(20)向き合う時
塔の通路を出現させた時と同じく、デッシュは暗号めいた言葉を口にした。
『我は、正式なる後継者。この塔を守り動かすものなり。名は、デッシュ』
―― 『オドル』…正式なる、という言葉を聞き取って、
無意識に反応する光の四戦士。
最上階内部の壁は、白い外側と違って黒曜石さながらだ。
びっしり刻まれた紋様に、光が走った。
――『おかえりなさい、デッシュ様』
「!!」
鳥人の女性 ―― マリエラから発せられたのと そっくり同じ声が、
どこからともなく響きデッシュを迎えた。
デッシュは一瞬 懐かしく微笑み、すぐにその表情を引き締めた。
音声が言ってきたのと同じ言葉を操って、指示を試みる。
いざとなれば、口を突いて すらすらと出てきた。
―― 大丈夫。俺は、手にしてみせるさ。全部だ。
いくら甘っちょろい理想と言われようと。譲れない…譲れはしない。
『エネルギー出力、抑制開始。浮力変換、一時停止。
主動回路を予備回路に切替。切替完了後、浮力変換を再開』
――『了解。エネルギー出力抑制開始』 ……。……。……。
暫しの沈黙。
――『抑制不能』
「!『四番、五番。動力炉、一時閉鎖』」
――『制御不能。エネルギー出力を抑制できません。続行しますか?』
「くそっ」 デッシュは舌打ちをした。『指示破棄!』
『了解。浮力変換回路、一時停止の実行まで、30秒』
「!?『指示破棄!』それもだ」
こんな状態で浮力変換を停止したら、エネルギーの行き場が無くなり、
塔そのものが本当に爆発する。どのみち、大陸が墜ちる ――!!
――『25、24、23、22、21 …』
「『破棄』!『破棄』だ、分からないのか!?」
助手マリエラが壁の一部を動かした。
埋め込まれた細かいパズルの破片めいたチップを、素早く滑らせて組み替える。
――『浮力変換、再開』
デッシュから安堵の溜め息が漏れた。
同じように切羽詰まって見守っていた四人も、
ただならぬ事態を回避したことを理解できた。
か細い悲鳴が上がった。マリエラの操作した石版が、
エネルギーを迸らせて彼女を直撃したのだ。
それは、浮力を生み出すもの。反物質がお互いに反応してできたもの。
反応直後の強いエネルギーが生体を直撃すれば、いくら何でも命に関わる。
「マリエラ!!」
デッシュは咄嗟に彼女を横抱きにして、その場から遠ざけたが、
「申し訳ありません…デッシュ、さ…」
伝え終わらないうちに彼女は息絶え、溶けるようにして消えた。
彼女もまた、元は魔物には違いない。
「マリエラぁ!!」 デッシュは血を吐くように叫んだ。
―― が、それ以上感傷に浸る時間は無い。事は一刻を争う。
このまま遠隔操作で制御しても、また今のようなことになっては
取り返しがつかない。
デッシュは膝をついた姿勢から立ち上がりざま、言った。――
『通路開放。中枢へ』
――『了解。通路開放』
『生命維持装置作動。エネルギー遮断。緊急事態発生の為、これより回避する』
――『作動完了。遮断壁、稼働中。中枢へ降下できます』
手伝うことも何も出来ず、会話の意味すら分からず、立ちつくしていた四人。
目の前で、芝居でも展開しているような具合だった。
自分たちを置いてきぼりにして。
よく知っている、屈託のない黒い瞳に振り向かれて、彼らは我に返った。
「まだ何とかなるかもしれん。俺はこの中に入って、動力炉を直す」
「えっ!?」
四人は思わず、声を揃えて訊き返す。
「やっと記憶が戻ってきた」何かを悟ったような彼の瞳の輝きは、より強くて。
「俺はこの塔の監視人。古代人の生き残りさ。長い眠りについてた。
もし塔に何か異変が起きた時、目覚めるようになっていたんだ。
眠り過ぎて、惚けてたみたいだな…」
そう言ってから笑う様は、まるで他人事のようで。
――でも、そんなの。こっちは笑えない。
このまま黙って見送るなんて出来ない。出来るわけないだろう?
「デッシュっ!やめろ、死んじまうぞ!!」
「そうだよ!あんな火の中、入ったらどうなると思うの!?」
ムーンが、デッシュに掴み掛かった。ポポが声の限りに叫んで止める。
それなのにデッシュときたら、酷く落ち着いていて。
「このままじゃ、浮遊大陸は動力を失って落ちちまう」
そーいうわけにもいかんでしょう、との言葉には、おどけて笑う
いつものデッシュが垣間見えた。
…しかし、彼はその笑みを拭ったように消した。
「こいつが、俺の仕事だ…俺が、俺である為の」
「何、柄でも無いこと言ってんのよ!!」
―― こんな真面目な言い回し、一番似合わない。
「訳わかんないわ。会った時から……っ ―― 帰るのよ、一緒に!!
サリーナさん、待ってるの!あんたのこと信じて待ってるのよ、
分かってるでしょ!?」
デッシュは切なく微笑んだだけで、これには答えなかった。
本当にもう、柄でもない。いつもの冗談であってほしい。
「上手くやって岬の渦を消すから、お前たちは船でドワーフの住む島へ行け」
―― ドワーフの島。『炎の歌』が聞こえる場所。
はっと顔を白くした、幼さ残る黒魔導師に、デッシュは力強く言った。
「火のクリスタルが待ってるはずだ。
お前なら、ちゃんと受け容れて強くなれるよ」
次いで、固い表情で一言も喋らないキャンディを振り返る。
デッシュは何でもない世間話の口調で、伝えた。
「下に行ったら、転移装置を作動させてやるよ」
切羽詰まった表情の少年少女。 ―― 時間が無い。引き止めたい。
何かを言いたくて、言えなくて。
もう何を どうすればいいか、ぐちゃぐちゃで。
「随分世話になっちまったな。ありがとう」
「………っ」それはこっちの台詞だというのに。
言葉が詰まって、出てこなかった。
こんなに強くて温かい声を、他に知らない。
何だか適当で、なんにも考えないように見えて……でも、
こんなに頼りになる友人は、他に居ない。
「そんじゃな。あばよ!」
言うが早いか、デッシュは燃えさかる炎の待つ動力炉へ自らの身を投じた。
「デッシュ――っ!!」
後を追って落っこちかけたムーンを、キャンディが渾身の力で引き上げた。
ポポが必死に延ばした手は、黒い尻尾髪を掠めることもできなくて。
手の届かなかった後ろ姿、白いリボンが彼と一緒に消えていくのを、アリスは見た。
一瞬、火の橙に染まって―― まるで、舞い散る可憐な花びら。
その直後、辺り一面の黒い壁に刻まれた古代文字に、光が走った。
強い光が、四人の姿を包んで消した。
塔の中では、何事も無かったかのように歯車が回り続けているのだった。
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