FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -11



    2 世界、その大いなる意志

   (11)休息の時に


  敵に追われて逃げてきたこともあり、気づけば五人は、砂漠を突っ切って
 更に進んでしまっていた。

 ―― 目の前に緑が見える。

 ここからなら、トックルに戻るより むしろ西側に出る方が早い。
 残りの物資や体力的なことを全て考え合わせれば、引き返すのは無謀といえた。

  瑞々しく潤った自然に誘われるまま、彼らは砂漠を出た。


  緑萌ゆる草原地帯が戻ってきた。柔らかな草地を踏みしめ、雑木林の中へ。
 途中、チョコボの暮らす一帯を見つけた。


 「お前、ここから来たのか?」

 「随分遠くまで…災難だったなぁ」


 デッシュは、ここまで来たのだからチョコットを森に返すべきだ
 と言ったのだが、ポポが なかなか首を縦に振らない。
 案の定、愛着が湧いてしまったのだ。

  アリスがかなり消耗しているのと、
 当のチョコットが後をついてくる素振りを見せた為、それ以上
 追い返す気にもなれず、引き続き一緒に行くことにした。


 「よく懐くよなぁ。ひょっとしたら、誰かの飼いチョコボだったのかな」

  助けた時のあの状況では、ひょっとして砂漠を横断途中で飼い主と
 はぐれたのかもしれないが、真相は砂と風の中。知る術もない。




  途中、チョコットが、ぴくりと反応した。
 殆ど切り開かれていない森の中を、かき分けるようにして進んできたのだが、
 その先で見つけたのは…微かな、道。誰かが踏み分けて通った跡だ。

  「これは――」 とデッシュ。
  「わざと辿られないようにしている可能性がある。
   迷わないようにしないとな…。注意して行こう」


  そして、半時ほど進んだ時のこと。
  人里が近い、との予感は、幸いなことに当たった。煙が見えたのだ。




  木々の緑が生み出す清涼な空気。木立の間を抜けていくと、
 慎ましい家々が見えてきた。目の前が明るくなった。


  段々になった丘の斜面に、畑や建物が並んでいる。

  ひどく静かだが、ここは建物も崩れていないし、人々の暮らす気配が
 ちゃんとある。―― 長閑な人里だ。何て久しい。

 戦も略奪も、異変も無い。



  日向に暖まり静かに佇んでいた老人が、振り向いた。


 「こんにちは」


  少し驚いた様子だが、老人は逃げ出しもしなければ、警戒の表情も
 見せなかった。ふさふさの白い眉を、ごく僅か動かしただけである。


 「ようこそ、古(いにしえ)の村『オドル』へ。―― 時に従い行くも良し、
  留まるもよし。旅人よ…何用かね?」

 「『何用かね』って言われても…」

 「急病人が出まして。良くなるまで、休ませていただきたいのですが…」

 「おいでなされ」


  森の中の小高い丘を登り、案内されたのは、小さな宿だった。

  出迎えてくれた女将は、まるで絵本の中から抜け出てきたような女性。
 穏やかな雰囲気を湛えたおばさんだ。淡い色のエプロンがよく似合った。
 老人から話を聞くと、直ぐに奥へ案内してくれる。


 「そう…。疲れが出たのね。ゆっくりお休みなさい」

  ベッドに横になったアリスは小さく礼を言い、首もとまで布団に埋もれながら
 付き添った仲間たちを見た。

 「…ごめんね。大丈夫だと思ったんだけど」

 「いいんだ。こっちこそ、無理ばっかりさせて ごめんな」

 「この際、折角だから良く休んでおけよ?」

 「うん」


  兄たちは、どことなく意気消沈してその場を後にした。

 たとえ旅の最中でなくても、
 身内が病気や怪我をしたとなれば、どこか火が消えたようになるというのに。

  …今更ながら、妹が一生懸命 旅を続けてきたこと、
 体力的にも精神的にも、無意識のうちに限界を超えてしまっただろうこと…
 現実を突きつけられて、痛かった。


 ―― きっと、本当は心のどこかで、分かってはいたけど。
 考えたくなかったし、だから無意識に考えないようにしていたんだ。


 「ここに一人、置いてくわけにいかねぇし。
  かと言って今更、帰るわけにも行かねぇしなー…」


  どちらの選択肢も選べない。ここまで来た以上、
 「旅を止める」「止めさせる」といった選択はしない。
 第一…そんなことを言ったら、まず本人が怒り出すに決まっている。


  とにかく今は、出来るだけ早く元気になってくれと願うしかない。


 「今は休んでもいいってことなんじゃないか?」

  デッシュが気を取り直して、少年たちに言った。
  確かに、みんな疲れが溜まっているのは同様だ。


 「うん…そうだな」


 カナーン出航以来、辿ってきたのは無人の城に略奪しつくされた村。
 振り返れば ゆっくり身体を休めることなど出来ていただろうか。
 …いや、どちらかというと精神的な負担の方が大きかったか。


 そして草原を渡り、砂漠を はるばる越えて辿り着いたこの地。
  何故だろう、どこか懐かしく暖かい…それでいて郷愁を漂わせる村だ。

 彼らは逗留中、まずは体力と気力を充電することにした。





  草木や野の花が、サヤサヤと調和の音色を奏でた。
 陽光が柔らかく降り注ぎ、村の景色と そこに居る人々を包む。

 日中の空気が爽やかだ。光は、眩い白銀から、暖かな黄金へ変わりつつある。

 こうしている間にも、季節は少しずつ移り変わっていた。


  動ける面々は各々装備を点検し、足りない物を補給する。


  村は森に閉ざされた辺境だが、決して来た者を拒む雰囲気ではなかった。
 但し、住人同士特有の連帯感は滲んでいて、何となく
 余所者には入り込めない境界線が引かれているのを感じる。


  魔法屋が在るというので、ポポとキャンディは、教えてもらった道を辿る。
 ―― 古びた看板は、木を組み上げた建物に紛れて、
 うっかりすると見落としてしまいそうだった。


 中に入って扉を閉めると、外の音と光は ほぼ遮断されてしまう。
 何故だか『魔法屋』というのは、どこへ行ってもこんな風だ。


  「いらっしゃい、何をお探しか」

  静かな声が出迎える。出てきた店主は、真っ白な髭のお爺さん。
 トックルもお爺さんお婆さんばかりだったけど、ここもだなぁ、と
 ポポは思った。

 しかも、ここの人たちは どこか浮世離れしていて、
 少し謎めいた感じがする。


 「三高程(こうてい)の〈黒の珠〉を、ください」

 「三種あるが?」

 「あ…ええと、三種類とも くださいっ」


  言ってしまってから、財布の中身が気になって後ろを振り向くと、
 キャンディが大丈夫だ、と頷いた。
 ポポが上級の魔法を習得してくれるのは、兄妹としてもありがたい。
 幸い、魔物を倒すなどして旅の費用は賄えている。


 魔物を倒すと、時々ギル(お金)を落としていってくれる。

 このギルはどこからくるのか…人里から奪ってくるのか…あるいは魔物の
 出現とギルが関係しているとしたら、―― と考えると、ちょっと怖い。

 しかし旅する者にとっては、魔物を倒すか、町で奉仕してお礼をいただくか
 どちらかだから、正直 助かっていた。


 「了解」の意か、店主はふーむ、と唸った。
 奥にしまってある沢山の小箱の中から、探して持ってきてくれる。


  出てきたのは、少々大ぶりな〈魔法珠〉―― 三高程の〈黒の珠〉だ。
 店主はそれを箱から出すと、ひとつずつ順繰りに黒魔導師の手に載せた。

 〈ファイラ〉〈ブリザラ〉〈サンダラ〉の三つ。

 それぞれ〈ファイア〉〈ブリザド〉〈サンダー〉の上位魔法である。


 ―― と、一番最後の珠を受け取ろうとした時。

 ごとん!  重たげな音をたて、珠が木の床へと落ちた。


 「! うわ、ど、どうしよう…ごっ、ごめんなさい!!
  ヒビが入ってないと良いんだけど…」

 「大丈夫、精霊は解放されていない。―― 持っていくといい」

 慌てて確かめるポポに、相変わらず静かな声が降る。
 節くれ立った手が箱を掴み、少年へと差し出された。


 「大丈夫か?」

 覗き込んでいる兄に頷き返し、注意深く箱へしまい直す。
 支払いを済ませ、店を出ようとした。

 と―― 最後に一つ残った後ろ姿に、淡々と染み入る声が向けられた。


 「―― 何を、怯えている」


 「……」

  ポポは一瞬立ち止まった。


 言えなかった。〈ファイラ〉の珠を受け取ったその一瞬、
 脳裏に浮かんだ火柱に竦んでしまったなど。

 口に出したら それは、いよいよ本物になってしまいそうで ―― だから。

 彼は丁寧に一礼すると、扉を閉めた。
 外で待っていた兄を追い越し駆け出す、彼の背負い袋の中で、
 隔離された大小2つの黒い珠が かたこと音を立てている……。

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