…?」

 「長老の木を、生かすためじゃないかしら?いくら何でも、
  本当に木が死んじゃったら、ハインだって困るんじゃない?」

 「………」

  怖い色だ。綺麗な光と色が、返っておどろおどろしい。
 最初は、藻でも繁殖しているのかも、と思った。
 しかし中から水面に光を当てたような その様は、綺麗すぎ眩しすぎて、
 逆に、生き物が触れたら気でも違ってしまうんじゃないかと危ぶまれた。


  下にあった魔法陣。キャンディと一緒に書物を読んだけれど、
 『水』と『風』の媒体と判別できる形が、ここでは不完全な作りかけのままで。
 未完成なら、良いのだけれど。



 「僕…」

  ポポは、震える手で、立ち上がった長兄の服の裾を掴んで止める。
 怯えを滲ませて告げた。

 「僕、行きたくない…」

 「ポポ」
 「どうしたんだよ?怖じ気づいたか?」


  沢山の培養液。
  複雑怪奇な魔法陣。
  弱りきった長老の木は、半ば強制的に生かされている。


 「こんな場所、ちゃっちゃと抜けましょう」

 「今更泣いても、帰れないぜ。幸い、たぶんそこが終点だ。
  さっさとハインに会って、白黒つけてやろう」


 「うん。だけど」


 内部を浸食した正体不明の枝が寄り集まって、垣根を作っている。
 垣根は狭い通路の部分に差し掛かると、持ち上がってアーチを描き、
 その奥に、寄生した茸の軸さながらの白い柱が見える。
 ここを進めば、終点である。


 「―――」 キャンディが悟る。
 アーガス王の昔話が、よりによって、この場で凶と出た。
 ポポの顔からは、血の気が引いている。



 ――『面差しも良く似ている。血は争えぬものだな、同じ道を歩むとは』


 ――『苦い再会になるかもしれぬ。ハインは、そなたが産まれてからは
    両親を差し置いて、そなたを実の子のように可愛がっていたからな…』



 「ポポ」


 「………っ」  ―― わかった。


  会いたくない。どうしても。

 そんな名前、知らない。憶えてない。
 だから、懐かしいとか、哀しいとかじゃなくて。
 でも、今更だけど、名前が…名前を聞くだけで、

 「怖いんだ……!!」

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