(7)影
意識を凝らし、四人は妖精たちの言葉を聴く。
曰く、この森には一万年を生きる『長老の木』が根づいていたのだという。
その長老の木が、魔導師に呪いを掛けられ、どこかに連れ去られた。
結果、今 森が死にかけている――
『長老』を連れ去った魔導師は、非常に強い魔力の持ち主で、
変幻自在に精霊を操り、様々な魔法から身を守ることが出来るらしい。
というのも、この森には所々に異次元の力場があり、
人間や魔物の目から『長老』と妖精たちを隠していた。
だから、普通ならば異次元の力場 ―― 結界に阻まれて
ここへさえ辿り着けずに おしまいになる筈だ。
ところが魔導師は、それらを ものともせずにやって来て、
あっさりと『長老』を連れて行った。
―― 嘆きの思念を 繋ぎ合わせて、辛抱強く得た情報が これだった。
満身創痍の妖精たちに「きっと何とかするから」と約束し(半ばさせられ)、
四人は元居た場所へ通じる道を開いてもらった。
「……何なんだよ……?」
光の戦士たちは困惑した。
目の当たりにした現実が、大切な手掛かりに通じている気がする。
…自分たちの使命と、世界の異変の源に。
しかし ―― 今は、これ以上 先に続く道が見えない。
目の前で起こっている事件は重大なのに、
使命どころか、解決に至る方法の断片すら、一切見えてこないのだ。
「事件が起こった」 「それからどうした」 「どうしよう?」 と
いう状態である。
森が枯死する危機。そして、無人のアーガス城。
一体何が起こっているのだろう?
自分たちは何をどうすればいいのだろう?
気がつけば、どちらも手掛かりが中途半端過ぎて。
「くぁ〜〜〜すっきりしねえ!!」
ムーンが堪りかねて、頭を掻きむしった。
それは、妖精から話を聞いた兄妹全員の気持ちを代弁していたに違いない。
「大丈夫かな…?」
と、ポポ。何故だか、心配事ばかりが増える。
こうして妖精たちから「森が枯れる前に」と制限時間付きの窮状を訴えられ、
解決方法に頭を悩ませながら…元居た場所へ帰り着くと、
宿所の番をしていた筈のデッシュが、消えかけた火の側で
コックリコックリ舟を漕いでいる。
「〜〜〜〜っっ」
苛立ちに任せて叩き起こそうとするアリスを、
「まあまあまあ!」キャンディが慌てて止めた。
「とりあえず、みんな もう少し休もう。一度頭を空っぽにした方がいい」
「賛成!」 とムーン。そもそも、答えの出ない問題で悩むのは好きじゃない。
「まずは、トックルだ。船長に報告しなきゃ」 ―――
…デッシュ、と名を呼ばれた気がした。酷く遠くて、懐かしい。
(…サリーナ……?)
「お疲れのようですね」
控えめに笑って、娘は言う。流れる水さながらの、長い髪を翻す。
デッシュは我に返って、そのまま答えた。
「ああ…寝てた?昨夜、ちょっと遅くまで起きてたもんで」
「また?駄目ですよ、お酒もそうですけど、夜遊びもほどほどに…」
「やっぱ俺ってそんなイメージなのね」
残念ながら、と彼女は言った。しかし、その顔が冗談だと告げている。
「昨夜は、最後の調整だったと」
「そうそう」デッシュは思いっきり欠伸をした。
「何せ、一世一代の大仕事だからな。キッチリやってきました」
「世界中の人が、この日を待っていました。どうぞ、よろしくお願い致します」
娘が、深々と頭を下げる。丁度初めて会った時、そうしたように。
「お任せを」 デッシュは立ち上がって、貴婦人に対しての礼をした。
わざと軽い溜め息をついて、含みを込めて言ってみる。
「別の意味で、君も待っててくれたら良かったんだけど」
「また、そんな。駄目ですよ。
そんな台詞は、本当に大切な人が出来てから、その女性に伝えること」
軽く苦笑して、流されてしまう。…その心はどこか別の男の元にあるのだと
分かっていたから、深追いする気は無いのだけれど。
―― 娘を呼ぶ声がした。
彼女は今行きます、と応え、もう一度だけ、こちらを振り返った。
とても親しげに、どこか名残惜しそうに。
「いってらっしゃい」
心細そうに見えた娘を、ちょっと励ますように微笑んで、デッシュは見送る。
「あなたも、気をつけて」―― スミレ色の瞳が、ひたとこちらを見つめた。
ふいに、心がどきりと動いた。
紅もさしたことがないのに、淡く薔薇色がかった唇が、何かを言いたげに
そっと開かれる。 「デッシュ」――
―― デッシュ。デッシュ…。 ……。
「デッシュ」
朝靄に弱められた柔らかな朝の光と、光を宿した金色の瞳が、
目覚めた彼を出迎えた。
「あれ。おはよう」…寝ぼけ眼で、デッシュは挨拶をした。
「見張りをありがとう」
次いで、すぐ近くに居たムーンが 思いっきり伸びをしながら言う。
「おー起きた。だいぶ疲れてたみたいじゃん。大丈夫か?」
「あ…うん。悪かった。俺、寝ちゃったか」
構わない、とキャンディもムーンも笑った。
「…そうだ。幽霊、居たのかい?」
「うーん。幽霊じゃなかったけど、居るには居たな」
兄弟、顔を見合わせる。
「後で、ちょっと相談があるんだ」と、キャンディから切り出した。
先を急ぎつつ ―― とりあえず、弟や妹は勿論、デッシュも交えて、
昨晩 見聞きしたことを整理したい。
この森で起こった事件。そして、
この後トックルへ向かって、それから どうするか、も。
「? いいよ。何だ、改まって。…女の子の口説き方の相談か?」
「「何でそうなるんだよ」」
ムーンが笑い混じりに、キャンディが多少ムキになって慌てて、返す。
「どうせ、またそんな夢を見てたんだろう?」
呆れて息をつくキャンディ。
「気をつけろよ〜?アリスが聞いてなかったから良かったけどさ。
また寝言でサリーナさん以外の女の名前なんか呼んでみろ、
『誰よ〜!?』って散々問い詰められるぜ」
「え、俺そんなことした!?」
軽口を叩きながらも、キャンディの思考は、また同じ所に戻った。
――『長老の木』を連れ去ったという魔導師。一体何のために?
そもそも、手掛かりなんて他にあるのだろうか?
ああそうだ、それにアーガス城の方は……。
辿り着く先々で見つける異変。そして、謎の魔導師の影。
不穏な気配の出現を予感し、またも焦り始めていた。
キャンディの手が、無意識に、額に掛かる銀髪を何度も何度も、
煩そうに払いのける。…彼の心の内を反映しているのだろうか。
「キャンディ、そんなに気になるんなら、切っちまえよ」
鬱陶しかろう、と弟に指摘されて、やっと自分の行動に気づく。
「いや」…しかし、キャンディは言った。
「もう少し伸びたら、束ねるよ。
そうしたら鬱陶しくなくなるし、切る手間も無い」
――無精に聞こえただろうか。
だが、彼は、髪を伸ばすことで願掛けをしようと、少し前から決めていた。
兄妹四人、無事に旅を終えて、故郷ウルに帰れるように、と。
こんな願掛けをするなんて、女々しいかもしれない。
この期に及んで、往生際が悪いかもしれない。
…彼は一瞬、自嘲気味に微笑む。
けれど、今そうせずにはいられなかった。
元のように綺麗さっぱり揃えるのは、次に四兄妹が故郷の土を踏んだ時だ。
一方、青年デッシュは、長い指が幾度も髪を後ろに流すのを
何となしに見ながら、ぼんやりと探り始めていた。
心と頭の片隅に浮かんできた、眩しい、白い影の正体を。
|