FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -15



   (15)親心


  行く時はあんなに大変だった砂漠が、帰りはチョコボに乗ったお陰で
 あっという間だった。時間的には、行きの半分位で到着したような気がする。


 砂を巻き上げ宙を漂う『長老の木』を遠くに確認し、
 ひとまずはトックルへひた走る。
 帰りの その道すがら、砂漠に出たというエンタープライズの仲間が
 居ないかと目を配ったが、探し人は見つからなかった。



  やがて到着したチョコボは、乗り手の人数分。
 チョコボの負担にならぬギリギリまで、トックルへの援助物資を載せていた。
 古代人の村オドルで分けてもらったものだ。
 住人たちは、外界と進んで接触はしないものの、
 援助要請を無下に断ることもなかった。


 荷を降ろし、その尾を叩くと、たちまち元居た巣めがけて駆け戻って行く。


 チョコボは、調教次第で強くも賢くもなる。
 それに、帰巣本能が とても強いので、一度『ここがお前のねぐらだ』と
 教え込めば必ずと言って良いほど其処へ戻るのだ。

 
  残ったチョコットの目を何となく見上げると、チョコットは首を傾げる。
 共に行ってくれる気なのだと分かって、ポポは安堵し、
 その頭に縋り ぎゅっと抱きすくめた。




  トックルで、村人や海賊船エンタープライズの仲間と再会する。

  砂漠に出た部隊は戻っていなかった。その事実は全員を落胆させたが、
 兵士の襲撃が とんと無くなったというのは安心できるニュースだった。


 光の戦士一行は、船の仲間に事情を話す。
 予言者の住む谷を訪ねる為、何とか船を出してもらえることになった。


 砂漠から偵察部隊が戻った時に備え、連絡役 兼 村の警護を務める人員を
 最低限、残して発つ。
 本当は、戻らぬ仲間を すぐにでも探しに行きたかったのが本音、
 しかし、やみくもに探したところで意味がない。

  物資を殆どトックルの援助に使ってしまったし、一度アジトに戻って
 体勢を立て直すことになった。カナーンの港より、そちらの方が近い。


 「慈善事業をやってるんじゃねぇんだがなぁ」

 思わず ぼやく頭領ビッケに、

 「あら。人助けは良いものよ、船長さん!海の貴族は人情に厚いんでしょ?
  カッコイイじゃない。それに、良いことも悪いことも、いつか回り回って
  自分に返ってくるんだから」

  アリスが知った顔で、すかさず口を出した。



  砦には二日足らずの逗留。
  補給や船の整備作業に追われ、あっという間に過ぎる。
  その後、エンタープライズは一路北西に進路を取った。



 「う〜…暑ちい……」

 ムーンはシャツの襟をはだけて風を入れた。

 昼間の甲板は日射しが照りつけて、温度が上がる。

 船員に混じって手にしたモップをおざなりに動かしていると、
 途端に怒声が飛んだ。荒々しくはないが、有無を言わせぬ響きを持っている。

 「サボってないで手を動かせ」

  拳骨が飛んできて、紛れもなく自分に向けられたものだと知る。

 「ってえ〜…何すんだオヤジ!!」

 「俺に楯突く暇があったら手を動かせ。掃除は船に対する敬意だ。
  何度言えば分かるんだ?」


  名前は相変わらず教えて貰えなかったけれど、年若い仲間内でも
 彼は『おやっさん』で通っていた。…だから、ムーンは『オヤジ』と呼ぶ。


 ムーンたちは母ニーナと祖父トパパに育てられたので、父親と呼ぶような存在は
 居なかった。けれど、このやりとりで思い出せる人がいる。
 ムーンに拳法を教えてくれた老師が、こんな調子だった。

 但し、老師は けたたましいから、もっと言葉の応酬が続く。
 一方で何故だかこのオヤジには、逆らいがたい雰囲気があった。


 渋々とモップを動かしはじめると、オヤジは黙って頷き、去っていく。


  習うより慣れろ、とは良くいったものだ。

 当初キツくて仕方のなかった船酔いは、
 今はオヤジをはじめ船の仲間の荒療治のお陰で無くなってきている。


  故郷にいる時、これほど動いたろうか。
 手伝いをせよと言わても、子供は遊ぶ時間が大事だと容認されていた。
 頼まれたのにサボったことだってあった。


  船の上では、殆ど黙って座っていることが無い。
 風を読み、波を観察し、号令が出れば全員で協力・分担して行う。
 子供といえど、船員は船員。甘くはなかった。

 新入りが必ずやらされるという甲板掃除の他に、大男たちに混じって
 帆を張り、櫂を動かし、海図の読み方を教わり覚えていく。
 見張りは交代で行う。
 女性が同行しているとはいえ、炊事洗濯に至るまでを仕込まれた。



 「敵襲!!」

  ふいに、見張りが叫ぶ。船体が揺れた。

  半魚人・サハギンの集団に囲まれていたのだ。
 サハギンの鱗の青は海に同化しやすく、発見しにくい。
 ムーンは、船の仲間と協力しながら群を散らす。
 騒ぎを聞きつけ、兄妹も甲板に上がってきて参戦した。


  粗方退け、落ち着いたかと思ったところに、甲板が大きく傾ぐ。

 「おわっ」

  やっと船酔いをしなくなったというのに。
 彼は揺れを身体で感じながら、船縁に手をつき何とかその場に踏みとどまった。

 風は穏やかなのに、波が不自然に高い。

 「無事か」

 いつの間にかオヤジが隣に戻ってきていて、言った。

 「おう」

 もちろんだ、と返しながら彼は揺れに耐えた。
 海面が地震の時のように波打った。波が容赦なく船を持ち上げ、玩ぶ。
 船体に飛沫が打ちつけ、ドン、という音と共に腹部に衝撃が伝わった。

 「ぐっ」


  謎の大渦はこの辺だったろうか?いや違う。 ―― 会話を辛うじて交わす。
 だが、海面をよく見ると波が うねって形を成していた。
 今にもエンタープライズを呑み込まんとし、襲いかかる。

 「風も無えのに」――となれば、答えは一つしかない。

 「ああ。おいでなすったぞ」

  どういう理屈でか、意思を持って動き回る水 ―― シーエレメンタルだ。


  たった一体の魔物、倒せば勝利だ。船員が武器を持って押しかける。
 しかし、相手は水。何人かが、取り込まれてそのまま海の中へ落とされる。
 途端に救出をする側に回る仲間が居る分、迎え撃つ数が減って手薄になる。

 「あいつ…!!」 止めるのも聞かず、ムーンは駆け出した。


 「止せ!!」

 『おやっさん』が舌打ちをして、後を追う。


 ムーンは込み上げてくるものを堪えて荒ぶる海を見た。
 船と仲間を翻弄する水。―― 次は、どこに。

 ふいに、海面が下がる。次の瞬間持ち上がった。勢いよく飛び出してきた水柱は
 バネのように伸び上がり、ムーンに襲いかかった。

 「うらあああ!!」

  ムーンは拳の力でもって水を蹴散らした!

 しかし、砕けた水が粉々に散れた傍からまた寄り集まる。その間、数秒。
 粉砕した筈の水柱は、ムーンを逆に取り込み、窒息させかかっていた。

 船上でも形を失うことなく、水として留まったままで、
 ゼリーのように脈打ち、不定形で旋回する。遠心力と、生ずる激流。
 ムーンは耐えきれず、そこに居ながらにして溺れた。


 「ムーン!!」  「…っ」

  兄妹が叫ぶ。キャンディとデッシュ、おやっさんの駆け寄ったのが殆ど同時、
  だが、踏み込んだのは おやっさんが早かった。
  水を蹴散らし、シーエレメンタルの作り出す流れに逆らい、渾身の力で
  意識を無くした子供を攫う。


  外で、ポポが為す術も無く叫んでいる。だめだ、今〈サンダー〉を撃てば、
 魔物諸共 二人にも衝撃が行ってしまう。


  片手で子供を しっかりと引き寄せると、オヤジはもう片手で
 その身に帯びた剣を抜いた。刃も水に取り込まれ、切った手応えは無い。
 が、しかし。形を保っていた渦が、盛大な音を立てて消失した。
 甲板が大量の海水で洗われる。


 「……。………」 

  息も荒く、しかし意識をしっかり保ち、彼は少年の状態を確認した。
 はっとして、兄妹とデッシュが傍に寄る。船員も幾人か集まってきた。

  状態を看るか魔法を用いるか慌てた白魔導師の娘を遮り、
 オヤジは水を吐き出させた。ムーンが、ごほっと咽せる。

 「……っ……。……」


  傍らに無造作に放り出されているサーペントソード。
 名の由来はその曲がった切っ先か、それとも切り捨てる敵を示してのことか。
 切った敵の身体に電撃を走らせる、魔法を帯びた剣だ。
 ―― 水の生命体を砕いた武器の正体とその使い手に、青年デッシュは唸った。



  やっと一息つくと、集まっていた船員が一人二人と持ち場に戻っていく。
 気遣う兄妹に混じって、様子を見ていたオヤジは、ムーンの無事を確かめると
 ウンともスンとも言わずに立ち上がった。

 「…待てよっ」

  助けられたのだと分かり、何とも言えない やりきれなさと恥ずかしさ。
 自尊心はぺしゃんこだ。呼び止めたはいいが、ふて腐れた言い方になる。
 それでも、エメラルドの目は命の恩人を真っ直ぐに見上げた。

 「…ありがとう」


  オヤジは ほんの少し眉を動かしたが、無言で踵を返して行ってしまった。


 「………」 ぽかん、とおいてけぼりを食った気分になり、
 「なんだよっ」ムーンは喚いた。




 「………」

 ―― 無口で不器用な、その背中。同じ背中。

 分からなかった、何を考えているのか。だから反発して、衝突して。
 でも…たまに褒めてくれる その言葉が何より嬉しくて、欲しくて。

 ―― 俺は確かに、誇りに思ってた。


 「はいはいはい、怪我人はどこかな」

  慌ただしく船医のシャルがやってきたので、デッシュは自らの長身を退けた。
 頭を掠め、胸に落ち掛かったものは、咄嗟に片付ける。
 瞬きを合図に、きれいさっぱり消えていた。



 「お。大丈夫そうだね」

 「ええ、この通り元気」


 どしたの?と首を傾げ、アリスから事の次第を聞いたシャルは、

 「親心って奴かね…」

 面白そうにオヤジの背中を眺めた。

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