FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -6



   

  (6)宝物を奪還せよ



  光の四戦士は、象牙色と白と青の織りなす鍾乳洞の中を歩いた。

  しんと静まりかえる中、足音と、時折滴る水音だけが響く。
 空気は涼しく湿って喉に優しかったが、濡れたままの身には堪えた。
 ドワーフたちの住居が早くも恋しくなる。あそこなら暖かい。

 (寒い…)

  ポポは思った。
 『火』への恐怖心は相変わらずだったけれど、みんなも自分も困難が身に染みて
 初めて、〈ファイア〉を覚えておけば良かった、と指先ほど小さな後悔をした。


  驚いたことに静かな鍾乳洞の中でさえ魔物が生息していて、
 思いの外 手強かった。水や石に関係する、無生物的な者が多かった。


  水と火と大地が何百年も何千年も掛けて作り出したという天然の迷宮は、
 美しく、同時に摩訶不思議だった。


 うんと寒い冬の日、我が家の軒に下がる氷柱(つらら)にも似た形の石柱が、
 天井から下がっている。色は白。 …『石灰岩』だっけ。


 はたまた、絵の具が粘っこく滴ったような跡。それが幾つも幾つも重なり、
 結果尖った円錐形の柱が地面の所々に突き出ている。

 タケノコのような形もあった。
 奇妙ではあったが、とある石柱群を見た時など
 一カ所に固まった それらがせいくらべをしているようで、可愛らしかった。


 天井と地面を繋いでいる柱は、天井や地面に近い部分は太いのに、
 真ん中に行くほど細い。よくこれで天井を支えていられるな、と思う。
 耐えかねて、ぽっきり折れてしまったりしないのだろうか?


 地底湖は相変わらず透き通って青く、この世のものとも思えない。


  そんな摩訶不思議な洞窟に、盗賊グツコーは確かに居た。


 「やい盗っ人!」

 「盗っ人って…あんたねぇ。―― あんたがグツコーね」

  アリスは前の方を兄に、後の方を角泥棒に言った。


  虚ろな瞳が、久々に名を呼ばれて自分を認識するのを、光の戦士たちは見た。
 とはいえ、彼らはグツコー側の事情など知る由もない。
 空っぽで酷く危険そうな…飢えた浮浪者のような表情が、輝きを取り戻すのを
 確認しただけである。

 青く透明な角が、無骨な手の中に
 いかにも大切そうに握られているのを見てとって、ムーンは言った。


 「ドワーフの宝、返してもらうぜ」


 「宝、だと?」 ―― 赤みがかった瞳が窄まり、ぎらりと閃いて威嚇した。

  四戦士は戦いを予感して身構える。


 「えぇい、寄るなー!!お前らにこの角は渡さん!死ね!!」

  あとは言葉通りだった。有無を言わさず轟いたのは、〈ファイラ〉の呪文。
 鍾乳石の石柱群の中、そこだけ代わりに火柱が立ち上った。


 「おわあ!!」

  不意を突かれて、誰も彼もが悲鳴を上げる。
 寒さは消え、濡れた衣服もあっという間に乾くどころか ――
 これは、下手をすれば燃える。

 

 「〈ブリザラ〉!!」

  ポポが例の如く反属性の〈黒魔法〉を発動させる。火柱を氷の結晶で抑える気
 だったが、追い打ちを掛けるようにグツコーの呪文が再び放たれた。
 炎は氷を溶かし、砕き、跡形もなく自然に還す。


 (―― 半端じゃねぇ!)


  ムーンは内心、独りごちた。
 神出鬼没の火柱を髪の毛一本の差ギリギリで避け、火の粉をかいくぐり、
 敵との間合いを辛うじて詰めていきながら。


 魔法が使えなくたって、こいつの強さは分かる。

 グツコーは、魔法を呪文も無しに連続で撃ち、かつ
 移動しながら攻撃を繰り出している。
 幾つか立った火柱の合間を、巧みに縫って。


 ここには水が多い。
 だからきっと――ポポに言わせれば、冷気魔法の条件は整っているはずなのに
 あいつ、手も足も出せてない。火の勢いにビビってるに違いないんだ。


 息が荒くなった。火の所為で、空気の濃度が薄くなったのだろうか?

 赤々と燃える焔は容赦なく肌を焦がし、水分を奪った。
 これは短期戦だ。…長引けば長引くほど勝機が無くなる。


  火の眩しさは水の反射と あいまって、皮肉なことに視界を奪った。
 相手がどこから狙いを定め、仕掛けてくるかが分からない。


 キャンディが振るった剣は空を切り、アリスも回避で手一杯になっていた。
 ポポの呪文は火の勢いに追いつかない。


 「うわああああ!!」 悲鳴が聞こえる。ポポがついに火柱に捕まったのだ!

 ごろごろと地を転がり周るが、それでも熱さは消えない。
 魔導師のローブは とっくに焼け焦げて、赤く爛れた肌が熱を持ち、痛む。
 痛むなんてもんじゃない。死んでしまう!髪の燃えた後の、酷い臭い。

 火柱は其処此処に残っている。このままじゃ、本当に危ない。


 「〈ケアルラ〉!!」

  アリスが必死に回復魔法を叫んだ。


 「ポポ、飛び込め!!」 ムーンは言った。


  ―― 飛び込む…?

  薄れゆく意識の中、辛うじてアリスの〈白魔法〉に救われ、ポポは
 その言葉を聞き取った。


 「こっちだ、飛び込め!!」

  ―― 飛び込む。

  焼けついた肌が、服に擦れて痛い。それでもポポは這って進んだ。
  水がある方へ。目の前を、容赦なく火柱が塞いだ。


 「ポポぉ!!」 …アリスが泣き叫ぶ声を聞いた。

 気を取られたキャンディは、火柱の中を突っ込んできた敵の姿に、
 慌ててミスリルの剣を構えた。グツコーは構うことなく体当たりで突き倒す。


  グツコーは魔法と、自身の肉体を最大の武器としていた。
 最初こそ剣で応じるのを躊躇ったが、
 もうそんなことを言っている余裕は無い状態だ。
 動きを封じられた。上から乗られ、信じられない力で押さえ込まれている。
 全体重が掛かっている。鍛え上げられた鋼の肉体は、重い。

 そこへ、容赦なく顔に拳が飛んできた。




  ポポは再び炎に包まれた。悲鳴を上げて、やっとの思いで湖に転がりこんだ。
 だが、安心したあまり意識を手放してしまう。
 ―― 深い青の淵に抱かれて沈んだ。


  ムーンが急ぎ身を翻し、弟を追って飛び込む。沈みゆく その身を掴まえて
 懸命に引き上げた。彼は水面に顔を出し、大きく息をする。


  アリスが気づき、火を避けて駆け寄った。

  力を合わせてポポを岸へ上げ、アリスが回復魔法を何度も何度も施す。
 水から這い上がったムーンは、アリスの魔法を断り、
 ポポの顔を平手で打ち据えた。

 「何すんの!」

  ポポは強い衝撃に目を覚ました。兄が怖い顔をして覗き込んでいるのを見て、
 自分が どんなに情けないかを痛感する。けれど、それよりも。

 「立てるよな」 ―― 有無を言わせぬ問いかけに、戦況を悟った。





  嵐のように降り注ぐ攻撃に、避けきれず何度も顔を打たれ、
 キャンディは呻いた。このままじゃ惨敗だ。 彼は暫し降り注ぐ痛みに耐え、
 持っていた剣の束を手放さずに居た。
 ここまで至近距離に来られてしまうと、剣の刃は役に立たない。
 しかし、彼は極度の状況で…刃先ではなく、剣の束を敵に向け、
 渾身の力を込めて突き上げた。

 顎を したたかに打たれ、グツコーが束縛を緩める。
 キャンディは勢いをつけて上体を起こした。


 そこへ、ムーンが現れる。
 彼はグツコーを引き剥がし、そのまま自分の方へ引きつけた。
 腕を回し、片側で首を、もう一方で腹を締め上げる。


 「ぅ……」


  ぐう、と息が漏れた。
  今度は敵が逃れようとするのを、腕と脇を締めて懸命に押さえ込む。

  やがて観念したのかと思いきや、奴は力尽きた。
 力なくその場に倒れ、―― 地面に染みこむようにして消えた。


 「………し、死んじゃったの…?」

 「こいつも魔物になっていたのか ――」


  今まで、倒した魔物が幾度となく存在を無くして消えていくのを見た。


 「何も殺すことなかったじゃない!」

 「魔物に成り下がった奴なんて、せめて慈悲を下してやるのが当然だろ?
  お前だって、アンデット相手に『流れに還す』とか何とか」

 「そうだけど」


  至極当然のように言ったムーンだったが、胸のむかつきを抑えられなかった。
 魔物相手には躊躇いが少なかったのに、相手を魔物以外だと思うと途端に
 戦いにくくなる。―― 生きている、命。


  オーエンの塔で蛇に身をやつした男を倒した時は、状況が状況だった所為か
 ここまで考えなかった気がする。――でも、やっぱり "元" でも『人間』が
 戦いに敗れ目の前で倒れる様は、決して気持ち良くない。

 あの男だって、元は ちゃんとした人間で…揺るがぬ信念を持っていた。
 中途半端に理解が出来てしまう分だけ、苦しい。


  それに、どんな大義名分があれ、命を奪うなんて…許されるだろうか?

 「…………」


  こんなつもりじゃ、なかった。
 ムーンの鮮やかな翠の瞳が、一瞬だけ後悔を映して潤んだ。

 彼はそれ以上考えるのを止めた。これ以上突き詰めたら、
 魔物とさえ戦えなくなりそうだったので。


 ―― 盗賊グツコーが大切に懐に抱いて離さなかったドワーフの角を、
 ムーンは拾った。角は円錐形。真っ直ぐに伸びていて、地底湖と同じ深い青。
 グツコーが消えた後、あまりにも無造作に地面に放られていた様が……
 何故だかとても、哀しかった。


 「帰ろうぜ」



  かつん、こつん、と元来た水路に向かい、鍾乳洞を踏みしめる。

 「――――」

  と、ムーンは足を止めた。ふと見ると、ポポも怪訝そうな顔をしている。


 「どうしたのよ、二人とも?」

 「何かにつけられてるような気がして…」


  ポポが言う。しかし、彼自身 慌てて何度も頭を横に振った。
 ここも、いつぞやのように足音がよく響く。
 後から追いかけてくるような気がするのは、その所為だ。

 きっと、アリスも同じことを思ったのだろう。

 「なんでもない」 ポポが言うと、

 「んっ」 ―― 笑顔を見せた。



 「………」

  ムーンは、念のためもう一度だけ周囲を観察した。
 どうも、誰かに見られている気がしてならなかったから。しかし、

 「気のせいか――」

 彼に付き従うのは己の影のみである。





  驚いたことに、懐にしまい込んだドワーフの角は、蛙になっている間は
 服と同様、消えた。


  四人がボロボロになって帰還すると、待っていたドワーフの娘・キアと
 海賊ゼンは流石に驚いた。
 しかし、ドワーフの宝…水色の角を出すと、キアは反射的に歓喜の声を上げる。
 一人一人にお礼を言って、その度ぴょんと抱きついた。

 痛むのは少し残った火傷の所為か、それとも彼女の腕力の所為か。


  その足で、『ドワーフの角』を祭壇に戻しに行った。
  祭壇の前に居た見張り番が、いかにも嬉しそうな笑顔になる。

 「どーもありがとー!角、取り返してくれた!元の場所に戻してくだサイ!」

  何故だか最後だけ不自然な敬語になる。彼(立派な髭があるので男の子だ)は
 次いで、あッと声を上げた。

 「待って。いま、おまじない解く。…そーれ、ポポイ!」


  愛嬌のある仕草と『おまじない』に、人間たちは頬を緩めて笑った。


 「もう通れるよ。角を祭壇に置いて!」

 「りょーかい」

  軽く返事をして、ムーンは少し迷い…結局、角をキャンディに手渡した。
 ちょっとした警戒心ゆえだ。
 少し前、何もないはずの空間で、額を思いっきり強打したものだから。


  洞内の明かりが ふと揺らぎ、岩壁や床に落とした幾つもの影が歪んだ。


  応じたキャンディは、静かに祭壇を登る。ええと…と位置を確かめ、
 左右対称になるようにした。

 「ここに置けばいいのかな?」

 「はいお願いします!」

  ―― どうもドワーフ相手だと、幼子に話しかける口調になってしまう。


  コトリ、と角を置いた。すると ―― 置くが早いか。
  足元の影が伸び上がった。 キャンディは思わず たたらを踏んだ。


 「!?」


 「わっ」「ナニ!?」

  影は、あろうことか実体と繋がった足元の部分を軸にして、実体同様
 宙に進出する。長く伸びた筈の背の高い影が やがて小さくなり、
 人間の十代 ―― 少年くらいの大きさになった。
 がっちりとした見覚えのあるシルエットは。
  「グツコー!?」


 光の四戦士と その場に居たドワーフたち全員の声が、ぴったり重なった。
 キアと、見張り番と、沢山の見物者(ギャラリー)と。

 「ハッハッハ!お前らの影に化けて ここまでついてきたんだ。
  角は二本とも貰った――!」


  侵入者は高らかに笑い、いかにも得意そうに言い。
 呆気に取られたキャンディが、手を伸ばした時には もう遅い。
 祭壇から宝物を引ったくって、外への出入り口に突進した。


  グツコーは立ち塞がる同族を軽々とジャンプして かわし、
 紙一重で すり抜け、躊躇いなく突き倒す。


 (何も知らない馬鹿共め。この角は氷の角。立ち塞がる炎を退け、
 『火のクリスタル』への道を開くんだ)

  彼は思った。
  ――これで。これでやっと、『火』を "俺のものに出来る"




  四戦士が彼を追って外に出た時には、既に何処にも侵入者の姿は無かった。



 「―― ごめん。迂闊だった」

  キャンディが目頭を片手で覆う。

 「影になってたんじゃ、どうしようもないわ…」

  アリスが 大きな背に片手を置いて、慰めた。


 「くそっ」…ムーンは歯噛みする。

 あの気配は あいつだったんだ。
 見事にやられた。自分の感覚は、確かに教えてくれていたのに。



 「………」

  そして、ポポは悟った。いよいよ事態が動き始めていることを。

BACK NEXT STORY NOVEL HOME