FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -13



   (13)小人三原則


  来た時とは反対側を抜け、魔導師部隊は薬草を集めに走った。


 「アリス、これは?」

 「もう花を咲かせちゃってる、ダメだわ」


 「やれやれ。こりゃ、いくら大きくても分かりづらいよな」

  デッシュが花の一房にぶら下がる。


 「こっちは?」

 「『がく』の形が違う」


 「アリス、見つけたぞ♪」

 「――ティンク君。怒るわよ」


  必要な薬草を見つけては、〈ミニマム〉で小さくして籠や袋に収める。

  小人の村周辺なら薬草も小人サイズだったが、この辺りまで来ると、
 植物は元の大きさだ。思ったより遠くまで来ているのだ。

 葉の形もここまで大きいと、返って確認しにくい。


 「大嘘じゃんか、村の周りで足りるって聞いたのにーっ」

 「男の子…じゃなかった、小人なら泣き言いわないの!」


  汗を拭ったキャンディが、それを聞き表情を曇らせる。


 「どした、兄ちゃん。疲れたか」

 「いえ」


  治りかけの足が痛み始めていたのも事実だったが、それよりも
 気になることがある。繁茂する筈の薬草が無い――これも、異変か。



 「―― !それだ!」

  見上げたのは木の根っこ一つ超えた向こう、これで目的は達成だ。
 駆け出そうとした、その時。


  ――どすん。


  地が揺れる。反動で、小さな身体が跳ねた。

 「魔物だ!隠れて隠れて」


  ずん。――どん。――どすん。


 足音はみるみる近づく。ティンクの先導で、一行は慌てて木の虚(うろ)に
 身を隠した。


 ――この音、伝わる衝撃。
 竜に襲われた時のことを思い出してしまった。
 竜に比べて自分たちは、何と ちっぽけだったことか。


 雑草の林がかき分けられ、可憐な野の花は踏みしだかれて、花びらを散らす。


 「ウェアウルフ…!」

  狼の頭を持った獣人だ。普通に戦うなら、もはや苦戦はしない相手。
 だが、この大きさでは。


 「…。…っ」


  かたかたと震えだした弟と妹を背に隠し、キャンディは片手をそっと翻す。
 何かを拾い上げる仕草をし、掌を返した時には
 白く渦巻く冷気の塊が出来ていた。

 が、しかし。


 「だめ」  「――戦うな」

  二人の連れに止められて我に返り、頷き魔法を消す。


  何かを引きちぎる音がしたと思ったら、ものを食む気配。
 木の実でも見つけたのだろうか。


 息が詰まる。鼓動が早くなる。妙に時間が長く感じられる。


  と、こつんと地面に何かが ぶつかる。
 草の背が高いので、何なのか勿論 見えない。が、屈強な腕が伸びてきて探る。
 草の中を、そして。


 「――!!――」

  鋭い爪が土を抉っていった。続いて身が屈み、鼻が動いて匂いをかぐ。


  デッシュは少年少女の小さな頭を二つ、懐に抱え込んだ。
 息を殺し、じっと動かない。

 「―――」



  やがて、爪が擦れる耳障りな音が響いたと思うと、再び
 どん、と振動が来た。

  ずん。――どん。――どすん。



  足音は遠ざかり、もう戻ってくることはない。



 「もう大丈夫だ」

  言われて、ポポとアリスは顔を上げた。

 「怖かったな」

 「怖かったわよ…っ平然とした顔で言わないで」



 「長居はしない方が良いかもね。さっさと採って帰ろっ」


  ティンクが真っ先に出て行って、薬草の根本を切り倒す。
 キャンディも手伝った。
 傾いた方向に押すと、折れる。仕上げは〈ミニマム〉だ。


 「これだけで足りる?」

 「充分。みんな、ありがとう!」



  キャンディが振り返ると、ついてきたと思っていた弟の姿が無かった。
 慌てて戻る。

 「ポポ?――ポポ!」


 「おやまあ」


  彼は、まだ木の虚の中に居た。
 大丈夫だよ、と声を掛けたのだが、出てこない。

 デッシュが先に、駆けていった。

 「どうした」

 「へいき」

 そう言いつつも、歩き出そうとした足が上手く動かない。


 「おい。落ち着け、落ち着け。――ほいっ深呼吸〜〜」


  すーっ、はーっ。体操の振りまでわざわざ付けるデッシュ。
 一緒になって息を吸ったり吐いたりしていると、不思議と落ち着きが
 戻ってきた。手足の感覚も、ずっと前から目の前に見えていた筈の景色も。


 ゆっくり、ゆっくり、足下を探るようにしてポポは木の根元から出ようとした。
 青年は頷いて、今度は手を貸すことなく待っている。


 「これでやっと帰れ――」

  心底ほっとしてポポがデッシュに話しかけた、その時。
 急に木の根元が拡がったような気がした。正確には、虚(うろ)自体が。

 「!」


 真っ暗な虚ろは、悪鬼の口。

 次いで紅い牙が、爛々と輝く恐ろしい目が、瞬く間に現となった。


  振り向くより先に悲鳴が上がる。引きずり込まれる!
 必死で伸ばしたポポの手を、デッシュの手がぎりぎりで掴まえる。


  キャンディは、咄嗟に印を結んだ。呪文が口をついて出る。


  ――来い!!

 「〈ファイア〉!!」


  呼びかけに応え、火が形になって走る。
 それは勿論キャンディ自身よりも早く、悪鬼に到達した。


  突き出た顔が引っ込む。
 逃れようとしていたポポが、勢い余って投げ出された。


 彼を連れて退避したデッシュは、大木が一瞬で火柱と化すのを見る。

 「こりゃ、いけねえ…――おいポポ!?火を消すんだ!ポポ!!」


 デッシュに揺さぶられながら、同じく現場を捉えたポポの目は
 開かれたまま。じっと動かない。



  炎は木一本では足らずに、周りにあった他の草木をも燃え上がらせる。

 大きな木が。慎ましく咲いていた可愛い花が。青々と輝いていた草の海が。
 一面の朱に染まり、燃え落ちていく。黒く、跡形もなく。


 「「〈ブリザド〉――!!」」

  今度は冷気の魔法が、重なって飛んだ。炎がさらわれて、消失する。



 「ふう」印を結んで、手を突き出した形のままだったティンクが、緊張を解く。
 「ダメだよ、キャンディ。場所と加減、考えなくっちゃ」


 「――ごめん…!!」


 「ちょっくらビビったぞ〜」

 「うあ〜スゴ――あーあー、こんなに…」


  申し訳ない、と頭を下げる長兄だったが、
 咄嗟のことを考慮すれば、仕方なかったかもしれない。むしろ――
 デッシュは、内心唸った。


 「ポポ!ごめん、ごめんな――」


  放心状態だった弟は、小さく受け答えをするのが やっとだった。




 「いやあ、ありがとう。お陰で助かったよ」

  ひょろっとした身体に白衣を着込み、丸メガネを掛け直したシェルコ先生。
 彼は見るからに人の良さそうな顔で、ちょっぴり情けなさそうに笑った。


 「しっかりしてくれよ、先生?」

 「お前らも、もっと早く気づいとけよ」

 「ほんとよ。本当は、まだ外出も止めたかったところなのに」

 とか何とか厳しい顔をつくりながら、
 ここまで回復が早くて実のところ ほっと胸を撫で下ろしたアリスだ。

 暫くは安静に、消化の良いものを食べて、とも散々忠告したのだが。


 「冗談じゃない!
  この上パーティーまで欠席したら、本当に死んでしまいそうだよ」



  遠くから、もう笛の音が聞こえている。
 日は沈んでしまったが、代わりに温かな明かりが村中を彩っていた。
 特に、広場への道には、目印になるように
 スズランの形をした小さなランプが下がっている。


  小人たちは続々と、村の広場に集まってきていた。
 ――思っていたよりも――随分多い。小さな村とはいえ。


 「とにかく、暫くはお酒も香辛料もダメ。
  お医者様なら、もっと自分の身体に頓着して」

 「そうそう。うっかり『ハンテンダケ』なんか食べちゃって」


 「…まいったな。うん、心得ておくよ」

  シェルコ先生は、かりかりと頭を掻いた。


 「ポポも、もう平気?」

 「うん」


  こちらも顔色が良くなったようだ。
 笑いかけてくる弟を見、キャンディも安堵する。談笑して通り過ぎる一団と
 軽く挨拶を交わすと、――ティンクに訊いた。


 「今日は何かの記念日かい?凄く人が多いんだね」

 「お。じゃ、タイミングはバッチリだったわけだな」


 「お前ら、ホントに何にも聞ーてないの?」

  ―― 揃って首を横に振る。


 「急いで出てきちゃったから、何も――」

 「パーティーだよ、宴会!」

 「あ。もしかして俺たちが来たから、とか!?」ムーンが勢いづく。が、


 「まさか。何でわざわざ」

 「は?」


 「はは。最も、今日は久々のお客さんが見えてるから、
  いつも以上に盛り上がること間違いなしだよ」

 シェルコ先生が間に入った。


 「いつも以上?――て」  ―― 一行、思わず黙る。



 「!ええー、何なに!?もしかして、人間は毎日パーティーしないのかっ?」


  特別な日以外はしない、と言うと、ティンクは不思議そうに首を傾げた。

 「特別なことがないと、パーティーしちゃいけないのか?」

 「いや、そういう決まりは無いけどさ…」


 「よく我慢できるね。おいらだったら、耐えられない」


  人間の子供たちが何とも言えない顔をしていたので、
 文化の違いを思い、シェルコ先生は一人興味深そうに頷いた。


 「小人に絶対無くちゃならない三つ。
  一に『食』二は『守』三は『楽』――すなわち、パンと魔法と音楽」

 「これが無きゃ、おいらたち やっていけない!
  お前らも今は『小人』なんだから。小人流の生活、教えてやるよっ」


 一行は、広場へと入った。


 『♪おいらたちは小人族 気楽な性分♪』

  縦笛・横笛が鳴り、フィドル(弦)にギターが響く。
 太鼓やカスタネットがリズムを生んで、それらを乗せる。
 楽器を奏でない者は歌い、あるいは手足で拍子を取った。

 音楽は、鳴り始めてから一度も止んでいないらしい。



 「凄い熱気だなあ」

  広場の中心には大きな火が焚かれ、夜を煌々と照らしている。
 その周りで輪になって踊る人々を見ながら、キャンディは思わず笑った。


 いつの間にかムーンもアリスも、そちらへ混じっている。
 見様見真似で踊っては、村人たちと楽しそうに笑い合っているのだった。
 反対側の舞台では、ポポが楽器奏者に笛の吹き方を教わっていた。


  ――世の中には暗い一面もあるにはあるが、
 こういう場所に居ると和んでしまう。

 大丈夫だろう。笑顔がこんなに溢れているなら。



 「小人の常識、とは良く言ったもんだ。『パンと魔法と音楽』か…
  なるほどねぇ。――楽しんでるかい?」

 「デッシュ。――ああ」

 頷くと、デッシュは満足そうに笑む。そして、本日何杯目かのエールを呷った。
 かなりの量を飲んでいるようなのだが、驚いたことに未だ素面だ。


 「明日は、抜け道を越えていかなくちゃならない。
  …ほどほどに、お願いするよ」


  シェルコ先生が教えてくれた。この村から続く、小さな小さな裂け目。
 小人にしか通れないそこは、山を貫いて、
 一行の目指す『ミラルカ谷』へと続いている、と。


 「おーけー、おーけー」

 デッシュは請け合ったが、この分ではまだまだ飲んでいそうだ。
 やがて彼は空になったジョッキをテーブルに置くと、
 再びキャンディに笑いかけるのだった。


 「なんだ。兄ちゃん、やっぱり普通に喋れるんじゃないか」

 「そういう希望だったから、直してみたんだけど」



  出会った当初、同行者が年上だと判断して、キャンディは
 彼に敬語を使っていた。けれど、青年は笑顔で すっぱり言ったのだ。

 「俺、そういうの 」


  折角一緒に行く仲間なのに、
  いつまでもそれでは窮屈でしようがない、との話なのである。
  確かにその通りだ…だから思い直し、変えてみたのだが。


 「おかしいかな?」

 「いんや、上等!こうでなくっちゃ」

 デッシュは嬉しげに、若者の肩を叩いた。


 「しっかしまあ、兄ちゃんはマジメだねぇ。冗談とかよく真に受けるタチだろ。
  おまけに、いっつも気ぃ張ってるみたいだしさ。疲れない?」

 「性分で。よく言われるよ」

  キャンディは苦笑する。実際よく言われるし、自分でもそう思う。


 「あ、いや。悪いって言ってるんじゃない。お前さんはそれだけ、
  物事に真剣に向き合う奴だってことなんだからさ。…でもせめて、
  こういう時くらい気ぃ抜きなよ。
  力ってのは抜ける時に抜いとかないと、イザって時に出ないもんだぜ」


 「そうか…そうだね。努力するよ」


 「ちがーーう!!だから、そこは『努力』で
  どうにかするもんじゃなくてだな――…まあいいや、ホラ」


  デッシュは空いた杯を示すと、側にあった瓶の果汁を注いでやった。


 「前途に乾杯!」

  応じて挙げた杯の側に、即座にもう三つ加わった。


 「それ、お酒じゃないでしょうねぇ。あ、ダメよシェルコ先生!」

 「大丈夫。ジュース、ジュース」

 「それでも、柑橘類は先生には禁止!」


  やれやれ、と先生は笑った。

 「敵わないなぁ。妖精もこんな風なのかな」


 「止せって、先生!こんなのと一緒にしたら、妖精が泣くぜ」

 …問答無用で、ムーンに妹の反撃が命中する。



 「先生は、妖精のこと調べてるんですってね」と、ポポ。


 「うん。本当にどこかに居るなら、会ってみたいよ。どんな人たちなんだろう。
  僕も旅に行けたらいいとは思うんだけどね…」

 「え?」

  ――ここは、こんなに良い所なのに。


 「ま、待った待った!先生、出て行っちゃうの!?困るよ!
  先生が居なかったら、お医者が居なくなっちゃうじゃないかっ」

 「あははは、大丈夫。そんなつもりはないよ」

 「よかったあ…」


 「彼らも自然と共に生き、やがて『消えて』いく。僕らと同じようにね。
  調べたところでは、僕らと妖精――フェアリーは とても似ているんだ」


 「フェアリーかぁ…こんなに凶暴じゃないことを祈るぜ」

 「何よっ、まだやる気!?」


  臨戦態勢に入った二人を、例によってキャンディが止めに行く。が。



 「…おいキャンディ、平気か?」


  うん、と答える彼はしかし、わざわざ進路を斜めに取っている。
 …どうやら、自分では真っ直ぐに歩くつもりらしいが。

 心配になったポポは、小走りに側へ行き、手を繋いだ。


 「キャンディ…もしかして酔ってる?」

 「え?平気だよ、お酒は飲んでないから」


  だが、見ている方は平気ではない。
 顔色にも話し方にも、変化は見られないけれども。ああほら、
 ぶつかりそうじゃないか……!


 あくまで斜めに歩こうとする兄と、それを修正しようとしてよたつく末弟を、
 あとの面々はそのまま眺めた。


 「こりゃあ、酔ってるぞ」とムーン。

 「酔ってるな」とティンク。

 「体質には個人差があるからねぇ」


 「デ〜ッシュ〜!?あんた、飲ませたわね!!」

 「しない、しない!!ジュースだってば」


  彼は両手を思いっきり振って否定する。
 そして、慌てて引っ張り出した瓶、示したラベルには。
 ――はっきりと、「果実酒」の文字が記されていたりする。


 「こら〜〜〜っ!!」




  ごうっ、と唸る音がした。

 不意に明るくなる。焚き火の勢いが増したのだ。
 強い熱気を感じ、はっと顔を上げたポポの側、いつの間にかやってきた
 ティンクが言った。


 「キレーだろっ」

  強い熱気と焔の照り返しを受けて、小人は生き生きとしていた。


 「……」

 「真っ暗で心細くなっても、これなら平気だよなっ。
  それにさ、こうやって毎晩火を焚くと、叫んでる気分になるんだ」


 「叫ぶ…?」


 「そっ。『ここにいるぞー!』って。
  おいらたちがいくら小さくたって、森の中に居たって、今日みたいに夜が
  真っ暗だったとしてもさ…こうすると、独りぼっちじゃないって思える。
  火ぃ焚いてれば判るだろ。『ここに居るぞー!』って」


  火の勢いは益々強くなり、赤々と燃え上がる。

 「明るいし あったかいから大好きだよ」

  ―― 今や世界で唯一の、『小さな人々』が暮らす場所。
 穏やかで平和そうな、その片隅で。

 自分と同い年位にしか見えない妖精族が、嬉しそうに言うのを聞く。
 ポポは高く高く天を突く火柱を、遠く眺めた。



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