FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -12



   (12)小人の日々


  黄色い煉瓦道の終点に、大きな木の看板が見えた。
 『レイオットの焼きたてパン工房』とある。あれこそが、
 トーザス名物『小人のパン』の製造元だ。


 「いらっしゃい、待ってたよ」

 にこやかな店主の挨拶に、聞き覚えのある声が被る。


 「あー…やっと来た!待ちくたびれたじゃんかっ」

 「ごめんごめん」
 「大変だったのよ、人に囲まれて」

 「寄り道もしたけどね」えへへ、とポポが頭を掻く。


 「お連れ様がお待ちだよ。
  …ティンク、立ち話もなんだ。裏に回っていただこう」

 「はいっ」


  こっち、とティンクが奥を示す。
 従業員たちの物珍しげな視線に見送られ、三人は彼の後についていった。


  ――ここは、大きく二つに分かれているらしい。
 表はパンの直売所、裏はパン作りの工房と従業員たちの休息所だ。


 工房内を覗くと、ここでも大勢が忙しく働いている。

 材料を揃えて量る者、生地をこねる者、焼き窯の具合を確かめる者。
 扉を開けると同時に、ほぼ全員の注意が出入口へ向く。


 「じゃーん、お客さんだぞーっ!」

 「おおーーっ!!」

 何故か湧き起こる、拍手喝采。


 「………」

 「なんか、偉くなったみたいだ」

 「…そお?」


 「いらっしゃい!見学してくかい?…じゃあ、これを着て。髪は束ねてね」

  白衣と帽子を渡される。


 焼き窯へ近づくと、丁度焼き上がったところだ。
 重い音を立てて、釜の口が開く。火の勢いこそ無いが、熱気は強い。

 「……」


 「これが名物、『小人のパン』だよ。さあさ、おひとつ どうぞ!」


  まだ熱いのを、天板から取ってくれる。こんがり焼けた、黄金色のパンだ。
 割ると、バターの何とも良い匂いが立ち上った。

 デッシュが、受け取った一つを三つに分け、ひとかけずつ子供たちに配る。


 口に入れると、香ばしい匂いがいっぱいに広がった。噛みしめる程に甘い。

 そして、どうしたことだろう――
 今や彼らの目は工房の屋根を見下ろし――村を小さく小さく遠くへ見――
 とうとう森の上空へ達した。


 「…どう、気に入った?」

  声を掛けられ、我に返る三人。
 目を擦ったり、改めて辺りを見回したが、元の工房内が映るばかり。


 「美味しいでしょう」

 どことなく誇らしげなパン職人たちの表情に気づき、徐々に納得がいく。


 「気に入ったも何も」とアリス。「これ、〈白魔法〉ね!」

 「ご名答!」

 声を上げたのは、天板を運んできた一人だった。


 「『小人のパンを一口囓れば世界が見える!』
  〈サイトロ〉って魔法と同じちからさ」


 「そう、地図みたいなもん。――おいらたちは
  遠出をすると迷いやすいから、これは必須なんだ。
  あの泉の水を練り込まないと、只のパンになっちゃうんだけどね」


 「……」

 「…あれはきっと、クリスタルからの贈り物なのね…」


  今更ながら実感する。
 クリスタルの加護が、世界に様々な形で及んでいるのだと。
 しかし、呟いたアリスの後ろでデッシュが頭を捻った。


 「でも、あんたらみんな魔法が使えるんだろ?
  そうでなくても、あんたらは魔法に長けてる筈だ。
 〈白魔法〉がありゃ、パンなんて、あんまり必要無いだろうに」


  ――そう。小人族は知っての通りの大きさなので、『外』へ出るとなると
 危険も大きい。ことに巨大な外敵に出くわした場合、
 爪楊枝ほどの剣など役に立つ筈もなく――代わりに魔法が発達した。

 魔法ならば、術者の身体がいかに小さくとも、威力は変わらない。
 また小人は大抵、白黒の両魔法を使用できるのだそうだ。


 「そうもいかないよ。場所確認するのに いちいち呪文唱えてたら、
  イザって時へろへろになっちゃうだろ」

  ティンクが最もらしく頷いた。


 「おいらに言わせりゃ、泉もありがたいけど
  何てったって ここの創設者がエライね。
  美味しくてお腹の足しになって、かつ役に立つもの作ったんだから」


 「なるほどねぇ…」

 世の中うまく出来ているものである。



  五人は裏庭で合流した。


 村の中の植物は、大抵小人たちに合わせたようなミニチュアサイズ。
 しかし、ここには一本だけ人間サイズの巨木があった。

 もう白く立ち枯れているけれど、遙か昔からここに立っていて、
 村人の間では「ヌシ」と呼ばれているとか。
 根元がそのまま貯蔵庫の入口になっているのだそうだ。


 そして、張り出した枝の下に小規模な建物と、即席のオープンカフェ。
 パンや季節の果物など たっぷりご馳走になっていると、店主がやってくる。
 お礼を言うと誇らしげに笑った。


 「ティンク、一段落したら このパンと焼き菓子、
  シェルコに届けて欲しいんだ。
  もう大分経つんだけど、取りに来なくて。折角の焼きたてが冷めちゃうから」


 「えーっ、またおいら?他に手空いてる奴いるだろ」

 「生憎手一杯だ。それに、お前には水半年分、貸しなんだからな」

 「ちぇ。はーいっ」

 「…半年?」

 「何でもないっ」ティンクは言及を切って捨てた。


 「シェルコ、って…お医者様ね?」

 「うん。珍しいな…先生、焼き上がりには遅れたことないのに」


  すっかり社会見学気分の一行は、ぞろぞろと結局そのままティンクに
 ついて行くことにした。

 小人の村のお医者さん。一体どんな人だろう。



  村の一番端、一番へんぴな所に、青い屋根の一軒家があった。
 小高い丘の上、ヤマモモの樹が二本、寄り添うように立っている。
 鮮やかな黄色と橙の花畑を抜けていくと、村で唯一の医師、
 シェルコ先生のお宅だ。


 「先生、せんせーいっ」


  休診中、の札が表に掛かっている。 

  お昼休み中でも、表は鍵が開いている筈だ。なのに、戸に手を掛けても
 がちゃんと拒まれてしまった。


 「出掛けてんのかなぁ…」


 揃って裏口に回ってみる。やっぱり鍵が掛かっていた。

 「村の中、回ってみるか?」


  ムーンが言ったその時、扉の内側から音がした。
 ずっ、ずっ、と何かを引きずる音。どんっ、と何かが戸にぶつかって、静まる。

 「………」


  やがて、鍵が開いた。
 手前に扉を引くと、一緒に人影が はき出されてきた。ぐう、と鳴く。


 「――シェルコ先生!」




  ――何という不覚。

 村で唯一にして最高の腕を持つ医者は、耐え難い苦痛に呻いた。

 …診断結果は『食あたり』

 どうも昨日口にしたキノコが悪かったと、
 原因は言われるまでもなく自分で突き止めたのだが。
 何しろ症状は悪化するばかり、起きようにも起きられない。


 敗因はそれだけじゃない。

 間の悪いことに、調合すべき薬草を幾つか切らしていたのだ。
 村周辺の森、しかるべき場所に行けば手に入るのだが、
 むろん摘みに行く気力など残っていない。


 患者と化してしまった医者に、今や何が出来よう。


  治まることのない苦痛。始めこそ冷静に治療法を順序立てていたが、
 すぐにそれどころではなくなった。
 ついには痛みのことしか頭になくなり、意識も朦朧としてきた。
 情けない、との自嘲の笑みも、もう出てきやしない。


  ――と。不意に温もりを感じた。柔らかな光も。

「……」


 妖精だ。妖精が居る――夢でも見ているんだろうか。
 この際、夢でも良かった。頼む、助けて欲しい。必死で訴えると、
 手を取ったまま頷いてくれる。良かった――これで安心だ。



 「……眠っちまったかい」

  デッシュが灯した蝋燭を、卓の上へ置いた。


 「痛くて気絶したんだったりして」

 「そんなわけないでしょ、痛み止めなんだから!一応、毒も抜いたし…」


  言いながら、アリスは寝台に横たわる患者の顔色を確かめた。

 ――少しは良い。
 さっきまでは只でさえ痩せ気味の顔を青くして、まるで
 ひなびた茄子のようだったけれど。


 「良かったね、もう苦しくないみたい」

  ポポの言葉に、彼女は心から頷いた。ひとまずは――自分の出来る範囲で
 足りたので、ほっとしてもいた。
 実のところ、患者自身の知識によるところが大きい。


  机の上には調合器具と薬草が数種、それに患者――シェルコ先生自身が
 記したと思われる書き付けが何冊か、広げて置いてあった。
 アリスはこれを頼りに、現状を把握したのだ。


 「…さあ、ぐずぐずしてはいられないわ。薬草採りにいかなくちゃ」

 「えっ、終わりじゃないの?」


 「ないわよ。今飲ませたのは痛み止め。時間が経っちゃったから、
  毒が回って胃に炎症が出来ちゃってる。放っておくと、拡がるわ。
  完全に治すには、この調合途中のを完成させないと」


 「ほえー。白魔法さえあれば大丈夫だと思ってたよ」

 「魔法だけで足りれば、お医者様は要らない」


  そういえばそうだ、と頷くティンクに、アリスは訊いた。

 「道具屋さんには?」

 「ん、やっぱり無かった。
  最近魔物も多いから、日を選ばないとダメなんだって」



 「急ごう、日没までに戻らないと危険だ」


 気の急いた人間たちに、ティンクは言う。

 「待った、おいらも行く。案内役なしで、どうするつもり?」



 「だーっ、また薬草探しかよ!」

  ムーンは大きく頭を振った。


 「それは安心していいわ。あんたはここに残ってて」


 「―― へ?」

 「看病よ。病人を独り残しては行けないでしょ」


 「そうだけど、お前が残るんじゃ…」

 「魔法なしで、どうするつもり?」


  ムーンは言葉に詰まる。魔法なんか、やろうと思ったこともない。


  苦しむ医者を横目に見ながら、今更だけど、小人って難儀だ、と思った。



BACK NEXT STORY NOVEL HOME