FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -4



   (4)人を探して


 「…だからね」 飛空艇の倉庫内をせわしく歩き回りながら、アリスが言う。
 「デッシュっていう人を探してあげたいの」


  指示を受けドライバーでネジを止めていたキャンディが、その手を止める。

 「気持ちは分からなくもないけど。それにしても、アリスは
  ずいぶん肩を持つんだね。その…サリーナさんの」

 彼は床と機体の間に横になったまま、次のネジに取りかかった。
 言葉に非難の色はなく、むしろ面白がっているような響きがある。


 「当然よ!」


 「変なことに首突っ込むなって言ったのに、聞かねえんだもん、こいつ」

  ムーンはぶつぶつ言った。図面と睨めっこを繰り返すポポを手伝って、
 部品を代わりに組み立ててやっている。

 シドに聞こえてしまうから大きな声では言えないが、厄介事は
 昨日の『薬騒ぎ』だけで充分だった。


 「あーいうのに関わると、後が大変だぜ?―― コレそこか?」「うん」


 「放っとけっていうの!?」 アリスは怒った。

  「見てられないわ!彼をあんなに恋しがってて…
  あれも病気よ、間違いなくね」


  涙にくれていた娘――サリーナは、
 数日前街へやってきた若者に、一目で恋をした。

 カナーンの街は初めてだ、という若者を案内し、親しく言葉を交わすうち、
 想いは募り――だが、彼は突然姿を消したのだという。

 「どうしても行かなければならない」と、それだけを告げて。



 「つい最近…ってことは、酒場で噂だった奴かな」

 「時期的には合うから、たぶん。――酒場!?」

 「や、ちょーっと通りかかっただけだって!」


 「口ばっかり上手くって。女の子を泣かせるなんて、最低よ!」

  空になった潤滑油の缶を、彼女が がちゃんと捨てる音がする。


 「しつこい風邪をあっという間に治してしまう白魔導師でも、恋の病は
  手強いようじゃの」

  シドが笑った。



  持って帰った不思議な果実は、すぐさま擂りつぶして
 シドの奥さんに飲ませた。すると、
 なんと奥さんは一晩で元気になってしまったのだった。

 「こんなことがあって良いのか」と皆が驚いた。
 診察に来た例の医者も、さすがに度肝を抜かれたようだ。


  が、アリスは内心、負けた気がした。
 この薬は、自力で見つけたものではない。
 まして自分で調合したわけでも なかったので。

 「……」 


 ともかく、奥さんは朝早くから、手伝いのアンと共に家事に勤しんでいる。
 おかげでシドは上機嫌だ。


 「…とにかく、追いかけたいのよ。
  そーゆーいい加減な奴は、一回とっちめてやんなくちゃ!」

  アリスは意気込んだ。

 「なるほど」

 妹の言い分は大体分かった。――いや、とっちめる云々は別として。


 「いやはや、おなごは強いのう」とシド。

 「まあ、待っておれ。この飛空艇が
  また飛べるようになれば、瞬く間に追いつくさ」


  が、ジェリコの気遣わしげな声が、その思惑を断った。

 「――。親方」

 「どうした」


  シドは弟子から、両手くらいの大きさの、箱のようなものを受け取った。

 立方体で、底面以外――側面から一本ずつ、六角柱の棒が突き出ている。
 …そのうち一本にヒビが入っていた。


  その真っ黒な物体を目の前にして、ポポは目を見張った。

 石とも金属ともつかぬ、光沢を放つそれ。
 物凄く硬いように見えたかと思えば、柔らかいような気もする。
 対角線上には、不可思議な紋様が刻まれている。
 目がちかちかした。何か意味があるのだろうか。


 「これ何?」―― 彼は尋ねた。


 「『時の歯車』というんじゃ。別名『永久機関』――古代人の遺跡から
  発掘してきたものじゃよ。飛空艇の動力源は、この小さな箱なんじゃ。
  信じられるかね?」
  

  ポポは首を振る。

 「ううん。これ一つで動いちゃうの?」


 「無論、これだけでは飛べないがの。
  ――お前さん、創世話を聞いたこと、あるじゃろ?」


 シドはくるりと箱を回した。ポポは記憶の糸をたぐる。


 「えっと…『初めに光と闇ありき。そこから全てが生まれ…』
  ってやつですか?」


 「そうじゃ。全てのものには対が存在するという。
  天と地、善と悪、静と動…。光が射せば影ができる」


 「世界はその、微妙なバランスの上に成り立っている…」


 「うむ。そして動力――エネルギー自体にも、対になる両極が存在する。
  この世界にある全てが持ち合わせているもの。これを分けて、儂らは
 『正と負』と呼んでいる。…これは、お嬢ちゃんが詳しいかもしれんの」


 「えっ?ええっと――生者に多いのは正の力、
  ゾンビみたいな不死生物が動くのは負の力だって。
  …『負』って悪いイメージが強いけど、成り立つためには、
  結局お互いが必要なの。持ちつ持たれつ――?ちょっと違うかも」


 「この『時の歯車』は、正と負のエネルギーを集め、均衡状態で
  放出するのじゃ。――むう、どう言えばいいかな。
  …赤と青二つの燃料を、丁度同じ量、同時に外に出すと考えてくれい――
  正反対の燃料が反応することで、浮力が生まれる。
  しかも集めたエネルギーは、また自然に還っていくから…
  まあ要するに、幾らでも飛べるんじゃよ」


 「凄い技術ですね」

  キャンディが感嘆の溜め息と共に言った。


 「全くじゃ。古代人の叡知には恐れ入るよ。
  よくもこんなしくみを思いついたもんじゃ」

 「シドが考えたんじゃねえのか」

 「言ったろう。儂は、こいつに『飛空艇』という殻を被せたに過ぎん」

 「……。やっぱ、頭痛くなってきた…」



  大層な名前の奇妙な装置を調べ、シドは唸った。


 「…。しかし、どうしたものか。いくら『永久機関』とはいえ、大元に
  ヒビが入ってしまっては飛び続けることもできんな…。
  お前さんたち、すまんな。どうやら余計な期待をさせてしまったようじゃ」


 「いえ、そんな。やめてください」

  キャンディは慌てて両手を振る。それから微笑み、深く深く頭を下げた。

 「本当にいろいろお世話になって。
  どれだけ感謝してもしきれません…。ありがとうございます」


 「『旅は道連れ、世は情け』じゃ。頑張れよ」

  シドはこう言うと、親指を立ててニカッと笑った。




  その夜、光の戦士たちは再び作戦会議を開いた。


 「…。何よ『作戦会議』って…」

 「こう言った方が、戦士らしくてカッコいいだろ?」



  地図を広げ、今一度。陸路の側を検討する。


 「…さて。それじゃ、これからどうしようか?」


 「あたしは、山へ行ければ問題なし。
  デッシュって男、ぜーーったい連れ戻してやるんだから!」


 「結局そうなるのかよ…」

  ムーンはうんざりした。そういうお節介が元で、
 昨日苦労したばかりだというのに。…行くのは賛成だが。


 「あら。サリーナさんのためよ」

  あっけらかんと返事をするアリスの横、ポポは顔色が優れない。

 「………。…ほんとに行くの…?竜が居る山だよ……?」


 「なーにビビってんだよ、竜が肉食とは限らないだろ?」


  竜は大抵肉食だと思う…と、彼は思った。ムーンときたら、
 これから本当に餌になりにいくようなこと、言わないでほしい。



 「はいはいはい!俺、竜見にいきたい!」

  やっぱり、とアリスが呆れる。


 「そうだな…なるべく、遭うのは避けたいけど」キャンディは苦笑した。
 「空も海も駄目となるとね――行くかい?」


 兄妹は目を見合わせた。


 「…。他に、行きようがないんだよね?」とポポ。

 「まずは行ける処から。そしたら、どーにかなるさ」

  至極当然のように頷くムーン。


 「デッシュさんを追わなきゃ」…アリスはやる気満々だ。


  それらを受けて、キャンディも頷いた。

 「よし」


  ――四人は気合いを入れた。

 「行くしかない!!」



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