FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -11



   

  (11)謳歌



 「おかえりなサイ!」

 「角、取り戻してくれた!どーもありがとー!!」


  予想通り、ドワーフたちは無邪気に、そして盛大に喜んでくれた。
 だが、それとなくグツコーの所在を気に掛けている者も居た。

 例のドワーフ四大名工と、『氷の角』の番人たちだ。


 「はい」…ポポが持っていた角を渡すと、ドワーフの少女は静かに受け取った。

 「ありがとう」


  神秘の輝きを放つ、大切な宝物。
 少女キアは…大事に抱えて持っていき、元の場所へ安置する。

  綺麗に左右対称に並んだ二本の角を、硝子工のお爺さんは眺めた。
 ――今、どんな思いで居るのか。グツコーは二度と帰らない。
 遺品を見るようなものだ。

 お爺さんの前では、泣けなかった。

 許されないと思った。
 今 赤の他人が涙を流せば、
 静かな悲しみを噛みしめている このひとの心を、軽んじるようで。



  口々に感謝を述べる若い衆(賑やかなのは大体が若者らしい)とは対照的に、
 当初 光の四戦士をクリスタルの元へ送り出した熟練の匠たちは、
 静かに礼を述べた。


  その日は岩窟に滞在することとなったが、
 帰ってきたばかりで体はクタクタだったにもかかわらず、
 ポポは何だか岩室内で羽を伸ばす気になれなかった。

 閉鎖空間に慣れなかったのが、原因のひとつ。
 しかしそれより何より、
 ドワーフたちと顔を突き合わせているのが居たたまれなかったのだ。

 にこにこと笑う若者と一緒に はしゃぐ気にも、
 事の顛末を知り受け容れた壮年と共に静かにしている気にもならない。



  四人は、それぞれに時を過ごした。


  地下にある泉で、順番に旅の汚れを落とさせてもらった。
  アリスが一人、水に身を沈めながら、そっと息をついた頃、
 キャンディは案内された寝所で、壁を掘って造ったアルコープのベッドに
 横になり、天井を眺める。


  ―― そして、ポポは。
 洞内の喧噪を離れ、外に居た。
 狭い入口を抜けた時、目の前に広がったのは夕焼け空だった。
 茜雲は鮮やかに赤い。

  赤は強く、猛々しく…同時に怖ろしい色だと、長らく思いこんでいた。
 でも、すぐ側の日常には、こんなに優しい赤があった。


 何だか夢中でここまで来たけれど、
 知らない間に、陽が落ちるのが早くなったなぁ。―― しみじみ感じた。


 季節は着実に冬へと移っている。

 それが証拠に、この風の、身に染みる冷たさよ。乾いて鋭い空気は、
 肌や喉をちくちくと刺した。

 辺りに目立つ黒い針葉樹は、名の通り針のよう。
 長く厳しい冬が、間もなくこの北の地に訪れる。


 しかし、ドワーフたちは
 大地と火の温もりに寄り添い、これからも暮らしていくのだろう。



 岩窟の其処此処には大小無数の通気口があって、
 鍛冶か、煮炊きか、煙が出ていた。
 ふわりと融ける白い煙は、穏やかな日常を感じさせる。

  …グツコーにも、待っていてくれたひとが、帰る場所があったのに。

  久々に温かな気持ちに満たされたと思ったら、後悔の念も湧いてきて、
 ポポは やっぱり表情を変えた。


 同時に、故郷を思い出すと相変わらず恋しかった。
 恋しかったが、「帰りたい」と突き上げるような衝動に駆られることは
 いつの間にか少なくなっていた。

 無我夢中でいるうちに、吹っ切れたのだろうか?いや。
 どちらかというと、麻痺してしまったか…
 頭のネジのどれかが、吹っ飛んだのかも。


  へーくしょい!!

 …突然 盛大な くしゃみが聞こえて、それこそ何かが吹き飛んだ気がした。


 「うわっ、さっびー!!」

 「なんだ、ムーンか…びっくりした」

 「よく居られんな、お前」

 「コレ着てるもん」 …ポポは外套を示した。

  おっさんくさいクシャミやめてよ、と指摘すると、
 逆にクシャミくらい自由にさせろ、と言われる。ついでに肩に引っかけていた
 外套を引ったくられて、丁度冷たい風に当たり…今度はポポがクシャミをした。

 「犬みてえ」 ムーンは笑った。

 「返してよ!」

 「ケチケチすんなって」

 「もーっ、自分の持ってこい!」

 わいわいと じゃれる事、暫し。
 ポポがやっとの思いで外套を取り返すと、ムーンはふざけていたのを止める。


 「…で? どうよ、火のクリスタルに会った感想は?」

 「何いきなり」

 「あんだけ騒いでた割に、うまく行ったなーと思ってさ」


  ポポは、一瞬黙り…正直に言う。

 「…まだ、怖いのは怖いんだ。特に大きなのは ―― 工房の火も。
  でも、少なくとも…前よりは大丈夫。嫌いだと思ってた友達と、
  ちょっとだけ仲良くなれたような感じ…かな?」


 「ふうん。やっぱ、グツコーのせいか?」

 「よく分かんない。でも、そうだね。グツコーのお陰だよ…
  火のクリスタルだけだったら、近寄れなかったかもしれないもん」

 「綺麗なクリスタルだったじゃん」

 「でも、『火』だよ?」

 「『光』でも?」


 「光だって、暴走するって言ってただろ?良いことばかりじゃないんだ」

 「でも、火だって熱いばっかりじゃないじゃん。…おっと」


  ムーンは、炊事場から くすねてきたという蒸しパンを一個、
 布包みから取り出してポポに渡した。自らも遠慮無く頬張る。

 「冷めてる」…文句言いながら、ポポも美味しくいただいた。

 「寒いからなぁ」 ムーンが言った。

  冷たい風が渡った。火のクリスタルの祭壇で、焼けつく熱さに肌を焦がし、
 汗をかいたのが嘘のようだった。


 「なにはともあれ目的達成。『光』も授かって強くなったし、結果オーライだ」

 「…『強くなった』って、実感あるんだ?」


 ポポは、自分と殆ど歳の差が無いだろう兄を見た。

 ポポ自身は、あんまり強くなったとか、変わったとか実感が湧かないのだ。
 それは風のクリスタルに会った時も同じだった。
 自分が鈍いのか、そもそもクリスタルに会っても成長が無いのか。
 …ちょっと不安になったのだった。


 「いや、全然」

 「……」


  これだ。あっさり否定されて、またもやガックリ、力が抜ける。


 「でも、これで二つのクリスタルが力を貸してくれるようになったんだから、
  きっと強いだろ?」

 「そうだけどさ…」 単純過ぎる。何て幸せな奴だろう。

 ポポが肩を落とし、小さく溜め息をついたところで、
 「外は眩しいな」―― 声に不意をつかれて、ポポとムーンは驚いた。


 「あ…」

  グツコーのお爺さんらしい(本当は父親なのだが四人は勘違いしている)、
 硝子工のドワーフだった。顔を合わせづらかったから、何となく
 挨拶できず終いだったのだけれど。

 初冬の風に黒々とした髪と髭をなびかせ、紅に染まる夕陽に目を瞬く。

 「風は、やはり忙しない」

 「まあ、言い得て妙だよな」 と、ムーン。

 「風は嫌いですか…?」 ポポは思わず訊いた。


 「なに、慣れぬだけだ。私は、見ての通りの岩洞暮らし。
  風に触れる機会が無い。いざ外に出てみると、戸惑いも多くてな」

  ふっ、とお爺さんは息をついた。笑ったのだろうか。

 「あいつは、風に触れるのも得意だったよ。
  ちっぽけな魂を解き放ち、どこまでも運んでくれる気がするんだと。
 『常識』に凝り固まった我らの囲いを、ある意味 取り払ったのかもしれぬ」



  ポポは、一瞬込み上げてきたものを、唾と一緒に呑み込んだ。
 すっぱいような、しょっぱいような ―― 不思議な味がした。
 黙って、懐から黒い石を取り出した。
 〈黒魔法珠〉…長らくしまい込んだままだった、
 〈ファイア〉〈ファイラ〉の魔法珠だ。大小並んで、両手に収まる。


 「ふうん?」

 ムーンが大きな方を手に取り、矯めつ眇めつする。

 ほう、とドワーフが興味深げな顔をした。…ちろちろと暖かい火の気配を、
 彼もまた感じ取ったに違いない。


  ポポは、大きな石を預けたまま、小さな方を握りしめ、目を閉じた。


  火の精霊に、そっと呼びかける。…待ってましたとばかり、火の精霊が
 ポポに触れてきた。吃驚したものの、もう慌てて遮断するような真似はしない。

 (こんにちは)

  火の精霊は、くるりくるりと踊って、ポポに まとわりついた。
  悪戯っ子が声を立てて笑っているような気がした。楽しそうに。



 『待ってた』―― 今際の際でグツコーが確かにポポに発した言葉。


 (待たせて、ごめん)


  火の精霊の発する力が ほどけて消え、自分の内に微かな繋がりが
 出来たのを感じる。ポポは、無事に火の精霊との契約が成立したことを知った。


  ―― 待たせてごめん。やっと、友達になれたね。

  火が、答えた。



  時を同じくして、ドワーフたちも、滞在中の海賊仲間たちも ――
 不思議な音を聞いた。

 りぃん、と…硝子か、金属か、何かが打たれて発する、涼しい音。
 強く、しかしそれでいて決して耳に触らない。

 刀鍛冶や鎧職人は、いい武具を完成させた時に槌が応えるあの音だ、と思った。

 硝子細工の職人にして、グツコーの父でもある老ドワーフは、
 清涼な ―― 硝子風鈴の音に重ねた。
 「『風』だって、そう悪いもんじゃない」と言った、
 掴まえづらい風に触れる道具の…ヒントをくれた、息子の面影を追いながら。

 その響きと波動には、人間の魂が共鳴しているのだった。



 「あいつら、ホントにちゃんと、やりやがったんだな」
 「当ったりめーだろ。『光の戦士』なんだから」
  と、我が事のように頷く海賊たち。


 「きれい…」
 身支度を終えてきたアリスの側、角の守人キアが うっとりと耳を傾け、
 「いい音」「いいおとー」 入口の番兵二人が輪唱した。



  部屋を訪れてくれた採掘者に
 様々な石を見せてもらっていたキャンディは、目の前のドワーフが
 しみじみ言うのを聞いた。

 「火の歌、土の歌。ドワーフ、聞いて一緒に歌う。できるようになれば一人前」

 「……僕らも、出来るでしょうか」

 「ドワーフも、人間も、いのちは一緒。出来る。きっとね。気づいてるラリ?
  あなたのいのち、あなたの歌。とても大きい、とても優しい」


  子供じみた拙い言い方とは対照的に、言っていることは大きかった。
 老ドワーフたちは、クリスタルの存在も、硝子の塔の意義も忘れられたと
 言っていたけれど、そんなこと無いのかもしれない。




  そしてドワーフたちは、それぞれの言葉で、同じく傍らの人間に言った。


 「土も、火も、謳うのは、いのち」

 「静かで激しい。強くて、弱く、時に突き放し、時に優しい。
  そしてドワーフも人間も、命を謳う喜びは同じはず」

 「忘れないで。忘れなければ…ドワーフは味方。離れてても、いつも一緒」


  光の四戦士は…何となくの理解ではあったが、心して頷いた。






  やがて、日が沈むと、四人は同じ部屋で旅立ちの支度を整えた。


 「さて」最後の荷を纏めて紐できゅっと縛り、キャンディが言う。
 「明日はもう出発だけど、やり残したことは無いな?みんな」


 「はーい、先生」ムーンが手を挙げる。「探検がまだ終わってませーん!」

 「まだ潜る気?いい加減にしないと、置いてっちゃうから」

  シャツの解れを一生懸命 繕いながら、アリスが横目で睨む。

 ドワーフの岩窟は部屋数も多く、奥の通路に至っては無数に広がり
 とてもじゃないが一日二日では探検しきれない。
 クリスタルの洞窟より、ずっと深いように思えた。

  ムーンはそんな岩洞の狭い通路を、時間の許す限りどこまでも
 ドワーフと一緒に歩く。着るシャツが汚れようが破れようが、おかまいなし。
 旅を始めてからというもの、只でさえ繕い物の量が増えたのに、
 アリスとしては堪ったものではない。


 「…みんな」ポポは笑っていたのをふと止めて、言った。
 「迷惑掛けてごめん。助けてくれて…ありがとう」


  きょとん、と揃った三対の視線が、思い思いの表情を映して
 ポポに向く。


  が、そこで…ふと。

  ――………。

 「え?」

  アリスが耳を澄ませて表情を変えた。


  ――………。


 「何だ、どうした」
 「しっ、静かにして!」

  アリスの耳に、遠くから…ごく微か、風の音が届いた。
 ひゅう…と吹き込んだ一陣の風は、遙か高い通気口から。


 ――『……アリス、…』

 「………。おじさま…おじさま?…セトおじさま!?」


 「え!?」

  三人は素っ頓狂な声を上げてしまった。
 妹が突然口にしたのは、ずっと探していた行方不明者当人の名だったから。


 「うわ…っ」

  ふわ、と空気が のたうった。そこには、朧気ながら…確かに、
 エンタープライズの一員 ―― 四人の恩人、『風守のセト』が居た。


 ――『アリス』

 「ええ、おじさま。あたしよ、アリス」

 「大丈夫ですか!」


 只ならぬ様子。キャンディは思わず話しかけたが、これには答えが無い。

 『風守』は、名の通り風に通じる人だ。
 今は、受け手であるアリス以外の声が届かないのかもしれない。


  現れたセトは、見るからに やつれて弱っていた。
 ところどころを負傷しているらしい。
 苦しそうに肩を揺すり、ぶら下がった腕が それに合わせて動いた。



 ――『トックルの村が…焼かれようとしている…』


 「えっ!?」

  四人の声が重なった。



 ――『略奪は、もうしない…用は無いと…』


 「なっ…」 「ふざけやがって!!」

 「誰がそんなことを!!」



 ――『ハ、イン…ハインは……精霊を自在に操る、力を――』


 「セト!!」 「風守さん!!」 「セトさん!!」 「おじさま!!」

 ――『障壁を、破らねば』

  がくん。

 骨張った体が大きく傾ぎ、支えようと腕を伸ばした四人の、
 てんで ばらばらな手をすり抜けて、消えた。


 「……………」

  先程までの気分が、残らず払拭された。





  夜風が吹き込んで、岩洞が どこからともなく奇妙な声を発し、歌った。
 外界と接する通路の明かりを散らす。
 明かりは揺らいだが、消えなかった。
 青々とした地底湖に、岩から染みだした水の一滴が落ちて波紋を広げた。


  北の大地。…秋は足早に通り過ぎ、間もなく冬がやってくる。

  時は待ってくれない。着実に進んで、事態を深刻化させていたのだ。


  思い出されるのは遠い夏。南の村、砂漠、彷徨う枯れ木と嘆きの森。

  そして、届いた救難要請。季節を越えて今やっと、巡り会えた風。


  ―― 行かなければ。

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