FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -8



   

  (8)洞窟、追跡



    ボロボロになってしまった古い服を着替えるなどして装備を調えると、
 光の四戦士は慌ただしく北に向かった。盗賊グツコーが向かったという――
 地震が来るまで、『硝子の塔』が建っていたという場所へ。


  ぽっかりと地面に空いた穴。こんな洞窟の入口を、四人は よく覚えていた。
 怖い物見たさの好奇心で『風』の祭壇を訪れた あの日、確かに こんな風に
 四人で地底への入口を潜ったっけ。

  崩れた『硝子の塔』。でもきっと、道は続いているはずだ。
 『火のクリスタル』が此処にあるのだから。


  土と火の力が生み出した様々な鉱物。そして『硝子の塔』の残骸。
 黒と白と透明な岩石の織りなす空間を、一行は進んだ。グツコーを追って。


  不思議なことに、洞窟の中は火が焚かれているわけでもないのに明るかった。
 硝子の塔の残骸が、洞窟を形成する岩が…どれも光を帯びているらしい。
 そしてこの、洞窟全体が放つ赤い輝きは ―― 火の明かりさながら。
 まるでルビーの色。あるいは今日を明日へと繋ぎ…見送る夕焼け空のよう。

 「うわ」

 「真っ赤…」


 「目が痛い」

  ポポは目を瞑った。ここは赤が多くて眩しすぎて、真っ向から瞳を射る。


 「いかにも『火のクリスタル』がありますって雰囲気だな」

  言って、いつものように先頭をきって進んでいたムーンは、
 ふいに声を上げて踏み止まった。


 「ムーン?」 「どうしたのよ」

 「………コレ、行けんのか……?」


  目の前に続く通路を満たしたのは、ぬかるみと水――らしきものだったが、
 何と真っ赤に輝いていたのだ。


  地底に潜って さっきから、何となく空気がむっと熱くなった気がしたのと、
 最近グツコーの繰り出す火柱と格闘したお陰で、
 熱さと炎、そして「赤色」に対する警戒心が強くなっていた。


 「…火の精霊の…気配は、そこには無いけど――」 ポポが遠慮がちに言う。

 「足突っ込んで、燃えちまったらオシマイだろーが」

 「だよね…」

 「待て」

  キャンディが手近な石ころを拾って投げた。

  紛うことなき水音が響き、波紋が広がっていく。
 ジュッと蒸発する音ではなく、鍾乳洞で聞いた水滴の落ちる音。
 煙も上がっていないし、近づいたところで肌を焦がす熱さは感じない。
 ふつふつと煮立ってもいない…従って、これは水だ、と判断できた。


 調べるうち、周囲の光と ―― 様々な鉱物と水が溶け合ってできた この泥が、
 水すら赤々と鮮やかに燃え立たせているのだと知った。


 「案外、これもクリスタルの処に湧き出す『奇跡の水』だったりしてな。
  栄養ありそうじゃねぇ?」

 「飲んでみれば?止めないわよ」


 「『火』の ちからが強すぎて、だから
  水で抑えてるなんてことは、ないのかな……?」

 「クリスタルの力だ。きっと僕らにも他の生き物にも、害を為すことは無いよ」


  あくまで不安そうに言う末弟に、キャンディは安心させようと
 答えることしかできなかった。

 正直、クリスタルの力は未知数で、一度――『風のクリスタル』と
 相見えたからと言って、どうのこうの断定できるものではない。
 だが、この壊れそうな弟に、これ以上の不安材料を与えたら、
 それこそ、何が起こったものか。


  今や、ポポの顔は緊張を通り越して、固く白っぽくなっていた。
 力のこもりすぎた手が、腕が、肩が、膝が、足が、
 鎧でも纏っているかのように、ぎこちなく動いた。


  赤い水路と泥溜まりを、奥へ奥へと進む。

  ―― ちゃぽん。

  途中、水音がした。四人とも水の中を一生懸命歩いていたから、
 対して気には留めていなかったのだが。


 「うわ!?」

  水の表面がみるみる盛り上がり、胡麻粒ほどの目が現れた時には、驚いた。

  見るからに根性の悪そうなそいつは、意地悪く眉根を寄せた表情で
 水の中を這う。―― レッドマシュマロ…不定形のスライム族だ。

 ぬかるみに足を踏み入れた時に うっかり踏みつぶしてしまったらしい。
 言葉こそ無いものの、縮んだり伸び上がったりして抗議している。


 「ご、ごめんね?ごめんね?」


  ド派手な赤。マシュマロっていうより苺のゼリーだよな、と思うムーン。
 しかしこの顔。美味くはなさそうだ。

  レッドマシュマロは、潤んだジト目で四人を覗っていたが、
 何かに吃驚したのか、ちゃぽん、と沈んで 泥溜まりに姿を消す。


 足を取られる可能性もあり、一行は急いで目の前に見えていた岩洞に上がった。
 が、また妙なものに出くわした。


 ぽわぽわと光を放つボールが、三つ四つと ―― いつの間にか側を漂っている。

 緑色の、鮮やかな光。
 赤い岩石と水の中で、この配色は…祝祭かと思うほど眩しくて仕方なかったが、
 輝きは淡く、あまり強くない。


 「綺麗……」

 アリスが目で追い、おっかなびっくり触れた。ほんのり温かい。

 「わ」

  ポポは、アリスの様子を見て、思い切って ―― 火だと咄嗟に思ったので
 えいやっと勇気を出して手を触れたが、熱くはなかった。
 ほんのちょっと触れただけなのに、ぽわっと押しやられて
 ムーンの方へ飛んでいく。


 「おっ」ムーンは直ぐさま、好奇心いっぱいに反応した。
 「オーライオーライ」 飛んでくる ぎりぎりの距離まで引きつけておいて、
 ぽんっと打ち返す。ボールよりは ずっと軽く、感触も柔らかかった。
 ぽわぽわっと予測不能な軌跡を描いて、宙を漂い飛んでいく。

 いわば風船 ―― なのだが、もちろん彼らはそんなものを見たことがない。


 「うわはっ」

 「くらえ、変化球!」


 ムーンとポポは暫し この新しく見つけた玩具で、遊んでいた。
 魔物の気配も盗賊グツコーを追うのも忘れて。
 ポポの恐怖すら、つかの間薄らいで…そこまでは良かった。


 この不思議な物体。近くに飛んできた球の一つを、
 興味深く観察していたキャンディが血相を変えた。


 「…キャンディ? ――」

  気づいたアリスが覗き込み ―― 息を呑む。

 「ふたりとも!!」

 「やめろ、今すぐ!!」


 「は」 ムーンは、聞いた瞬間こそ軽んじていたが、目の前の"ぽわぽわ"が――
 飛んできたのを見ると、へらっとした笑い顔のまま固まった。

  宙を漂う光の球には、口があった。目もあった。
 気づく順番が逆になったのは、そいつの顔が逆さまになっていたからだ。
 ニヤニヤと何か企んでいそうな顔 ――。

 その目が、口が、恐ろしい鬼の形相になり、クワッと開く!!


  風船よりも もっと重い、もっと大きな破裂音が轟いた。

  ムーンは咄嗟に後ろに飛び退いて、衝撃を緩和した。一方
  ポポは、まともに喰らって壁まで吹っ飛ばされ、全身を打って気絶する。

 「ポポ!――っ」

  そこから連鎖が始まった。彼らの近くを漂っていた残り三体の魔物が、
 次々と破裂したから堪らない。


 「…っ〈ケアルラ〉!!」

  アリスが辛くも回復魔法を唱えた。全員に降り注ぐ生命の雨は、
 分散されて弱まったものの、間一髪で功を奏した。
 あと一歩遅ければ、全員倒れて終わりになっていたに違いない。

  ………。

 ……破裂音が収まると、三人は恐る恐る目を開けた。
 物凄く長い時間を過ごした気がしたが、実際は ほんの数十秒程度。

 緑色のぽわぽわ光る球は消え失せ、通路の水面は前も後ろも鎮まって、
 賑やかなのは朱の岩と結晶ばかりになった。…鼻をつく、火薬の臭い。

 「『ボム』か…」 

 「生きてる爆弾なんて…」

 火薬を扱うドワーフから
 ボムは真っ赤だと聞いていたけど、あの緑色もボムの一族だったのか。


 「ポポ!」

  ―― 三人は、末弟の元に駆けつけた。
 気を失った黒魔導師は、助け起こされると、力無く呻いた。






  ―― おばあちゃん。

  ポポは呼びかけた。 …おばあちゃん、誰?


 『お目覚めかい?ほほ、逆か。
  夢の中でも姿を感じ取るだなんて、あんたも鋭いね。
  そんなところまでグツコーと同じかい。最も、あの子とあんたの魂は、
  全く逆を向いているようだけど…』


  グツコー?グツコーを知ってるの?おばあちゃん!


 『そう急くでないよ。夢の中くらい、ゆっくりしておいき。
  今まで散々逃げ回って、このあたしを振り切って空間まで飛び越えた時にゃ
  あたしゃ吃驚したよ。今更何を慌ててるんだい?』

  ―― だって、早く『火のクリスタル』に会いにいかなきゃいけないんだ。
  それに、グツコーを追っかけなきゃ。


 『あんた、クリスタルに会ってどうするつもりだい?』

  ―― 風守さんたち、助けなきゃいけないんだ。
  だから僕、どうしても『火のクリスタル』に会わなくちゃ。


 『そうかい。あんたとグツコー、足して二で割れば丁度良いんだけどね…
  グツコーは求め過ぎ、あんたは遠ざけ過ぎてる。このままじゃ…』

  ―― ……。もしかして…焼かれる??


 『…このままじゃ、『火』の力が燻るばかりで、存分に発揮されやしないよ。
  あたしも ―― これ以上、近くに寄れやしない』

  ―― え?



  ぶわっ、と熱気が身体を直撃した気がした。ポポはその場で動けなくなる。
  ポポの内から溢れ出る炎と、外から押し寄せる様々な形と色合いの炎。
  両者は溶け合うかに見えて、お互いを拒絶した。

  ポポは気づいた。咄嗟に、来ないで、と拒絶している自分に。

  夜空の蒼い星を思わせる炎の波が、一番近くまで届いていながら…退いた。
 おどおどと見えた ―― 大人の顔色を窺う子供のようだった。

  側に来ていながら浮かんで近づいてこないのは、清らかに透き通る
 白い火の玉。


  側に来ては遠ざかり、また近づく巨大な光もある。
 鮮やかな赤色は、時折 橙や黄色にも変じ、動きに合わせて尾を引く。
 咄嗟に思い出したのは、アーガス国の旗、生命の赤。
 しかし何だか圧倒的に大きくて眩しくて、怖かった。


  そして…一番気になったのは、遠くからポポの方を伺う、黒い炎。
 …全身が震えた。しかし、一生懸命拒絶をしているお陰で、奴は今、
 ポポの方に近づけないのだ。


 見るのも嫌な黒い炎。…そこで、ポポはふとグルガン族の予言を思い出した。
 まさか。目を凝らして、見たくないものを凝視する。
 中に、彼の求める探し人たちが取り込まれていやしないかと。


  ゆら、と嗤(わら)った。黒い炎が。しめた、とばかりに。


  ―― しまった!!

  『ええい、邪魔をおしでないよ』

  白い火の玉が瞬いたのと、
 ポポが炎とは別の存在を感じたのは殆ど同時だった。


  黒い火がおどろおどろしく押し寄せたその刹那、今度は目の前に水が弾けた。

  ふくよかで瑞々しい気配は、土だった。黒い炎を阻んで、護ってくれる。

  風が唸って、ポポに呼びかける。―― 行こう。

  ごう、と先行した風は、黒い炎を翻弄し、割いた。
 が、今度はその風に、黒い炎がまとわりつく。


  水が加勢する。風は水の助力を得て、うねる水流の蛇となる。
  完全に黒い炎を圧したかと思いきや。

  黒い種火が、勢いを失って落ちた。落ちたがしかし、まだ残っている。



 水と風が力を削がれて、勢いを無くしている。
 ポポを護ってくれた土の気配が、心得たように引いた。

 ―― 頼む、と言われている気がした。

  ポポは途端に立ち竦む。だが、こうしている間にも残った種火は ちろちろと
 再燃しようとしている。ここで、食い止めなければ。


  自分が行かなければならないのだ、とポポは悟った。
 その足は躊躇いがちに歩き始め、だが心は不安に苛まれて立ち止まろうとする。


 水が、歩いてきたポポ目掛けて、力を振り絞った。ぱあん、と弾け、纏いつく。


  ポポは内なる炎を感じた。
 不思議なことに、『水』の助力を受けながら衰えない。
 『火』と『水』は相反するものの筈なのに。



 『これは…面白い』

  言ったのは、白い火の玉か、再燃して立ち上った黒い火柱か。


  柱が伸び上がり、くねった。黒い火の揺らぎが、ポポを呑み込んだ。
 が、次の瞬間。

 逆に、黒い炎が完全に呑まれた。
 瞬く間に顕れた白い炎は、時折 微かに青く色を変え、ポポを包み込んで
 確かに燃えさかっていた。

  ポポは、炎を纏った自分の両手を見つめ、
 ふわりと立ち上った光を見上げ眺めた。

  ―― これ…


 『夢の可能性は、無限。人は夢を見る。あんたには可能性がある。
  それなのに、あんたは恐怖で心を閉ざし、未来を見ようとしない。
  可能性を自ら無くすようなものさ。今も…現実、どう転ぶかは分からない。
  あんたが、しかるべき時を選んで力を発揮できるか』

  でも、と その存在は言った。あんたの魂。その奥底にある光。
  ―― 微かな希望を、信じよう。

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