(8)『旅は道連れ』
「外だあー!」
ポポが嬉々として駆ける。
後から悠然とした足取りで、デッシュが続く。
何日かぶりに拝んだ太陽。彼は、眩しげに目を細めた。
「旅は万事順調!天気も良いし。運がいいね、俺ら」
と、まさしく今日の空模様のようにカラッと笑う。
竜から逃れた後、彼らが落ちた穴。それは、文字通りの天然洞窟だった。
落ちてきたところを登るに登れず、
狭く口を開けた地下道を、光を求めて先へ先へと進むこと数日。
やっと、直に外気に触れることが出来たのだった。
続いて、足場のあまり良いとは言えない出口付近、
急な坂道を飛ぶようにして上ってきたムーンが言った。
「まあ、な。…ほんっと、いろいろあるにはあったけど」
「良かったんじゃないの?どーにか出口も見つかったしさ。
あのまんま生き埋めだったら、洒落にもなんなかっただろ」
「違いねーや」
彼は男の言葉に笑顔を返し、そのまま洞穴の入口を振り返った。
背の高い影を見留め、芝居がかった声で茶化す。
「いよっ、この世の不幸を背負った少年よ」
「…他人事だと思って…」
どこか情け無さそうな顔をしたキャンディは、額に
うっすらと浮かんだ汗を拭った。
片側を妹に支えられ、もう片側ではミスリルの剣を杖代わりにしている。
――穴に落ちたとき、捻挫したのだ。
いくらか腫れは引いたようだが、まだ痛む。
彼に限らず――デッシュの両手には相変わらず包帯が巻いてあるし、
ムーンやポポも、至るところに打ち身やら擦り傷やら、こしらえてしまった。
なかなか治らないのがキャンディで、怪我の度合いは見ての通り。
中でもアリスは何故か軽傷な方で、「日頃の行いが良いのかしら」などと曰う。
兄の不運か、妹の悪運か――内心キャンディに同情しつつ、
ムーンは二人が出てくるのを待った。
「あんたが無事だったのは誰のおかげよ」
事の端々で長兄に助けられたことを指摘して、アリスは次兄をねめつける。
彼女は治癒魔法を多用したが、全員の怪我を完治させるまでには、
到底至らなかった。
重傷は、特に治りが悪い。魔法以外にも併せて処置は施したのだが。
「ごめんな、魔法使うどころじゃなくて」
「ううん。それより、キャンディは自分の怪我、
早く治さなきゃダメなんだからね」
そろそろ、もう一段階上の〈白魔法〉を習得したかった。
……どこかで上手く、魔法珠が手に入れば良いけれど。
足許に木の根がうねって、不規則ながらも丈夫な階を造ってくれていた。
斜面を上る手助けになる。
「ほい、お疲れさん。感謝してます、『お兄様』」
「運が良かったな。デッシュも居たし」
弟の手を借りて最後の段を上りきり、彼は困ったように笑った。
「そんな言い方をしても、何も出ないぞ」
彼とて、怪我をして嬉しいわけではないが、
みんな無事でこうして居られるんだから。自分たちは本当に、運がいい…。
そんなことを思いながら、彼もまた背後を振り返った。
この小さな窪地には、一本の大樹が堂々と居を構えている。
一体何百年ここに在るのだろう。もしかするとそれ以上、
大地に腰を据え、無数の枝葉を張り巡らせて。
彼らは、その樹の根元に空いた穴から出てきたのだった。
地面に半ば埋もれ、隠れた穴。
どうやったら、こんなものが出来るものかと思う。
斜面を上りきった目の前には、なだらかな草原が広がっていた。
北側は先方で砂浜に変わり、海へと続く。南側には草原と、森が。
「……。こんな処へ出るのか…」
キャンディは呟いた。
やがて、海側へと先行していたポポが、ぱたぱたと駆け戻ってくる。
「大変、たいへーんっ!あのね…っ」
彼は息を整えると、地図を広げた。
「今、この辺みたい」 と地図上で示された現在位置に、全員が驚いた。
ポポが指したのは、港町カナーンの南南東。
小さな湾を挟んで、件の山――ジェノラ山とは、真反対に位置する場所だ。
これまた小さな、半島部分。
「………」
では ―― 自分たちはあそこから、地底を通って、目の前に見える湾を
ぐるっと廻ってきたことになる。
自然にこのような地下道が出来るだろうか。誰かが意図的に掘ったのでは?
皆、当惑せずにいられなかった。
こんな処に、とキャンディが繰り返す。
「僕もそう思う…けど、でも…どう照らし合わせてみても、ここなんだ」
ポポは困ったように言った。
心許なげに再び地図を確認してから、「いけない?」と問うように
それぞれの顔を見る。
影さした不安を見て取って、キャンディは微笑んで見せた。
「そうだな。行ってみようか」
「歩いてみりゃ、地勢もはっきり分かるかもしれないぜ」
小さな肩に、デッシュがぽんと手を置く。彼はそのまま、三人を見やった。
「それから、日が暮れる前に、休める場所探した方が良くないか。
このところ歩きづめだ。どっか、ゆっくり――村でもあればなぁ――
兄ちゃんの足のこともあるし、みんな疲れてきてるだろ。
ここらで体力充電できるんなら、した方がいい」
彼の言う通りだ。ずっと歩いてきた狭い穴の中では、のんびり身体を
くつろげることなど出来やしなかった。ふかふかの布団は無理でも、
今夜はせめて柔らかな草と土を枕に眠りたい。
南へ歩き出した彼らを、海からの風が追いかけてきた。
――アリスが足を止める。
「…どうした?」
「ううん」
何でもない、と笑い、アリスは兄を支えて歩き出した。
草原を抜け、小さな森へ入る。水音を聞きつけて歩いていくと、
森の中心近くと思しき場所に、広場めいた空間があった。
小さな泉が三方に湧き、どれも澄んだ水を湛えている。
「ここがいい」
手分けして簡易テントを張り、薪を集めたり水を汲んだりしているうちに、
全員が不思議なことに気づいた。
到着してから間もなくまでは、そこは目に見えて薄暗かった。
木々の合間を縫って陽光が充分に届くから、
もっと明るくても良いはずの場所なのに。
そして、陽が傾き始める頃になると、次第次第に――どこからともなく、
薄ぼんやりした光が満ちてきたのだ。
「お日さまに反発してるみたいだね」
ポポは言った。実際そんな具合だった。
夜と昼、明るい時間と暗い時間が、そこだけひっくり返っている。
最も、明るさにも限度があるらしい。
陽が落ちた頃になっても光はぼんやりしたままで、
煌々と眩しいわけではなかったが。
「あれ。こっちは、ちゃんと暗い」
目に見えない境界線があるらしく、中心から一定の範囲を越えると、
はっきり判るくらい明るさが変化する。
「何これ――?」
奇妙なことこの上ない。
しかし、誰もここを出ようと言い出さなかった。
やっと見つけた休息の場所だ。時間も時間だし、今夜はここで休みたい。
それに――何故だろう、奇妙だとは思ったが、特に嫌な感じはしない。
漠然とした感覚でしかなかったが、逆に「安全だ」という気持ちの方が強い。
ここで、慎重な人間なら幻影などの――魔法的な疑いを持つかもしれない。
しかし、『光の戦士』たちには、思い当たるふしがあった。
酷く確信的な…この安堵感。
―― 同じなのだ、ここは。あの『風』のクリスタルの祭壇と。
ムーンが、おもむろに石ころを取り上げた。泉へ放る。
…波紋と共に広がった煌めきを見、彼は笑みを浮かべた。
「……。大丈夫だな」
五人は、やはりここで一晩明かすことを決めこんだ。
各々寝床を確保し、泉の水を使って久方ぶりに旅の汚れを落とした。
火を熾し煮炊きをして、何日ぶりかの温かい食事にありつくと、
幸せ気分が ふつふつと込み上げてくる。
ここまで来てようやく、光の四戦士と謎の男は、改めて認識を深めた。
そうして腰を落ち着けて、お互いのことを話したのだった。
「サリーナ、ね ―― え〜っと…ああ、あの赤毛の娘か!」
「そうよ、やっと思い出した?」
合点がいって、どこか嬉しげに手を打つデッシュに対し、アリスは
どこまでも冷たい。
「まったく、ひとの気も知らないで…」
「いや、顔と名前が一致しなくて」
「どうだか。要は、とっくに忘れてたんじゃない?」
彼女は、つんと顎を反らす。
代わって場の空気を取り繕うように言葉を連ねたのは、ポポだった。
「それで、その…一度、一目でもお姉さんに逢いに
カナーンまで戻って欲しいんです。…それで良いんだよね、アリス?」
アリスは澄ました顔で、重々しく頷いた。それを見て、デッシュが笑う。
「なるほど。話は分かった。――それで?おちびさんたち、
わざわざ俺を探しに、旅支度までして追っかけてきてくれたわけかい?」
「「ちび」」
ポポがしゅんと悲しげに、アリスがむっと怒って、顔を上げる。
キャンディは、青年が言外に言わんとしていることを悟った。
「…ええ、まあ。それだけ、というわけじゃないですけど…」
―― 自分たちの身の上を、どこまで告げるべきか。
言葉を濁してしまった兄に代わって、ムーンが続きを引き継いだ。
今度はこちらから訊ねる。
「で、そういうあんたは?魔物が暴れ回ってるこのご時世、
どうして一人旅なんかしてんの」
「単なる物好き」
――にぱっ、と笑ってそう言われてしまえば、「こいつならやりかねない」と、
呆れ半分にでも納得できてしまう。たとえ、それが真実でなかったとしても。
だがしかし、彼は、ふと笑みを消して言うのだった。
どこか軽い、いつもの口調ではあったけれども。
「――実は俺、記憶喪失でね。名前以外のことは思い出せないんだ」
………。何、だって?
あっさり言われた、事の重大さに、四人は思わず黙り込んでしまった。
一様にデッシュを見ると、彼は至って普通に視線を受けとめる。
――無邪気な顔だ。まるで、小さな子供みたいに。
ぱち、と焚き火の爆ぜる音だけがした。
「おいおい!」
いくら何でもそりゃあ無いだろう、とムーンが溜め息混じりに笑った。
言うこと為すこと、冗談みたいなところがある奴だとは思ったけれど、
もう少しましな発想はないものだろうか。
キャンディは、言われたことの意味をゆっくり噛みしめて吟味している風、
アリスが「またそんなこと言って」と腰に手を当てる。
「俺も気づいた時、冗談みたいな話だと思ったんだけど。
いっくら思い出そうとしても駄目なんだよね」
「………」
最後に、「ほ、本当……なの?」
心底驚いた様子のポポが、おっかなびっくり訊いて――また、静けさが戻る。
「うん」 デッシュは頷いた。これまたあっさりと――ただ頷いた。
先程のように茶化すことはせず、かといって悲壮な顔をすることもなく。
記憶を失ったら辛くはないのか。
無意識に――四人は心のどこかで、そんな先入観故の疑問を抱いたけれど――
片肘をついて顎を乗せる格好になったデッシュは、
四人の反応を ただただ、そのまま受け取っている風だった。
…炎の向こう、澄んだ瞳でこちらを見つめて。
やがて彼は、どこか遠くへ視線を移した。
「だけど、何かをしなくちゃいけないんだ。
漠然とした思いはあるのに そこまでで、それが何だか分からない……」
何かを思案しているようだった。
身元不明、年齢不詳の、何とも不可思議な男。
…怪しい。怪しいに違いなかったが、今の言葉には偽りが見えない。
――どうしてだろう。
ムーンは思った。――信じてもいい。
人にはこんな性質があると思う。自分に何か不幸が降りかかると、
誰かに助けてほしくて、つい悲壮な顔をしてみたりする。
または人に分かってほしくて、自分が今いかに不幸であるか、
熱弁を振るって同情を集めようとしてしまう。
別に、それは悪いことじゃないと思う。
けれど、――この男には、そういったところが見られない――
ムーンは、何となく彼の姿勢に、粋を感じたのだった。
「…それで?」
「ん、――?それでって?」
「だから…何かあるでしょ。…。そこでお終いなの?」
「うん」
他に面白い話は…などとあれこれ出してみせる彼に、
「そうじゃなくって…あーもういいわ」 アリスが言う。
――やっぱり、変な奴……
自然と、ムーンは笑みを零していた。
飾らない態度。そして男の言葉の端々には、天性の明るさが滲む。
誠か嘘か、どちらとも取れそうなそれだが、
不思議に相手を納得させる「何か」があった。
――本当らしい、信じてみたい――と思える、思わせる何か。
疑いは、ひとたび彼の人柄に触れれば、残らず吹き飛んでしまうのだ。
「いいの?んーっと」なおも頭を捻っていたデッシュだったが、
「駄目だ、出てこない。カナーンで聞いた話があったかなー」
「だから、もういいってば」
「単に忘れっぽいだけかもなあ」などと言って、からからと笑う。
「あんた、おかしな人だなあ」
笑い含みに言ったムーンに、今度はデッシュが返した。
「そお?俺にしてみりゃ、お前さんたちの方がよっぽど不思議だ。
とびきり若いのが四人で、何であんな処に居たのかってね。
…ただのおつかいにも、遠足にも見えなかったけど?」
口ごもるキャンディ。
ムーンがそんな兄を説得すべく、口を開きかけた、丁度その時。
アリスが勢いよく立ち上がった。
「ええ、そうよ。そんなわけないじゃないのっっ!!」
さっきから子供扱いして。腹立たしさをそのまま表に出して、彼女は言った。
「ただのおつかいで、こんな荷物を持ってここに居ると思う?
遠足であんな山道、危険を承知で登ると思うの!?」
「半分おつかいみたいなもんだったじゃん」とムーン。
「君は、遠足も兼ねて、じゃなかったの?」とポポ。
そうだったっけ、と頭を掻くムーンに軽く笑うと、
デッシュは目の前の少女を見上げた。
彼女の頬が赤いのは、焚き火の熱さや、照り返しの所為ばかりではあるまい。
「思わない」
睨む少女の目をひたと見つめ返し、彼はぽつ、と静かに言い放った。
「思わないよ」
勢い込んでいたアリスが、言葉に詰まる。
「そうでないなら、何なんだい?」
どこか、悪戯っぽい笑み。
好奇心を湛えたに違いない漆黒の瞳が、炎に照らされて煌めいた。
真夜中、森に張られた結界の境辺りに、ムーンは小走りに行って声を掛けた。
「交代」
「ん、――ああ」
背の高い影が振り返る。
とん、と一歩踏み出すと、周囲が一斉に夜の闇に覆われた。
「まったく。ホントに見張りやってたのかよ」
「うん」キャンディは頷いて、笑った。「気にしなくていいよ」
「気にするよ。あのな、………まあいいや。
――ここは大丈夫だよ、護られてるから。アリスが言ってたじゃん」
「万が一、ってこともあるかと思って」
律義な奴、と呆れ半分に言うと、兄はきまり悪げに笑う。
「本当を言うと、薄明かりで何だか目が冴えちゃって」
「そりゃ気の毒に。でも眠れなくても寝とかねーと、後で響くぜ。
――足の方は平気なのか?」
「ああ。アリスの魔法と泉の水のお陰で、だいぶ腫れが引いてきたよ。
まだ、変な方向に曲げたりすると痛むけど」
「そか」
ムーンは樹に寄りかかった兄の傍らに、すとんと腰を降ろした。
ほんの少しだけ気に掛かっていた事を切り出す。確認しておきたかったのだ。
「――デッシュのことだけど」
「うん。…彼は?」
キャンディは野営の中心がある方へ視線をやって、訊ねた。
「まだ起きてる。焚き火の側で木ぃ削って、何か作ってる」
「へえ」
共に旅をするようになって、十日と少し。
変な出会い方をした変な旅人は、時に こちらが唖然とするくらい無邪気に
はしゃぎ、時に驚くほど博識な一面を見せた。
極端に子供っぽい面を持っているかと思えば、
逆にとても落ち着いた大人の顔をする。
――それが余計に彼の実年齢を謎にしていた。
これで本当に一切が謎、記憶喪失だというのだから、笑ってしまう。
…いや、笑い事ではないのだが。
旅慣れては いるようで、そういう類の知識も豊富だった。
疲れない歩き方のコツやら、道の選び方。効率の良い野営の張り方。
この辺りで採れる、食用野草の種類と探し方など――
この数日間だけでも、かなりのことを彼から教わった。
おまけに手先も器用ときて、簡単な道具などは、その場で
ちょいと作ってしまう。これには舌を巻いた。
ポポなど、「凄い、魔法みたい」を連発したくらいだ。
感心した様子のキャンディに対し、ムーンは探るように言った。
「…あのさ。良かったワケ?同行するなんて言っちまって」
――デッシュは四人の旅の理由を知ると、彼自身の言葉通り
興味深そうな顔をしこそすれ、目に見えて驚きはしなかった。
今まで会った人々の殆どが、まず「こんな子供たちが」「まだ若いのに」
という目で見ていたのに対し、
彼は焚き火の側にくつろいで座ったまま、「面白いな」 とだけ言った。
「馬鹿にしないでよ?言っとくけどね、こっちだって冗談なんかじゃ――」
デッシュは、うん、と頷いた。分かっているよ、の意だ。
「そうかそうか――うん、それで合点がいった。
その上、俺のことまで探しにきてくれたワケか――ありがとな」
「………」
四人はまたしても呆気にとられることになった。
彼は、とても誠実に言った。
疑いも、見世物を見るような、あまり気持ちの良くない好奇の眼差しも――
つまり「子供だから」と判断するが故の態度を、感じなかった。
四人は四人とも、幾度かそういう目にあった覚えがあった。
ここまで来る間に――あのカズスやサスーン城でさえ――
そして、カナーンのような大きな街では特に。
思い返せば、仕方ないのかもしれない。
人が多い所ほど噂になりやすいだろうし、色々な人間が居る。
加えて十代の子供が自分たちだけで街中を聞き込みに歩き回っていたら、
弥が上にも目につく。
故郷の祖父も、旅立つ前には気が進まないようなことを言っていたっけ……。
「クリスタルの意思は世界の意思」だから、
もっと胸を張って旅して行けても良い筈なのに、何だか行く先々でやりにくい。
そうこうするうち、四人の間で暗黙のうちに約束事が出来た。
――『余計なことは明かさない』である。
『光の四戦士』であっても、そうでなくても、
世間はあまりいい目で見てはくれない、と分かった。
事ある毎に、『子供』という事実が邪魔をする。
得も勿論あるけれど、『光の戦士』として旅をしていくには、
逆の場合が多いような気がした。
大人は特に、四人がそこに居るだけで訝るし、あまり良い顔をしない。
難癖をつけられたこともある。その場合は殆どが、厄介な問答になった。
だから、なるべく静かにしていた方が良いのだ。
シド爺さんやサラ姫――かけがえのない人たちに出会えた その裏で、
苦労もあったことを二人は思い出していた。
せめて、もう少し大人だったら。
あるいは少しでも戦士らしければ、そんなことにはならなかったのだろうか。
「でも、あの人――僕たちの話を、先入観なしに聞いてくれた」
「だな」
―― 彼はいつも、本当か嘘か図りかねるくらい戯けた態度の癖に、
こちらの話を物凄く真面目な姿勢で聞いて、受けとめてくれるのだ。
透明に澄んだ、素直な子供のような目で。
四人の話を一通り聞き終えると、デッシュは殆ど無い旅荷の中から、
何か丸い物を取りだした。
「嬢ちゃん」
アリスに向かって放る。
「!」両手で危うく受け取り、
アリスは改めて自分の手の中にあるものを確かめる。「これ――白の珠?」
「ああ。〈ミニマム〉っていうんだが、どうせ俺には使いこなせない。やるよ」
彼はぱち、と片目を瞑ってみせて、言った。
カナーンで聞いた話が本当なら、この辺りに『小人の村』が在る筈だ、と。
――そして。
「その代わりと言っちゃなんだけど、
お前さんたちと一緒に、旅させちゃくれないか」
「ああ、俺たちは別に、構わないけど――」
ムーンは頓着なく承諾した。
ここ数日で、彼のことを気に入っていたのは確かだったから。
もとよりカナーンまでは連れていくつもりだったから、と
アリスが答え、ポポやキャンディも頷く。
「そうか、なら決まり!」
デッシュは何とも嬉しそうに、にかっと笑った。
ガキ大将のような、とでも言おうか。
悪戯を思いついた時の、何か面白いことを見つけた時の顔だと思った。
――と。
「あれ。嬢ちゃん?」
デッシュがひらひらと、アリスの顔の前で片手を振る。
「嬢ちゃん、寒いか?震えてるよ」
「…何で…」
「え?」
「…使わないくせに…どれだけ人が探したと思ってるのよ…」
「ほへ??」
「その魔法!あんたが犯人か――っっ!!」
――雷が落ちたのだった。
からからと笑って、ひとしきり。兄弟はふいに黙る。
「…良かったのかよ。ちょっと疑ってたろ、お前」
「お前が言い出したんだろう?『一緒に行っても良いかもしれない』って」
「ん、――何となく。悪い奴、じゃなくて…うん、そうだな。
何ての?『イヤな奴』じゃねえな、ってさ」
「…僕もだ。時々、彼のペースに乗せられてるような気が、しなくもないけど」
キャンディが笑う。
「何だろうな。信じられると思うんだよ。
話をまともに取り合ってもらえて、嬉しいだけなのかもしれないけど…」
「……いーじゃん。『旅は道連れ』って言うしさ」
「うん」
頷く兄を見やって、ムーンは、少々大げさに息をついた。
わざと情けない顔をしてみせる。
「それに、あいつが居ると、俺が助かる。
『口うるさいの』の小言が、半分はあっちに行くだろ?」
肩を竦めてみせる弟。キャンディが、一瞬きょとん、とし――
やがて彼らは、二人揃って失笑した。
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