FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -4



   

  (4)城砦探検



  城門も開かれたまま、一切 人が居なかった。
 普段なら怖い顔をした門番が控えているだろう場所には、
 物も言わず建物の影だけが横たわっている。

 繰り返し繰り返し、同じ呼びかけをしたところで、返答があろう筈もない。


 徐々に日が傾きはじめていた。

 ――人の息づかいが無い処。
 静寂が支配する場を、西日が徐々に黄昏の色に染めつつある。


 こうなると、古の城砦は、遺跡と見紛うばかり。郷愁さえ感じる。
 どこか、時代を遡った別世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 不思議な感覚をおぼえながら、五人は城内へ足を踏み入れる。


  古めかしいタペストリーを見上げ、正面を奥へ。
 間もなく階段へ差し掛かった。


 「へえ…もっと古くさいかと思ったけど、趣味の良い細工だな」

  壁に取りつけられた燭台。規則正しく並んだのを、デッシュが値踏みする。

 「やめなさいよ、お行儀悪い」


 高い位置には採光窓がある。それに視線を移して、全員
 思わず はっと息を呑んだ。


 「うわあ…」

 「ねえねえ、あれ」 

 「凄え…!」


  ――硝子だ。複雑に装飾を施された窓へ、整然と填めこまれて。
  それが、きらりと光に透ける。
 

 硝子は流通しているものの、どちらかといえば高級品に分類される。

 ましてや、こんなに沢山の硝子を――繊細な装飾を施された窓を、
 四人は初めて見た。所どころ、赤や青の色が付いたものまである。

 これなら、もし一流の美術品と言われても、驚かない。
 日射しが通り抜け、階段の凹凸に美しい模様の影を落としている。



 「なるほど…ドワーフなら、これくらい やってのけそうだ」

 「ドワーフ?」
 「小人の親戚みたいな奴だな?」


 「大地の精って言うんだ。洞窟に住んで、宝石や金属の鉱脈を探すのさ。
  加工の技術にも長けてるし、火の扱いは、それこそ魔法みたいだぞ」

 「火、かぁ…」


 「…それにしてもデッシュ、本当に良く知ってるな」
 「そういうとこは、癪だけどホント尊敬するわ」

 「任せなサーイ!」

  デッシュはガッツポーズを作って笑った。実は自分でも吃驚だった。


  暫し見入って、また奥へ。



 中央階段は、城の階段にしては幅が狭かった。
 かつん、かつん、と歩を進めていたポポが、ふいに足を止めた。


 「ポポ?」  「どした」

 兄妹が振り向いて問う。――すると彼は、怯えた様子で言うのだった。


 「……。誰かに、後つけられてるような気がする……!!」


 「!?」

  デッシュ、ムーン、キャンディの三者が咄嗟に耳をそばだてた。
 息を殺して、懸命に敵の気配を探る。
 こんな状況だ、ポポの言う通りでも不思議はない。

 暫し、緊迫した空気がその場に流れる。

 「――――」

 が、次の瞬間。


 ほっ、とキャンディが緊張を解いた。


 「大丈夫みたいだよ、ポポ。――ムーン?」

 同意を求める視線を受けたムーンもまた、
 ゆっくりと息を吐き、力を抜いている。

 「なんも無い。――ったく、ビビらせんなっての」

 「でも…っ」


 涙目になって詰め寄ったポポの耳に、かつん、かつん、と音が こだました。
 見ると、デッシュが わざと踵を、石の段に打ちつけている。

 「音響いいねーここ」

 遅れて響く音のせいで、後ろから誰かがやって来るように聞こえたのだ。
 静かだったこともあり、耳は敏感過ぎるくらいにそれを聞き取った。

 正体が判った途端、一気に力が抜けていく。


 「…ごめん…」

 「いやいや。よくあるある」


  ムーンが呆れ気味に弟を眺め、やがて、身体の前後を さっと入れ替えて
 先を急いだ。キャンディが励ますように笑い、アリスが小さく「大丈夫よ」と
 言って肩をそっと叩く。

  兄妹たちの背を ぽかんと見上げたポポだったが、
 彼もまた袖で涙を拭うと歩き出そうとした。
 と――今度は、デッシュが立ち止まったままだ。


 「デッシュ?」

  泣いた鴉がもう笑った、の言葉よろしくポポが呼びかける。――すると。
 不意に、俯いたデッシュが…ニタリ、と笑った。

 「―――!!」

  たちまち、ポポの笑顔が引き攣った。


 「うああああん!!」

 「待ぁぁてぇぇ〜〜〜!!」


  埃を蹴立て、引き倒さんばかりの勢いで階段を駆け上がってくる末弟と、
 芝居がかって両手を挙げ追いすがる男を、三人は階段の両端ギリギリに寄って
 やり過ごした。

 「おー速い速い」

 「どっちが子供よ」

  キャンディが吹き出す。



  いつの間にやら中央階段を終点まで登りきったポポは、
 前のめりになりながら息を整えた。少しばかり酸欠で、ふらふらする。


 ――ゆらめく視界に映ったのは、堂々たる円卓。
 そして、卓を囲む六つの椅子だ。

 クッションはどれも座り心地が良さそうだ。
 上座中央の椅子だけ、立派な背もたれが付いていた。そこには、
 十字を模った立派な刺繍が施されている。これが玉座なのだと一目で分かる。


 「到着!」 とデッシュ。


  探索するうち、一行は場の空気に慣れ、落ち着きを取り戻し始めていた。
 何せ、古代の遺物が そのまま現れたかのような城だ。
 あのキャンディでさえ、幾分 楽しそうに見える。

 彼らは、時間を たっぷり使って、この王の間を検分した。


 「うお、何かカッコイイ!」

  円卓を見て、ムーンが喜ぶ。


 「会議中だったのかもね」


  書記板と白墨――書き途中。


 「ナニナニ…『地震による各地の被害状況と、今後の連携について』」

 「こっちが、決定事項を書く紙みたい」


  蓋の開いたインク瓶。中身はパリパリに乾いて、もう使い物にならない。
 紐で綴じて冊子になっている分を、デッシュが ぱらぱらと めくった。

 「…凄いな…各地からの報告がすっかり纏まってる」

  ざっと見て戻そうとした時、はらり、とページの間から抜け出たものがある。


 「デッシュ、何か落としたよ」

 「ん?」


  拾って渡そうとしたポポは、見覚えのある字体と綴りに、思わず声を上げた。
 一通の手紙。差出人の名は、――誰あろう。


 「おじいちゃん!?」

 「「「ええっ!」」」


 既に開封の形跡があった。
 開けてみろ開けてみろ、と促され、ポポは躊躇いながらも中身を取り出す。

  そこには四人の故郷『ウル』周辺の被害状況報告から始まり、アーガス側の
 安否を気遣う言葉や、これからの方策についての相談が連ねてあった。
 そして――四人の孫がクリスタルの啓示を受け、つい先日旅立ったことまでも。


 『まだまだ子供ですが、全ての命運は、あの子たちの肩に掛かることと
  なってしまいました。心根は真っ直ぐな子たちです。
  もし貴国を訪ねることがございましたら、差し出がましいお願いでは
  ございますが、何卒宜しくお願い致したく――』


 「…。…おじいちゃん……」

 「見かけによらず心配性なんだからよー」


  この調子では、もしかすると各地に同じ書状が送られているに違いない。
 何だかんだと言いながら、思わぬ所で触れた身内の面影に、懐かしさを
 噛みしめる四人だった。

 ――旅立ったのは、風がまだ冷たい頃。
 しかし今日あたり、村では夕涼みの準備でもしているんだろうか。

 今はもう夏。
 夕日が差し込むここ円卓の間は、どことなく物寂しい。



  円卓の間から、外に出る扉があった。行ってみると、屋上庭園になっている。
 泉が東西に一つずつあり、水音だけは涼しげな独り言を繰り返していた。

 そして、例のごとく泉にはクリスタルに由来する燦めきがあった。
 各地で人を支え、寄り添うように、クリスタルの泉が湧き出ている。
 …そういうものなのだろうか。


 「綺麗だけど、ここも囲まれてるのね」

 アリスが落ち着かなげに言った。確かに、こう壁ばかりだと少々閉塞感がある。



  城の中に伝書のやりとりをする鳩小屋があったが、中は空だった。
 魔物や獣に荒らされた形跡は無い。
 人々と一緒に消えたのか、異変を察知して飛び立ったのか、どちらだろう。

 通信士の手紙など、異変の手掛かりに繋がるものが見つかれば、と思ったが
 空振りだった。



  城の敷地内には兵士の宿舎らしき一角があった。
 それから、鍛錬場も見つけた。

 この城は、どこも歴史と伝統に溢れた雰囲気で、誇りに満ちている。

 「"埃" も いっぱいだけどな」――ムーンが笑った。


 「立派な剣だな…どれも良く使い込まれてる」

  キャンディが剣を手に取り、言う。
 アーガスは優れた戦士や騎士(ナイト)を輩出する国だと聞いた。
 その裏づけが、ここにある。


 幾つも立てかけてある練習用の木剣を手にすると、キャンディは弟に手渡した。

 「どうだ?久々に」

 「おう」



  適度に距離を空け、二人は構え、向かい合った。

  お互いに相手の出方を窺っていたが、先にムーンが雄叫びを上げて踏み出す。
 受け止め、今度はキャンディが仕掛ける。
 その動きにムーンの剣がしっかりと ついてきた。

 ムーンの速く鋭い突きを かわしながら、キャンディは側面に回りこむ。
 キャンディの振り下ろした剣を、ムーンがギリギリで止める。
 
 暫し、打ち合いの音が、小気味よく響いた。


 ムーンは、いつも全力で向かってくる。
 彼の正直すぎるくらい真っ直ぐな性格は、剣術にも しっかり反映されていた。

 渾身の力を込めて突進してきた弟を、切っ先の動きで引きつけておいて、
 キャンディは攻撃の手をかいくぐり、相手の鳩尾を突いた。
 ――膝をつくムーン。 「っきしょ……」


 「今日は、僕の勝ちだな」

 落ち着くのを見計らって、キャンディは木剣を受け取り、自分の持っていたのと
 合わせて元の位置に戻した。


 「だいぶ使えるようになったじゃん。ズルイ手まで」

 「頭脳戦と言ってくれ」

 「ま、モノは言いようだな」

 「酷いな」

  二人は、からからと笑った。




  通路という通路を周り、階段という階段を上り下りし尽くした。
 鍵の掛かっていない部屋という部屋は、残らず見物した。

 どこにも、誰も居ないことを確かめただけだったが…
 城の中を これだけ じっくり探検できる機会なんて、滅多に無い。


 ―― 状況を観察すると、彼らはその場を後にする。
 「誰もいないから、今夜は城に泊まろう」などとムーンが言い出したが、流石に
 それは却下された。



  町に戻り、別の通信屋を訪ねたが、やはり鳩小屋は空だ。

 「弱ったな…」

 海賊たちへの連絡手段が絶たれてしまった。

 「とりあえず、休もうぜ。休憩したら、何かいい知恵浮かぶかもしれない」


  無人の宿を使わせてもらう。
 誰も居ない町と幽霊が出る町、どちらが怖いだろう、という話になった。
 これほど静かな夜を過ごしたのは初めてかもしれない。


 一晩明かすと、探し出した会計箱に五人分の宿代を そっと足して、
 キャンディは外に出た。

 「別に誰も居ねーんだから、分かんねぇのに」

 「宿代 踏み倒すなんて、寝覚め悪いじゃないか」

 「ほんっと、律儀な奴」



 「さて。そんじゃー行きますか、諸君!――で、良いんだな?」

  デッシュが明るく号令を掛けた。


 「いい。こんなトコに何日も居たんじゃ、気が狂いそうだよ。
  連絡つかないから、船も来ないしさ」

  いつ来るとも知れぬ迎えを待つなんて、不毛な真似はしたくない。


 「さっさと行って、合流しましょ。
  連絡が無きゃ、船のみんなもトックルから動けない。
  どうせ『時間を食うかもしれない』って言ってあるんだし、
  こっちから行く間 待たせるのは ご愛敬よ」


 「せめて連絡手段があれば…あるいは向こうの状況が分かれば、
 『この場に留まって待つ』こともできるんだけど。
  このままじゃ、お互いに動けなくなっちゃうからな」

  ――八方塞がり再び、である。


 「また歩きかぁ〜」

 「でも あんた、船よりましなんでしょ」

 「その通り!」


 「やっぱり、チョコボ飼いたいな…」 ポポが言う。

  チョコボというのは、馬よりも安価でポピュラーな乗用鳥だ。
 遠方へ旅する時は特に重宝する。

 翼が退化しており飛ぶことはできないが、陸上を器用に二本足で走る。
 馬同様に俊足で、砂漠を越えるラクダに負けず劣らずタフな奴なのである。
 加えて、(どうでも良いが)鳥なので羽毛がフカフカで、鳴き声も愛嬌がある。
 ポポが飼いたがっている理由は、おそらく そこだろう。


  野生のチョコボが生息している森は、かなり多いと聞く。
 人はチョコボを捕獲してきて、乗用として手なずけるのだ。

 ただ、チョコボも もちろん人を警戒するから、掴まえるのは大変だ。
 持ち前の足の速さで逃げるし、もし その脚力で蹴られたら、
 大怪我では済まない。


 「船に乗せるのか?
  そういや、エンタープライズは家畜運搬も出来るって聞いたな」

 「その前に、お前自分で掴まえてみるのが先」

 「え?う、う〜ん…」


  アーガスの城を後に、彼らは草原を行く。その彼らの姿を――鳩が見ていた。

  一羽きりの鳩は翼を翻し旋回して、舞い降りる…止まり木代わりの腕に。

  腕 ――? …人影だ。

 城の、屋上庭園の更に上 ―― あの、円卓の『玉座の間』の真上。
 平面だが、滅多に人が登らないであろう、屋根の上に。


  黒檀の色をした長い指が、そっと白い羽毛に触れる。
 クルル、と鳩は鳴き、従順にしている。

 やがて飛び立った鳩は、空の高みを目指し、地上からは見えなくなった。

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