FINAL FANTASY 3【広い世界へ】 -3



   (3)不思議な薬師


  とは言ったものの、ただじっとしている気にもなれない。
 光の戦士たちは動き始めた。


 「旅の基本は情報収集から!ってコトで、明日街に散らばってみねえ?
  港町だし、今なら商いのおっちゃんやら船乗りやら、
  足止め喰ってる連中も沢山居る。情報通が多かったりして」


 「わあ、そっか!うん、そうだね。凄いやムーン、珍しく冴えてる!」

 「『珍しく』は余計だ」


 「遊びにいくんじゃないんだから」

  アリスはムーンをちょっと睨んでから、キャンディに言った。

 「じゃあ、あたしは買い物ついでに、いろいろ聞いてみる」


 「頼む。僕は、また港の方を回ってみるよ。
  何とか船を出してもらえないか、頼んでみる」



 「それから、…実はみんなにお願いがあるの。
  メモを書くから、どこかに無いか調べてみて。
  もしあったら、値が張るだろうけど仕入れて欲しいの」

 「いいけど…何なんだ?」


 「なになに…何だこりゃ、薬みたいじゃねーか」

 「ご名答。その通りよ。薬草が足りないの」


 「…紫苺の蔓、か…また珍しいものが必要なんだね」

 「紫苺ぉ!?そんなの、図鑑でしか見たことねえよ!」


  紫苺は、栽培が少々難しい。更に、こちらの地方の気候には合わないので、
 入手困難な品なのである。


 「……。アリス、本当に探すの?」

 「ええ!あんな医者に負けてらんないものっ」



  医者だって?目をぱちくりさせる上二人の視線を受け、
 ポポは思わず肩を竦めた。



 「わかった。広い街だし人も多いから、気をつけて。それから ―― 逆に
  人気のない裏通りなんかには、独りで近付かないようにね」


 「ガキじゃあるまいし」

  顔の前でひらひらと手を振るムーン。
 半ばうんざりしつつ、大丈夫、の意を込める。


 「じゃあ決まりねっ」

  アリスはにっこりする。


  何の気なしに彼女と目を合わせてしまったのが失敗だった。

 「……」

  その妙に嬉しげな笑顔に出くわした瞬間、彼は敗北を悟った。
  妹は言った。可愛らしく、但し有無を言わせぬ調子で。

 「ムーン、荷物持ち。お願いね?」




  翌日、港を回るキャンディは、一度朝方に出ていった。

 やはり良い返事は貰えなかったらしく、朝食をいただいてから再度
 四人同時に出ることにする。


 戸口を出て通りを歩いていくと、
 丁度こちらへやってくる人影に出くわした。昨日の医師だ。


 「やあ、君たちは」

 「おはようございます」


 「――また気休めの診断をしに来たんですか?」

  長兄と医師の笑顔が、ぎょっとして強ばった。


 「やめろ、アリス!」

 「…昨日のお嬢ちゃんか。朝からご挨拶だね」


 「本当のことでしょ?あたしに言ったじゃない」

 「今できる最善のことを、やっているんだ。
  患者を安心させるのが、第一だよ」


 「…あたしは、『ちゃんと』治してみせるから!」

  彼女はそう言い放つと、強い足取りで反対方向へ歩いていってしまう。


 何とも言いようのない表情で見送る医師に、
 少年たちはお辞儀をして、妹の後を追いかけた。


 「おいこら」
 「アリス」

 「あたし、ほんとのこと言っただけだもん」

 「……」




  彼らは港付近で二手に別れた。

 ムーンとアリスの買い出し組は、入り用なものを求めて街を歩く。
 傷口を癒すポーション(回復薬)や、毒消し、食料、ランタン油、
 野宿用のその他諸々――そして何故かチョコレート。


 「…何だよこれ」

 「ちょっとだけ。溶かして飲むと、美味しいんだから」


 どうも腑に落ちなかったが、とりあえず何も言わなかった。

 出会う商人たちは、思った通り外の様々な情報に通じていて、
 沢山の話を聞くことができた。
 但し、そこは職業柄、不確かな噂話に留まることも多い。
 客の注意を引く話のタネとしては丁度良いが。


 港に近い露店で、貝殻と青い石のアクセサリーを売っていて、
 アリスは誘惑に負けそうになるのを堪えなければならなかった。
 …深海から採れる珍しい石、という宣伝文句は果たして本当かどうか。



  肝心の『船』と『紫苺の蔓』については、
 何度も聞いたが、良い返事は貰えない。気を取り直して、聞き込みをする。


  面白半分に入った酒場では、主人にたっぷりとお叱りを受けてしまった。

 船の出なくなった影響か、
 昼間から飲んだくれている奴らが大勢居て、危うく絡まれそうになったのだ。
 主人が止めに入ってくれなければどうなっていたことか。


 だが、これが思わぬ収穫に繋がった。


 港町の住人というのは、荒くれも多い。
 が、気心さえ知れればなかなかどうして、気のいい連中もいるもので。

 それに、ここの客は大半が、船乗りか商人だ。情報を集めるには一番の適所。
 子供心を疼かせる、面白い話も多い。

 上手く潜り込めて、思わずにんまり、してやったり。
 ちゃっかり遅めの昼食まで ご馳走になってしまった。


 「それで、それで?」と興味津々で質問を浴びせてくる子供に、船乗りたちも
 得意気に自らの冒険談など語るのだった。


  とある商人は、森の中で立ち寄った
 小さな小さな住人たちの村のことを話してくれた。


  海の異変に関する噂は盛り沢山で、どれが本当やら。

 しかし「船を出してもらえないか」という問いには、
 はっきりと「否」の答えが返ってきた。


  もうひとつ二人の興味を惹いたのは、数日前ふらっとこの街に現れ、
 ふらっと去っていった旅人の話だ。
 「ちょっと姿の良い人だった」とは、給仕の女の弁。


 「しかしまあ、奇妙な奴でなあ。
  あんまり見たことのない格好で――これからの流行かね?
  船が出ないと分かると、俺らが止めるのも聞かんで
  ジェノラの山の方へ行っちまった。
  あそこは、昔っからでっかい竜が棲んでてな。
  人を襲うって話は聞かないが、魔物が凶暴になった今となっちゃあ、
  どうだか分からねえ。早い話が、危険なんだが…物好きも居たもんだ」


 「へえ〜竜かぁ!」

  …と目を輝かせる物好きが、ここにも一人。

  それを胡散臭そうに見やりつつ、アリスは言った。


 「でも、変な格好だけどちょっと素敵な旅人さんなんて、
 『紅の魔導師』みたいね」

 「おっ、嬢ちゃん!憧れてるクチかい」

 「え?えへ、まあね」


  現・紅の魔導師は他ならぬ、自分の兄だ。
 言いたくても言えないのが、ちょっとだけ悔しい。
 話したところで、笑われるのがオチだろうが。――そこまで思って、
 何だか余計悔しくなる。


  あのジンが封印されたのは、千年近くも前のこと。

 伝説の魔人が実在したのだから、剣を託した先代だって居るはず。
 でも、とっくに亡くなっているだろう。今生きていれば相当なお爺ちゃんだ。

 最も、伝説に残るくらいの人だから、若さを保つ秘技でも知っているのかも
 しれない。…あれ?じゃあ可能性は…?


 ともあれ、謎の旅人については、憶測すればきりがなかった。


 「あともうひとつ聞きたいの。どなたか、紫苺の蔓を仕入れてない?
  何でもいいの、紫苺のこと教えて。探してるの」


 「紫苺なあ…確かに珍しいし、この上なく美味だって聞くが、
  俺は見たことないや。悪りぃな」

 「お嬢ちゃん、あれは弱った身体に効果覿面だって代物さ。
  何かい、病気のおっ母さんにでも食べさせてやるのかい?」

 「…近いけど、違うわ」


 「馬鹿、蔓って言ったろう。蔓は薬の原料になるのさ」

 「薬か…。そういや、町医者が何人か同じこと聞いてきたな。
  もう何週間か前だが」


 「お願い、どうしても必要なの!」


 「お嬢ちゃんが治すってか?」

 「まさか。お袋さんが心配で、走りまわってるんだよな」


  何やかやと話し込む船乗りたちの声が、ざわざわとして次第に煩くなる。

 「あのさ。言っとくけど、俺たちの母親は――」


 「無いのなら、いいの」

  アリスがぴしゃりと言うと、客たちは黙り込んだ。
 先程までとうってかわった表情に、思わず船乗りが言う。


 「残った積み荷の中に、乾燥させたのがあるかもしれねえ。見てやるよ」


 「あとは、ちょっとへんぴな処なんでアレなんだが…
  一番西の通りの裏に、薬屋やってる白魔導師がいる。
  他でどうしても見つからなかったら、行ってみな」

 と、酒場の主人。


 「マジかよ、マスター。でも、あいつは…」

 「運が良けりゃ、会えるさ。俺たちができるのはこれくらいだ」

 「ありがとう!」



  すぐに、申し出てくれた船乗りと港へ向かった。
 あちこちを尋ね歩いてくれたが、
 やはり貴重品というだけあって見つからない。

 薬問屋なども方々訪ねたが、答えは同じだった。
 ポポやキャンディが既に聞いて回った処もある。
 いずれの場所でも、薬の原料はもちろん、調合済みの薬も見つからなかった。


 「ごめんなあ……」

  申し訳なさそうに頭を掻く船乗りに、アリスは首を横に振った。

 「ううん。遅くまでありがとう、お兄さん。助かったわ」

 「俺たち二人じゃ、迷って時間喰うだけだったよ」



 「残るは、裏の薬屋か…本当に二人で大丈夫か?」


 「ああ。俺たち、こー見えても強いし、運いいし」

 「またね、お兄さんっ」


  返事を待たずに、二人は駆け出した。



 「たった一つなのに…ここは、いろいろ物が入ってくるから、
  絶対大丈夫だと思ってたのに」

 「こんだけでっかい街だ、どっかにあるさ」

 「そうよね」

 言いながら、それでも次第に妹の元気がなくなってくるのを、
 ムーンは感じていた。

 
 気がづけば、もう日が傾きかけている。あと半時もすれば、
 海の向こうに沈みきってしまうだろう。急いだ方が良いかもしれない。


 話に聞いた裏通りをくまなく探す。
 汚れた薄暗い道に足を踏み入れるのは、やはり少し怖い。
 キャンディの忠告が身にしみた。
 とりあえず、ここへ来たのは内緒にしておくことにしよう。



 「〜〜もう、どこよっ」

 「おっかしいな…」

 通りを抜け――街の外れ、川沿いに植えられた大きな樹を背に、ムーンは
 ずるずると寄りかかる。



  薬屋の看板は ひっそりとあったものの人の気配はなく、
 待てど暮らせど現れない店主。

 白魔導師と聞いたので、今度は白いローブを探して裏通りを何度も往復したが、
 どこにもそれらしき姿は見当たらない。


 そうこうするうち、とうとう とっぷりと日が暮れた。


 「キャンディたちが見つけてるかもしれないぜ?」

 「だったら、今まで回った薬屋さんがそう言うはずでしょ。街中探したのよ」

 「けど、きっとみんな心配してるぞ。もう帰ろうぜ」

 「――いや」

 「って、おい」

 「――帰れない」

 「お前、意地になってんな?医者相手にあんな啖呵きったから」

 「違うわよっ!…ううん、とにかくまだ、帰れないの!」


  それじゃどうして、と問うより先に、アリスの頬を涙が転がり落ちた。


 「どうしよう、ムーン…!」

 「どう、って」


  ――そんなこと言われても。
  ムーンから見れば、単に言い出して後に引けなくなったとしか思えない。

 泣く妹を目の前に、居心地の悪さを感じながら、彼はその場に
 どかっと座り込んだ。

 「…ったく」




  昨日の午後買い物を引き受けたアリスは、その足で町医者を訪ねたらしい。
 シドの奥さんに対する診断に、どうしても納得がいかなかったので。


 話をしながら思ったことを率直に問いただすうち、
 やはり医者は、違うと知っていながら「風邪」と伝えていたことが分かった。


 「治らないって分かっていながら、お婆ちゃんには知らんぷりして
 『大丈夫』って言ったのよ」

 「他の薬でちょっとでも良くなるなら、ましだろ。
  ヤブ医者じゃないみたいだし」


 「病気の元をどうにかしない限り、お婆ちゃんずっとあのままなのよ。
  体力的にも続くか分からないし。下手すると、いつ悪くなるか知れないわ」

  材料が手に入らない話は何度も聞いた。けれど。



  度重なる問答の末、町医者がとうとう言った。


 「もう勘弁してくれ。こっちは他にも患者を抱えてるんだよ。
  そんなに言うなら、君が自分で探してみたら?」

 「ええ、そうするわ!もう頼まない。
  大人になんか頼らなくたって、何とかしてみせるから!」


  ――頭に血の上っていた彼女は、勢いに任せて
 請け負ってしまったのだった。


  いくら彼女が白魔導師の卵と言っても、現役の医者とでは
 比べものにならない。思い切ったことをしてくれたものだ。


 「だいたい、あのひと偉そうなのよっ。お医者様だか大人だか知らないけど、
  人をさんざん馬鹿にして。何か言う度に、『お嬢ちゃんが?』
 『君みたいな小さな子が』――そればっかり。
  子供に何ができる、って馬鹿にするのよ。
  大きい人がそんなに偉いっていうの!?そりゃ立派な大人は沢山居るけど、
 『子供だから』なんて差別するのはやめて欲しいわ。
  そんなの、大人の勝手よ!そこらの大人よりちゃんとした子供だって、
  世の中にはたーくさん居るんですからね」


  ムーンを目の前に、アリスはまくし立てた。

  何だか自分が文句を言われているみたいだ。
 しかし、彼女の意見に何となく賛成はできた。

 何かにつけて子供扱いをされることにはムーンも日頃から不満を感じていたし、
 旅をしはじめてからは、先々で やりにくさも感じていたから。


 アリスの中にあった同じ気持ちを、あの医師は刺激してしまったのだ。


 「でも、あのひとの言う通りなのかな……。あたし、結局
  何もできなかったもん」

 妹は、そう言って鼻をすすった。

 「エリクサーがあったらいいのに」


 「エリクサー?」


 「万病に効く薬。でも、これは今じゃ製法が失われてるから。
  偶然じゃないと出来ないらしいし、見つけても物凄く高価よ。
  何にしても、望みなしだわ…」


 「そだ、〈ケアル〉は?お前、いつも使うじゃん」


 「治癒魔法は、基本的に人間の持ってる『自己治癒力』を助けるものなの。
  だから、今弱ったお婆ちゃんに使うと、逆にお婆ちゃんの身体に
  無理がかかるのよ」


 「…。ふーん……」

  ムーンは相づちを打ったが、実のところさっぱり分からなかった。



  暫く、さらさらと流れる川の音を聞いた。
 一日中歩き回って疲れた身体が、高揚したり沈んだりと忙しかった気持ちが――
 ゆっくりと、癒えていく。


 その時だ。俯いていたアリスが顔を上げ、あらぬ方を見て言ったのは。

 「――呼んだ?」


 「あ?」

 言われたことの意味が分からず、ムーンが問い返す。
 が、アリスは頭を振り、やがて一人で何かを納得したふう。


  ――一体何なんだよ!
  ムーンは頭を掻きむしり叫びたくなったが、どうにか堪えた。


 「あなた――誰?」

 妹が語りかけると、
 木々で翳った川岸の一角に、誰かが立っていた。
 街灯の光があまり届かない上、今宵の月は細く、姿がよく見えない。


  ムーンは反射的に構えをとり、妹よりも前方へ出た。

 今の今まで、気配なんか感じなかったのに――いつの間にか、気配が現れた。
 …何者か。



 「お困りのようだね」

  声は、静かに響いた。落ち着いていて、しかしどこか掴み所がない。
 若いのか老いているのか、男なのか女なのか、それも判別がつかなかった。
 背格好も同様だ。


 「そうよ。どうして知ってるの?」

 事もあろうに、そんな正体もわからない奴の近くへ、アリスは歩み出す。
 ムーンは止めようとしたが、妹は脇をすり抜けた。


 動作が酷く緩慢になり、物を考えるのも億劫になる。
 月に雲でも掛かったのだろうか、目の前に見えている世界が
 おぼろげで頼りなく感じられた。


 アリスは、話しかけた相手に近づいていく。

 応じて歩み出た人影は、やはり表情が見えない。フードを
 目深に被っていたから。


 「ねえ?」 ―― 彼女はもう一度問うた。
 不思議な人だと思ったけれど、嫌な感じはしなかった。
 どうしてだろう。 ――「何かご用?」

 「ああ、先程から見ていたから」


 「話も聴こえてた?」

 「うん。貴女がこれを必要とすることも、知っていた」


 「――これ?これって何?」

 「あの方が私に託した。いずれ現れるからと」


 会話が成立しているのか、いないのか。質問が意味をなしているのか――
 アリスが重ねて口を開こうとすると。


 『気の毒に』

  知らぬ別の声が、耳をついた。


 『平和だという世でも、幸が等しく降るとは限らない、か』

  顔を上げても、今度は姿が見えなくて。


 『いつか――また、これを本当に必要とする者が現れる。
  それまで、預かっていてくれ』 ――。



 「お渡しする。光の戦士殿」

 「!」


  片手から突然零されたものを、慌てて両手で受ける。
 中身を見る間も、投げかけられた言葉を確かめる間もくれず、
 魔導師らしき影は踵を返した。―― 風が抜ける。



 「―――」

 「………」


  気づくと、子供たちは固まったまま、たった二人だけで突っ立っていて。

 「な、何だ?どうなってんだ」

 「…ムーン、居たの」

  アリスの両手からは、ぽろぽろと何かが落ちた。


 「さっきの奴、どこ行った。お前無事か?」

 「うん。――これ…」

 「何だ、変なの。木苺?紫じゃないな。蔓じゃなくて実だし」

 「さっきのひとが、くれるって」

 「何だって?一瞬で消えやがって、…毒でも入ってんじゃねーのか?」

 「大丈夫よ、きっと」


  偉大な魔導師が自分に託してくれた、と妹は言ってのけた。
 ひょっとしたら、『紅の魔導師』かもしれない、とも。
 ――何の根拠も無いのに(本人は思い当たったことを信じきっているが)。


  実際ムーンには、奴が現れてその後のことは、何がどうなったのか、
 さっぱり分からなかったのだ。
 さっきは、アリスが生い茂る枝に手を伸ばしたようにしか見えなかった。


 クリスタルはおろか、そこらの木とも喋り出すようになっちまったのか?
 ムーンは頭を抱えた。世も末か…いや、天地がひっくり返るわけだ。



 「帰りましょ」

  泣き顔はどこへやら、意気揚々と歩き出す妹の後を、
 ムーンは渋々追った ―― やっぱり腑に落ちない。

  そんな彼の後ろ、茂みの中でただ一枝の、枯れた緑が揺れた。



  すっかり暗くなった通りを、二人は歩いた。

 「な、ホントにそれ使うわけ?」

 「あったりまえでしょ。魔法使い様が託してくれたんだもん!」


  やれやれ――ムーンは思い切り溜め息をつきながら、街の
 正面広場を横切る。と、シドの家へ続く道に入ろうとしたところで、
 いきなり人とぶつかった。


 「うわっと!」 「きゃ!」


 「! ………」

  言葉もなく地面に倒れ込んだ、若い女性。

 「ごめんなさい、前注意してなくて」

 「お姉さんお姉さん、大丈夫か?」


  反応がない。余程痛かったのだろうか。

 「怪我した!?」
 「立てるか?」


  が、慌てる二人など目にも入らぬ様子で、彼女は虚空を見つめ――
 それはそれは切なげに顔を上げ――
 ついには、シクシクと泣き出してしまったではないか!


 「どっ、どうしよう…っあんたの所為じゃないの?馬鹿力!」

 「違う!第一、不可抗力にまで責任持てるかっ」


  すったもんだの二人に、辛うじてか細く震える声が聞こえた。


 「……。…ああ……デッシュ様。
  行ってしまわれた――こんなに、こんなにお慕いしておりますのに……!」


  ―――。

 「デッシュ…」  「様?」


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