FINAL FANTASY 3【火は歌う】 -5



   

  (5)グツコー



  盗賊グツコーは、ドワーフたちから奪った宝 ―― 角を片手に、
 地底洞窟へ潜伏していた。

 ドワーフ共は この使い道も分からず、ただ美しく不思議な宝物として
 後生大事に飾っていた。その意味すら、秘められた大切な過去すら知らずに――


  グツコーもまたドワーフには違いなかった。
 鍛えられた しなやかな体躯、鉄(くろがね)の肌。しかし彼の髪は白く、
 何より他のドワーフと違うのは、その背丈と特質だった。

 彼は名工の息子として生まれながら、火を操るのは不得手だった。
 『火の歌を聞き、共に歌え』との父親の教えは、頭で聞いて理解はできても
 実際に体得することができない。出来上がるのは脆い硝子(ガラス)板や、
 色合いの不安定な器ばかり。


 更に、彼の背は父親を遙かに超えて伸びた。彼の半分の血 ―― 人間の母の血が
 影響しているのだろう。

 父は何も言わなかった。ドワーフは総じて元来、気性が激しくない。
 静かに教え、息子の成熟を待った。


 ドワーフたちは決して彼を異端視したり拒絶することはなかったが、
 自分は父のようになれぬという劣等感と、皆と異なるという意識が、
 彼を一歩、また一歩と仲間から遠ざけ、いつしか孤独にした。


  薄暗い岩窟を出て、光を浴び海を眺めることが多くなった。
 彼は、あるいは海の彼方にある人間の街に、
 我知らず憧れていたのかもしれない。


  グツコーはドワーフの集団生活を離れ、森に籠もった。
 獣を追い立て、木の実を採り、時には浜へ出て魚や貝を漁る。
 水は森の中か、雨水で調達した。塩は海水から。
 火は生活する上で やはり必要だったから、ずっと前に習った
 木の棒を擦り合わせる方法で得る。

  とりわけ寒い夜、孤独を感じつつも、炎の暖かさにだけは心が安らいだ。
 まるで火と会話しているような気さえした。



  そんな生活を続けて何年か経った ある日の朝、船が沖にやって来た。
 グツコーの目は、人間譲りか長い野外生活のお陰か、遠くまで良く見えた。

  いつもの商船ではない。船に掲げられた旗が、銀の錨と青い竜ではないから。
 旗は炎の深紅で、描かれたのは竜ではなく、堂々たる幻獣グリフォンだった。


  船から、人間が降りてきた。

  とても不格好で重そうな鎧に身を固めた奴ら。
 そして、どうやら一番偉そうなのは、鍔の広い漆黒の帽子に
 色とりどりの羽根飾りをつけ、背中にも白い『翼』を広げた男だ。

 そうしたところで、人間が空を飛べるわけではないだろうに。…彼は思った。

 男はまるで棒きれの細さ、グツコーに言わせれば一番弱そうなのに、
 奇妙なことに一番敬われている風であった。


 他にも色々な人間が居た。

 色黒な者、肌の黄色い者。
 また、大勢の人間の男に混じって
 肌は大理石のごとき白で、髪は黒曜石のごとき漆黒の…
 宝石に上手く例えれば美しいであろう、女が居た。

 髪が、黄金を写し取った輝きを放つ者も居る。
 ドワーフにはこんな容姿の者は居ない。珍しさが目を引いた。
 弱々しい印象だったが、こちらは男だった。


 そして更に、黄金の者が連れていた、最も小さな存在に、好奇心が湧いた。
 ドワーフと見紛うほど小さく、しかしドワーフのような筋肉質ではない。
 手も足も頼りなげで、独りで歩くにはおぼつかない。
 何か気になることでもあるのか、突然声をあげる。
 気に入らないことでもあるのか、すぐに泣き喚く。

  何故こんな役に立ちそうもない奴を連れているのか、
 人間とは誠に不思議だった。


  彼らはこの地に住まうドワーフに挨拶をすることもなく、暫し居座った。


 何のつもりだろうと…グツコーは警戒しながらも、しかし興味の方が勝った。
 そうと意識する前に、観察を開始していた。


  人間たちは最初、ドワーフと同じように硝子の塔を遠くから眺めていた。
 やがて、一日目より二日目、二日目より三日目と
 塔に にじり寄り、ついには探索を開始した。

  ドワーフたち同様、硝子の塔は眺めるものだと考えていたグツコー。

  人間が ついに内部へと続く入口を見つけ出し、入っていった時には
 心底驚いた。…人間の図々しさに呆れもした。


  だが、やがて塔に入っていった人間たちは、泡を食って撤退していった。
  見覚えのある棒きれ ―― あの細い人間の男が、大急ぎで担がれていった。
 被せられた布の合間から見えたのは、黒ずんだ流木のごとき腕であった。

  後から聞き覚えのある喚き声がして、小さな布包みが運ばれた。
 おそらく、布に包んで抱かれているのは、あの一番小さな者だろう。


  暫く人間たちの間で騒ぎは続き、その内容に全く興味はなかったが ―― 
 グツコーは彼らの船を見送った。
 奴ら、ついにドワーフたちには一言も挨拶をしていかなかった。


 …彼は、人間たちがしたように硝子の塔へ向かった。
 黄金色の男がしていたように、巧みに隠してあった塔への入口を探り当て…
 中に入った。



  見たこともない世界が広がっていた。硝子の塔は何処までも眩しく、
  純粋無垢に透明で、中を歩くのが困難な程。天高く空を突き、
  天井は空の色をそのまま通して青くさえ見える。


  …が、壁に沿って上に続く螺旋階段を登ろうとした時、
 目の前に立ちはだかったのは、物言わぬ炎の壁だった。

  近づこうとすると、にわかに 迫り出して来る。言葉こそ無かったが
 ゆらゆらと揺れて、『ここから先には行かせん』と凄んでいた。
 ―― 明らかに危険だった。

 グツコーは、火を操るのこそ不得手ではあったが、
 今や火を『読む』のには長けていた。
 …長らく独りで、火を相手にしてきたのだ。

  あの人間は、無理にこの炎を突破しようとして、阻まれたに違いない。



  迂闊に手を出して炭になりたくはなかったので、グツコーは炎の壁に
 背を向けた。―― が、そこへ。


  りん、と炎が音を立てた。

  グツコーは我が耳を疑った。…それほど微かな音だったからだ。
 けれども、音は だんだん確かになる。
 音を立てているのは、目の前の壁では無かった。もっと高い、もっと奥まった
 場所から、聞こえてきている。

 聞いていると、妙に胸を締めつけられた。

  ―― 寂しい、と言われている気がした。今思えば、それは心の底に隠れた
 自身の気持ちだったのだけれども。


 そして、いつか…ずっと昔、彼がまだ皆と暮らしを共にしていたころ
 島にやって来た吟遊詩人が語った物語を、何となく重ねた。

 硝子の塔に閉じこめられた姫君と、姫を解放するために訪れた騎士の物語。


  ―― 誰かを待っているのか?

  音は、繰り返し繰り返し響く。
 彼の耳に甘苦い余韻を残しては…まるで そうだと肯定するように。
 ここへ来てくれ、と言われている気がした。

 待っている、待っているから。
 あの人間ではない。ドワーフでもない。―― そなたを、待っている と。


  自らの住処に戻っても、音の余韻は消えなかった。
 待っている、と言われた気がしたが、
 独りで静かに親しげに光を提供する焚き火を眺めていると、
 一層その思いが確信へと近づいた。


  吟遊詩人の物語は興味深くも何とも無かったが、丁度物語のごとく
 あの中に何者かが居て、ずっと独りで何かを待ち続けているのは分かった。

  きっと寂しい。 寂しい、寂しい。誰か…側に。





 『おや』

  小さな背が、こちらを振り向いた。ドワーフでは無かったが、
 小柄で…皺くちゃな奴だった。人間か、と問うと、

 『そうとも言える。が、そうとも言えない』

  皺くちゃの奴は、答えになっていない答えを返した。

 気がつくと辺りは真っ暗で、優しい明かりも灯ってはいなかった。
 …が、目の前には確かに誰かが居る。

  ―― 自分以外の誰かと口をきいた。何て久しぶりだろう。


 『珍しい。夢の中に彷徨い出る魂は数あれど、
  このあたしの元に流れ着くとはね』


  ―― 何者だ。問うと、相手は言った。

 『あたしかい?あたしは、夢を守り魂を導く者』

  といえば、聞こえは良いんだけどね。と、奴は付け足した。



 『あんたは、酷く疲れているようね。…ああ、言わなくてもいい。
  分かるよ。あんたは本当は、帰りたいんだね。みんなの中へ』


  ―― そんなことがあるわけない。彼は言った。
 俺は、そんなことを望んでいるわけじゃない。
 ただ、あの中に閉じこめられている『火』に、会いたいだけだ。


 『火?…ほほ、たまげたね。あの中に何が "居る" のか、分かったのか。
  そう、正解だよ。―― 長い時に埋もれて、今では守人さえ その存在を
  忘れてしまっているようだけどね』

  小さな皺くちゃは笑った。


  グツコーは自分の言葉に驚いていた。反射的に口を突いた言葉だったからだ。
 どうして、火が居るなどと思ったのか…


 『そして、時が満ちるまで、決して隔たりは無くならない。
  だから、忘れ去られてしまっても、仕方のないことではあるんだけど。
  ―― あんたも、あの守人の一族だね?だったら、きっと望みは叶うよ。
  これから…何度か季節が過ぎ去った頃 ―― ひとつの魂が、
  『火』を迎えに来る。
  その時になったら、あんたが あの閉ざされた道の先を開いておくれ』


  ―― 何故、俺が。そんなことをする必要がある。


 『あら。あんたもまた、『火』に近い者だからに決まっているじゃないか。
  その魂は、あんたの力なくしては『火』に触れることも、
  先へ進むことも出来ない。
  それに、今は よく分からないけど ―― 時を同じくして、恐らく
  大きな波がやってくる…その気配だけは、確かなんだよ』


  口調が…本当に夢の中なら定かでもないだろうが、心持ち沈んだ。


 『人は、かつて『火』を側に置き天空に島を至らしめる代わりに、
  大地の精と約束を交わした。盟友の誓いをね。もうずっと、昔のことだよ』


  ―― 人間は無断で立ち入った。ドワーフの領域、そして塔に。
  盟友であっても、断りを入れるくらいするだろうに。


 『そこが人間の浅はかさというところだね。人間の命は短いから、
  無理もないけど…固い誓いも綻び擦り切れて、もう失われかけてる』

  でもね、と言葉は続いた。

 『あんたの求める『火』が…真に寄り添う魂に巡り会った時、
 『火』とドワーフ、そして人間の絆は取り戻されるはずだ。
  鍵は、あんたが握ってる。道を開く手段も、すぐ側にある筈だ。頼んだよ…』




  ―― グツコーは目を覚ました。
  夢は夢でも、今のはずっと前の思い出だ。何故、今もう一度同じ夢を?


  寄り添う魂など、待てど暮らせど やっては来なかった。
  『火』とドワーフの絆は焼き切れて、誰もその存在に気づかない。
  人間はといえば、ドワーフとの盟友の誓いを忘れて、
  目当てにするのはドワーフの細工技術と魔法の掛かった品物ばかり。


  誰もやってこない。…ひとりぼっちの火、ひとりぼっちの自分。

 闇は押し寄せ、硝子の塔は天空に在りながら崩れた。
 塔から聞こえた、切なく甘い歌は地の底に消えた。
 今 誰かが解放してやらねば、本当に死んでしまう。



  グツコーは気づいていなかった。
 今まさに邂逅を果たそうとしていることも、
 自らが知らず抱えた寂しさ故に『火』を求め、
 過ぎた欲求が身を滅ぼそうとしていることも ――。


  そして彼の目的は、いつの間にか すり替わっていた。
 本当は、違うものを求めていたはずなのに。

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