(2)港町にて
正面に内海、そして背後にどっしりと居を構えるジェノラ山。
街の中心を流れる川はこの山の麓から湧き、内海へ注ぐ。
港町カナーンは、パルメニア山脈地方の玄関口だ。
カズス産のミスリル銀など、各地の生産物は、ここから各地へと送られる。
また、他の土地の様々な物が交易商によって持ち込まれ、取り引きされる。
大地震の影響はところどころに見えたが、それさえも商売熱心な彼らの勢いを
完全に止めることはできないようだった。
「凄い。人がいっぱい…」
「今日はまだ少ない方じゃよ、いつもはこの倍は居るからの。
…おっと、はぐれるでないぞ」
通りには沢山の店が軒を連ね、
売り手がさあ買っていけ、とばかりに声を張り上げる。
とある店の前には大きな人だかりができている。
また、とある店では、品物の値段を巡って激しい駆け引きが展開されていた。
「これで半分なら、普段はどれくらいなんだろ」
人の波間を縫いながら、ポポは目を丸くした。
「港は、あちらですか?」
キャンディが問いかける。
人混みの中にあって、他人の目が少々気になるらしい。外套の襟を立てて、
まともに視線をぶつけないようにしていた。
目立つ外見をしている癖に変なところでシャイだから、怪しからんこと
この上ない。盗み見ていくのが娘ばかりだと、気づいているやらいないやら。
――ムーンは僅かに肩を竦めた。
「まあ、そう急くな。少し我が家で休んでも良かろう?
人間、休息も大事じゃて」
「そーそ。いろいろ大変なんだしさ」
「うちに着いたら、ばあさんの特製パイをご馳走しよう。美味いんじゃぞ?」
「やっりぃ!」
大通りを抜け、細い路地を縫って北西へ。
シド爺さんは足取りも軽く、鼻歌まじりに我が家を目指す。
心なしか歩調が速い。
すれ違う人々に挨拶をしながら、立ち話もそこそこに家路を辿る。
その様子を見れば、地元でもかなりの有名人、
気さくな名物爺さんらしかった。
泉のある小さな広場を抜け、だんだんと緑が多くなってくると、もう
すぐそこがシドの家だった。
敷地がかなり広い。庭の芝生は綺麗に刈り込まれ、
花壇には可愛いピンク色の花が覗いている。
裏手にあるのは商品の――いや、飛空艇の倉庫か。
「住宅街の上なんか飛ばなくても、
あっち側から回れば良かったんじゃないかしら?」
「僕らに、街を上から見せてくれようとしたんじゃないかな」
アリスとキャンディは、こっそり話した。
「シドさん、飛空艇はどうするの?」
「どうにかするさ。街の若いもんにも、何人か応援を頼もうかの。…まずは」
シドは戸口で声を掛けた。
「お〜い!今帰ったぞい」
すると。ばん、という音と共に、やけに勢いよく扉が開く。
出てきたのは、ひょろっと背高な若者と、
金髪ショートカットが溌剌とした印象の、小柄な娘。
二人が、泡を食ってシドに駆け寄った。
「親方!」
「旦那様ぁ!どうしてらしたんですか〜〜!!」
「ジェリコ、アン。どうしたね?」
半泣きの娘を宥めてやりながら、シドが問う。
「どうもこうも。遅かったじゃないですか、親方」
「いやあ、ちょっとしたアクシデントがあっての。すまんかった」
「『いやあ』じゃないですよ!もうもう!!」
「じゃから、どうしたね?落ち着いて…」
「大変なんですよ、おかみさんが…」「奥様が」
続きを聞く前に、シドの姿が忽然と消える。
戸口に飛び込んで行ったのだった。その勢いときたら、飛空艇もびっくり。
煙まで立ったような気がするのは錯覚か。
取り残されてしまった四人は、呆気にとられて立ち尽くした。
「は、速い…」
「愛ねー」
「誰が落ち着けって?」
「まあまあ」
そんな彼らに、二人が目を留める。
「っと、君たちは…」
「お客様?」
「えーと…一応そう…なのかな」
「俺に訊くなよ」
そんなこんなで、伴われて家の中へお邪魔する。
途端にオーイオイオイ、と盛大な泣き声が聞こえてくるのだった。
それを辿るのは簡単だった。…おや、寝室の戸も開けっ放しだ。
「ばあさん…!すまんかったのぉ、苦労をかけて――」
「ちょっとあなた、落ち着いて。ただの風邪なんですから」
これも耳に入らぬ様子、シドは布団の端に突っ伏していた顔を
がばと起こし、そのまま妻の手を取る。
「少し痩せたんじゃないか!?」
「気のせいですよ」
「シドさん」シドの愛妻ぶりにあてられて困ったように笑みをつくりながら、
その場に居た医師が割って入った。
「大丈夫ですよ。薬も良く効いているし、経過も良好だ。
…どうしても心配なようなら、明日も伺いますよ。それに、
何かあれば何時でも呼んでください」
「お願いしますっ!」
と、即答が返る。『どうしても心配』らしい。
医師を見送り、飛空艇の運搬をすべく
シドと弟子のジェリコが出払ってしまうと、アンはそばかすの浮いた顔を、
少々曇らせた。
「奥様、本当に大丈夫なのかな…」
「え?」
ぽつりと洩らしたつもりだったようだが、四人の客には
しっかり聞こえていた。
「どういうこと?」
「医者がああ言ってたんだもん、大丈夫だろ?」
「うん、そうなんだけど」
カップに茶をつぎ足しながら、彼女はやはり浮かない顔。
「只の風邪にしては、長いこと伏せっていらっしゃるから…」
アンが言うには、お婆さんはシドが仕入れに出ていってから
暫くして、倒れたらしい。風邪だろうと本人は言い、医師もそう診断した。
だが、寝ているわけにいかない、と動いているうちに少しずつ弱っていき、
今や二週間以上も床に伏したまま。
「おいおい、無理して動いてりゃ、そうなるに決まってるだろーがっ」
「年齢のこともあるし…快復力が追いついていないのかも」
「そ、か。私も正直だんだん不安になってきちゃって」
「……」
かちゃん、とカップを置き、アリスは彼女を見上げた。
「アンさん」
「なに?」
「私、お婆ちゃまとちょっとだけお話がしたいんだけど、大丈夫かしら」
少年三人が顔を見合わせる。アンは微笑んだ。
「うん。是非そうして。気分転換になるだろうし、奥様も喜ぶと思う。
あっ…でも、本当にちょっとだけだよ。
あなたたちにも、うつっちゃったら大変だしね」
とうとう、四人は部屋までお邪魔した。
シドの奥さんは、「こんな格好でごめんなさいね」と断った。
非礼をしているのはこちらだと言うのに。そう言うと、
四人のことをしっかりしている、と褒めてくれる。
お婆さんが吃驚しないように、多少のことは割愛し、
シドにお世話になった経緯、それから世間話や、
祖父のお遣いで遠くへ行かなくてはならないことを伝えた。
もちろん、クリスタル云々は抜きだ。
(嘘は言ってないものね)
努めて明るくはきはきと お婆さんに答えながら、アリスは様子を窺う。
声と、表情。顔色や、答えるまでの間。
世間話に交えて倒れてからの事など遠回しに探り、
話の中から答えを汲み取る。
そして、仕上げは患者から出ている生命の波長…オーラだ。
彼女は、駆け出しとはいえ白魔導師。生命を感じ、
それを源に〈魔法〉で相手を癒す、いわば〈魔法〉を用いる医者なのだ。
…そうでなかったとしても、病人を放っておくなんて嫌だ。
出来ることがあるなら、何かしてあげたい。
(風邪、か……)
確かに症状はその通り。けれど、いつまでも続くというのが気に掛かる。
良くなったとは言うが、察するに一定以上は回復していない。
感じるオーラはまだ濁ったまま、
これは肉体なり精神なりに良くないものを抱えている印。
(思い過ごし…?)
その方が良いとは思う。
経験豊富な医師と比べれば、自分の浅はかな考えは
あてにならないかもしれない。
「お婆ちゃま、ありがとう。お話できて嬉しかったわ。お大事になさってね」
「ありがとう」
「どうも、お邪魔しました」
「さ、お休みなさいまし」
アンに支えられ横になるのを確認すると、四人は笑顔で部屋を出た。
「良かったね。お婆ちゃん喜んでくれて」
「思ったより話せたな」
「微熱なのか。喉がちょっと辛そうだったけど」
「でも、こんなに長く続くものかしら…?」
「そりゃ、体力的なこともあるんじゃねえの?」
「シドさん戻ってきたんだもん、きっと良くなるよ。
もう寂しくないでしょ?」
やがて身の回りの世話を終えて出てきたアンに、アリスは言った。
「ねえアンさん、良かったら今晩のお夕飯、お手伝いさせて」
「え、でも」
「泊めていただくんだもん、それくらいのことしないと」
「何でも言ってください。猫の手くらいにはなるかと思います」
と、キャンディが笑う。
「それじゃ、お願い。貴方たちのベッド用意するから、客間に荷物をどうぞ。
そしたら、夕飯の買い出し頼むね。メモ渡すよ」
夕食は和気藹々としたものだった。
港町ならではの新鮮な魚を中心に、素朴で美味しい料理が並ぶ。
故郷ウルは山間にあり、活魚など殆ど見たことがなかったから、
子供たちは目を白黒させた。
アリスが難しい顔をして戻ったと思ったら、次は台所でイカを相手に大騒ぎ。
さんざん「こっちを睨んでる」だの何だのと訴える。
台所は、文字通り戦場と化した。
魚を生のまま食べるのも初めてだ。ハーブのソースで味付けた刺身を
おっかなびっくり口に運んだが、慣れればこれがなかなか美味しい。
「アーガスへ行くんだ?それなら海を挟んでお隣の国だね」
「長老様のお遣いなんて大変だなあ。
それで親方共々幽霊騒ぎに巻き込まれちゃったわけ」
半ば身を乗り出して興味津々訊いてくるのは、飛空艇技師見習いジェリコ。
そこへ、家政婦のアンが笑って同意する。
「災難だよねーっ」
四人は最初、彼らのことをシドの息子夫婦か何かだと思ったのだが、
言った途端、皆に笑顔で否定されてしまった。
しかし、彼らがシド夫妻にとって息子や娘同然なのは間違いないようだ。
「災難なものか、何せ、この子たちはな――」
うきうきと、勢い込んで言いかけたシドの語尾に大げさな咳払いが重なる。
飲み物を口にしていたポポは、本気で咽せた。
「ウルの長老自慢の孫じゃからの。災難など、ものともせんわ」
慌てて言い直したシドだったが、
幸い、家族には何の不自然もなく通じたようだ。
「でも、危なくないか?最近は集落の外に魔物が増えてるって話だ」
「この辺もそうなんですか?」
「大丈夫。俺たち優秀だし!」 びしっと親指を立てるムーン。
「アーガスなら、確かにここから船だね。西に行く定期船」
「はい。明日、港を見てこようかと思ってまして」
「船か…。船は出ないと思うよ」
答えたのはジェリコだった。兄妹は、思わず彼を見る。
「どうしてですか?」とキャンディ。
「十日前の便で最後だったんだ。次は何時だか…。
船乗りたちの話じゃ、海が今までになく荒れてるんだって。
ネプトの岬付近で遭難する船が後を絶たないとかで ―― 魔物って線も
あると思うな。きっと、よっぽど強い奴が居るんだ」
「確かか」
弟子につられて、シドも難しい顔をする。
貿易を手がけている彼にとっても、これは大きな問題だ。
「残念ながら」
それに、と彼は言い足した。
「あの地震以来、外海にも出られないって言うし」
「えっ」
――この辺り一帯に広がる海を「内海」という。それに対し、
世界をぐるっと取り巻いているのが「外海」だ。
内海をカナーンの港から南下すると、ネプトの岬が見えてくるが、
真っ直ぐ北上すると、唯一外海との行き来ができる場所に達する。
そこにも今や謎の大渦が出現し、航行できないという。
これでは、海は八方塞がりになってしまう。
「困ったね……どうしよう」
互いに困惑顔を見合わせた四人に、しかし青年とシドは明るく笑った。
「待ってなよ。船より凄いもの、君たちに進呈するからさ!」
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