FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -17



   (17)機械仕掛けの塔


  海辺に進むにつれ、風が強くなった。
  光の四戦士と青年デッシュの一行は、海賊船エンタープライズの待つ
  アーガスには戻らず、北東へ進路を取った。

  秋空は澄みきった青だ。
 浮遊大陸を駆け抜けた異変も、謎めいた予言も、形を成した戸惑いも不安も…
 全部関係ない、といった風情で、世界は日々の営みを繰り返すのだった。

  海に突き出た半島は、地図では鳥が羽ばたく形をしている。


 「デッシュ」

  呼びかけられて、空を見上げながら先を行くデッシュが振り向く。

 「なんだ?」

  本日何度目か兄妹に声を掛けられて、デッシュはきょとん、と目を見張った。

 「…えっと…いや。何でもねえ」

 「そうか」


  四兄妹は、何とも言えない顔を見合わせた。
 …つい。気になって、デッシュに構わずにおれない。

  謎を秘めた当人は、至って普通。
 グルガン族の重大そうな予言をものともせず、記憶が戻ったそぶりも無く。
 ぷかぷか ふわふわ、空の雲みたいだ。ただし、季節でいうなら、今と真逆。
 うららかな春の雲。


 ――記憶が戻ってきているのではないか。漠然と気配はあった。

 四人は時折、彼のいつもと違う様子を目撃している。
 ただ、気に掛けた傍から、デッシュはその表情を消す。
 丁度あの雲の切れっ端が風に千切れ飛んでいくのと、同じ。
  

 記憶が戻りかけた人間なんてのは、良く頭痛に苦しんだりするもんだという
 先入観が四人にはあったけれども、相も変わらず笑顔で。
 鼻歌軽く、苦悩する様子もなく。
 まして痛みを訴えるわけでも、不安を吐露するでもなく。



 それなのに、四人は気になって仕方ない。

 誰もが、気にしないようにしていながら――これから
 『オーエンの塔』で何が起こるのかと、考えていた。


 とうとう、ポポが口を開いた。


 「デッシュは、不安じゃないの?」


  ―― 単刀直入過ぎだろ。

  ムーンは ちょっと慌てたが、デッシュはいつものように笑った。


 「ポポは、まだ不安か?」

 「……。うん」

 「そっか」


  やりとりに耳を傾けて、キャンディは両者を何気なく見る。

 グルガン族の谷に逗留した その日の夜、ポポは一時 姿を消した。
 夜遅くに所在が分からなくなった為、ちょっとした騒ぎになった。
 少し休む、と言われて一人にしたその間、何処で何を思っていたやら。

 不安そうだった。予言を賜った直後は、具合さえ悪そうにしていた。
 あの大層な予言を受け、思い詰めてしまったんじゃないのか。




  予言者たちの抽象的な言葉の中には、真実が隠されていた。

  火、水、土のクリスタル。いずれ相見えることができたなら、どうなるのか。
 そして、土のクリスタルが、大地震の ―― 世界の異変の原因だというのか?
 あの瞬間、予言者は確かにキャンディに言った。


  アリスは『風』の巫女。ムーンは『水』の牙を手にすることができた。
  では――『土』は自分か?


  人は皆、『光』―― 四つのクリスタルに守護されているというが…
 『光の四戦士』たる自分たちも、それぞれ四つのクリスタルに魂が
 寄り添っていると。そういうことなのか?

 そして、『火』に心を閉ざしているというポポ。怯えるのは、何ゆえか。



  デッシュもまた、予言を受けて何かを思い定めた風だった。

 彼の場合、行き先が酷く はっきりしていた。
 ――オーエンの塔で、待つもの。やはり彼の記憶に関係あるのだろうか。

 考えたことも無かった。
 いつの間にか、ずっと一緒に旅をしていく気でいたけれど…
 もしも記憶が戻ったら、彼は それからどうするつもりなんだろう。


  …と。


 「―― キャンディ」

 「うん?」

 「――――」 デッシュに まじまじと見つめられ、
 キャンディも戸惑いの表情から、俄に神妙な顔つきになる。



 「………。俺ら、前に会ったことない?」

 「「は?」」



 ―― 何を言い出すのかと思えば。間の抜けた声が二人分、響いた。


  思わずハモってしまったムーンが言う。

 「おいおい、こんな時にナンパか?しかも相手、めちゃくちゃ間違ってるよ」

 「冗談きついぞ」 言われた方も苦笑する。

 「やめてよ。嘘でもやめて」 アリスが本気で嫌がった。


  まったく、と四兄妹は揃って溜め息をついた。

  あの予言。彼自身は どう思ったのか。


 「……。心配して損しちゃったわ」

  グルガン族の谷を出発以来、漠然と不安を感じていたアリス。
  デッシュ本人を心配するというより、彼女自身が心配を抱えていたことに、
  自分で気づいていない。
  しかし、とにもかくにも…不思議なことに、一瞬で それは消えた。



  塔は不思議な形をしていた。複雑に白っぽい石のブロックが積み重なり、
 北西、北東、南東、南西の四方に、小さな円筒形の柱が付随していた。

 塔を支えているようにも見えるが、どうもそれだけではなさそうな。

  入口の扉は開いており、ぽっかりと開いた穴をそのまま潜った。
 そこから続いていたのは、下り階段。そして、

 「何だこりゃ!?」


  なんと一階部分は、すっかり浸水していたのだ。
  恐る恐る足を踏み入れる。入口付近で踝までだった水位は、
 中の方に進むにつれ高さを増した。
 背の低いポポやアリスなど、腿から腰近くまで ずぶ濡れである。


 「こんなの聞いてないわよ〜っ」

  水の冷たさに、アリスが悲鳴を上げた。

  水を一生懸命かき分け、一階部分を散策する。
 塔の中央部に沿って壁が巡らせてあった。外側とはどうも材質が違うらしい、
 見た目にも黄色い壁。
 その壁に右手を付いて、時計回りに歩く。…水路を見つけた。

 水路を辿って行くと、十字路。但し、その先は三方共、袋小路だ。

 「行き止まり!?」

 探索に、暫しの間。
 塔の隅を改めて調べ、ざばざばと水飛沫を上げながら戻ってきたムーンは、
 他に行けそうな場所が無い事を告げた。…やはり、この中心部が怪しい。


 「こっちに、少しだけど流れがあるんだ」

  十字水路の、向かって右。キャンディが水中に手を差し込み、言った。
 …なるほど、僅かだが さやさやと…水の流れる気配がする。

 一生懸命 突き当たりを調べていたポポが、慌てて戻ってきた。

  全員で、この右側の壁を徹底的に調べる。押して叩いて、睨めっこして。

  と、顎に指を当て、何やら考えていたデッシュが壁を掌で辿った。
 そっと撫でる仕草をし、目を細める。
 

 「デッシュ」


  ―― 文字だ。 デッシュはそう確信した。
 周囲の壁の模様に紛れて殆ど分からないけれど、巧みに文字が隠れている。

 そして、彼は淀みなく、その文字を読み解いた。
 四人には分からない、暗号めいた発音で。
 魔法を勉強しているポポやアリスにも、それは何なのか分からなかった。


 『我、この塔を守り動かすものなり。名は』

  ――デッシュ。

 彼が自分の名を、咄嗟に最後に付け加えたことだけは、四人にも分かった。

  すると、壁に彫られた模様の中、
 隠された古代文字だけが朧気な光を帯び、一瞬だけ輝いたように見えた。


  ゴ、ゴゴゴゴ………

  「な、なに!?」


  凹んでいた壁の一部が更に引っ込んだ。
 そして、奥の床が僅かに持ち上がり、一部水が引く。
 ガコン! たちまち、奥へと続く穴が出現した。

 呆気にとられて ぱっかり目も口も開きっぱなしだった少年少女に対し、
 デッシュはきっぱりと言うのだった。

 「行こう」


  水から上がると、一行は衣服の裾を絞った。
 歩きながら乾くのを待つしかないだろう。通路を行く。
 すると、驚いたことに がちゃんがちゃん と音が聞こえた。

 …歯車だ。歯車がある…。

 デッシュを先頭に、彼に付き従う四人。場を通り過ぎつつ、しげしげと眺める。

  あの独特な形をした『時の歯車』ではない。
 普通の歯車だったが、それが壁のあちこちで稼働し、鎖を巻き上げ、あるいは
 巻き降ろしている。

  ―― 誰も居ないのに。

  何だか怖いな。
 思った瞬間、縁起でもない言葉がどこからともなく響き渡ってきたので、
 子供たちは揃って震え上がってしまった。


 「ようこそオーエンの塔へ。ここが貴様らの墓場となるのだ……」

 「!?」

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