(2)三日月山の岩窟住居
『ドワーフの島』と呼ばれる場所は、外海の北西に浮かぶ小さな島だった。
西を向いた三日月型の山系。船にある海図と手持ちの地図を照らし合わせる。
島は西側の―― 『三日月のお腹』辺りに小さな森を抱いている。
「本当にドワーフが住んでるのかな…?」
「そういう話だったけど」
彼方に見えてきた島影を見ながら、ポポとキャンディが話す。
「本当だ」
海賊頭ビッケが笑った。
「キャプテン」 「船長さん!」
彼は船長の身でありながら しばしば自ら舵を取り、
現場で船員たちと共に動くことも多かった。
が、今日は珍しく舵を取っていない。
彼の定位置では、ムーンが舵の取り方を真剣この上ない顔つきで教わっていた。
「ドワーフは変わった連中だが、気は長いし大らかだ。
場所柄あまり取引には行ったことがないが、奴らの作り出す金銀宝石細工は
大したものだぞ。最近じゃ、硝子(ガラス)細工が一番有名だがな」
―― 硝子。
アーガスで見た薄くてきらきらする板と、今は居ない連れが言っていた言葉を
思い出した。硝子は、火の力なくしては生み出せないものだそうだ。
複雑そうに表情を曇らせた弟の代わりに、キャンディは話を繋ぐ。
「アーガス城で見ました。とても繊細で、美しかった…
祭壇のクリスタルと見紛いましたよ。人間業じゃ無いですね」
「そりゃそうだ。『ドワーフ』だからな」
「そうでした」
彼は ふふっと笑った。
「北の方に、立派な硝子の塔が建っててな。…ドワーフたちが硝子だと言うから
納得してたんだが、今思えば、ありゃあクリスタルと同じにも見える。
おそらく、その中にクリスタルが納められているんだろう」
「船長さん」ポポは言った。
「ドワーフって、変わってるの?僕たちが行って、
『クリスタル見せてください』って言っても、断られたりしないかな?」
「うーん。断られりゃ、しないと思うんだがな。俺らは品物に用はあっても、
火のクリスタルを拝みに行くことは無かったからよ」
「そっか…」
「あいつらのことだ。理由も聞かずに断るようなことは無えと思うよ。
ただ、場合によっちゃ話をつけるのに多少 時間が掛かるかもしれねぇ…」
「?」
「俺は、あの調子が苦手でよ。話すのに時間が掛かるったら――
まあとにかく、頼む。お前らが『火』のクリスタルに会ってくれれば、
仲間の居所が分かるかもしれねぇんだ…頼りにしてるぜ」
ポポは無言で、曖昧に頷いた。
自らの受けた『火』に関する予言。あまり口に出したくは無かったが、彼は
心を決めて皆に話した。
"探し人は黒い炎の中に居る。闇の中から救い出すには、光の炎を以て"と ――
その内容には、ポポだけでなく行方不明の船の仲間の事も
確実に含まれていたからである。躊躇している場合では無い。
そんなこんなで、大切なエンタープライズの仲間を一部欠いたままでも、
航海は続いた。砂漠で行方不明になったセトたち。
そして、家族の為、決して平穏とは言えぬトックルの村に残ったフェル。
―― 今、僕だけが甘えてるわけにはいかないんだ。
気遣わしげな兄と視線をぶつけると また弱音を吐いてしまうに違いないから、
ポポはそんな気配を振り切って、努めて船の行く先を見つめた。
ほどなくして島の全体像が顕わになった。
遠目からでは とても上陸できそうな島ではなかったが、南側の岸に浜がある。
「ムーン。舵、気をつけなさいよ?」
「分かってるよ」
「…帆船じゃ、これ以上は進めねぇ。艀(はしけ)を降ろす」
本船を停泊させ、何隻かのボートを降ろしていく。
二隻目のボートに乗って海面に降りた一行は、以前サスーン王から譲り受けた
折りたたみ式の『魔法のカヌー』を慎重に波に浮かべた。
模型ほど大きさの舟は、浮かべた途端ムクムクと広がり、
四人が乗るには充分な広さになる。
『魔法の』というから名の通りなのだろうが、この仕組みは未だに分からない。
転覆しないよう慎重になりながら、四人はそちらに乗り換えた。
上の仲間に手を振って合図すると、エンタープライズ持ちの小舟は するすると
引いたロープに従って、上昇していく。別の仲間を乗せる為に。
「行こう」
キャンディとムーンが櫂を引き受け、岸に向かって漕ぎ出す。
ほどなく、小さな砂浜に着いた。
一行を降ろしたカヌーは、心得たように、今度は縮む。
「なんだか、あんまり白くないわねぇ」 アリスが砂浜を見て言った。
「ドワーフは硝子を作る名人なんでしょ?硝子だの宝石だの言うから、
砂浜も もっとキラキラしてると思ったのに」
「何も砂浜をドワーフが作ってるわけじゃねーだろ?」
「そうだけど。『大地の精』なのに…砂は違うの?」
「俺に聞くなっての」
理屈の分かるようで分からない疑問を、妹は持ち出してくる。
ムーンとアリスの問答に、キャンディは笑った。
追いついてきた船員が、親切にも教えてくれる。
「砂浜が白いのは、珊瑚が多いからなんだ。珊瑚が死ぬと白くなって、
その欠片が細かくなって岸に打ち寄せるのさ。
ここらの海は深い部分が多くて、おまけに冷たいからなぁ。
珊瑚が暮らすにゃ、ちょいと適さないのよ。
だから、この辺の砂は珊瑚じゃなくて、石が砕けた…砂が主なんだな。
色が違うのはそーいうわけ。納得?」
「ナットク」 「へえー」
子供たちは目を丸くした。
季節柄か土地柄か、北の海風は冷たかった。
もうすぐそこまで、冬が来ている。
四戦士と何人かの海賊たちは、冷たく吹きつける風を避けるようにして、
岩窟へ向かった。―― そこに、ドワーフの住居があるという話だった。
岩山に、自然の光景に埋もれて殆ど分からない入口が設けられていた。
近くに寄ると分かるのに、少し離れると岩肌と同化して見えなくなる。
目くらましの〈魔法〉でも掛かっているのかと訝ったが、
交易商でもある海賊たちに言わせれば、これはドワーフの掘削技術の賜物だ
とのことだった。
「ラリホー!!」
中に入った途端 元気良く声を掛けられて、四人は戸惑った。
二人組のぽっちゃりした子供みたいな番兵が、勢いよく出迎えたからだ。
「ラリホー!お前ら、元気してたか?」
海賊の一人が応える。慣れたものだ。
「テニー、お久しぶりお久しぶりっ!今日は一体何を持ってきたラリ?」
「おう、魚の干し物に花の種にそれから…っとと。
まあ品定めは中に入ってからにさせてくれよ」
答えたのは先程珊瑚の話を聞かせてくれた海賊。
―― では、こちらの番兵がドワーフか。
「ラリホー!!」
「ラ、ラリホー?」
おっかなびっくり返したポポに、ポポより小さな『大地の精』は
まん丸い目をキラキラさせて、嬉しそうに もう一回「ラリホー」を
繰り返した。…どうやら、これが彼らの挨拶らしい。
ドワーフは聞いて想像していたよりも全身が低く小さくて、迎えてくれた者は
キャンディの膝くらいまでの高さしか身長が無かった。
ずんぐりむっくりな印象だったが、親しげに挙げられた腕を見て、
ムーンが驚く。鍛えられて引き締まり、全く無駄が無かった。
「おーっす、邪魔するぜぇ」
洞窟の中に『山』が現れた。…と思いきや、それは海賊仲間・ゼンだった。
頭はツルツルに剃ってある。筋肉隆々、それこそ山のような大男だ。
洞窟の中に居ると、彼の巨体はそれだけで窮屈そうだった。
「ゼン!ラリラリホー!!」
「おーっ久しいなぁ、カガリ、ホムラ!調子はどうだい?」
「絶好調ラリ!…と言いたいんだケド…」
「なんだ、どうした」
「まあ話は入ってからする…」
「キアも、みんなも困ってる…ドワーフの宝、盗まれた…」
「あの角か!?」
―― ゼンとドワーフの話はさっぱり分からなかったが、とにもかくにも
奥へと通される。通路を抜けると、広い空間に出る。
「え?」 「何これー!?」
ポポが、アリスが、天井を見上げた。
「すっげ……おおー!!」 ムーンの顔が、驚きから喜びに変わっていく。
「山の中…?だよな」 キャンディは立ちつくしたまま呟いた。
大きな空洞が出来ており、その規模から、
どうやらここは山の中そのものらしいと分かった。
巨大な岩窟住宅だ。広大な広間があり、そこから階段やら無数の通路やら、
別の部屋へと続いていそうな扉や穴がある。
もっとも、扉は少なかった。南側へ続く三つだけだ。
残りは穴で、仕切りもカーテンも無い。
――蟻の巣というか、それよりも土竜の穴に近いのか?
外からでは規模など想像がつかない広さ。
地下に更に広がっていそうで、探検できるんじゃないかと思うと心が弾む。
大広間の中央に、祭壇と思しき高い場所がある。
その上に飾られた、大きく青く透明なものに、四人は目を奪われた。
あれもドワーフの掘り出した宝石だろうか?
思わずムーンが、懐から水の牙を取り出した。
矯めつ眇めつして、比べてみる。
そっくりとまではいかなかったが、何だか似ていた。あれも牙だろうか?
と、そこへ。
「ドワーフの角、盗まれたあーー!!ラリラリホー!!」
「悪い奴、許せなーーい!!」
落ち着かぬ様子で右往左往する人々 ―― いや、ドワーフたち。
如何せん数が多いので面食らった。
だが、内容そのものをズバリ口々に大きな声で知らされるので
(本人たちは独り言のつもりかもしれないが)
何が起こっているのかは あっさり理解できた。
盗み ―― とは、何とも物騒な響き。
「ゼン!!」
祭壇の手前…階段の脇で、岩を切り出した椅子に腰掛けていたドワーフが、
ちょこちょこと小股で早足に駆けてきた。
足元に寄ってきたのを踏みつぶしやしないかとムーンは慌てたが…
ゼンは飛びついてきた小さな影を そのまま軽々と持ち上げて、
子供をあやすように高い高いをし ―― 抱き締めた。
ムーンもポポもキャンディもアリスも、ドワーフが潰れやしないかと
仰天した。
しかしドワーフは高い声を立てて笑い、「いらっしゃい!!」
心底嬉しそうに抱き返す。どうやら こちらも顔見知りのようだ。
「待ってたぁ」
ゼンの馬鹿力を ものともせず、小さなドワーフは頬ずりをした。
高い位置から四人に気づき、降ろしてもらった後で
これまた ちょこちょこと近づいてくる。
「あなたたちも、おひさしぶり!ラリホー!!」
「ラ、ラリホー」
「俺たち、初対面だけど」
「キア。初対面は『お久しぶり』じゃないぜ?」
「あ…あれぇ?あなたたち、来たことなかったっけ?」
アリスは笑った。
「…初対面よ。よろしくね、キアちゃん。あたし、アリス」
「う、う〜ん?人間の顔は よく分かんないラリ…」
困惑したキアだったが、少年たちも それは同じだった。
女の子だったのか! と揃って目を丸くする。
サラリと「ちゃん」付けで呼んでのけたアリスが信じられない。
キアの感想をそっくり そのままお返ししたい。
こちらにしてみれば、ドワーフの顔が皆同じに見える。
が、まじまじと見ればこのキアと呼ばれたドワーフは、
ドワーフの中でも更に小柄で、頑健な感じがしない。
長く伸ばして編んだ顎髭も無く、
代わりに頭に結った三つ編みをひょこひょこさせるのを見れば、
どうやら娘らしいのは確かだ。
「あっ、あなたたち、ひょっとしてひょっとする?
人間の中では小さい方ね??」
「そうだけど…」
頷きながら、ポポは にわかに落胆した。
かねてより、背が早く伸びないかなぁ、と思っていたから。
「あなたたち、泳げる?」 ――キアは四人に向かって訊ねた。
「泳げるけど?」
「いま、ちょっと困ってるんだラリ。みんなで大事にしてきた宝物、
盗まれちゃったの」
キアの目が祭壇に向けられる。
「あれか?」…何となく合点がいって、ムーンは祭壇に向かった。
段を上る彼を咄嗟にキアが止めるが、それを聞いて理解する前に 「痛てっ」
固い音がした。ムーンはおでこを したたかにぶつけ、瘤を作る羽目になる。
見えないけれど、確かに目の前には壁が在った。
「残った一本の周りに、誰も近づけない おまじない掛けたー!
この一本は絶対にまもるーー!!」
厳めしい顔つきで(?)構えていたドワーフが、何故だか語尾を伸ばして言う。
「早く言え…」
ドワーフの角は、見えない壁の向こうだ。
どうやら大事な宝物らしいが。残りの一本、ということは、もしかしなくても
もう一本あるのだろう。
見事に膨らんでしまった瘤を気にしながら、ムーンは祭壇を降りた。
まあ、鼻が ぺしゃんこにならなかっただけ ましか。
ムーンが憮然として戻ってきたところに、キアは言った。
「ドワーフの宝物、二つで一つ。グツコーが盗んで逃げたの」
「うん」
ムーンが答える。ポポもキャンディもアリスも、黙って次の言葉を待った。
きっと角を取り返してくれと頼まれるんだろうけど、
それと、泳ぐのと何の関係があるんだろう?
|