2 砂に煙る、虚ろの城
(12)トックル、再び
エンタープライズは、用心して、村から離れた場所に接岸した。
光の四戦士は、船長ビッケや船医シャルと共にトックルの村に向かう。
「―――」
四人は、村の入口に立つなり愕然とした。
たった今攻めて来られた様子だった上に、以前よりずっと酷い有様だったのだ。
家々は見るも無惨に破壊され、残っているのは曲がった梁、
折れて黒焦げになった柱。壁は只の瓦礫と化し、屋根はバラバラの破片になって
落ちている。窓枠や戸枠だけが原形を留めている建物。
見るからに寒々しい光景 ―― もはや廃墟である。
「ひでえ…」 「……っ」
光の四戦士の他、帆船エンタープライズから降りてきた数人も、
皆言葉を失った。
思わず目を伏せる者、仲間の安否を確かめるため、大声で呼ばわり村に入る者。
近くに敵がいるかも知れない、と頭領ビッケ自ら止めるが。
「フェル ――」ムーンもまた、思い出したように名を呼び、
「フェル!!」そのまま所在を求めて駆け出した。
トックル出身の、海賊仲間の名を。…居ても立ってもいられなかったのだ。
「よせ、止まれ!!」
後を追うポポ、躊躇いがちに続いたアリスと、
弟たちを止めかけて、一瞬 困惑し頭領の方を見るキャンディ。
四人は、海賊頭ビッケに従って止まったのではなかった。
だが、動かなかった。
突然、四人とも身体が硬直したのである。
(――しまった――!)
四人は悟った。まんまと敵の策略に乗せられてしまったことを。
ムーンの口から、言葉にならぬ声が漏れた。上手く喋ることができないのだ。
キャンディの瞳が、ビッケの方を向きながら驚愕に見開かれている。
「魔術か…っ」
頭領ビッケも、同じ症状に襲われるのを感じた。
更に、目がかすみ、耳が聞こえなくなり、意識が飛ぶ。
号令が掛かり、
「捕まえろ――!!」
足音や雄叫びが湧き起こり、あっという間に押し寄せる。
どんな奇跡か、辛くも堪えた光の四戦士には、兵士から容赦なく攻撃がきた。
避けなければ、反撃をしてやりたい、と思うのに、
指が、四肢が固まり、動けない!
(くそぉっ)
精一杯 敵を睨んだ その刹那、頭部と腹部に凄まじい衝撃を受け、
「ハイン様の城の奴隷として使ってやるわ」
…酷く くぐもったその声を聞き留めるより先に
ムーンの意識もまた、暗闇に融けた。
―― ああ。暗い海だ。…ムーンは思った。
ゆらゆらと揺れる海草の林。
海面を、水中から見上げている…魚になった気分だった。
やけに白っ茶けて生育の悪そうな海草は、病的にくねっている。
どこからともなく伸びてきて、遙か上を目指し闇に消えていた。
ゆえに、先端は見えない。
そうして頑張ったところで、空には月も太陽も出ていないのに。
それでも、その "手" を伸ばす。意地らしいくらいに。
―― その意気だ。
海草に励まされて、芽生えた不安感を拭った。
自分も、早く出なくては。この…闇から。
「っ……」
ぼんやり歪んだ視界が、徐々にはっきりする。途端に頭部に痛みを覚え、
ムーンは身体を丸めて、頭を押さえた。
「気がついた?」
「……。シャル」 妹ではなかった。
目の前に居る船医の気遣わしげな表情で、何があったのかを思い出す。
―― 咄嗟に、がばと上体を起こした…ところ、
今度は全身が痛みを訴えて、胃が引っ繰り返った。
酷い気分で、ムーンは呻いた。
「動かしちゃ駄目だ」
船医の手がそっと患部を確かめる。
「気持ち悪くない?」
「少し」
言いながら、されるままになっている。その手は思ったよりも華奢だった。
額に触れる、ひんやりとした掌が気持ちいい。…処置は的確だ。
「軽い脳震盪だね。大きな瘤ができてる。痛みはその所為だ」
温和しくしていると、ぐらぐらした視界と気分の悪さが、徐々に落ち着く。
落ち着けば落ち着いたで、ふつふつと怒りや悔しさが込み上げてきて、
ムーンは声を上げた。
「あいつら…思いっきり殴りやがって…!」
「こりゃ、思ったより元気そうだ」
「シャルは!何もされなかったか?」
「うん。私たちは、魔法で即バタンキュウだったからね」
『私たち』と言われて、自分と船医の他にも人が居るのに、初めて気づいた。
「派手にやられたなぁ」
「まったくだ」
…複数の話し声。何事か指示を出しているのはビッケ船長か。
咄嗟に表情を変えたムーンに、船医は、欲しかった答えをくれた。
「大丈夫。君の兄妹も居る」
「そ、か…」
暫くぼんやりしていた。…辺りは、暗かった。
天井を目指し うねうねと伸びているのは、何かの蔓だろうか。
ひどく色が悪くて、まるでお化けのような…
「!!」
ムーンは、目を見開いた。
とうとう気合いを凝らして、起き上がっている。
「ここ!」
お化けのような。――これは。
彼の脳裏に、様々なことが過ぎっては消えた。
長老の木を連れ去られたと嘆いていた、妖精たち。
木の誘拐犯は、魔導師だという。
砂漠で見た、よれよれの『彷徨う枯れ木』
無人のアーガス城。
そしてアーガスの紋章を着けた兵士はトックルの村に現れた。
セトが教えてくれた、『ハイン』という名前。
もしかして。ひょっとすると。
「ここは…魔導師が…っセトは!?」
「ちょいちょい、ちょい待ち!!そう慌てるなって!」
矢継ぎ早に、思いつく単語をそのまま口に出したので、
さっぱり意味が通らない。
ひとまず安静にさせねばと止めた船医の口調も、
つられて忙しないものになった。
「…気がついたか」
聞き慣れぬ声が耳に留まった。見回して、声の主を見つける。
男が、左右に付き人らしき二人を従えて、
こちらへやってきたところだった。
辺りは明け方の部屋の暗さ、一目では行方不明の風守セトと見紛うたが、
実際は全くの別人だ。
汚れ、もつれた髪は、紐のよう。
長いこと囚われの身なのだろう、汗と脂で酷い臭いがした。
そんななりの男に対して、
「はい」
船医シャルは、珍しく、妙に畏まっている。
キャンディ、ポポ、アリスの三人ともが、そんな男たちに従ってやってくる。
既に起きていたのか。ひとまずの無事を確認して ほっとしたムーンだが、
それは三人も同じだったようだ。足早に彼の側へ寄る。
みんなそれぞれに、打ち身や瘤をこしらえていた。
アリスは既に、怪我人の治療にあたっていたのだろう。少し疲れが見てとれる。
どうやら面子が揃ったところで、ムーンは単刀直入に訊いた。
「…あんた、誰」
声を掛けてくれた男の側に控えていた見知らぬ二人が、血相を変えた。
それと殆ど同時に、
「!こら」 「ばかっ」 「わあっ」
彼の兄妹三人が三人とも、殆ど同時にムーンに飛びかかったと言っていい。
「痛てっ」
キャンディが、慌ててムーンの頭を押さえつけ、下げさせた。
アリスがいつもに増して やかましく何かを騒ぎ立てる。
ポポは口を ぱくぱくさせると同時に、目で さかんに何か合図をしている。
文句を言う前に、船医シャルが言った。
「ムーン。こちらは、アーガス国王様だ」
「アーガス…」
―― こくおう。
「え!?」
お付きの者が、恭しく礼をして一歩下がる。
『国王』と呼ばれた当の男は、心なしか自嘲気味に微笑んだ。
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