FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -14



   (14)天空に抱かれし


  アリスは、数日休養すると何とか起き上がれるようになった。
 歩けるようになったと分かると、馴染みになった老人二人と
 宿の女将さんが声を掛けてきた。

 約束通り、浮遊大陸の、その名の証を五人に見せてくれるというのだ。



  ところで、村には、たった一人 子供が居た。
 デッシュと同じ黒髪で、利発そうな目をした男の子。名をカノという。
 短い滞在中に、五人が幼いその子と仲良くなった為、せがむ彼も一緒に
 連れて行くことになった。

 但し、大人たちはあまり良い顔をしなかったから「独りで遠くに行かぬ」と
 重々約束させられた上でのことだ。


 「父ちゃんも母ちゃんも、いっつもああなんだ」

  村の小さな少年は、不満そうに頬を膨らました。
 思わずちょっと前の自分と重ねて、親近感を覚えるムーンだ。


 「カノは、遠くに行ってみたいのか?」

 「うん」

 「でも、大変だよ?お父さんともお母さんとも、離ればなれになっちゃうし」


  ポポの言葉に、少年はちょっと悩んで…しかし言う。


 「でもおれ、あの崖の下の世界に行ってみたいんだ。
  ヒクウテイがあったら、ひとっ飛びなのになぁ」


 「………」

  ムーンとポポは、黙って顔を見合わせた。表情はそれぞれに。


  兄ちゃんたち、びっくりするよ!
  …そう言って見上げてくる少年の笑顔は、一点の曇りも無かった。




  段々畑を下り、更にぐるぐると村の周囲に張り巡らされた螺旋状の
 緩やかな坂道を降りていく。その最中、

 「ご覧」 ―― 女将が静かに呼びかけた。

  坂の中途で声に応じ、…少年少女は我が目を疑った。


 「!!」


  地面が。地面が無い。目線のちょっと先で、陸地が…途切れている。
 そして、その代わりに何があるのかといえば。


 「嘘だろ……!?」


  ―― 遙かなる蒼穹。


 空は、上にしか存在しないものだと思っていた。
 雲は、頭の上を流れていくものだと思っていた。

 飛空艇が無ければ、人は舞い上がることなど出来やしない。
 天空に在り続けることは、翼を持つ竜や鳥にしか許されないのだから。

 だが、彼らは今、確かに それを見おろしていた。



 晴天のこの日、眼下の青は明るさに満ち、雲は さざ波のごとく拡がっていた。
 目に見えて流れていくのが分かるということは、つまり大陸の周辺では
 大気の流れが それだけ速いということ。

 白き波は大陸に打ち寄せ、渦を巻き、あるいは砕け、やがて音もなく千切れる。
 その周辺、小さな島々が不動の姿勢で、岩礁さながら空中に在った。
 …大陸浮上の名残なのだろうか。


 ここは まさしく、空との境界。



 「西の果てか――」

  呟くデッシュの声音は、驚きを通り越してか、感慨深ささえ滲んでいる。


 「百聞は一見にしかず、じゃ」 老人が、最もらしく頷いた。

 「なっ、凄いだろー!?」 少年カノが得意げに言う。


  彼方に続く虚空を、じっと見つめていたアリスが、一瞬ふらついた。
 キャンディが咄嗟に支える。



 目にしてなお、目を疑う光景だ。

 「ビックリしたか?」

 「ああ…」

  ―― だって、大陸なんてデッカイものが空に浮いてるんだぜ?

 「これがビックリせずに居られるかよ」

  ムーンが言うと、古代人の末裔たちは どこか愉快そうに笑った。


 「だが事実じゃ」…しれっと言うのは、もう馴染みの爺さん。
 これで長老だというから驚きだ。この人より、ポポたちに話をしてくれたという
 爺さんの方が、謎っぽくて長老らしいのに。…あの人は補佐らしい。


 「古代人って凄い…」


  心底 仰天して呟いた弟のポポに、しかし女将が言うのだった。


 「でも結局は、滅びてしまったのよ。クリスタルの力を使い過ぎて、
  己の技術力を過信したばかりにね。……人は、愚かなもの……
  一度は過ちを犯さないと、それに気づかない」



 「過ちは、忘れてしまったら無かったことと同じ。
  また繰り返す可能性もある。それ故…儂等は間違いを犯した者の子孫として、
  過去の事実を語り継いで、留めておくのだ…記憶にな」


  重々しく頷く補佐の言葉は、やっぱり重く感じる。
  それを引き取って、長老の爺さんは、静かに言った。


 「先人たちの功績を咎めるつもりは無い。ただ、クリスタルは偉大な世界の柱。
  道具として使用するなど、人間の奢りに他ならぬ。これから先、
  そのちからを乱用することがあってはならぬ…それだけじゃ。
  ましてや、お前さんたちはまだ若い。年寄りの戯言と思うやも知れぬが、
  年寄りの言うことは聞いておくもんじゃぞ」


 「別に、無視する気はねーよ」

  それを聞くと、爺さんは にっこりと笑う。

 「頼んだぞ。『オドル・エーレ』」


 「オドル…何だって??」

  ムーンは口の中で転がそうとして、目を白黒させた。舌を噛みそうな言葉だ。



 「『オドル』は、村の名にもある、『正式な』との意味。
  そして、『エーレ』は『光』じゃ…古代語でなら、こう呼ぶかと思っての」


  どうじゃ、古代人の末裔らしかろ、と爺さんは笑うのだった。


 「呼び名は伊達じゃないぞ。
  どうか世界の行く道を見つけてくだされ、光の戦士殿」

  恭しく言われた言葉と、目の前の光景。
 どちらに一瞬 躊躇したのか、自分でも分からない。

  しかし、ムーンは勢いよく駆け出した。
 螺旋の坂道を飛び越えて短縮し、大陸の先端へ到達する。
 もう目と鼻の先が断崖絶壁。ギリギリまで歩み、腰を落とす。
 体を伏せ、浮いた地面にへばりつくようにして、恐る恐る下を覗き込んだ。


 少しでも下界が見えないかと思ったけれども、この分では無理そうだ。
 …こんなに晴れているのにな。


 こんなに簡単に世界の端っこまで来られるものなんだ、と思ったが、
 本当の世界の端っこは、きっと もっと別のところにあるのに違いない。
 …だって、空はこんなに広いのだから。


  まだまだ未知のことが多すぎる。この世は不思議なことだらけだ。
 浮遊大陸ひとつで驚いていたら、身が保たないぞ。…自分に言い聞かせる。

 この空の彼方、雲海広がるその下に、まだ見ぬ何かが待っている。
 息を潜めて、見つけてもらえるのを今か今かと。

 世界中が、宝物を隠して輝いている。


  立ち上がると ―― 風が吹いてきた。
 根拠も何も無いけれど、何だか自分のことを呼んでいるように思えて、
 こっちだ、と誘っているように思えて、胸が熱くなる。

  息を一杯に吸い込んで、彼は叫んだ。


  待ってろ。待ってろよ、きっと。


  難しいことは分からない。分からないけど、この気持ちだけは本物だ。

 怖いかって?とんでもない。怖いどころか、わくわくしてきた。
 こんな気持ちになるのだから、きっと素晴らしい冒険が待ってる。
 ―― 彼は、確信するのだった。



 「はりきってるし…」

  ポポの言葉は、呆れたような響きになった。
  本心は、呆気にとられたのと、羨ましいのと、少し自分も嬉しくなったのと。
  三つの感情がごちゃ混ぜになっている。

  彼は坂道を降り、おっかなびっくり後を追う。

  支えられた状態のアリスが、もう大丈夫、ありがとう、と長兄に告げた。
 彼女もまた、走り出しこそしなかったものの、自分の足で歩き出した。

  しんがりのキャンディも、ゆっくりとした足取りで、くだり道を辿る。
 彼の顔にも好奇心が過ぎったのは、気のせいだろうか。
 その直ぐ傍を、勝手知ったる何とやら…村の少年カノが駆けていく。
 キャンディが心配する位の勢いで、まさに転げるように。


  デッシュは少年少女の背を見送り、その行く先を眺めた。

 「若いねぇ」


 「貴男も充分、若いわよ」 宿の女将が言う。


 「どうも」頭を掻いて笑い、…デッシュはふと笑みを消した。

 「あんたたちは、過去を無かったことにしたいとか
  思ってるわけじゃ、ないんだよな?」


 「どうしたの?」


 「無いな」 長老は きっぱりと言った。
 「逆にあの子は、過去の偉業を誇りにすら思っているようじゃ」


  じーちゃん、おばさん、早く!…声高く呼ばわる小さな姿。
 眩しそうに愛おしそうに眺める村の大人たちは、
 どことなく複雑そうでもあって。


  世を静かに見守る この村の風潮と、外へ向かいたがる若い魂。
 二つを思い、デッシュは少なからず その行く先を案じた。
 新しい事、周りと違う事を行おうとする時には、必ず一波乱あるものだ。
 知っている…この身を以て。


 「何故そのようなことを訊く?」

 「別に。ちょっと、思っただけ」

  デッシュは、黒い後ろ髪を翻して駆け出す。



 「過去の過ちを悔いたところで、何も生み出せはせぬ」

  ぽつりと呟いた長老補佐の一言は、風に吹き消されて
 デッシュの元へは届かなかった。



  デッシュはムーンに追いついて、言った。

 「ここが気に入ったみたいだな、お前さん」

 「うん。ここから大声出すと、最高だぜ?」


  世界全体を見おろしている気分になる、と聞いて、
 デッシュも同じように佇む。


 「何にも見えないなー」

 「そうなんだけどさ。なんか、わくわくしてこねえ?」

 「わくわくするか」

 「うん!」


  嬉しそうに頷く少年の声を、デッシュもまた嬉しく聞いた。
  彼は、風に遊ばれる束ねた黒髪を、無意識のうちに手で押さえる。
 緩かったのか、白い結び目が するりと解けた。


 「…っと」

  女物のリボンだった。港街カナーンで、彼を待つ娘…サリーナがくれたもの。


 『デッシュ』


 ―― 声がする。呼ぶ声が。


 けれど、それは…本当に背後からか。

 大陸の西の断崖にこうして立ちながら、
 彼は、少年たちとはまた別の気持ちで彼方を見ていた。
 胸が騒ぐ。わくわくとした気持ちの中、別の感情が ちくりちくりと針を刺す。
 何だろう、これは。


 「しっかし、古代語とか言われてもサッパリだよなー」

 「でも、呼ばれた時ちょっと格好いいと思ってただろう」

 「あ、わかる?」

 「あ、やっぱり」 「このお調子者」



 「『オドル』か…」

  兄弟の会話を無意識に引き取って、デッシュは呟く。


 「どうした?」
 「デッシュは、古代語にも詳しいの?」

 「………」


  声に出して訊ねたのはムーンとポポ。
 そして、無言で振り向いたのはキャンディとアリス。


 ―― 記憶喪失だ、と青年は言った。
 もう随分昔に思える、出会ったばかりの時だ。

 突然 真面目な顔をして呟くから、ひょっとして、何か思い出したのかと…


 しかし青年は、無言で彼方を見つめるばかりだ。
 遠くに投げた その視線が、今度は遙か頭上を仰ぐ。

 質問の答えを これ以上得ようとはせず、四人も同じ方向に目をやった。


  初秋の快晴は、空が本当に高い。最も、雲の流れが早いから、ひょっとしたら
 これから天気が崩れるのかもしれないけれど。

  眺めた空に、不思議な雲が一筋 残っており、いつまでも消えなかった。


 「――――」


  世界に果てがあるのなら、と思ったことがある。
 でも、まさか本当に こんな場所があると、誰が予想しただろう。

 一体どれだけの人が知っているのだろう。
 自分たちの居る場所が、こうして空に抱かれているだなんて……



 想像だに及ばない、古代機械文明の技術力。
 途方もない時間。途方もない真実。何て途方もない ―― この景色。


  世界は本当に、奇跡の連続で出来ていた。

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