(10)謎と導は砂漠に煙る
光の戦士たちは荷を持って、日除けの外套や帽子を、しっかりと準備した。
これから、あの荒涼とした地に挑むのだ。
「仲間のこと、頼む」
「トックルの皆さんを、よろしく」
海賊ビッケと長兄キャンディは、堅く握手をした。
トックルで得た『悪魔の木』の情報がどうにも気になり、
五人だけで砂漠に行ってみることにしたのだ。
出掛けたっきり戻らない、セトや黒髭ダナンの捜索も含めて。
「はいっ、どーぞ。持ってって」
ジル姐さんが手渡してくれるのは、大きな包み。どうも、弁当らしいが。
「うわ」
「砂漠で干涸らびちゃ、オシマイだからね?たーんとお食べよ」
「どこに こんなに…」
「海、海。塩でコーティングしてあるから、保つよ」と、船医シャル。
「………」
どうも嫌な予感がした。だって これ、どう見ても普通の大きさじゃない。
で、ムーンが恐る恐る聞いてみる。
「ちなみに、コレ何?」
「キラーフィッシュ」
―― げ。
「アレ食えんの?」
キラーフィッシュといえば、魔物じゃないか。
ピラニアによく似ているが、小さくてもピラニアの五倍、大きければ八倍近くは
ある凶暴な魚である。
よく仕留めたな。と感嘆するより先に、一番 身近な問題として、
食べる方が出てきてしまった。
「大味かと思ったけど、淡泊で美味しいよ。
骨と歯に気をつければ平気。食える食える」
―― いやあ、海賊は、男女関係なく豪快だ。
そんなこんなで、船の仲間とトックルの面々に見送られ、
形としては ひっそりと…五人は出発した。
砂漠に入ると、日射しが更に強く感じられた。まいったのは、
砂による照り返しが予想より かなり強いこと。
「…暑ちぃ……」
「外套放り出してごらんなさい、あっという間にミイラよ」
いくら暑くても、砂漠を旅するなら外套と袖のある服、
日除けとなる帽子やターバンは必須だ。
直接 強い日射しに当たると、火膨れが できてしまう。
「日が落ちたら途端に寒くなる。覚悟しとけよ〜」
けっけっけっ…悪い魔女さながら、わざと脅しの顔を作って笑うデッシュ。
「うわあ…」 「何でお前、そんなに元気なの」
砂漠を彷徨い、一日半。
毒を持つ殺人蜂やら、麻痺爪で引っ掻く、爬虫類めいた怪人やら……
嫌なタイプの魔物に出くわし、やり過ごし。
更に、強い日射しと寒暖の差に じわじわと体力を削られつつ進んできたが、
一行は、完全に道を見失っていた。
「ねえ、今どこかしら?」
「地図でいうと この辺だと思うんだけど」
「暑っちぃ…」
「何にも無いねぇ……」
広大な砂漠。反対側に抜けようにも、最低あと四、五日は掛かるはず。
いや、自分たちの目的は、砂漠を越えるのではなくて。
「どうするんだよ、何にも見つからねーじゃねーか!!
あの じっちゃん、やっぱ蜃気楼でも見たんじゃねぇの??」
誰もが考えていながら口に出さなかったことを、ムーンは遠慮なく
ぶちまけた。
「まあ、最初っから『絶対にある!』ってわけじゃなかったからなー」
「それを言っちゃ、オシマイだよ……」
ガックリと前のめりになる。
「あんたもね…」 アリスが兄に向かって言った。
悪魔の木の、影も形も見えて来ない。
だいたい、木が砂漠を動き回るなんて、非常識もいいところなんだよ。
誰もが諦め、疲労困憊で ぐったりとしていた時。
「て、敵襲っ!」 ポポが慌てて叫んだ。
遮るものが何もないこの場所で、空を駆けてくるその姿は未だ遠く。
だが、黒い影はあまりにハッキリしている。身を隠す場所もなく、
彼らは迎え撃つことにした。
「――な!?」
ムーンが片手で眩しい日射しを遮り仰ぎ見て、ふいに驚愕の声を上げる。
彼が目にした魔物。
それは、鷹の頭に獅子の胴体、がっしりとした鳥の翼を生やした…伝説の獣。
「何で想像上の動物が こんな所に居るんだよ!?」
――グリフォン。
ギャアギャアと喚き散らす声は、高貴なイメージには程遠かった。
五人を見つけて、獲物と認識したようだ。
「こっちに来る」 キャンディが、剣の束に手を掛けた。
デッシュは無言でブーメランを抜き取る。
「何で襲ってくるのーー!?」
「魔物じゃん!!」
「でも王家の旗に描かれてるのにーっ」
それはあくまで、人のイメージによるもので、この魔物とは関係ないのだが。
「…っ何か居る」
「?」
「下の方にも…」
「まさか、セトおじさま?」
ムーンの指さす先、襲われて必死に逃げてくるのは、探し求めた人
…ではなく。
「チョコボだ!!」
その脚力を発揮し、全速力で逃げてきたらしい、黄色い羽毛の乗用鳥。
が、多勢に無勢だ。とうとう持久力も切れたと見えて、力尽きる。
「助けなきゃ!」
敵が空を飛んでいるのを見たアリスは、先手を取って風を巻き起こした。
飛行する魔物には、〈エアロ〉が絶大な威力を発揮する。
―― ところが。
砂を巻き上げ 思いっきり攻撃系〈白魔法〉が炸裂したにも拘わらず、
グリフォンの編隊は殆ど形を崩すことがなかった。
逆に風を掴まえて勢いづき、力強く降下する。
「効かない!?」
「何でよーーっ!?」
アリスが泣きそうな声で悲鳴を上げた。
「〈ブリザド〉!!」
ならば、とポポが冷気系〈黒魔法〉を放つ。
しかし、この気温だ。氷の礫(つぶて)は見る影もなく蒸発し、
何とか届いた魔法の余波も立派な羽毛に防がれて、骨折り損になってしまった。
「もっと頭使って魔法撃てよ!」
「君に言われたくないやいっ!!」
こちらも半泣きだ。
デッシュがブーメランを一投する。そちらは あっさり弾かれたものの、
彼は すかさず取り出した短剣を数本、続けざまに投げつけた。
翼を仕留められ落下する鷹獅子を、ムーンの連続技とキャンディの剣が
迎え撃つ。
一方、ポポとアリスは傷ついたチョコボの元に走る。
きゅいぃ、と力なく鳴くチョコボ。助けを求めるかのよう。
うずくまった乗用鳥に、鋭い鉤爪が迫った!
「危ない!!」 咄嗟にチョコボに覆い被さるアリス。
ポポは決死の覚悟を決め、杖で鉤爪を打ち払う。…ところが。
「わっ」
何度目かの攻撃を払おうとした時、樫の杖が持って行かれてしまう。
示し合わせたように、残りの二匹が襲撃を掛けた。
「うわああ!!」
ざっ、とデッシュの短剣が飛ぶ。二匹の翼に辛くも命中。
恐怖によって遠のく意識を、防衛本能が繋ぎ止めた。
「〈サンダー〉!!」
天候に関係なく、風の精霊に呼びかけ、集めて組み直す。
電撃はポポの真上に居た二匹に直撃した。
魔法の威力はいつもより弱かったが、翼を縫った短剣により衝撃は補完された。
――魔物が倒れる。緊張感からの解放と、不向きな条件の下で必死に唱えた
魔法による消耗。荒くなった自分の息づかいを、ポポは無意識に聞いた。
「まったく躾の悪い鳥共だぜ!」
キャンディの一撃を受けて、飛び方がおかしくなり高度を下げた敵の背に、
ムーンは飛び乗った。暴れ馬ならぬ暴れ獅子…いや、鳥?ロデオさながらだ。
やがて飛び疲れたグリフォンは、杖を取り落とした。
ついでに暴れて乗り手まで振り落とし、彼方に飛び去った。
魔物が去ると、辺りは突然静かになる。
ムーンは、敵が落としていった弟の杖を拾い上げた。
さらさらと、崩れる砂。手についた砂粒も、乾き、指の間を伝って零れていく。
息をしながら、丘の向こうを見やる。―― 雑音が、無くなった。
風が静かに砂を流していくだけ。
幾つも幾つも続く砂丘。砂の表面に描かれる幾何学的な紋様。
空には雲一つ見あたらず、目に染みてくる青さで。
今まで見てきた本物の海。草の海。いずれも感動したけれど。
その次が、この砂の海。
何故だろう、こうして ここに佇むと、
世界に自分たちだけ ぽつんと存在しているような錯覚に陥る。
寂しいとか、哀しいとか切ないとか、そういう気分じゃない。
ただ…感じる。世界は生きて、動いているのだと。
―― ムーンは暫し神妙な気持ちで、流される砂を見ていた。
傷ついたチョコボを介抱しているうちに、陽が落ちた。
怪我は〈ケアルラ〉の魔法で充分治すことができたが、
体力の消耗が著しいのか、その後立って走り出そうとはしなかったのだ。
「暴れて蹴られたりしなかったから良かったけどさ…どーすんだ、コレ。
俺たちだけでも一杯一杯なのに」
「まあ…仕方ないだろう」 キャンディが苦笑する。
「こんな所に独りぼっちで置いてけっていうの!?」
「駄目だよ、絶対ダメ!!!」
チョコボと別れて先を急ぐ事に、下二人は断固 反対した。
ポポなど、チョコボの首を抱きすくめたまま、離れようとしない。
「ちゃんと面倒見るんだぞ?」
「もちろん!」 「わかってるわ」
デッシュに言われて大きく頷く二人。
――何だかトパパやニーナとの やりとりを思い出す…と、兄たちは思った。
少ない食糧の中から、食べられそうなものを分けてやる。
チョコボは草食性で、中でも『ギサールの野菜』が大好物だ。
しかし『ギサールの野菜』は流石に持っていないから、
代わりに堅パンを細かく千切ってほぐし、与えてみた。
最初 躊躇いがちに ―― やがて勢いよく、チョコボは食べ始める。
歓声が上がった。
いつの間にか全員が集まっており、様子を覗き込んでいたのだった。
「可愛いv」
「おいしい?チョコット??」
「!名前なんか付けちまって、愛着 湧いたら手放せなくなるだろーが!!」
「『連れて行っていい』って言ってくれたもんっ」
「キャ〜ンディ…」
「まあ、チョコボだし。一匹居たら助かるかな、と」
こうして、チョコボの『チョコット』を連れていくことになった。
助けられたことが分かるのだろうか、あっという間に五人に慣れたのは
驚きだった。
―― その夜、ポポとアリスが その羽に寄り添って眠るのを見て、
長兄は表情を和ませた。
更に砂漠を歩き回り、二日。
トックルに引き返す余裕を考慮し、残した上で…
ギリギリまで、五人は砂漠を歩き回った。
戻らぬ仲間を何とか見つけ出したいのが、ひとつ。
そして砂漠を動き回る『木』を見つけたいのが、ひとつ。
ここで諦めて帰ったら、全て振り出しに戻る。水の泡になってしまう。
とにかく少しでもいい、収穫が欲しかった。
―― 今日 何も見つからなければ、明日は引き返すぞ、という その日。
砂漠には強い風が吹きつけ、視界を閉ざした。
「何これ、酷い…!!」
「あんまり喋るな」 「砂が入るぞ」
襟を立て、外套で口と鼻をできるだけ覆い、帽子やターバンで耳を隠し、
彼らは歩き続けた。
そのうち砂に埋もれるんじゃないかと思う。時に飛ばされそうになり、堪える。
やがて時間が経ち、やっと風が弱まった頃。
アリスの様子が おかしいことに、ポポが気づいた。
顔色が優れない。忙しなく息をして、何度も吸ったり吐いたりする。
はっ…はっ… 次第に呼吸は浅くなり、一呼吸毎に、身体が震える。
「アリス、大丈夫?」
すぐさま、チョコットの背に載せた荷物を半分近く降ろし、
妹を乗せてやる。
―― 熱射病か。様子を窺い、心配そうに眉をひそめるキャンディ。
「……。ごめん、…なんか、変……」
視界が歪む。頭が痛い。ぼうっとする…
と、チョコットの手綱を引いていたムーンが、目の前を指さして呆然とした。
「何だ あれ!?」
揺らめく影が、近づいてきた。蜃気楼だろうか。
―― 砂埃を巻き上げて進む姿は幻影と見えるほど不確かで、果たして本当に
存在しているのかどうか。
下の方に見えるのは、多数の足のよう。ダンゴムシとも見える。
大きな節足動物が、丸まっていながら、凄い勢いで移動している。
「こっちに来るぞ!」
「うわあ!!」
「伏せろ!」
「無理だよ!」
もう駄目だ、引き倒される!!
全員が観念し、ぎゅっと瞼を閉じた。が、しかし。…衝撃は無い。
「………」
「え」 「!?」
正体不明の大きな物体は、一行の背よりも幾らか上空を飛んでいた。
足がごそごそと動いて見えるのは、小刻みに揺れて上下しているからだった。
移動の際、空気に動きがあるらしく、砂を巻き上げられるので防ぐのが一苦労。
だが、何はともあれ引き倒されずには済んだ……。
「………」
ほーっ、と安堵の溜め息が出る。このままやり過ごせば大丈夫だ。
……………。
巨大な物体が通り過ぎた気配を察し、ムーンが上体を起こした。ふと。
「!!」
がばっ、と立ち上がる。勢いが強すぎて砂に足を取られながら、彼は、
止せばいいのに謎の物体を追いかけ始めた。
キャンディが、慌ててチョコットの手綱を引き受ける。
ポポが声を上げた。
「ムーン、何してるのさ!?」
「木だ!!」 ―― 長老の木。
「ええ!?」
「木だよ!これっ…これが根っこ!!」
根っこを掴もうと飛ぶが、上手くいかない。
ピョンピョンと跳ねる姿は、端から見ると、かなり滑稽だったりする。
「くそーっ、後ちょっとなのに…止まれ!温和しく止まれーっ!!」
―― 渾身のジャンプ。
丁度タイミング良く、巨木が低く沈みかけた時に、飛ぶことができた。
―― 掴まえた!!
絶対に手が届いたのに。
「!?」
ムーンの手は目標を すり抜け、宙を掻いて落ちる。
彼の目が驚愕に大きく大きく見開かれた。
目の前の無数の木の根が上昇し遠のいて、自分の身体は重力に逆らえずに、
地に引かれる ―― 一瞬、時が歩みを鈍くした。
全てが、酷く ゆっくりと動いて見えた。
―― どさっ
「!!」
砂が衝撃を吸収してくれた。
それに背中から落ちたのと、咄嗟に受け身の体勢を作ったので、痛みは無い。
―― だが、しかし。
「幻だってのか…?」
遠ざかる巨木と掴み損なった自分の掌を代わる代わる見比べて、
ムーンは困惑の表情を浮かべるのだった。
ふいに、チョコットが反応した。丁度、巨木が飛び去っていった方角を見て。
キャンディが、思わず同じ方角に目を凝らす。
「――まさか!!」
また来た。枯れかかったお化けの木。そして ―― それに従い飛んでくる、
「グリフォンだあ!!」
「うわっ」―― 強い力で引っ張られ、堪らずにキャンディが手綱を放す。
危険を察知して、チョコットが駆け出したのだ。
「……っ」
「「アリス!!」」
「ムーン、行こう!」
慌てて駆け戻ってきた弟に言うが早いか、自らも走り出す。
黄金色の砂漠を、一行はチョコボを追って走った。
アリスは、揺れるチョコットの背に必死に身体を伏せて しがみつきながら、
風の向こうに消えた存在を思う。発せられた微かな声を知った。
―― 苦しんでた。
声は微かだったけど、あの苦痛。平気なはずがない、遠く離れた自分にさえ、
伝わったのだから。
―― 助けて、と。 でも、弱くて。本当に弱くて。
その存在は、砂に煙って遮られていた。どうしたら、届くのか。
チョコットは走るだけ走って、速度を緩めた。
「止まって。止まってチョコット」
慌てて手綱に縋り、引く。
下を向くと、ぱたり、と滴が落ちた。涙――ではなく、汗の滴。
…はぁっ…
早くなった動悸が落ち着くのを待つ。風に吹かれて、暫しの休息。
陽の光が瞼を刺した。身体は暑さに めげており、
精神にも苦痛の感覚が入り込んだおかげで、かなり まいってきているのが
正直なところ。だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。
きゅい、と鳴いて首を返したチョコット。
「平気よ」
遠くから自分を呼ぶ兄の声が聞こえて、途端に緊張が解けるのが分かった。
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