FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -5



   

  (5)草原を行く



  夏も盛りだというのに、草原を渡る風は渇いていた。

 ほんの時々、思い出したように雲がやってきて、
 短時間に ざっと雨を降らせて去る。
 軽く細かいお天気雨が多い気がした。地形が変われば気候も変わるものだ。


 「面白い天気だね〜」

 「濡れるの嫌だわ」


 救いは、原っぱの真ん中で土砂降りや雷に遭わなそうなことだ。

 雷は高いところに落ちる。
 木があったとしても、その下で雨宿りするのは危険この上ないし、
 何もない場所で雷に在った遭った場合は、身を屈め地を這うようにして進むしか
 ない。…が、この分では、大丈夫だろう。


  どこまでも続く大地。遠い地平線。

 「広いな――」

  少しずつ伸び始めた銀髪を風に遊ばせながら、キャンディが感慨深げに言う。

 ―― 世界は、何て大きいんだろう。

 自分の存在も抱えていた心配事も、どうでもよくなってしまうくらいに。


 「広すぎるよな…」

 初めは その広大さに素直に感動したが、後は ただただ途方にくれる。
 歩いても歩いても、という感想だった。
 ムーンは「陸を歩く」と言い出したのを、ほんのちょっとだけ後悔している
 顔だ。

 ここまで来ると背丈の半分近くある草を、かき分けかき分け進む。


 「わわっ」

 「きゃ!」

  ポポが、アリスが、立て続けにバランスを崩した。何をやってるんだ、と
 腕組みすると、口を揃えて答える。

 「足元が、なんかボコッと」「急に足を取られるんだもの」

 そこだけ草が薙ぎ倒され、土が剥き出しだ。
 かなり大きく盛り上がっていた。土竜(もぐら)でも居るのだろうか?
 それにしては、何とも大きな――

 「うわ!」

  突然 地面が盛り上がり、大きな二本の角が現れる。いや、角ではない。
 ジャキン、と音を立て、合わさったのだから。鋭いハサミ。クワガタのハサミが
 巨大化したかのような。

 狙われたのがムーンでなかったら、足をちょん切られていたかもしれない。

 「ゴルゴーンだ、気をつけろ!」――デッシュの警告が飛ぶ。

 「気をつけろったってっ…」


  外見は、言うなれば巨大な蟻地獄だ。

 人間で言うなら肩の部分から、白くギザギザのついた鎌が突き出ている。
 両の鎌を合わせ閉じるから、ハサミになる。切れ味は恐ろしく良さそうだ。

 頭を出し、地面に無数の穴をあけて獲物を狙う。
 どこから出てくるのか、見当もつかない。


 「うわあああ!!!」

  ポポは残忍そうに窄まった目に標的と定められ、そのまま追いかけられた。
 鋭い亀裂が走る。

 「よっ」 ポポを掴まえ損ねたハサミが閉じた瞬間、
 ムーンが器用に魔物の頭を踏みつけた。「キャンディ!」

 「よし!」水平に構えた剣が、待ってましたとばかり閃く。

 魔物の体液が飛び散った。
 頭を落とされた昆虫は声にならない叫びをあげ、一瞬くたりと のたうって
 絶命する。――その姿が、地面に融け込むようにして消えた。


 「ふう」


  ―― 安堵したのもつかの間。嫌な音を立てて、更に土が抉れる。
 一、二、三、…まだ居たのか!! 


 「魔のトライアングルかよっ」
 「どうしよう〜〜〜」
 「まさか、巣!?」


  囲まれた!綺麗に三角形の陣を組んで、ハサミを唸らせている。

 「……っせーの、で飛ぶぞ」

 「えっ」

 「真っ二つと どっちがいい」

  そりゃ、答えは決まってる!


  三方から怒濤の勢いで地中を泳いでくる魔物。
 銀色の鎌が唸った。三人は思いっきり地を蹴って飛んだ。


  ガシャアン、と凄まじい音がした。
 慌てて振り向き見ると、ハサミが互い違いに噛み合った状態で、三匹の魔物が
 身動きを取ろうと もがいていた。そして、その中心には一本の剣が。

 「剣 置いてきてどーすんだよ!」

 キャンディは剣を地面に突き立て、支点にして飛んだのだった。お陰で丸腰だ。
 が、彼は慌てるより先に言った。

 「ポポ、雷!」


 はっとしたポポが呪文と印を完成させる。

 魔法の源が形を成し、幻が現となる。ポポが渾身の力を込めて
 手を突き出すと、稲妻が駆けた。まっしぐらに剣を目がけて。

 音を立てて宙を裂き、黒魔法〈サンダー〉が剣に達する。正確に言うなれば、
 剣を通して ―― 三匹の魔物まで。




  ほっと息をつく間もなく、今度は空から襲撃が来る。


 「何あれ!?」


  ポポが怯えるのも無理はない。遠目からでは大きな昆虫に見えたのだが、
 近づいてきたのは、この上なく奇妙な生き物だったからだ。


 背には昆虫さながらの薄い羽が生えているのに、胴はどこか人間の肉体のよう。
 昆虫だったら細い足が生えている辺りに、腕が生えている。
 首は短く、胴に埋もれた頭部には、目が見あたらない。

 目立つのは やたらと大きな口で、上下に2本ずつ鋭い歯が見える。
 赤く見えるのは、毒を含む為か、血に濡れた為か。


 「痛そう…」


 まず仕掛けるのなら、あの爪で、だろう。生えた手が、構えの姿勢に見える。
 ズタズタに引き裂いてやると言わんばかりだ。


 ――と、


 「ちょっとちょっと!俺 忘れてない?」

  ひゅんひゅんひゅん! ブーメランが小気味良い音を立てて、翻った。
 飛行路を撹乱するには、それで充分。


 奇っ怪な魔物の姿に顔をしかめたアリスだったが、きっ、と視線を上げた。
 草原を渡ってくる風に白いローブと茶の髪をなびかせ、決然と ―― 挑む。
 

 「〈エアロ〉」


  …瞬間、風が渦を巻いた。
  集まり、凝縮された精霊の力が、ある一点で解放される。


  酷く耳障りな悲鳴が上がった。
  硝子を擦った音の中に、女の高い声が混じったような。


  魔物の胴は翼をもがれて、地に落ちた。

 その様が生々しく、そのままでは見ているだけで吐き気がしそうだった。
 が、そう感じる間もなく、魔物の姿は地に染み入るようにして消える。
 そして、散れた半透明の羽も、風に流されて――間もなく宙に融けた。

 まるで、最初から存在しなかったように。


 「………」


 そういう思いに行き当たると、決まって、無性に哀しくなる。


  魔物たちはどこから来て、どこに消えるのか――
 この辺りのメカニズムは、未解明だ。
 考えたところで、彼らが答えに辿りつくことはできないのだった。


 草が風になぶられて、ざあっ、と音を立てる。
 気のせいか、切なく響いた。




  時折 魔物に嗅ぎつけられては、それを撃退し――
 風に吹かれながら、彼らは進んだ。



 どれくらい歩いたか。さすがに言葉少なになった頃、


 「おっ」
  
 ムーンが、ふいに先の方に、出っ張った小さな岩を見つけた。
 ただ歩くだけでは退屈していたところだ――突然、彼は言う。


 「みんな、あの岩まで競争しようぜ!」

 「え」


 「よーい、ドン!」

 「ズルイーっ!!」


  言うが早いか駆け出す次兄の背中を、慌ててポポとアリスが追いかける。


 「待ちなさーい!」

 「待ったなしー!!」


  いつもの如く笑うキャンディに、デッシュもまた駆け出しながら言う。


 「俺に負けたら、後でエール1杯奢りだからなー!」

 「…っ 未成年に酒代を "たかる" か!」


  声を大きくしながら、彼もまた慌てて走り出した。
 その側を、ここぞとばかり風が追い抜いていく。


  夏の夕空は優しい。
 いつまでも長いこと明るさを帯びて、五人を見守ってくれていた。

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