(13)伝承と歴史の狭間で
その日の夕刻、誰が号令を掛けた訳でもないのに、妹の休む部屋が集合場所と
なった。落ち着かぬ様子で集まる。
揃って兄妹の口をついたのは、村人が伝えてくれた古代の伝承…いや、
紛れもない歴史的事実。そして『世界』の姿。
やけに色々なことを知らされた日だった。あっと驚く急展開だ。
しかも、村の人間は、四人がクリスタルに選ばれし『光の戦士』だと
知っていた。
クリスタルの意志を汲み取ることができる代表者がいるのか、
あるいは今日 四人を諭してくれた人は、全員がそうなのか。
「びっくりだよな…」
「うん」
正直、びっくりなんてものじゃない。
今まで生活してきたウルの村が空中に浮いているなんて、一体誰が想像できた?
「信じられないぜ…」 ムーンは唸った。
それを聞き、キャンディが思い出して言う。
「そういえば、ご老人が言ってた。
アリスが元気になったら、みんなに大陸の淵を見せてくれるって」
「えっ」 「おお!?」 「怖そうだなぁ…」
「それで…話が戻るんだけど。
オーエンの塔は、クリスタルの力を集めて大陸各地に中継する役割を
持ってるらしいんだ。それで浮力を保ってる可能性がある。
だから、クリスタルが地中深く沈んだことで、
この大陸にも地震が起きたんじゃないかって…ご老人は言ってた」
「結局、私たちクリスタルに支えられてるのよね…」
「結局、古代の技術でクリスタルを利用し続けてるんだな…」
正反対の質を持つ言葉が、アリスとデッシュ、二人から出た。
「……。デッシュ」 「うん?ああ、続けて続けて」
気を取り直して、話が続く。
「『光の氾濫』って、千年前の大災害だったんだな」 とムーン。
「ああ。…な、僕たちが『風』のクリスタルから言われた事、覚えてるか?」
長兄の言葉に、弟たちは沈黙した。
啓示の際、クリスタルが言ったこと。
結構 前の筈なのに、彼らは くっきり思い出した。
――『闇の氾濫』を食い止めろ、と。
「じゃあ…今は千年前と正反対なのね」
「!それじゃ、また大災害が起こるってこと!?」
「それを、俺たちが止めるんだろ?それが使命なんじゃん」
「千年前は、クリスタルの力を使いすぎたのが原因なのよね?
今回も氾濫が起きかけてるってことは…未だにクリスタルを使って
大陸を浮かせてるのが原因 ―― とか?」
「それじゃ、千年前と同じだろ?『光の氾濫』」
「そっか」
暴走したという『光』。
例えば炎のように、世界を焼き尽くしたりしたのだろうか。
…恐ろしさに、ポポは身を竦める。
今度は『闇』が ―― そこまで思って、はた、とポポは気づき、問うた。
「…でも、それじゃ」
――『闇の氾濫』は、どこから来るんだろう?
答えの出ない疑問。沈黙が落ちた。
やがて、ポポが再び口火を切る。
「『闇の四戦士』って、何者かな」
「分かんねーよ、会ったことも無えのに」
「そりゃそうだけど」 身も蓋もない。
「『闇の世界』から来た戦士か…」
「闇の世界って、何処にあるんだ?」
「分かんないわよ」
ああでもない、こうでもない、と話をしていくうち、
ムーンの表情は困惑から苛立ちに変わった。
「〜〜〜もーーっ沢山だ!!」
堪りかねて叫ぶ。全員がびくっと肩を震わせ注目した。
「回りくどいのは、もういい!もっと分かり易いのにしてくれよ!
光だの闇だの、古代人がどーしたのこーしたの……もう能書きはいい。
こんなの、性に合わねえよっ!シンプルに行こうぜ、シンプルに!!」
彼は、自分の主張だけはキッパリと言い切った。
「はっきりしてるのは、僕らと同じ役割を持った人間が
千年前にも現れたってことだな」
とキャンディ。
やっぱり、とんでもない。何て大役を引き受けちゃったんだろう。
ポポの不安が大きくなる。
「大丈夫かな…??」
本当だ、もう沢山だ。問題とか、目的とか、そんなものだけ山積みにされて。
しかも手掛かりが大まかすぎるよ。大まかすぎて、手掛かりにならない。
『闇の氾濫』の元なんて、見つけることができるんだろうか?
何でこんなことに。出来ることなら…もうこれ以上、考えたくないのに。
少年たちは揃って行き詰まり、迷い、困惑する。その最中、
何とか軌道修正を試みるのは、やはりキャンディだった。
「そうだな。ここはシンプルに行こう」
まず、と彼は言った。 「ムーンは、どうしたい?」
「…どうって…言った通りだよ。
魔物ぶっ倒して世界が平和になりゃ、それでいいじゃねーか」
「わかった。ポポは?」
「え」 吃驚して、ポポが顔を上げた。
「ポポは、何がそんなに不安?」
このところ、困った顔しか見ていない。心の内が すぐ顔に出るポポのこと、
不安で押しつぶされそうなのは、分かる。但し、詳しい原因は別だけれど。
「ぼ、僕は…僕も…『シンプル』がいい。
どこに行こうにも、何をしようにも、続きが分からないんだもん。
せめて、ヒントをもう少し貰えればいいのにって。……あと……」
―― 沸き上がってきた別の不安を、ポポは咄嗟に押さえつけて隠した。
「あと?」
長兄は励まし促して、続きを待ってくれている。
「あと…」何か言わないわけにはいかなくなって、ポポは おどおどと告げた。
「……。風守さんたちが気になるよ…。砂漠でも見つからなかったし。
戻ってるかな。戻ってるといいんだけど」
「砂漠、めちゃくちゃ広かったしなー。行き違いでもおかしくねーよ」
広大な砂地と暑さ、埃っぽさを思い出して、兄妹は揃って げんなりする。
そうね、とアリスが相槌を打った。
「砂漠で見た木も気になるんだけど…今のところ
アプローチの方法が無いのよね」
砂漠を彷徨う枯れかかった巨木。
あれこそが、妖精たちの待っている『長老の木』だ…とは思うのだが。
「あれは…やっぱり木なのか」
「あんな お化けみたいになっちゃって。悪いちからに捕らわれてるのかも」
ポポが勢いづいて言う。
「あれだな。悪の魔導師」 うんうん、とムーンが頷いた。
「魔法が影響してるに違いないとは思うの…
もしそうじゃなかったとしても、砂漠の乾いた環境は辛いはずよ」
「あの場じゃなくて、実際には異次元を彷徨ってるんだとしても?」
「…お、その線もあるか」
アリスが頷く。
「苦しんでた。それだけは、確かなの…」
あの姿はまるで幽霊か、蜃気楼だ。存在そのものが朧気で、定かでない。
実際に手がすり抜けたというムーンの証言を聞けば、
いよいよ分からなくなってくる。どうしたら、あの状態の木を
森まで帰せるというのだろう?
そして、一方で兄たちはアリス自身の心配をし始めていた。
『風』のクリスタルの啓示を受けてからというもの、彼女は
声なき声に応じることが多くなった。――それは多分、気のせいではないから。
「…とにかく。やれる事からやってみよう。行けるところに行ってみよう。
今の僕たちには、それしかないよ。
まず、トックルに戻ろう。ビッケ船長に報告だ。
それと、発つ前に…此処の人たちに説明して、
トックルに援助をしてもらえないか頼んでみよう」
「よっし」 「賛成!」
キャンディは、ちらりと妹を見た。
「アリスは、本調子になるまで、何も気にしないで休むこと。いいね?」
「わかったわ。ごめん。なるべく早く…」
「ほら。そうやって気にしない」
「あ」 思わず口を押さえてから、アリスがくすっと笑う。
「わかった。とにかく治すわ」
「白魔導師に倒れられちゃ、洒落にならねーぜ」
「だから悪かったって言ってるじゃない」
なによっ、と膨れる妹。
憎まれ口を叩きながらも、ムーンは安堵していた。
これだけ反論してくるんだから、元気になりつつある証拠だ。
兄妹間の話が纏まったところで、キャンディは頼もしい連れに声を掛けた。
先程から思考を巡らしている風だったから、邪魔をするまいとは思ったのだが。
「デッシュは?」
「え?」
話の矛先を向けると、デッシュは黒い瞳を驚きに見開いた。
思いがけず話題を振られた、といった様子だ。
「デッシュの行きたい場所とか、やりたい事。それから ―― 助言を貰えたら、
とても有り難いんだけど」
「あ、うん ―― そうだなぁ。俺は、お前さんたちについてくよ。どこでも…
でも、そうだ。ひとつ提案があるんだ。
もし どうするか迷ってるんだったら、行ってみないか?」
アリスの掛け布団の上に失礼して、地図を広げる。
彼が指し示したのは、あのアーガス城の西。
ドールの谷と呼ばれる付近の、更に奥地である。
「湖側じゃないの?」
「うん。この辺登って降りてやるとなると、断崖絶壁なのさ。
余程 熟練してないと無理かな。飛空艇でも、よっぽど推進力が無きゃ
越えられんと聞いた。でも幸い、用があるのはこっち」
「かなり奥ね」
「この、谷底を縫うルートだな。この辺に…」地図上を辿り、指を止める。
「グルガン族っていう、目の見えない禿の おっさんたちが住んでるって、
聞いたことがあるんだ。カナーンでだったと思うんだが、忘れてた」
記憶喪失というより、お前、若ボケに近いんじゃ?
…遠慮なしに言ってしまったが、本人は気にするでもなく、軽快に笑った。
「そうかもしれないな」
「で、なんでその禿のおっさんたちに わざわざ会いに行くことになるんだ」
「それなんだが…何でも、予言が出来るとか」
「予言?」キャンディが訊ねる。
「すごい」とポポ。
「それ本当か?いかにも噂っぽいんだけど…」
「うーん…ほんとかね?」
「おいおいおい」
しかし、道に迷い目的を確かに持てない自分たちには、
有り難い話ではないか。 予言者グルガン族 ―― 気になる存在ではある。
「悪い話じゃないと思うけど、どうだい?」
デッシュは両の腕を組んだ。
またとないヒントだ。
四人の表情から困惑が消えた。行って空振りなら、なんて一切考えやしない。
「よっしゃ!行ってみようぜ」
「トックルに戻ったら、ビッケ船長に頼もうよ。
風守さんたちも今頃 戻ってるかもしれないし…」
「オッケー」
…笑顔が戻る。
「デッシュ、凄ーい!」
「流石だな、情報通!」
「悔しいけど、頼りになるわね」
「ありがとう。デッシュ」
「……。ん?ああ。いやいや」
四兄妹から代わる代わる感謝の意を示されて、悪い気はしないデッシュだ。
ただ…自分で行き先を提案しておきながら、
何でこんなことを言い出したんだろう?と思った。
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