FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -12



   (12)古代の生き証人たち


 「どうしたんだ」


  ポポは思いっきり走って走って、息を切って立ち止まった。

 「……。ごめ…ちょっと吃驚して」

 「びっくり?」

  キャンディが首を傾げる。…と、

 「そんなに慌ててどこへ行く?」

  聞き憶えのある声が。


 「あ…こんにちは…っ」 「先程は、どうもありがとうございました」

  二人揃って会釈する。一行を宿へ案内してくれた老人だった。


 「『時』に追われて、生き急ぐのは何故かな。若い者は、兎角その傾向が強い」


  皺を刻んだ顔が、僅かに綻んだ。最初は取っつきにくそうだったのに、
 笑顔を見ると そう思わなくなるから、本当に不思議だ。



  小さな村では、森が蓄え濾過(ろか)してくれた水を、享受していた。
 所々に井戸が点在し、人々の生活を支えている。

 老人に会ったのは、その中でも小さなひとつ…水飲み場で、だった。
 彼は、柄杓に受けた水を差し出してくれる。

  ポポは清らかな水に口をつけると、一気に飲み干した。

  同じように柄杓を受け取ったキャンディが、微笑んで礼を言う。
 「それは、何かの教訓ですか」 訊ねると、老人は うむ、と頷いた。


 「大いなる意思に身を委ねて生きる…それが儂等の掟じゃ。
 『時』には、従うことはあれど、追われるようになっては本末転倒」


  お爺さんの言葉は、謎掛けみたいで分かりづらい。…ポポは頭を捻る。


 「最も、この掟が出来たのは『光の氾濫』以降のこと。
  儂等の祖先こそ、かつて大いなる意思を軽んじ『時』に寄り添うのを止めた。
  自ら『時』に追い立てられるようになったのは、いつのことか」


  ――『光の氾濫』。 重要そうな言葉を聴き取って、二人の顔色が変わった。


 「おじいちゃん!!」

 「宜しければ――! 詳しく聴かせてください、その話」 ――…





  …―― 同じ頃。村を ぶらぶら散歩していたムーンとデッシュは、
 別の老人に呼び止められていた。


 ムーンは、初めは若干の胡散臭さを感じ、話半分に耳を傾けていたが、
 やはり謎めいた言動をする老人に引き寄せられ、昔語りを聞くうち、
 すっかり聞き入ってしまっている。

 「何なんだ、『光の氾濫』って?」

 「そう慌てるなと言うておるに。さて…そもそもの始まりは、こうじゃ」


  老人は言った。

 「今から千年以上もの昔。我らの祖先は、下界を天空に誘った。
  クリスタルと、古代技術の結晶…巨大な『永久機関』によってな。
  儂等の生きておるこの大地が『浮遊大陸』と呼ばれる所以じゃ」


  ムーンは驚き、我が耳を疑った。浮遊…何?

 「……何?もう一回」

 「お主、耳が遠いのう」


  ―― 爺さんに その台詞を言われるとは。

 いいから!と せがんで、繰り返してもらう。


 「『浮遊大陸』じゃ」
  「"浮遊"大陸!?」
  問い返した声が大きすぎる。老人は指で耳を塞いで、また外してから、
 話を続けた。

 「この大陸は空中に浮いとるんじゃ。―― 信じられんかね?
  古代人の文明が築いたものじゃよ。未だに動いとるんじゃ……」


  突然 知らされた事実。
 自分たちが暮らしてきた土地。今立っているこの陸の上。海だってあった。
 それが……浮いている、だって?? ――…





  …――「大陸って…浮くものなの?」

  ベッドから半身を起こし、女将さんと宿の部屋で話していたアリス。
 彼女もまた、聞かされていた。
 思いも寄らない内容に目を丸くして、ぽかんと口を開けてしまう。


 「ええ。最も、その目で見なければ信じられないでしょうけど…」

 「信じられないわ」 アリスは正直に、首を縦に振った。


 「この村の名は、『オドル』。余所の人は勿論、村人も滅多に呼ばないけど、
  古代語で『正式な』という意味なの」

  女将は そっと続けた。

 「私たちは、超文明を築き上げた『古代人』の末裔。
  掟に従い、自然と共に暮らしているのよ」


 ―― こだいびと。


  歴史家や研究者なら まだしも、アリスは一介の村娘。
 古代史とは とんと縁が無い。はあ、と惚けた返事をするしかないのだが。

 すると女将は、昔話だよ、と前置きをした。――…




  こうして、時を同じくして村の所々で、伝承語りが始まった。しかし
 伝承語りというには、村人の口調は断定的で、酷く はっきりしている。


  キャンディも、思わず声を大にして聞き返していた。

 「あなた方の先祖にあたる、古代人が…
  地面を切り取って、丸ごと浮かせたっていうんですか!?」

 「さよう」


  キャンディとポポは、びっくりした顔を そのまま見合わせた。


  『永久機関』…すなわち時の歯車。これによって飛空艇が空に飛び立てるのだ
 と、繰り返し繰り返し、飛空艇技師シドのところで教えてもらった。

 ――つまり、飛空艇を飛ばす技術が、やがて大陸を浮かせるにまで発展した
 ということだ。古代文明の時代には、既にそこまでの技術が確立していたと。

 そして、巨大永久機関 ―― その名は、オーエンの塔。


 「オーエンの塔が、そのちからを生み出しておるんじゃ」 ――…





 …――「『オーエン』の塔?そりゃまた、大陸も頑張って飛べそうな名前だな」

   ムーンは真面目そのものの顔つきで、論点の外れたことを言う。


  デッシュもまた、考え込む風情だ。
  古代人たちは、かつてないくらい繁栄を誇っていたに違いない。


 「………。当時の人間が、技術の粋(すい)を集めたのが、
  その塔ってわけだ…。
  でも、それだけ高度な文明を築いたのに、確か…滅んだんだよな?」


  博識なデッシュは、物忘れが激しいくせに、時折
 頭の中から凄い知識を発掘してくるものだ。

 ムーンが目を丸くするその前で、老人は頷いた。

 「そうじゃ」

 「えっなんで!」 ムーンが身を乗り出す。
  それを受けて、老人の話はムーンの最初の質問に戻った。



  ―― 光の氾濫。それは古代人たちが引き起こした、恐ろしい災いじゃ。


  淡々と、しかし眼光鋭くムーンを見つめ、老人は語った。
 決して抑揚は大きくなく、演説ぶった大袈裟な身振りもなかったが、
 ムーンは、目と目で、耳を語気で しっかと繋ぎ止められて、
 いつしか瞬き ひとつさえ憚(はばか)られるようになった。

 老人の断固とした『伝える意志』が、彼の心を掴み、圧倒したのだ。
 ムーンは聴いた。聴いておかなければ、と思った。

  " 古代人たちは、クリスタルを使い『光』の力を自由に操った。だが、
 ある時『光』は暴走し出した ―― 人間には、大きすぎる力だったが故に。

 世界が窮地に陥り終焉の時を迎えつつあった時、
 『闇』の世界から四人の戦士が現れ、『光』の暴走を食い止めたという。

 …その後、僅かに残った人間は、この地に移り住んだ。"

 「『光』と『闇』は、心を持つ。
    そして、何かが起こる時、その心は四人の者を選び出し、自らを託すという。
  お前さんの中で芽を出し枝葉を延ばしつつある ちからが、その証拠じゃ。
  光の氾濫から世界を救った、『闇の四戦士』もそうじゃった。
  そして今、お前たちが『光』に選ばれたのじゃ……」


 「…………」

  ―― 聴いている間に時間を遡り、戻ってくる途中で止まったかと思った。
 途方もない過去と、信じられないほど壮大な話に呑まれて。


 慎重に…ゆっくりゆっくり、ムーンは息を吐き出す。
 現在と、自分の鼓動 ―― 存在を確かめる。


 「光の戦士よ」老人は、そこに顔を寄せ、低く囁いた。
 「その力…誤った使い方をしてはならんぞ」


  まるで刻印だ。ムーン自身に戒めを刻みつけてやる、といった様子だった。


  苦い薬でも飲んだかのように、デッシュが顔をしかめた。
 それほど大きく、途方もなく…しかし重要な話だった。
 教訓なのだ。本当に。


 …―― アリスはベッドの上で、自分を抱きしめ、腕をさすった。寒気がした。
 …―― ポポは青ざめ、キャンディは瞳を見開いたままで。
 …―― そしてムーンは、老人の言葉を何とか理解し呑み込んで、
 のろのろと頷くのだった。


  今更だけど、ほんとに とんでもない旅に出ちゃったんだ。

  この後 湧き起こる感情は様々だろう。
  しかし今は、ただ驚愕の事実だけが、四人の心を占めていた。

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