FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -8



   

  (8)疑惑



  陸地を歩いて南北を縦断した五人は、なんとか南の地へ辿り着いた。

  海の見える北側を歩くと、潮の香が漂う。かと思うと、風向きが変わって
 南側から砂が流れてきたりするのだった。


 「あっちは砂漠だからなぁ」

 「暑い。暑い!暑ーい!!」

 「やめてよ、余計暑くなるじゃない!」


  …その通り、大陸は今、夏本番だ。朝夕、土地によっては涼しい風が吹くが、
 南下したので、丁度 季節を逆に辿っている感覚だろう。
 ましてや北方の山間で育った彼らに、こんな暑さは初めてだった。


 海風は乾いている時なら爽やかに感じるものだが、
 湿気の中では主張が強くもなる。ここは好き嫌いが分かれるところだ。


 ここは南方大陸の中でも砂漠が大半を占める一帯だから、
 気候は乾き気味の筈では…と思うことだろう。

 確かにそうなのだが、もう何日も歩いて汗だくの埃まみれ。不快感は最大だ。

 それでも慰められたのは、旅の道すがら、見たことのない
 新しい景色を眺められる故だった。

  風向きが変わらなければ、砂で黄色く煙ることはない。
  どこまでも明るく青い海と空。照りつける日射しは強いけれど、
 それこそが最も『夏』を感じる一瞬を創り出す。



  四人は「海といえば異国のもの」という認識が強かった。

 カナーンで港も見物したし、海竜とさえ話をした。
 海賊船にだって乗ったけれど…
 そういえば まだ海辺で遊んだことはなかったじゃないか!!

 と、そんな話になり、
 クタクタだった筈なのに途端に元気になって波と戯れてみたり――



 やがて日が傾き涼しくなる時間帯、波が穏やかな時を見計らって
 小休止を取った。途中見つけた磯で取ってきた蟹や貝。判別が出来れば
 食料調達だって可能だ。


  こういう時は、物知りデッシュの出番だ。
  ぱっと見、殆ど見分けのつかない貝を、食用と そうでないものに分ける。

  少年少女は真剣にその様子を観察した。時折ポイントを教わりながら、
 旅の知恵を磨き、知識を深めていくのだった。


 そして、海水から真水を得る方法を復習した。
 これは以前、海賊たちからも教わったことだ。


 「海水じゃ、浴びられないから残念」ぽつりとアリスが零した。

 「いいじゃねーか。向こうの陰で浸かってくれば?」

 「…あのね。後で臭いをまき散らすでしょうが」

  海は楽しいけれど…こういう時は山の清流が恋しい。


  そんな旅の道すがら、デッシュは四人から先日の話を聞いた。
 生きている森で、妖精たちから訴えられた一件だ。


 「まー…千客万来というか。竜だの小人だの妖精だの、
  お前さんたちと一緒だと退屈しなくていい」

  好奇心で、子供のように目をクリクリさせて、彼は言った。


 「訪ねてるのは こっちだけどね」 と、キャンディが笑う。


 「…って、冗談言って笑ってる場合じゃないのよ」


 「悪い悪い。――で、その困り事も引き受けたわけだ?」

 「引き受けたってーか、引き受けさせられたってーか…」

 「助けてあげたいじゃない!」


 「助けてあげたいんだけど、考えても考えても、なんにも
  出来ること思いつかないんだ」


 「魔導師ってのが、いかにもな犯人なんだけどさ。特徴もなにも判んねーから、
  探しようがないし。――デッシュ、そんな知り合い居ねえ?」

 「居たっけかなぁ…?」

  ――質問も不適切だが、真剣に悩む当人も当人か。



  暫く皆で話し合ったが、結局何も分からないままだ。
 当然だ、情報が増えたわけでも、名案が突然 天から降ってきたわけでもない。

  やがて、デッシュがカラっと言った。

 「出来ることが無いんなら、今は何にもしなくていいんじゃないか?」


 「それもそうか」 ぽんと手を打つムーン。

 「あんたらねぇ」


 「だってそうだろ?今慌てて何かしたところで、答えに繋がる自信ある?」

 「無い」 …四人は表情は様々に、だが口を揃えて答えた。


  何かしなくちゃ、という気持ちはよく分かるが、時には待つことも大事だ、
 とデッシュは言う。

 「大丈夫。そのうち敵さんの方から現れてくれるよ。相手が悪い奴なら、
 『光の戦士』撃つべしって息巻くんだろうからさ」


  ――説得力があるような、ないような。…その前に、

 「それ、嬉しくない…」

  ポポが複雑な表情で溜め息をついた。





  ――さて、目的地であるトックルの村は、内海沿岸に位置する。

  地図と海岸線を頼りに東へ進むこと数日、
 ようやっと目指す村の家並みが見えてきたのは、正午過ぎ、日もまだ高い頃。


  ――ああ、人の生活する場所だ。
  自分たち以外の人間に会えるのは、どれくらいぶりだろう。

  彼らは妙に安堵し、と同時に思ったよりも疲れが溜まっていたのだと知った。
 かなり重くなってきていた足を励まし、先を急ぐ。


 「おっ、あれに見えるは!」

 「ただいま、エンタープライズ!」


  北側の港に、帆船を見つけた。錨を抱く蒼竜が、海風に大きく翻って応えた。
 出迎えてくれたように思えて、嬉しい。

  ところが村に足を踏み入れると、一行はまたしても愕然とすることになった。

  民家の煙突から出ていると見えた煙は、ボロボロに崩れた屋根の一角から
 直接立ち上っているし、村の周りの防風林が不自然に伐採されている。
 半壊はおろか、全壊の民家も目立つ。辛うじて残った家々も、壁のひびや
 所々剥き出しの柱が痛々しい。

 「なに、これ…」

  天災か ―― 戦争の通り過ぎた後みたいだ。四人は唖然とした。



 「大地震の被害かな…これほどとは思わなかった」

 「欠陥建築だらけだったってことか?」

 「むしろ、これくらいで当然だよ。
  クリスタルがあるから、良かったようなものの」

 「………」 「デッシュ?」

 「…って、何を言ってるんだろな、俺は?」


 「あっ」

  躊躇いがちに中へ入っていったところ、お年寄りに会った。二人いる。


  ほっとして笑顔をつくり、こんにちはと挨拶しようとした瞬間…

  ギョエー!! お爺さんが最大級の悲鳴を上げた。喉を思いっきり絞って…
 しかし、本能的に出てきたものに違いなかった。


 「もう持っていくものは何もないぞい!!」

 「殺さんでくれーー!!!」


  皺くちゃの顔を恐怖に思いっきり歪めて、二人とも見当違いの方向に、
 脱兎の如く逃げていく。


 一瞬の出来事に、逃げ出す人を追いかけるのを忘れて、訪問者側は唖然とした。
 何が起こったのか、把握できないでいた。



 一番近くにあった民家の扉は、原形を留めていたが、留め具が外れ傾いている。
 途方にくれて ―― 何となく視線を そちらへ向けると、
 隙間から可愛らしい一対の目がこちらを覗いていた。

 「!」

  視線が ぶつかった途端、

 「あ、待って!!」

  こちらも慌てて逃げていく。キャンディは、今度は咄嗟に駆け出していた。
 扉を薙ぎ倒す形になりながら、中へ勢い余ってお邪魔する。
 皆が、慌てて後に続いた。


  小さな身体が滑り込んだのは、床下・食料貯蔵庫の戸の、僅かに開いた隙間。
 持ち上げ式の戸は閉められたが、キャンディが勢いでその上に滑り込み…
 更に四人、後に続いたことで、
 ボロボロに劣化していた床は重みを支えきれず、陥没した。

 間一髪。子供は瓦礫と人の下敷きにならずに済んだので良かったが、
 五人の姿を見ると、また奥へ駆け込む。

 「…っ」

  辛くも難を逃れたムーンが跳ね起き、逃げる小さな背中を追う。
 その腕が子供を掴まえるか否か、手を伸ばしたところで、

 その前にサッと別の影が立ちはだかった。

 「どうかこの子だけは助けて!」


  今度はこっちが仰天する番だ。ムーンがエメラルドの目を見開き、
 何を言ったものか迷っていると、

 
 「姉ちゃん、下がって!」
 「来やがったな、侵略者!!」


 奥から恐ろしくコントロールの良いピクルス入りの瓶が飛んでくる。

  ムーンが しゃがんで それを避け、デッシュが受け止めた。
 受け止めたはいいが、咄嗟に変な取り方をしたせいで、手を痛めてしまう。
 

 そして、予め仕掛けてあっただろう投網に、他三人が絡め取られ悲鳴を上げた。
 仕上げは袋一杯の小麦粉…と思いきや、大量の砂である。


  げほんげほんと咽せ、あるいは涙を流す。弁解する暇も与えられず

 「覚悟しろ!――」

  馬乗りになり短刀を振り上げてきた相手を見て、
 ムーンはまたも驚愕に目を見開いた。

 緊張に引き締まった敵の顔が、一瞬の後、同じように吃驚するのが判る。

 「あれぇ、ムーン!?」

 「フェル!!」

BACK NEXT STORY NOVEL HOME