FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -20



   (20)揺りかご


 「 出航!」


 「出航!」  「出航!」

  威勢の良い掛け声が、方々からあがる。
  青い青い海原を、海賊船エンタープライズは滑り出した。


  圧倒的な迫力に、子供たちは仰天する。

  陸に打ち上げられた魚同然に腐りかけていた連中が、まさに『水を得て』
 生き返った瞬間だった。あの、"もやし" さながらの下っ端フェルまでもが、
 生き生きと顔を輝かせ忙しく働いている。


 まだ雨天は続き、今日も 空はにわかに翳っていたものの、
 出航まもなく晴れ間が見えてきた。


  海賊旗は高々と翻り、航海の喜びを風と共に謳うようであった。

  目にも鮮やかな彼らのシンボルは、
 一般的なドクロではなく、海竜ネプトそのものだった。
 銀糸の錨を抱く蒼竜が、船に寄り添って空を泳ぐ。


 「綺麗だなぁ…!」


 鮮やかな青が溢れる世界。ポポが思わず感嘆の声を漏らした。


 ネプト竜と海賊たちの、絆を思う。


 騒動の原因はあまりに単純に思えたが、裏を返せばこういうことだ。
 きっと、両者の結びつきはポポが思っているより ずっと深く、強いのだ。
 でなければ、先のように共倒れなどしない。 


 ネプト竜あってこその海の民、逆もまた、しかり。
 ―― それを一番感じたのは、他ならぬ海賊一味に違いなかった。

 海竜騒ぎの一件の後、一様に瞳に宿る力が戻ってきたからだ。



  ことに劇的な変化を見せたのが、頭領ビッケ本人だ。
 「自分たちの在り方を振り返る、良い きっかけになった」と彼は言った。


 「俺がダメになったからネプトの信頼が無くなりかけた、って
  見方もできるしよ。もう2度と、同じ轍は踏まねぇよ」

 騒動を解決した5人は、笑顔でその言葉を聞いた。




 「さあさ、いつまでも ぼっとしてない。
  船の上じゃ、大人も子供もないんだよ。さっさと持ち場に行く!」

 ぱん、と手を打って促すのは ――


 「ジル! …何だ、結局来やがったのか!」


 「ご挨拶だね。今の今まで腐ってた奴に言われたかないよ。
  それとも何かい、まだあんな迷信にオタオタしてるのかい?」


  曰く、女を船に乗せると良くないことが起こるなどという。


 「そんなんじゃねぇ。船上は神聖な処だと言いてえんだ」


 「はッ、同じじゃないか。そんな枠で括って。
  偉そうなこと言ったって、いざとなると頼りないんだからね。
  第一、そんな決まり事があったら、この子はどうなるんだい」


  言われて、アリスが目を ぱちくりさせる。


 「その子は巫女だぞ。しかも光の戦士だ。置いていけるわけがねぇだろうが」


 「『特例』かい?そりゃ可哀想だ。こんなむさ苦しい男共の中に一人で
  居てごらん、あっという間に倒れちまう」


 目を白黒させるアリスだったが、
 実のところ、彼女が来てくれて ほっとしていた。

 それは、兄のキャンディにしても同じだった。

 アリスは明るく気丈に振る舞ってはいるが、思春期を迎えつつある少女。
 やはりどこかで無理をしていただろう。
 そんな妹を見守ってくれる同性の目があるのは、心強い。


  エンタープライズには、ジル以外にも数人の女性が乗り込んでいる。
 フェルや黒髭をはじめ、なんとあのじっちゃんまで、乗組員は総勢40人余。
 風守(かざもり)のセトは無論だ。
 彼が居るか否かで、航海の安全の度合いが違うのだ…と仲間は言う。


 船に良い風を呼び込むのが彼の役目、その意味で『風守』なのだそうだ。
 彼は、各地の司祭と同じように、
 『風』――即ちクリスタルの声を聞くことができるらしい。




 「さぁーて、お仕事お仕事♪」

 ジルに言われ、鼻歌軽く行こうとするのは、四戦士の旅の仲間、デッシュ。


 「ジル姐さんの気を惹こうってのがミエミエよ!」

 「ぬう。スルドイな嬢ちゃん。だが、俺を駆り立てるのは彼女だけではない。
  これであっちこっちの美人を探しに ―― うそ、嘘だって!」


  4人はそれぞれに、表情を変えた。
  …本当に、デッシュは何処に居てもデッシュだ。



 「…。ところで船長さん、本当にカナーンまで行ってくださるの?」

 「ああ。まあ、最初は警戒されるだろうが、白旗は出しとくからよ。
  港を回って、航海出来ることを知らせてやらねぇと」


  ――そうなのだ。魔物は相変わらず出るが、少なくとも
 ネプトの岬で船が遭難することはもう無い。それを、知らせてやりたい。



 「謎の大渦は、まだだがな…。少なくとも内海は動ける。
  そういやぁ、お前たちも用があるんだろ?」


 「ああ、うーん。用ってほどのモノじゃ…」

 「そうよ、大ありなの!!」


  言いかけたデッシュの腕を、アリスは がっちり両手で掴んで引き止めた。
 ムーンが わざとらしく顔をしかめ、ポポとキャンディは困った風に笑う。


 「観念なさい。ちゃんとサリーナさんを安心させてあげるのよ!」


 「野暮用か」

 「野暮用だ」

 ――デッシュもまた、ちらりと笑った。




  各々が監督役の船員に連れられて行ってしまうと、その場には頭領ビッケと
 ムーンだけが残った。


 「船長を代わってくれるんじゃないのか」

 「〜〜〜〜〜」


  …それどころじゃない。――言葉にする元気も無かった。
 まさか自分に、こんな弱点があろうとは。

 ――船酔いだ。

 耳がキンキンする。目の前がグラグラする。胃の中がでんぐり返る。
 乗船後間もなく動けなくなり、今は何とか症状が落ち着いたものの、
 血色の良い顔が真っ青に変わっていた。


 頭領ビッケがガハガハ笑う。

 「まだまだケツの青いガキだな」

  青いのは顔だけだ。呻きながら言い放って、立ち上がる。


 「まだこんなところで油売ってやがったのか」


  別の声がした。確か、海賊たちの間では『おやっさん』で通ってる奴。
 名前はまだ聞いたことがない。他の奴らは、殆どが何だか陽気な印象を
 受けたが、彼は始終ぶっきらぼうな印象だった。


 …それは特に構わない。ただ、何を考えているのか分かりづらい。
 そういう意味では、ムーンの苦手なタイプだ。


 「行くぞ」

  どこに、と問うまでもない。これから、船上での仕事を覚えるのだ。
 正直動くどころじゃなかったが、休ませてもらえる雰囲気でもない。
 ぐっと堪えて、彼は頷いた。すると途端に吐きそうになるから、
 堪ったものじゃない。

 「使い物になるのか?船長」

 「若くてピンピンしてるさ。使い物になるかどうかは、お前次第かもな」

  チッと親父は舌打ちした。 ―― 「ぬかしやがる」



 「ほれ、行くぞ」

  言われたものの、堪えきれずに船縁に走った。
  上下する三角の波も曲者だ。これを見てると、それだけで調子が狂う。


 「まぁ、海が初めてじゃ無理もねぇよ。
  乗ってるうちに、体の方から慣れてくるからよ」と、ビッケ。

 それが本当なら、早く慣れてしまいたいものだ。




 「名前は」

 「ムーン。言わなかったっけ」

 「聞いてねぇな」


 「あんたは?」

 「好きに呼べ」


  会話といえば、これくらいだった。仕事を教わる間もなく、
 ムーンがダウンしてしまったからだ。船内を案内され、連れてこられたのが  
 救護用の部屋だった。


 「おや」

  風守のセトが振り返る。



 「ああ、やっぱりダウンしたか」

  至極当然のように言う船医は、数少ない女性だった。
  外見に似合わずサバサバしていて、男っぽい喋り方をする。


  ちゃっかり側に居たアリスが、間髪入れずに言った。

 「だらしないわねぇ」


 「休ませてやってくれ」


 「えっ」

  ムーンは顔を上げた。「仕事教えてくれるっていったじゃん!」


 「まともに動けるようになってから言うんだな。
  今のお前じゃ、使い物にならない」

 「もう元気だ…ってっ…」

  それ以上は言えなかった。



  救護用ベッドに横になると、彼はそのまま天井を仰いだ。
 波音に合わせて、船はゆらゆらと上下する。―― 紛れもなく、
 水が全てを決める世界だという気がした。


 「………」


 「悪く思わないでくれ。あのおっちゃん、アレで普通なんだ」

  船医が言う。視線で応えると、笑顔が返ってきた。
 言葉も声も男性的だが、笑みは柔らかい人だ、と思った。

 「ネプト竜騒ぎで息子を無くしてから、更に偏屈に磨きが掛かってさ」


  ムーンは目を見開く。…では、暴れる海竜の為に犠牲になったのだ。
 今まで人ごとのように聞いてきた部分があったが、それが一気に吹き飛んだ。
 

 「シャル」

 「いいじゃないか。もう船の仲間なんだろ?」

  船医はお構いなしに続けた。

 「ネプト竜に対しても思うことあるだろうし。
  船乗りとしての誇りとか、親としての気持ちとか――
  今は自分なりに整理してる時だろうな。ちょっと とばっちり行くかも
  しれないけど、我慢してやって」


  ネプト竜。あんな出会い方だったから、最初は悪い奴だと思っていた。
 騒ぎも収まり、「ネプト自身は邪竜でない」と分かったが、それでも
 人が犠牲になったと聞けば何だか後味が悪い。
 ―― 直接的には、ネプトが悪いわけじゃないんだろうけど。


 「今のうちに寝とくんだな。間違いなくこき使われる」


 「大事にな」
 「しっかりしなさいよ」


  やがて独り残される。ムーンは懐にしまい込んだ『牙』を何となく出し、
 額に当てた。心なしか、ひんやりする。


  『水の牙』―― 海の民の守護者・ネプト竜が、彼にくれたものだ。
 何に使うのかは、今のところ不明だ。


 『行く手を遮るものを打ち砕く』――

 (そんなこと言ったってなぁ)


  わけが分からない。とりあえず、イザって時に役に立つんだな、と
 意義を勝手に呑み込んで、持っている。

 邪魔な気もしたが、どうしようもない。
 他の誰にも渡すことができない、理由があった。


 『牙』は、不思議な ―― ムーンに言わせれば、厄介な ―― 
 ある性質を持っていた。
 


  例のごとく、アリスが手を伸ばした時のこと。


 「綺麗ねぇ――」


 『水の牙』――名前から想像する優美さと裏腹に、
 角笛型は滑らかな曲線ではなかった。荒削りな氷か、岩のような印象だ。

 しかしそれは、同時に透明感を持ち、ありとあらゆる"あお"に変化した。
 表面には、湖面の青、珊瑚礁の碧、深海の蒼。
 水の反射を、そのまま切り出したかのような美しさ。
 確かに心奪われる。


 しかし牙は、アリスが触れたか触れないかのところで、

 ―― ぱしゃん! 軽く水音を立てて、消失した。

 「ぉわ!?」


 「き」 途端にアリスが青くなったのは、言うまでもない。
 「やあああああ!!壊した?壊した??ねえってば!」


 「消えちゃった……」

 「こんなに脆いものなのか…?」


 「嫌ああああ〜〜〜!!!」



 が、慌てて足元に視線を転じると。


 「…っ何だ。ここに落ちてんじゃん」


 『牙』は、きちんと元の形のままで、ムーンの手に収まった。


 「……。やだ。どうなってるの?」


  不思議な不思議な『牙』 ―― 好奇心が疼くのが当然というものだろう。
 ムーンは、拾い上げた それを、今度はポポに渡した。


 ―― ぱしゃん! 


 やはり、砕ける。
 他の誰に渡そうとしても、何回やっても同じで。
 つついては消えて現れ、現れてはまた消し…

 面白がって遊んでいた彼の手を、とうとう長兄が止めた。
 揺らめく『水の牙』をムーン自身の手に握り込ませたまま、
 真面目くさって言うのだ。


 「こんな風になるってことは、持ち主が限られているんだ。きっと、
  何か意味がある。むやみに弄(いじ)って、無くしちゃいけない。
  お前が、大切に持ってないと駄目だ」

 「えーっ!?」


 片手に収まるものの、『牙』はサイズが大きい。
 逆を言えば、無くす心配もなさそうなので安心だが。
 面倒くさいよ、と言ったけれど、そこまでだった。



 (あーあ)

 物事を変に定められるのは嫌いなのに――


  船は、波音に合わせて揺れた。遠く、近く――…






  …ひとしずく。

  水音を聞く。遠くに波音もしたので、ここは船の中だ、と思い当たる。
 けれど、思いの外 暗い。

 (夜になっちゃったのか?)

  いつの間に。
 視界一杯に見えるのは闇ばかり、とうとう自分が其処に「居る」ことまで
 疑わしくなってくる始末。


 …そうか。この感覚には憶えがある。『風』のクリスタルに
 初めて会った時に、似てる。似ているけれど、あの時ほど恐怖がない。



 ―― ひかり……

 ひとしずく。


 ―― みず……

 また、一滴。


 ―― 水は、光を失い…
 (――いや。まだだ)

 ―― 光が…
 (残ってる。ほら、ここに)

  咄嗟に思いついた。水の牙を差し出した、つもりになる。


 ―― 残っている…
 (させない。消させない)

 更に、一滴。


 ―― 光が、残っているうちに。
 (だいじょうぶ。大丈夫だ)

  これは、本当に水?それとも――涙?


 (泣いてるのか?)
 誰か…其処で。

 ―― お願い…――

 届かない。届きそうで…でも遠くて。


 ―― お願い。
 (うん。)


 …わかった。だから―――


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