FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -1



   第三章  古代の生き証人たち


    1 駆け抜けた異変

  (1)再会


 「起きろーーーっ!!」


  ぐるん、と天井がひっくり返った。
 床に体を しこたま打ちつけて、目が覚める。
 アリスが、くるまっていた掛け布ごとひっくり返したのだった。


 「〜〜〜っ何しやがる!ちったあ病人を労れ!」

 「何が病人よ、元気じゃない!暢気に鼾かいちゃって…
  丸1日 寝てたんだもの、そろそろ起きなさい!」

 相変わらず無茶苦茶いう妹である。1日ちょっとで治るほど、簡単なものか。


 「あ、起きた?」ポポが駆け込んできた。キャンディも一緒だ。
 「大丈夫?」


 「これが大丈夫なもんか。顔見てモノ言え」

 「うわ、スゴイ寝癖」 

 「あのな」


 「うん、元気そうだな」

 相槌を打つキャンディ。そんな彼もまた、少々顔色が優れない。
 雨季の為、湿気が強くなると潮の香も強くなる。
 彼は、それが苦手だ…と言っていた。



 「キャンディ、無理しても良いことないぞ」

 彼のことだから、海賊たちの手前、また気負っているに違いない。
 まったく、「らしい」奴 ―― だが、彼は やんわりと それを否定した。


 「『無理』じゃない。動いてると、気が紛れるのかな。楽になるんだ。
  早く慣れちゃいたいし。…それに、僕らはこの船の『客人』じゃない。
  覚えておこうな」


  三人は、ぐっと黙った。…言われるまでもなく、最もなことだ。

  乗組員は、自分たちを『仲間』として認めてくれた。
 それは、光栄なことであり、同時に船の上での責任を負ったことにもなる。
 今まで子供扱いされて腹を立てたこともあったけれど、逆に今度は、
 全て自己責任…子供ゆえ との甘えも逃げも、許されない。



 「遊覧観光だったら、も少し のんびりさせてやりたいトコなんだけどねぇ」

 「フェル」 ―― キャンディの敬語は、既に取れていた。


 「航海するのに、手は多いに超したことない。定員は、そりゃあるけど。
  船じゃみんな運命共同体。連帯責任だからさぁ」

  独特の間延びする喋り方は柔らかだったが、フェルの目は真剣だった。


 『死ぬとも限らねえ』 ―― 頭領ビッケの言った言葉が、
 今更ながら重い意味でもって感じられた。
 あの時は、海竜騒ぎに自棄を起こしているだけだと思った。
 けれど、彼は きっちり真実を語っていたのだ。


 「ってコトで、船に居る間は俺たちの流儀に沿ってもらうよん。
  男共は飯が済んだら甲板に集合!アリスは基本、ジルと一緒な。
  船医の仕事の他にも、炊事とか水回りとか担当してもらうから」

 「アイアイサー!!」



  行程は3日足らずで、カナーン港に到着した。
 陸路からは考えもつかない速さだ。

 世界は広いと思ったけれど、こんな風に行き来ができるなんて。
 船の速さに感嘆するのと同時に、陸路を歩いた苦労を思い出して
 何とも言えない気分になった。


  人々は、驚きをもって海賊船エンタープライズを迎えた。
 警戒態勢ではあったものの、守備隊が突然押し寄せてくることもなく、
 子供たちは ほっとした。白旗効果だ。

 「良かった。いきなり砲弾とか飛んできたら、どうしようかと思ったわ」


 「こちらとて、むやみに港を襲ったりはしないからな」

 「昔はどうだか知らねぇが。俺達ゃ、
  それなりの理由が無きゃ剣は取らねぇのよ」

 「俺たちにだって、付き合いは大事だからね〜港に入れなきゃ、オシマイだ」


 「ふうん。もっとガーッと行くのかと思ったぜ」

 「がっかりした?」

 「ちょっとな」


  そう言いながらも、ムーンもポポも嬉しかった。

  彼ら海賊は、決して粗野でも自分勝手でもなく、
 海も人も――竜も大切にしながら、自分たちに誇りを持って生きている。

  出会った時のあの様子では、落胆が大きかっただけに、
 今の彼らに対しては、喜びと憧れが倍増していた。



  桟橋から降り立つと、徐々に集まってきたらしい人々の中に、見覚えのある
 白い髭を見つけた。

 「―― おお!」

 「シドさん!」

  広げてくれた腕に、嬉しさのあまり飛び込んでしまうポポである。
 初めてカナーンを訪れてから、せいぜい2,3ヶ月。
 懐かしいと言うほど長く離れているわけではなかったのに、
 戻れば やっぱり懐かしい。

 「まさか海賊船から降りてくるとは思わなかったぞ。
  日に焼けて逞しくなったな。背も少し伸びたか?」

 「ホント?まだ全然だよ」



 「こんにちは!その節は、どうもありがとうございました」

 「いやなに、無事で何よりじゃ。船に乗れたんじゃな…ん?
  お前さんは白くなったの、ムーン」


 「船と相性が合わないだけよね?」

 「大きなお世話だ」


 かっかっか、と笑ったシドは、ふと四人と一緒に居た若者に目を留めた。


 「おや。こちらさんは…」


 「デッシュです。ども、初めまして」

 差し出された手を、親しく握り返す。

 「宜しくの。
  ―― 彼がそうか。見つかったんじゃな、よかったよかった」

 「ええ、そうなの!でも、まだよ。サリーナさんに会ってもらうまでは――」



 「―― デッシュ、様…?」

 と。放心したように、呟く声がある。
 喧噪の中にかき消されることなく、耳に届いた。

  ―― 見覚えのある、赤毛の娘。
 息を弾ませながらも、心ここにあらずといった様子だ。
 人混みをかき分けてきたのだろう、髪が少し乱れている。


 「デッシュ様!」

 慌てて駆け寄ってきたものの直前で躊躇した娘を、

 「サリーナ!!」

 デッシュは遠慮会釈なく抱き締めた。
 彼女の方が言葉を失ってしまうほどの勢いで。


 「ありがとう!俺のこと、探しててくれたんだって?話、聞いて。
  また会えて嬉しいよ。元気だった??」

  しどろもどろになりながらも、頬を紅潮させて頷くサリーナ。
 あれだけ嘆いて、元気を無くしていた筈なのに。

 「なんだかなぁ」


 「乙女心よ」―― きっぱり頷くアリスだったが、
 ムーンにはイマイチ分からない。




 暫く再会を喜び合った一行。やがて、シドがこう切り出した。


 「―― ところで、時間はあるか?
  実は折り入って、相談したいことがあってな」

 「はい。僕らで出来ることなら、喜んで。何でしょう?」

 「何だ、商品の仕入れとかか?」

 「それは、まず船のみんなに相談しないとダメでしょ」

 「いや、違う。少々長くなるから、家へ寄らないか。立ち話もなんじゃ」

 「嬉しい!けど…」

 ポポが、デッシュを振り返る。


 「ああ、俺はちょっと外すよ。待ち合わせ場所教えてくれれば、後から行く」

  当然ね、とでも言いたげにアリスが頷いた。


 「用事があるんなら、俺ら待って…」
 「バカ。―― あ、お構いなく。ゆっくりしてきてね、サリーナさん!」

 「船長に伝えてから行こう」



  そんなこんなで、この港でまた待ち合わせることになった。


 時間を決め、子供たちがシド爺さんに連れられて行ってしまうと、
 デッシュは傍らの娘に言った。

 「じゃ、行こうか?」




 「何処に行きたいですか?」

 「オススメは?サリーナのお気に入りの場所とか」

 「えーっと…って、―― 何だか前と同じこと繰り返してますね」


 くすくすっと、サリーナは笑う。温和しくて奥手そうに見えるけれど、
 話し始めれば彼女は朗らかだ。


 「そうか、あの噴水!いいね、行こう」


 親子や、恋人たちが憩う場所。周りの人たちと同じように、
 彼らは噴水の淵に並んで座った。

 「相変わらずここは好き?」

  デッシュは思い出して、訊く。

 色々な人が通り過ぎ、話し声が聞こえる。色々な人間模様が見える。
 それら全てが、水の流れる音に包まれて優しく映る。
 だからここは大好きなのだと、以前 彼女はそう言った。

 「ええ。でも…少し、変わった…かな」

 「そうなんだ?」

 
  誰かと一緒に居ることに慣れてしまうと、一人になった時、無性に寂しさが
 込み上げてくるから。
 今までだったら、ここは「私一人の場所」だった。
 それが、このデッシュと出会ってから「デッシュが隣に居てくれた場所」に
 なってしまった。もう彼の存在は、サリーナにとって それ程までに大きい。


 「こうしてまた会えて――本当に嬉しいです。
  ずっとずっと、また会えないかと思っていたの」

 「うん。待っててくれたって。俺も、嬉しかった」

  デッシュは、四人との旅の顛末を面白おかしく語って聞かせた。
 山から落ちただの、海の底に沈むところだっただの――多少、誇張もしたが。
 クライマックスではデッシュが思いっきり勿体ぶって喋るので、サリーナが
 本気で息を詰めてしまう部分もあった。


 「…じゃあ、あの子たち凄いんですね。全然そうは見えないけど」

 「そうなんだよなぁ。なかなかどうして、大人顔負けな部分もある。
  傍から見たら珍妙かもしれないんだけど。
  今そこに俺が加わってるでしょ?もっと妙に見えるのかもしんない」

 「! いいえ…!」

 デッシュは軽く言ったつもりだったのに、
 サリーナが突然大きな声で否定したので、吃驚した。

 「いいえ、妙なんてことは無いです。絶対。貴方は――貴方は素敵です」


  大まじめに言ってしまってから、彼女は我に返って慌てる。
 デッシュは思わず噴き出した。

 「…っ ん!ありがと。それ、そのまんま受け取っとくわ」


  不快からでも何でもなく、デッシュは言った。子供のような素直さで。

  彼は、口が軽い。女性には必ずと言って良いほどいい顔をする。
 街の人たちの噂も分かる。彼女の母親に好印象でなかったのも。
 ただ、接してみれば――決してそれだけではないのが分かる。
 だからこそ、こんなに惹かれてしまうのだ。そうに違いない。


 「あ」

  広場に、果物屋が露店を出していた。
 デッシュが興味を示し、近づく。売り子のおばさんと何やら親しげに話を
 していたかと思えば、明るい笑い声が立つ。

  やがて、彼は李(すもも)を2つ持って返ってくると、

 「ほいっ」

 1つをサリーナに投げた。
 サリーナは危うく受け取り、デッシュと李を交互に見る。


 「半額にしてもらっちゃった。らっきー」

 噴水を離れ、歩きながら2人で果実を囓る。
 李は丁度良く熟れていて、甘酸っぱかった。
 後にほんのり残る苦さを噛みしめながら、サリーナは言う。


 「…捜し物は、見つかりましたか?」

 「あー…ううん。まだ」

 「そう…。残念…」

 「残念なのかなー」

 「残念、です。
  だって捜し物が見つからないと、貴方は また行ってしまうから」


  行かないでほしかった。出来ることなら、引き止めたい。
 このまま ここに居て欲しいと言ったなら――彼は、頷いてくれるだろうか。

 「――――」

 「サリーナ…」

 サリーナは、頭を振ってその考えを打ち消した。

 「ごめんなさい。何でもない」


  喉元まで出掛かった言葉。
 それが何だか、デッシュにも分かってしまった。瞬間、どきりとした。
 急に落ち着かなくなる。だから ―― だから駄目なのに。


 「デッシュ、様…」


  この声は。耳に残って、いつまでも耳に残って、離れない。
 そして、その途端に眠っていた意識が、目を覚ますのだ。

 ―― このまま、留まるわけにはいかない。
 自分には、やることがあるはずだ、と ――


 具体的な事は何一つ はっきりしないのに、酷く確信的で。
 焦り始める。急にもどかしく、腹立たしくなる。
 だから、無意識に考えないようにしていた ――?


 デッシュは川に向かって、残った種を放った。
 種は白い流れに消えて、あっという間に見えなくなる。


 すると何を思ったか、今度はサリーナが手で土を掘り始めた。


 「…なにやってんの?」

 「埋めたら、芽を出すかしら、と思って…」


  街の外れまで来てしまった。こちらは山側。
 ここなら、もし芽を出しても大丈夫だ、と彼女は笑った。

 「面白そう。樹になったら実が出来て、食べられるかな」
 「どうでしょう」

 芽が出るかなー、と笑い、デッシュも加わって地面に窪みを作る。
 丁寧に土を被せて終わると、川のせせらぎで手を洗った。



 「おっと、そうだ」

  デッシュは、ふと自分の髪紐を解いた。それを、目についた枝に結ぶ。

 「これが目印ね!」

 にんまりと笑い、木の幹を叩く。
 風が抜けた。デッシュの黒い髪は、煽られてばらばらと拡がる。

 「あちゃー…やっぱ縛ってないと、ちょっと鬱陶しいね」


 「…はい」

  サリーナは、自分の結んでいた白いリボンを解いて、そっと差し出した。

 「これ。使ってください。女のものだけど、嫌でなかったら」


  祈るような思いだった。もしも、受け取ってくれたら。
 自分は待っていてもいいんじゃないか、と。

 「うん。いいの?ありがとう」

  あっさりと頓着なく、デッシュは貰って、髪を括りなおす。



 「あの、私…」

 「ん?寒い?風が出てきたからなー」

 だいじょうぶ、と言い、息を吐く。
 気遣わしげな表情を作ったデッシュを見上げ、思う。今少しの勇気が欲しい。


 「私、待っていてもいいですか?貴方のこと、待っていてもいいですか?」


  以前ここを出ていく時も、「戻ってくる」なんて彼は言わなかった。
 自分のことを、好いてくれているわけじゃないかもしれない。

 これは彼を縛る約束だ。勝手な約束。

 だから戻ってこなくても――それならそれで、いっこうに構わない。



 「――…俺、戻らないかもしれないよ?
  みんなの言う通り、いい加減でどーしようもない奴かもしれないよ?
  君のこと、泣かすかもしれないし。怒らすかも」


  それでもいい、とサリーナは言った。
 半ば怒ったように、自棄に聞こえたのは、それで一杯一杯だからだ。
 ―― ただ…また会える可能性が欲しい。


 「俺、帰ってきてもいいの?ここに」

 サリーナは、黙って頷く。

 「デッシュ様…」

 「じゃあさ。様、なんてもう止めてよ。凄く他人行儀じゃん。
  俺、王様じゃないし、偉くもないし。
  そんで、俺のこともう1回呼んでみて」


 前も、そう言った筈なのに、気づいたら『デッシュ様』に戻っていた。


  サリーナは、そっと名を呟いた。―― その声を大切に聞いて、
 デッシュは笑う。誰も見たことのない、くすぐったそうな笑顔だ。


 「…ありがと」

 待っていると ―― 俺の帰る場所になると、言ってくれて。
 けれど、ごめん。約束は、出来ない。
 約束をしてしまったら、きっと、今よりもっと悲しませるから。


  何故か、またしても確信的な思いが、デッシュの中に芽生えた。


 (―― 戻ることは、出来ないから)

  

  そっと唇に触れる。ふわりと、口に李の香りが拡がった。
  後に残ったほろ苦さも、2人はそのまま受け容れた。

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