FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -5




    2 風来坊

   (5)竜の棲む山へ


  四人は引き止めるシドたちに丁重に断りと礼を言い、街を出た。

 流石に少年少女四人は目立つ。
 随分若い連中が旅をしてきたものだ、と噂になったり、
 シドが我が事のように「炎の魔人」を撃退した四人の功績を自慢したりと
 街ではいろいろあったようだが、それはまた、別の話だ。



  高いところから街を見下ろすと、
 整然とした街並みと港が、本当に見事だった。
 こんな時でなければ、ゆっくりしていきたかったところだ。


 「山に見守られ、海に抱かれた街、か…」

  感心したようにキャンディが言う。


 「いいなあ。山の幸と海の幸、両方食えるんだぜ?」

 「君らしい」 ふっと、ポポが吹き出した。

 「…もっと気の利いたこと言えないの?」



  四人が足を踏み入れたのは、カナーンの街南東。


  悠然と構えたジェノラ山は、幸い天候の荒れもなく、静かに下界を見守って
 いるように思えた。だが、実際にはここも魔物たちの巣だ。

 正確に言えば、以前もちらほらと魔物が姿を見せてはいたそうだが、
 正直、多い。地震以来増えたというのは、本当らしい。


 そして、夜行性の連中までが、
 陽の光の中堂々と現れたのには、四人とも驚いた。


 「だあーーっ!」
 空中を旋回し突っ込んできた一羽を叩き落とし、ムーンが舌打ちした。
 「これじゃキリがないぜ!」


 「ここも、おかしくなってるんだ…」

  鋭い嘴を盾で防ぎ、キャンディが表情を曇らせる。


  襲ってくるのは、空を飛び回る魔物ばかり。
 嘴で、つついたものを石にしてしまうダイブイーグルに、
 鳥というよりもエイに近い姿で炎をまき散らす、ファイアフライ。

 「ひゃあああっ」

 「何でもかんでも燃やさないでよ!」


  世界で唯一、四枚の翼を持つラストバードは、
 元々おとなしい気性だと聞いたのだが、
 これも異変なのか、酷く凶暴になっていた。

 今や瞳にさえ不思議なちからが備わり、睨まれた者は正気を失ってしまう。
 ――これが最も恐ろしかった。

 冷気魔法で、草木に燃え移った炎の消火作業に追われていたポポが、
 ふいに動きを止めたのだ。


 「ポポ?」

  瞳が虚ろになったかと思うと、突然怯え始めた。
 刹那、持っていた短剣を抜き放ち、自らの喉元に突きつけようとする。

 「!」

  これには皆仰天した。慌てて飛び出し、三人総出で押さえ込む。
 すると、表情が一変した。飢えた獣のような…
 差し迫った表情の中に現れる――明らかな、敵意。


 「ぅうぅぁぁあっ」

 「暴れんなっ!――っ」

  無茶苦茶に呻いて逃れようとするのを、二人がかりで羽交い締めにし、
 武器を取り上げる。ぱしん、と頬を叩くと、ようやく正気を取り戻した。

 …四人は震えた。魔物でなく、正気を失った仲間。
 これが今までで一番衝撃的だった。


 厄介な能力と風を巧みに利用してくる敵に、光の戦士たちは幾度となく
 苦戦を強いられた。鳥が嫌いになりそうだった。



  何度目かに空からの奇襲を受けた時、ふとした拍子にアリスは顔を上げた。

 風に混じって、声が聞こえた気がしたのだ。


 「――『風』?」

 それは風の祭壇で聞いた、クリスタルの声に違いなかった。
 何を言っているのか悟り、岩陰に飛び込む。


 「みんな、あとお願い!」


 ――そうだ、『風のクリスタル』が力を貸してくれるなら。
 黒魔法とはまた違った形になるだろうけど、白魔法だって敵を退く手段になる
 かもしれない。


 吹きつける風を感じながら、彼女は杖を持った両手を組み合わせ、
 呪文詠唱を開始した。


 「『私の心、私の内に宿りし自由なる風よ。応えてここに来たれ。
  私は生命を繋ぐ者、汝と共に在りし者。
  私の願いを聞き届け、不浄なる魂を退けよ』」

  終わりまで祈りの句を唱え、さっと杖を掲げる。

 「〈エアロ〉!!」


  瞬間。凄まじい真空の渦が起こり、敵の群を蹴散らした!

  しかし、幸運にもそれを逃れた者もある。
 彼らは目ざとく術者を見つけだすと、攻撃を開始した。


 「危ない!」  「アリス!」


 猛攻撃が始まると、もう逃れることは出来なかった。
 翼が、嘴が、これでもかと小柄な身体を打ち据える。
 右から、左から、真上から。激しい痛みが、驟雨のように少女を襲った。

 「きゃあああっ!!」 


 数も新たに増えはじめている。もはや、剣や杖では払いきれなくなっていた。


  その場に力無く膝をついたアリスを掠め、魔鳥たちは一旦
 上空へ舞い上がった。次の標的を定める気だ。


 「しっかりしろ!」

 「だ、いじょぶ…ごめ…」


  そんな中、辺りが翳った。

 いつの間にか上空に黒雲が現れ、急速に拡がり始めている。


 「こんな時に――!」

 一雨来るのか、魔物と関係があるのか。
 どちらにせよ凶兆を思い、キャンディは表情を険しくした。

 が、しかし。黒雲は瞬く間に集まり、むくむくと膨れあがる。


 「な、何だあ?」とムーン。

 思わず見ると、少しばかり離れた場所で、
 ポポが何事か、ぶつぶつと呟きを繰り返している。――そう、呪文だ。


 ポポは何度も何度も精霊への呼びかけを繰り返した。
 沢山の風の精霊が、ここには居る。…もっと…もっと集まれ。


 一心に呼びかけを行い、そうして精霊を、集められるだけ集めると。


 「『力を貸して』」

  最後に彼は言い、奥歯を噛みしめた。

 「アリスを」 ―― 気合い一閃、印が結ばれる。


 「苛めるなぁーーーっ!!」


 ――ピシャアァン!!


  雷鳴と共に、稲妻が空を裂いた。



 やがて激しく地を打ち始めた雨を避けて、四人は岩場に見つけた穴の中へ
 駆け込んだ。


 びしょ濡れになったバンダナを絞るムーンの横に、
 ポポは へたへたと座り込む。


 「ごめん」彼は言った。情けなさそうに、それでも、少しだけ微笑みながら。
 「雨まで呼んじゃったみたい」



 止むのを待ちながら、小休止。濡れてしまった上着を乾かし、暖と昼食を摂る。

 シドの奥さん特製の、キノコと鮭のパイは、疲れて萎えていた気持ちを
 優しく癒してくれた。持参の小さな鍋を火に掛けて、チョコレートを溶かす。
 四つのカップに分け、少しばかりのクリームを足して飲むと、
 濡れて冷えた身体に温かく染み入った。

 お腹が満たされ温かくなれば、また元気が出てくる。




  再び太陽が顔を出すと、一行は山腹を辿り、さらに上を目指した。
 登るにつれて、木々が少なくなり、岩とむき出しの大地ばかりになった。


 「この辺、殆ど禿げ山じゃねーか。…おー。お天道様が眩しいぜ」

 「デッシュさーん!」

  ポポは声を出して呼ばわり、耳を澄ます。
 声の余韻の後には、遠慮がちな野鳥の鳴き声が聞こえるばかりだ。


 「…居ないねえ。もっと上かなあ。それとも
  道を見つけて、先に降りちゃったのかなあ」


 「まだ分からないわ。頑張って追いつかなきゃね」


  こっちには来ていない、という第三の選択肢を考えながら、ムーンは
 えっちらおっちら山道を歩く。


 そうして、小一時間ほど進んだだろうか。一行は揃って足を止めた。
 ――何だろう、空が暗い。


 この辺は、ごろごろした岩場なので、上空を遮るものは何もない筈だ。
 またしても雨だろうか、と何気なく空を見上げ、四人はその場で凍りついた。


 「り、りりり竜っ!!」

 「きゃあああ、嘘でしょーー!?」


  ポポが真っ青になって逃げまどい、アリスが甲高い悲鳴を上げる。

 天をも覆いつくさんばかりの巨体が、目の前に迫っていたからだ。
 見るからに頑丈そうながっしりとした体躯と、銀色に輝く爪と角、
 そして、鮮やかに空の色を写し取った青い目。


 「すっげー…!」

 「…大きい……」

 ムーンの口は開きっぱなしだったし、
 キャンディは畏怖と讃美を覚え、思わず呟いていた。

 良くも悪くも、この時の体験は衝撃的だった、
 と、後で彼らは振り返ることになる。



 「「え?」」

  ――と。ふいに、キャンディとアリスは、身体が浮き上がるのを感じた。


 「っしまった!」

  考えるまでもなかった。竜に鷲掴みにされたのだ。


 「いっ」たちまちアリスがパニックを起こした。
 「いやああ!離してぇぇ!!」


 「キャンディ!アリス!」
 「この野郎、離しやがれっ!」

  必死に鉤爪を外そうとするが、無論びくともしない。


 「逃げろ!!」

  キャンディの叫びも虚しく、
 ちょこまか動き回っていた子供らを二人を、竜は掴まえる。
 ひょい、ひょい、ともう片方の前足で、器用に拾うと――四人纏めて
 抱え上げ、上昇した。


 「いやああああ!!離さないでぇーーー!!!」

 アリスは本気で泣いていた。

 「んな、お約束な…うわ!」


  四人分の悲鳴が、山彦となって彼方に響き渡った。



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