(3)消えた民
風を掴まえてしまえば、アーガスまでは あっという間だった。
途中、サハギンなどの魔物が襲撃してきたことを除けば
(そして船酔いさえ除けば)比較的順調な船旅だったと言えるだろう。
上陸時は雨雲が去り、波も穏やかで幸いだった。
以前サスーン王に譲り受けた魔法のカヌーに乗り換え、
四戦士とデッシュは砂浜続く海岸を目指す。
降り立った場所には、穏やかに波打ち寄せると白い砂。
そして、砂浜を抜けると、その先には一面緑の草原が広がっている。
「凄ーい!」 アリスが駆けていき、両手を広げて ぐるりと回った。
「行こう」
波音に送られ、野を行く。内陸へ暫く進むと、風が変わった。
海の潮の香ではなく、陸側の空気は草の匂いを含んでいる。
その陸地の中ほどに、やがて堅牢な城が姿を現した。
土色の煉瓦を幾つも幾つも重ねて作られた大きな城。外壁も高く積まれ、
遙か上方に見張り窓らしきものが沢山付いている。
「うわ…」
遠くから見ても、そして近づけば近づく程にその大きさ、佇まいに圧倒された。
白く優雅に天を突くサスーン城とは違う。
「お城っていうより、なんかこう…もっと違う感じじゃねーか?」
「うん、まるで砦だ」 「物騒ねぇ」
――四人が言うと、物知りデッシュの一口講座が始まる。
「ここは元々、出城の一つだったんだそうだ。
その昔、本城の老朽化で ここに都を移したんだとさ」
「なーる。だからか」
アーガス城は、大陸史上最古の城とも言われている。
そこまで頭に入れると、伝統を受け継いできた由緒正しき王家と
目の前の建物が、ぴたりと一致した。
風になびく旗や装飾幕には、古の幻獣『グリフォン』の紋章。
国を象徴する色なのか、揃いの赤が使われている。
「今の王様はデキる上に話の分かる人で、外交にも内政にも
かなり功績のある人なんだと。色々言われてるが、一番なのはコレだな。
民を大事にする人で、領民からも支持が厚いとか」
「へえ…良い国だな」
「やっぱ国民を大事にしてくれる王様ってのが、1番なんだよな」
とある地方では、『赤色』を命の輝きに例えることもあるという。
『生命の赤』をモチーフにしたのだろう、と聞けば、かなり良い印象だ。
「サスーンの王様と、どっちが素敵かしら?」
「サスーンの王様、ぱっと見 神経質で怖そうだったからなー」
「こらこら」
入口の門は、あまり広くなかった。そこを越えたら
すぐに城の中だと思ったのだが、通りは奥まで続いており、
町並みが広がっている。
「うわ、町がある。壁に囲われてるんだ…!」
四人の故郷ウルの在るパルメニア山脈地方では、
王の居城と、領土である各町が、離れ独立していた。
また、サスーン城下にも家並みは在ったが、
その殆どが城で働く人々のものらしかった。
そんなわけで、四人が具体的に
城に付随する『城下町』を見たのは、これが初めてだった。
「…きっと、町は遷都した後に造られたんだな」
「じゃ、外側の壁は…城下の人も守れるように、なんだね」
「この壁が無いと、『攻め落としてくれ』って言ってるようなもんだもんな」
「そうそう。平原だからなー、真っ平ら」
大きさと存在感、そして物珍しさに、彼らはきょろきょろと辺りを見回す。
――お陰で、すぐに気づいた。町全体を包む、異様なほどの静けさに。
「ねぇ、ちょっと静か過ぎやしない?」
ここは城で、町もあって。だから人々の喧噪や、姿が在ってしかるべきだ。
――しかし。
「…こんにちはー!」
「どなたかいらっしゃいますか?」
試しに店の戸口を潜ってみても、返事一つ無い。
「―――……」
気配がない。息づかいが聞こえない。誰も居ない。
――通りにも、誰一人。
「!!」
「あ、ムーン!」
ムーンが走り出した。手近な民家の扉を、思い切り叩く。 「こんちは!」
一行は視線を交わし、急ぎ方々に散らばって同じようにした。
「こんにちは!」 「おーい!おーい!!」
「誰か、誰か居ませんか!?」 「居たら返事してくれ!!」
窓から中の様子を伺い、声を張り上げ、戸を激しく叩き、
店の軒先に飛び込んでは また呼びかけ ―― 方々を駆け回る。
いつの間にか、全員 妙な焦燥感に駆られて、動いていた。
とうとうムーンが扉の持ち手をガチャガチャと弄(いじ)りだす。
懸命に押して押して、開かない!と焦る。
金具が悲鳴を上げたところで、やっと手前に引けば良いのだと思い当たり、
今度は うっかり力一杯引きすぎて、身体を外側に振られ…
「わっ」 勢い余って外開きの扉に弾かれる。
バタン! 大袈裟な音を立てて開いた扉の中は、やはり無人。
「……………」
不意に微かな音を聞き取る。反射的にびくりと震える身体。
落ちたのは、一輪挿しの――すっかり枯れて色を無くした、薔薇。
息を切って、肩を上下させる。嫌な汗が、額を流れて下った。
知らず知らず唾を飲み込み、…今度は家の中へと駆け込む。
「…誰か!!誰か居ないのか!?」
部屋という部屋を確かめる。
階段を上り、挙げ句の果てに寝台の掛け布まで めくる。
暫く、人の所在を確かめる雑音ばかりが響いていた。
―― やがて残ったのは、不自然な静寂のみ。
事態を悟ると、五人は元居た表通りに集まった。
「居たか?」
「駄目だ。そっちも?」
「うん…っ」
商店は揃いも揃って売り物を広げ、置きっぱなしにしたまま。
鍛冶仕事は途中で放り出され、宿の帳面も書きかけ。
家という家の窓や扉は鍵も掛けずに開きっぱなし、
とある民家では客でも来ていたのか、卓の上に茶の用意がされ、
客人のものらしき手荷物も そのままに、人が消えている。
どこもかしこも人が消えたとしか思えないような案配。
さもなくば、ある日突然、国中の全員が、生活を放棄したようにしか見えない。
「どうなってるの!?」
「俺だって聞きたい。――…集団夜逃げか?」
「んなわけないでしょ!真面目に考えて!」
「怖い…」
「―― 尋常じゃない」
キャンディの呟いた一言が、重みを増して、嫌に印象深く残った。
「―― 城は?」
ぽつりと問うたのはデッシュ。はっと思い当たり、四人は我先にと駆け出す。
その後を、デッシュが追いかけた。
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