FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -10



   

  (10)心のかたち



  首の束縛が無くなった。

 グツコーは考える間もなく炎を吐いた。思う存分能力を発揮した。
 …ああ、今や俺は、『火』と一体だ。どうだ、"お前"も嬉しかろう?


 『火』は応えてはくれなかった。彼は自分の内に抱えた炎の力を、
 制御しきれなくなっていたのだが、そんなことを知る由もない。

  ああ、熱い。熱い。これだ。やっと、やっと手に入れたのに。
 何でこんなに物足りないんだろう。

 空しい。俺は、俺の存在理由を見つけた。それなのに。




 (――居た!)

  ポポは炎の中を駆けた。伸び上がってきた火焔を、冷気魔法で打ち消していく。
 黒く浮かび上がった後ろ姿。
 一瞬ひやりとしたけれども、大丈夫。まだ三人とも無事だ。
 だが、時間の問題なのも確かだ。

  サラマンダー ―― グツコーの巨体もまた炎の中にあり、
 真っ黒な影を落とした。


 「熱っ!」

  とうとう、キャンディの防具を以てしても熱気を防ぎきれなくなった。


  サラマンダーは、突如攻撃を止める。
 が、狂ったように叫び、かと思うと頭を振った。
 いやいやをしているようにも見えた。やがて、やみくもに炎を吐き、暴れ回る。
 …さっきから、この繰り返しだった。


 「ね、ねぇ……あいつ、どうしちゃったの?」

 「分かんねー…でも、正直このままだと、やばい」

  全員蒸し焼きに違いない。




 「苦しいんだ」…呆然と呟く声がして、ムーンとアリスは振り返った。

  そこにはポポが立っていた。火の粉を浴びながら、しかし顔色は青く、
 頬に火傷をこしらえ、息を切らして。


 「お前!今まで何やってた!?」

  沸々と湧いてきた怒りに声を荒げる次兄を気に留めるでもなく、彼は言う。


 「苦しがってる。あの子の魂を、『火のクリスタル』が焦がしてるんだ」

  まるで友達のことを語るように、ポポは言った。


  クリスタルのちからはあまりに強大過ぎ、奪って扱おうにも
 制御が出来なかったということ。―― そんなものを、受け容れろという。
 …自らが選んだ『光の四戦士』には、クリスタルは牙を剥かないというのか?
 そんな保証が、どこにある。


 「あいつが焦げる前に、俺らがバーベキューだっつーの!」

 「どっちにしても、時間がない。それに、そういうことなら…」
 氷の剣を地面に突き立て支えにしていたキャンディが、姿勢を正した。
 「尚更、早く終わらせよう」

 「ま…待って。まって」

  ―― 嫌だ。
  ―― でも行かなきゃ。


 「まだ言うか!!」

 「違う。ちがうよ」

 …ポポは、強く『氷の棒』を掴んだ。
 故郷を出る時に祖父がくれた杖は、とうに手放していた。
 この猛火に耐えきれず、燃え ―― 黒く炭化して…今頃、形も無いに違いない。


 「ポポ…何とかなるの?」


 「分かんないよ」 ポポは泣き声で言った。
 「分かんない!分かんないけど…っ」


  ――『強くなれるよ』

 (デッシュみたいに)

  ――『信じよう』

 (怖いけど)

  ――『怖くたっていいさ』

 (でも、逃げたら駄目なんだ)

  ――『勝負の時』

 (向かい合わなきゃいけない)


  ほんのちょっとの勇気で、その先何かが変わるはず。
 そう聞いたのは、いつだったか。それに、この『光』と一緒に歩いていくと…
 自分は、怖じ気づいたその度に、何度も何度も誓ったはずではなかったか?

 『出来るさ』―― 決めたんだろ?


  ヴ、オオオオオ!!


  サラマンダーが吼えた。

  ポポは、ありったけの魔力を込めて最大限、形にした。
  やってみる、と…言葉の続きが、その行動に表された。

 〈ブリザラ〉の魔法は、巨大な氷の結晶を生み ―― サラマンダーの巨体を
 閉じこめて、割れた。





  …炎が揺れた。


  グツコーの中で激しく響いていた『火』の大合唱が、ふいに止んだ。
 もともと支えのない、大きなちから。それは発散するだけ発散して、
 グツコーの中で暴れた後 ―― 治まった。

  小さな、暖かな種火が ―― グツコーにはそう感じられたのだが…
 恐る恐る、こちらに近づいてきた。


  グツコーは…手を伸ばし、触れる。
 種火は一瞬消え入りそうになったけれども、しっかりと燃えていた。
 こちらの伸ばした手を拒むのかと思い、グツコー自身がたじろいだ。
 すると、今度は逆に種火の方がグツコーに触れた。


 消え入りそうだった不安定な『残り火』が、拠り所を見つけて縋った。
 『火』に輝きが戻った。
 激しく身の内で もがいていたグツコーの感情も、ふっと落ち着く。

 ―― ああ。よかった…


 今までに無い充足感に満たされ、グツコーは我知らず笑顔になった。

 待っていた、とグツコーは言った。その声は、声ではなく澄んだ鈴の音になる。
 りん、と響いた。お前を待ってた。―― 長かったよ。


  途方もない孤独、彼には…長すぎた。それは、自分で勝手に作り上げてきた
 幻想でもあったんだけれども。



  目の前に景色が戻ってきた。彼は倒れ、倒れたことで我が身の無事を知る。
 体の方はもう ちっとも言うことをきかなかったけれど。
 ―― その心は…あくまで、最期までグツコー自身の物だった。





 「グツコー!!」


  何度目か、弟が、敵の名前を呼んだ。そこで、ムーンはやっと我に返る。


  弟は…震えていた。恐怖の所為か、悲しみの所為か。
  サラマンダーが動きを止めて じっと見つめると、
 今にも逃げ出しそうになったが、堪えて前へ進み出た。

 至る所で波打っていた炎は、冷気魔法のお陰か、はたまたサラマンダーが
 温和しくなったからか、今は徐々に鎮火しつつある。
 炎の舌がちろちろと出たり、煙が上って其処此処が燻ったりしてはいたものの。


 目を刺激する眩しさが治まらないのは、
 他ならぬサラマンダーが発光しているからだった。



 「グツコー…」

  ポポは必死に呼びかけた。
 そうすることで、自分を保ち、同時に相手が鎮まることを祈った。

 ぱちっ、と熱くなった石が爆ぜる。ポポは驚き、一瞬 身体を引いて…
 また恐る恐る歩き出した。サラマンダーは、ポポを見つめたまま動かない。
 あえてドワーフの少年の名を呼ぶのは、そうすることで彼を引き戻したいから。


  じっとりと汗が湧いた。流れた側から、乾いていく。


 良い子だ、とおばさんは言った。
 硝子工のお爺さんは物凄く心配している風だった。
 他のドワーフたちも ―― 大騒ぎはしてたけど、憎んでいるようには見えない。

 「グツコー」


  硝子工のお爺さんが、出掛けに身の上話を聞かせてくれた。
 いつしか、仲間たちに背を向けて出て行ったグツコーのことを。


 硝子を扱う技を受け継いで欲しくて教え込んだが、
 「自分には無理だ」と言って、職人修行を途中で放り出した。

 また、彼の母が人間だったこと。
 それもあってだろうか ―― 同胞に馴染めなかったようで、
 外で暮らすようになったこと。
 島の中には居るのに、岩洞には戻って来やしない。


 そうこうするうちに、どういうわけか『火のクリスタル』の存在を知ったらしい。


 クリスタルは畏怖すべき対象、下手に関われば災いに繋がる。
 かつての人間たちが そうだったから。

 ―― 自分たちは同じ轍を踏むまい。

 だからいつしか、ドワーフたちの中でも
 その存在は知らない方が良いということになった。限られた年長者しか、
 硝子の塔に秘められた その真の意味を知らなかった。


 しかしよもや、グツコーがクリスタルに近づこうとは。


 いつか自分なりに生き方を考え、道を見つけ、答えを出すものと放っておいた。
 だが、どこかで間違っていたのかもしれない…。遠い目をして、言ったのだ。
 淡々としていたが、ポポには酷く哀しそうに見えた。



  グツコーと自分。形は違えど、似ていると思った。弱かった。
 弱い自分から目を背け、口実と、逃げ道ばかりを探して。
 グツコーは、きっと怖かったんだ。

 ―― 火の歌は、きっと そんな心の持ち主には、本当の意味で届かない。
 眩しすぎ、強すぎるから。幻影を見て、表向きの節と句ばかり聞いて…惑う。

 憧憬と疎遠。真逆に位置するようで、実は
 グツコーの心はポポ自身に、極めて近いのではないか。


 錯覚だったら、とも思ったけれど、
 サラマンダーの咆吼を聞いていると、どうにも寂しそうで苦しそうで。
 それに…怯えているようにも聞こえた。


 今も、火に対する恐怖心は、完璧には拭い去れていない。
 ただ、目の前に居る存在を、『火』でも『クリスタル』でもなく
 一人の…ドワーフの少年だと思うことで、
 ポポは気持ちを奮い立たせ接触を図った。


  おずおずと伸びてきた蜥蜴の前脚。

 お互いに躊躇い、近づけたのを引っ込め ―― しかしポポの手が咄嗟に
 もう一度伸びて、サラマンダーの前脚 ―― グツコーに触れた。


  みんな待ってるよ。回り道して、迷っても…帰ろうよ。
  君にも、帰る場所が ちゃんとあるんだ。


  ―― 鈴の音にも似た音がした。


 『遅いんだよ』

 「え…」

  蜥蜴の躰(からだ)が倒れる。
 ポポはサラマンダーに手を伸ばした姿勢で居た。

 弟が巻き込まれるのではないかと、一瞬 後ろの三人は焦ったけれども、
 その巨体はポポを巻き込むことも床に倒れ伏すこともなく、途中で消えた。


 「…………」

  両手を広げたまま呆然と見上げた虚空には、
 もう眩い火蜥蜴も、ドワーフの少年の姿も無い。


  グツコーの居た場所には、地底湖で戦った時と同じ…
 ドワーフたちが、そしてグツコー自身が大事にしていた角が、
 転がっていた。今度は、二本。


  ポポはしゃくり上げた。力無く両手を下げる。
 その手が、身体の両脇で きゅっと緩い拳を作った。

 『遅いんだよ』―― 皮肉っぽく笑うような、酷く寂しそうな言い方だった。


  ぼろぼろと零れてくる涙。水分なんて、全部 汗になって
 とっくに流れてしまった…もうカラカラだと思っていたのに。
 眩しさの所為には出来なかった。
 こんな風に泣くなんて恥ずかしい。男らしくないけど…止まらなかった。




 (…。……。光の戦士たちよ…)


  頭の中に、直接声が響いた。ポポは慌てて涙を拭う。
 感傷などお構いなしで、有難みよりも少しの怒りを覚えた。しかし、

 (待っていた)


  言われて、吃驚する。何故だか、一瞬グツコーの声と重なったのだ。


 (時は来た。闇が迫り来る。
  我が中に眠る光の心は、汝等の物。確かに授けたぞ)



 「待てよ!!授けたって…」

  ムーンが叫んだ。予想はしていたが、いきなり過ぎる。
 毎度勝手なクリスタルだ(罰当たりな言い方だが)。


 「あ…うわあっ!!」

  ポポが悲鳴を上げた。自分の身体が光を放ったように見えたので。
  光は陽炎のように伸び上がり、彼を源にして兄妹にまで及んだ。

  ―― 熱かった。燃えてしまうかと思ったが、無事だった。


 「……。もう、熱くない」

 「終わったの…?」

 「クリスタルが――」



  脈打っていた心臓が、落ち着きを取り戻したのをポポは知った。
  嘘のような穏やかさだった。…ずっと畏れていたものが、
  この戦いを通して身近にやってきたのだとは、俄に信じ難い。

  ただ、静かに光を放つクリスタルを見ていると、ポポの不安だった気持ちに
 一条の光が差し込んだ。
 この暖かさ。…前にも感じたことがある。紛れもないウルの、『風』の祭壇で。
 長らく忘れてしまっていたものを、喚び起こされた。
 ―― そして、取り戻した気がした。



  しなやかな強さを持つ光 ―― 『火』のクリスタルのいう『光の心』が、
  自ら選び出した戦士たちに、更なる ちからを貸してくれた瞬間だった。


  『火のクリスタル』は様々な色に変化していたが、それがふと収まる。
 落ち着きを取り戻して放つ一定の光は、アーガス国旗の由来を思い出させた。
 ―― まさに『命の赤』…これもまた、世界における『光』。輝きのひとつ。


  グツコーの心も、確かにその中に含まれるのだと…ポポは信じたかった。

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