第四章 火は歌う
1 熱き心音
(1)別離、そして…
潮風が帆を膨らませ、エンタープライズを運んでいく。
意気揚々と進む船とは裏腹に、光の戦士たちの心は、未だ
この海を越えようとはしていなかった。
つい先日、一行が激闘を繰り広げたオーエンの塔。
共に赴いた その場所から、青年デッシュは戻ってこなかった。
…正確には、四人には彼の生死さえ分からないのだが、
あの燃えさかる動力炉に飛び込んだとなれば、まず無事ではいられないだろう。
―― 気がついた時には、四人は塔の外に居た。
直後は誰も動けなかった。揃って暫し呆然としていて ―― 我に返ってから
我先にと助けに戻ろうとしたが、叶わなかった。
気づいた時には塔の入口が外壁と同化し、綺麗に消えていたのだ。
まるで、最初から無かったみたいに。
四人は…―― 逃げるように、その場を後にした。
全てがあっという間の出来事だった。
彼を ―― 大切な連れを、絶望的な状況の中に置いて。自分たちだけ…
「外海に出るぞー!!」
四人は はっとした。
甲板に居たムーンとキャンディは船首側に走り、
中で炊事に追われていたアリス、家畜舎でチョコットの世話をしていたポポも、
甲板に駆けて出た。
内海と外海を繋ぐ唯一の岬には、今や行く手を阻む大渦は無かった。
「有り難え!ホントに消えてらぁ」
船長ビッケが言う。
「やること、ちゃんとやるもんな。あいつ」
「ああ」
―― デッシュの予告通りというべきか。
あんな大きな炉だったんだ。海水そのものを冷却に使っていたのなら、
過剰な熱を発する炉、周囲の海水との温度差で
渦潮という影響が出る可能性は大いにある。――それが、消えた。
ということは、彼は上手くやったのか。
…本当に、おいしいところはキッチリ攫っていく男だ。
「あんなの、ずるい――」
格好良すぎて。あんな筋の通し方。
そんなだから、いくら腹立たしくても、アリスは本当には嫌いになれない。
彼は、千年前の…古代人の生き残り。
クリスタルを乱用し、かつて光の氾濫を招いたという――
塔を動かす術を知る技術者なら、その筆頭だ。
突然 無くしていた記憶を取り戻して、過去も今も全部背負って、
爆発寸前の炉の中に飛び込んでいった。
…詳しく話す暇なんか無かったから定かでないけど、
きっと そういうことなんだろう。
「あんな奴っ」…どうにでもなっちゃえばいいのよ、とは言えなかった。
悪い想像しか得られなかったからだ。「許さない…っ」
白い変な形をした塔が、近づいた。
「………っ」
ざあっ、と波音が船の側面を掠めて、少しの後、耳に馴染む。
ポポは思わず身を乗り出したが、塔は物言わずに海辺に建っていた。
ただ静かに、船を見送る。
ここを越えたら…その先あるのは、火のクリスタルが待つドワーフの住む島。
『お前なら、ちゃんと受け容れて強くなれるよ』――
デッシュは ああ言ったけど、自分は、
たった一人で塔の炎に立ち向かっていった彼のようには、なれる自信が無い。
デッシュのようになりたかった。
せめて、少しでも前を向いて、あの時のように空を見上げていられたら。
浮遊大陸の端で下界を眺めたあの時、何故だか分からないけど
駆り立てられた。
怖かったけど、世界は本当にとんでもなかったけど、
確かに不安な気持ちの奥、何かがポポの中に芽生えた。
『帰らなきゃ』?――ちがう、『行かなきゃ』だったはずだ。
あの時思ったのは。
浮遊大陸。
グルガン族の予言。
そして、デッシュとオーエンの塔。
旅をしていく中、考えさせられたことは沢山あった。
だからこそ、立ち向かう。前を見るって、決めたのに。
実際は、不安ばかりが募る。逃げてしまいたい気持ちが、消えたわけではない。
ただ、自分が こうして、ここに居ること…それだけは、譲れない。
…デッシュが、オーエンの塔に向かう途中、四人に言ってくれた言葉がある。
不安か、という問いに、ポポが頷いた後だったか。
「そっか」…デッシュは相槌を打った。「今は怖いんだな」
ポポは、自分が情けなくて縮こまっていた。これまで、旅には消極的で…
次兄からハッパを掛けられても、長兄から励まされても、妹から慰められても、
いつも少なからず歯がゆくて重くて、不安が消えることはなかったのだ。
そして、根本の一部に火への恐怖があることを言い当てられた時、
恥ずかしくてどうしようもなかった。
一生懸命 克服を考えたけれど、実際は できないでいる。
「じゃあ、怖くたっていいさ」
「え?」
「それがポポだ。お前自身。無理に強くなろうとしなくていいよ。
本気で変わろう、変わりたいって思わないと、
人間変われないように出来てるからさ。まずは自分を許してみな」
「許す…?僕、怖くてもいいの?」
「うん。怖くてしようがない、それが今のポポなんだよ。
誰も許してくれないと思うんなら、せめて自分で許しちまえ。
じゃないと、行き場がなくなるぞ。それって余計、苦しいだろ?
俺は、怖くても情けなくても、そんなポポが好きだよ」
怖くても情けなくてもいい なんて、そんなの初めて聞いた。
「………」
目を丸くしてデッシュを見上げると、にっ、と彼は笑う。
「このままじゃいけないと思ってるんだったら、変われる要素がある証拠だ。
本気で強くなろうと思ったら、自然と出来るさ。
―― まあ、なんだ。
きっと そういうのが『勝負の時』って奴なんだろうなぁ」
「とりあえず、急に居なくなるのだけは やめろよなー」
珍しく後ろを歩いていたムーンが、グルガン族の谷での
『迷子騒ぎ』を揶揄した。
「うん。ごめん」
デッシュは相変わらず空を見上げて大股で歩き ―― しかしその表情が、
心持ち引き締まった。
「どんな状況に在っても、…どんなに強くなっても偉くなっても、
『自分』だけは売り渡しちゃダメだぞ」
デッシュ? ――………。
思えばあの時 既に、彼は塔の中の出来事を予感していたのかもしれない。
彼の言葉は強い。だから今も、ポポの中に残っている。
『勝負の時』―― 自分にあるとすれば、それは間違いなくこれからだ。
『火のクリスタル』に会ったなら、自分は変われるのだろうか?
「………」
何故こんなに火に対して恐怖心が湧くのかは、今も良く判らないままだ。
ウルで火事騒動なんか、憶えている限り一度も無いのに。
「さ、いつまでも立ち止まってる暇はないぞ?」
いつの間にか船首まで来ていた女医シャルが、ムーンたち四人に言った。
「シャルは、思ったより元気そうじゃん」
アーガス城、見てきたんだろ? 問うと、彼女は頷く。
「うん。見事に もぬけの殻だったねー。
そりゃ吃驚したけど、君たちから話は聞いてたしさ。
思ったより平気かな…というか、今 私が騒いでも、どうしようもないって」
肝の据わった女だとは思っていたが…やっぱり医者って、精神的に強くないと
やっていられないのかもしれない。
彼女は言うのだった。
「一旦船を浮かべてしまえば、進む時は、放っておいても進むよ。
波に乗ったら、後戻りは無しだ」
「不可能だな」 とオヤジ。
ヘマをして怒鳴られる以外には、必要じゃなければ殆ど口をきかない
この男が、珍しく口を挟んできたので、ムーンは少し驚いた。
シャルが それを受けて、面白そうにする。
「折角 道を開いてくれたんじゃない。
仲間としては、この追い風を受けて進むのが
彼の行為に対する一番の応え方だと思うけど?―― 私は、ね」
「無駄な命など、一つも ありはしない。
別れを悲しむだけでなく、その命を張ってまで
進む力をくれた奴に対して、何か思うことは無いか」
意気消沈していた四人の顔が、多かれ少なかれ変化を見せた。
―― そうだ。デッシュが道を示してくれたんだ。
今、このエンタープライズを後押ししてくれているのは…紛れもなく、
デッシュが起こした追い風だ。
「まったく、勢いの強すぎる『追い風』だわ…勝手よね。ありがたいけど」
「本当だな」
ふふ、と笑って同意するキャンディだが、
彼が一体どの言葉に同意しているのか、分からない。
「あいつらしいっちゃ、らしいか」
ムーンが言った。
身元不明、年齢不詳…やっと明らかにしたと思ったら、
今度は生死不明になってしまったなんて…あんまり笑えたもんじゃないけど。
無言で居るのは、ポポばかり。
何となく そっちへ視線を向けた兄と妹だったが、ポポは気づかずに
船の行く先を見つめていた。
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