(7)火の歌を聴け
グツコーが逃げ仰せたと知るや、ドワーフたちは口々に訴えた。
「二本とも角 盗られたー!!」
「信じられなーい!!グツコー二本とも角、手に入れた!!」
「たいへーん!たいへーん!!」
ムーンの顔は引き攣っていた。
「………」
だいたい、この間延びする喋り方といい…
このラリホーは、どーにかならんのか?
「ドワーフの宝盗んでったー!!許せなーい!!」
「ラリラリホー!」
「っだあーー!静かにしろ!!」
ぴたりと騒ぎが収まったところへ、
キアが背伸びしてムーンの上着の裾を掴む。
「お願い。二本の角、取り返して。きっと、あいつ北の方に向かった。
今までも、よく見かけたって みんな言ってたから。ねっ」
コクコクと頷くドワーフたち。
―― そこへ。
「待ちなさい」 珍しく落ち着いた声音が聞こえた。
「グツコーを追うのなら…わたしも力を貸そう。こちらへ来なさい」
ドワーフの爺さんは、自らの岩室へ四人を呼んだ。
南に三つ並んだうちの ひとつだ。
奥は随分と拓けており、広かった。どうやら、作業場になっているらしい。
―― 壁の岩棚に飾られた数々の作品。
「硝子だ…!!」
きらきら光るそれらに、四人は目を奪われた。土と火の生み出す芸術品。
ここは、硝子製品の工房だったのだ。
硝子工の老ドワーフは、グツコーが、恐らく『火のクリスタル』を追って
『硝子の塔』の崩壊跡地まで行っただろうことを告げた。
「あやつは『火』に近づき、親しんだ。そこまでは良かったのだが…どうやら
感情移入をし過ぎて、良からぬ "もの" につけ込まれたようだ。
人間よ。グツコーを絶望と渇望の淵から救ってはくれぬか。
その為だったら、わたしは助力を惜しまない」
突然だったが、救う、と言われたことに対しては異存が無い。
四人は、闇に漬け込まれて身を滅ぼした人間を、今まで何度か見てきた。
今回も、恐らくそういうことなんだろう。
ドワーフの爺さんは、工房の奥へと一旦引っ込むと、何やら がちゃがちゃと
音をさせて、細長い物を持ってくる。
出してきたのは ―― 一本の棒。鍾乳石を
そのまま折ってきたような、円錐型、乳白色の石の棒だ。
先端は太く、持ち手の部分にいくほど細くなっている。
「これを」
ムーンが、何だこりゃ?と両目を寄せる。
躊躇うポポの手に、ドワーフは石の棒を握らせた。重さは、さほど感じない。
「『氷の棒』だ。
精霊の力を込めて制御してある。魔法を使う時に、精霊が助けてくれる」
それから、並んだ岩室の残り二部屋を、爺さんに連れられて梯子した。
「人間よ、よく来たな!」
ガハガハと豪快な笑い声の鎧職人が出してきたのは…
炎の熱さを和らげるという特殊な鎧や兜。
それに、連れ合いの女将は織物工の師らしく、
軽くて丈夫な素材で織り上げた服を、
ムーンやポポ、アリスの身体のサイズに合わせて見立ててくれた。
とはいえドワーフ・サイズでは流石に小さ過ぎるから、
商い用に作っておいたという裾が長めの服を、各々
少しだけ手直ししてもらった。
「お洒落!」
アリスが喜ぶと、そうかい?と女将は言った。
ムーンの拳法着にもアリスとポポのローブにも、目立たないながら
気の利いた模様が入っている。ドワーフならではの、『民族衣装』――
いや『種族衣装』(?)といったところか。
「……!おばさん、これ、もしかして精霊の――?」
ポポが言う。
肩から胸に掛けて織り込まれた、この模様――
祖父の魔法書で、似た図形を見た気がしたので。
「よく分かったね。古の時代から伝わる紋様だよ。
地水火風…四つの精霊の形を、織物で再現してみたんだ。
着心地だって、なかなかでショ?」
「うん。ありがとうございます」
もちろん只で、というわけにはいかず、それ相応の代金が必要だ。
ドワーフたちは硬貨(ギル)よりも物々交換が良いという。
それで、代金としては割安にしてもらった代わりに
持ち込んだ薬草、諸々の道具類を、お金と合わせて支払った。
女将がアリスの髪に結んでいたリボンにも興味を示したので、
お礼にプレゼントする。女将は二本に三つ編みを括っていたから、
揃いのリボンを二本だ。
刀鍛冶の工房では、槌を打つ音と、炎揺らめく炉が出迎えてくれた。
ドワーフの住居には、至る所に通気口らしき穴が空いていたが、
ここにあるのは他のよりも少し大きかった。
やっぱり、火を使うからなのだろうか。
刀鍛冶は一瞬だけ手を止め、無言で
ぎろりと訪問者を一瞥したが、構わず槌を打ち続けた。
硝子工の爺さんが声を掛けると、ようやく腰を上げて、
幾つも飾ってある武具の中から、一つを選んで持ってくる。
四人を無遠慮に観察し、やがてキャンディの風体に目を留め、ずいと
鞘に収まった長剣を突きつけた。
キャンディは剣を受け取り、訊ねる。 「これは?」
「『フリーズブレイド』。火を退くのは名の通り。
精霊を宿してあるから、ちょっとやそっとでは壊れない。使ってくれ。
…いかにミスリルと言えど、業火の前では ひと溜まりもあるまい」
ぶっきらぼうに指摘され、キャンディは我に返った。
鞘に収めた剣は、グツコーとの戦いの後 若干 刀身が歪んでいた。
使い方の所為か、グツコーの鉄をも砕く拳の所為か ―― 熱の所為か。
一度納めてしまったミスリルの剣を抜こうとして、苦心する。
老人はそれを止めて、代わりに『凍れる刃』の名を持つ剣を
若き戦士の手に握らせた。
ミスリルの剣を引ったくり、奥へしまう。
「どうして、火にやられたと分かるんです?」
「こんな芸当が出来るのは、猛り狂う火だけ。土も、水も、…恐らく風も、
こんな "歌い方" は、せん。…グツコーの奴、分かっておらんな」
「…恥ずかしい」
答えたのは、四人ではなく、硝子工の爺さんの方だ。
扉を開ける音がして、鎧職人と織物工も入ってくる。
「爺さん、グツコーをどうする」
「根は良い子だよ。風とはあまり交わらない私らに、読み方を教えてくれたのは
あの子だ」
「あいつは」―― 硝子工は言った。
会話から察するに、この人はグツコーの血縁なんだ、と四人は思う。
「外に出て、陽の光と風に触れ、変わってしまった。
今は火の歌に陶酔するあまり、自分を見失っている。
だが ―― 光を宿す魂によって、浄化されるだろう」
視線を向け呼びかけられて、四人は はっとした。
「『盟友の誓い』は忘れられても、命短く記憶は浅くとも…
『クリスタル』の光は、そんな人間を見出したのだな…」
硝子工の爺さんは、迷わずポポに歩み寄った。
何となく、ムーンがその場を退ける。
低い位置から、ひたと見上げられ、ポポは動けなくなった。
「躊躇いを捨て、『火』の歌を聞け。内に強く賢明な魂がある限り、
『火』は決して牙を剥かない」
「人間なんぞに、できるものか」
刀鍛冶が、ぶっきらぼうに言った。
――そうとも、このひとの言うとおりだ。強く賢明な――そんな素質を
備えていたなら、きっと、こんなに怖くない。
赤い炉は、部屋の隅まで熱気を届けるほどで。
滴る汗、照り返しで焦げそうな額。鉄の赤く焼けて鈍く光るさま。そして匂い。
刀鍛冶は、定位置に戻り、無心に槌を振るう。
―― カン、カカン。 ―― カン、カカン。
その規則正しいリズム。ふわりふわりと舞い踊る炎。
黒い槌、付き従う職人の影。
いつしかポポは、音と光と熱の織りなす無限回廊に、ひとり閉じこめられる。
一瞬、恐怖心が薄れた。
炎は揺れて、赤に、白に、青に、橙に、時には緑に ―― 変化し、
艶(あで)やかに舞う。
従うリズムは軽やかで明瞭だ。さも楽しそうに、喜ばしく…響く。
――『明るいし あったかいから大好きだよ』
――『火を知り、火を受け容れよ。さすれば火はそなたの内で燃え、力となる』
りぃん、と鈴の音にも似た音がする。何て、清涼な。
『怖くたっていいさ』
――デッシュ。 ああ、懐かしい声。強い言葉だ。
『火は、お前さんが思ってるよりむしろ、優しいかもしれんぞ?』
『ほんのちょっとでいいから、勇気を出して触れてみな。
きっと、火も応えてくれる。友達になってくれるよ』
―― デッシュ。本当にデッシュ?嬉しい。凄く会いたかったんだ。
ポポは手を伸ばした。意識の中で。
りぃん。
無上の喜びを謳い、火はその姿を変える。
闇を照らす星々は蒼く燃え、冷えきった夜を暖める焚き火は何と優しいか。
立ち上る煙。
小人のパン工房では、ほんのり香ばしくて甘かった。
寒い晩秋の日、家路を急ぐ途中に嗅いだ、落ち葉を焼く匂い。
そんな日、決まって暖炉の前には、
揺り椅子に座った祖父とホマク老が居た。
クッションを揃えて、母ニーナが待っていた。――微笑んで。
(待っていた)
うん。
(待っていた。"お前"を――)
ふいに、明朗だった灯りが翳った。暖かな光は消える。
『オマエヲ』
『コノ子ヲ』
ポポの伸ばした腕を、掴む者が在る。
―― いやだ。
奇妙なことに、炎に背筋が "凍った" 。だから、ポポは全力で抗った。
いやだ!そっちには行きたくない。行ったら…行ったら、焼かれてしまう。
炎の魔人・ジンと戦った時の記憶。
地底湖でグツコーが放った魔法。
目の前を圧倒的な熱さが埋め尽くして、為す術もなく焼かれていくさま。
ああ、やっぱり。やっぱり火は怖ろしい!
喉を突き上げる悲鳴。耳に届く、助けを呼ぶ声。
熱い。痛い。熱い!!
「――!!」
白昼夢。
…目の前には、硝子工の爺さんが居た。
見覚えのある工房は、相変わらず鉄の匂いがする。
規則的な槌の音が止み、水が熱くなった金属をジュッと拒む音がした。
「グツコーを、救ってやってくれ」
頼む、とごつごつとした両手で こちらの手を握りしめてきたドワーフに、
ポポは返答することができなかった。
しかし、ドワーフは…声は静かでありながら、見上げてくる目は とても強い。
だから、気圧されて思わず頷いてしまっていた。
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