FINAL FANTASY 3【古代の生き証人たち】 -2



   

  (2)アーガスと飛空艇



  アーガス王に請願書を送ったのだが、とシドは表情を曇らせた。


 「返信が無くての。もう 二月(ふたつき)になる」

 「二月」 キャンディが唸る。 「長いですね」


 ダイニング・テーブルを囲みながら、四人は話を聞いているところだった。


 「今日は どうだ」

 「戻ってませんね」 弟子のジェリコが、首を横に振る。
 伝書鳩をアーガスに向けて放ち、それきりなのだそうだ。


 「こんなご時世だからの。途中で何かあったとしても、不思議じゃないが」

  魔物に やられて落とされた可能性を意図に含み、彼は言った。


 「王様に宛てた手紙なんだろ?王様も忙しいんじゃねーの?」 とムーン。

 「そうかもしれないけど。こっちも、火急の用件のつもりだったんだ」



  一方で首を傾げるのは、家政婦としてこの家に居る娘、アンだ。

 「あれ?君たち、まだアーガスには行ってないんだ?」


  ―― おっと、しまった。…動揺が、つい顔に出てしまう子供たちである。
 一応、アーガスに祖父のおつかいで…と言って、以前ここを出たのだ。


 「えーっと」

 「…いろいろあってさ!まずカナーンへ戻ろうってことになったんだ」

 「船員(クルー)と相談した結果です。アーガスには、この後寄ってくれると」

 「そう!どっちみちデッシュを
  この街へ連れ帰るつもりだったから、良かったの」


  ――うん。嘘は言ってない。


 「もー。こいつが聞かなくってさー」 

 「何よ!」



  そう、と納得され、子供たちは ほっとする。
 …やっぱり、これって心臓に悪い。

 和やかに続く話の裏で、四人揃って そう思った。



 「早く帰らないと、長老様も心配するんじゃない?」

  ―― 言われて、ポポの笑顔は少し萎む。
 船に乗ることができて心弾んだり、気心知れる仲間が増えて嬉しい一方で、
 帰れるものなら、帰りたいと言ってしまいたい自分が居る。

 一瞬、心が挫けた。 ――帰れるものなら。


 カナーンは、故郷から遠くはあるけれど、まだ陸続きだ。

 今もし帰ったら、祖父は怒るだろうか、呆れるだろうか?
 母は、悲しむのだろうか?
 いや…その前に、兄と妹がどんな顔をするだろう。


  そんなポポの目の前、えっちらおっちらとジェリコが何かを運んでくる。
 ごとりと重い音をさせて彼が卓上に置いたのは、見覚えのある奇妙な箱だった。


 「『時の歯車』――」

  別名、永久機関。天かける船、飛空艇の原動力を生み出す装置だ。
 底を除く五つの面から、一本ずつ六角柱の棒が出っ張っている。
 一本だけ、ひびが入っているものがあった。

 「これが、どうかしたの?」


 「時の歯車は、アーガス王が保管しておるんじゃ。
  これは残念じゃが、もう使い物にならん。
  新しく譲っていただくことは できぬかと思ってな」


 「そっか…〈ケアル〉で修理できちゃえばいいのにね」

 「やってみねーか?」

 「何があっても保障できないわよ」


 「飛空艇さえあれば、空を巡って旅が出来る。これからのお前さんたちには、
  必要不可欠じゃろう」


 「でも、シドさん」とキャンディ。
 「僕たち、もう充分過ぎるくらい貴方にお世話になりました。沢山のことを、
  貴方にしていただきました」


 「ええい、何度も言わせるな、気にするんじゃない」

 「船も手に入ったし――」 ポポが言い添える。


  シドは頷き、しかしな、と続けた。

 「世界は広い。お前さんたちも、ネルブの谷を飛んだ時、感じなかったか。
  ――空を行き来することが出来れば、世界は無限の拡がりを見せる。
  人類未踏の地も、まだまだあるかもしれん」


  滔々(とうとう)と語りながら、皺に囲まれたシドの目が
 輝き始めたのを四人は感じた。

 シドは齢60を越えているそうだが、若さの秘訣が分かるような気がした。
 こんなにも世界は驚きと発見に満ちているのだと、情熱を全身から溢れさせ
 語る様は まさに冒険野郎。強く、若々しく、なんてカッコイイんだろう!――


 「クリスタルの命を受けたお前さんたちにとって、
  世界を知るのは大事なことじゃ。その手助けにはならんか?」


  傍らで聴いていた弟子と手伝い人は、一斉に四人を見た。
 師の話を我が事のように聞いていた表情を崩し――あるいは、
 ポットのお茶を うっかり溢しながら。

 優しく目を細めているのは、シドの奥さんばかり。
 全て分かっている様子を見るに、シドから話を聞いたのだろうか。


 「――っシド!!」


 「案ずるな。『光の四戦士』だなんて、大っぴらに言いふらしたりはせんよ。
  そんなもんは、お前さんたちの通った後から そのうち勝手についてくる。
  …ただな、必要な時、必要な者には事実をキチンと伝えなさい。
  ――ここまで関わった儂らは、もう立派な関係者じゃと思うが?うーん?」


 「…はい……」

  子供たち――いや、戦士たちは、胸に込み上げてくるものを感じた。
 ありがとう、と四人揃って頭をさげる。
 ――認めてくれた。この人も、自分たちを一個人の人間として。

 身の引き締まる思いでありながら、同時に何だかとても、くすぐったかった。



 やがて、シドは きっぱりと言った。

 ――「飛空艇を造る」


 その顔は、もう人の好いお爺さんではなく、プロの職人のものだった。


 「その為には、アーガス王の許可と時の歯車が要る」

 「わかりました。アーガス王に謁見して、お願いをしてきます」

 「どのみち、世話になるのは俺たちだ。
  だとしたら、こっちから行くのが筋だな!」

 「ありがとう。頼んだぞ。儂からも念を入れて、もう一度報せを打っておこう」





  ――四人を送り出した後、ジェリコは師匠に ぽつりと言った。


 「俺はまた、親方と貿易の仕事に出られるもんだと思ってました」


 「いずれは、考えておらんでもないがの。
  まずは、あの子たちに足を用意してやらんと。
  どのみち、世界を旅するには ここを出ていかねばならん。
  世界は、あの子たちが思っている以上に広い――…嫌か?」


 「イヤなもんですか。職人の誇りにかけて、やってみせますよ!
  やっと…やっとなんだ。手がけた艇(ふね)が世界中を駆け巡るなんて、
  ………っうあ〜〜!余計ワクワクする!!」


 「うむ」 シドも嬉しそうに頷いた。

 「助ける――と言えば聞こえはいいがな。結局のところ、
  飛空艇は儂の意地なんじゃ」

 「ですね」



  時の歯車は、飛空艇の軍事利用を危惧した現・アーガス王が回収を行った。
 その為、飛空艇の存在自体が希少となった。結果、シド自身が先駆者となり
 発展した飛空艇貿易は、十年余りで終息してしまった。

 当時は大所帯だったシドの工房も、今はこの通り。

 熱意と意義を王に直訴し、たった一台残してもらった飛空艇を、
 シドは大切に大切にしてきたのだ。



  ジェリコは弟子としてここへ来て10年になるが、まだ20代。
 当然のことながら、飛空艇が空を飛び交っていた全盛期を知らない。


 「俺の手で、飛空艇が飛ぶ……」


 興奮が彼の体を、震えとなって走る。老師匠には、その弟子の気持ちが、
 痛いほどに よく分かった。



 「…まてよ?てことは、シド・ヘイズ一門が ついに集まるわけですか!?」

 「うむ…それなんだが、全て、というわけにもいくまいな。今は遠くに離れて
  居る者もおるし、個人の事情もあるじゃろう。おまけに、今の工房じゃ、
  艇(ふね)をイチから造るとなると、大変な時間が掛かるのぉ…」

 「そんなあ!じゃ、どうするんですか!」


 「ひとつ、手がある。上手くいけば一石二鳥じゃ。
  明日、あの子たちを送りに港まで一緒に行こう。朝イチじゃ」

 「出発はもう少し後でしょう?」

 「"船に" 用がある」 ―― シドは にやりとした。





  その日の夕刻、船内会議が開かれた。次の進路を決めるためだ。

  四人は勿論アーガスへ向かいたい、と提案したが、
 内海の遙か南にある『トックル』へ向かいたいという者も多かった。


  トックルは小さな村だ。南側の耕地はとても肥沃で、村を支える収入の大半は
 農業に頼っているが、一方で海からも近い為、北側近海で漁業が行われている。

 海賊仲間には ここの出身者も居り、身内を案じる声も聞こえた。


 「フェルの家族も、ここに居るのか」

 「んー姉貴がね。甥っ子も居るよん。もう六歳くらいになるかなぁー」

 「へぇ」 「可愛い?」

 「可愛い可愛い。もう少ししたら生意気な盛りになるんだろーけど」



  話し合いの末、船長ビッケが決定を下した。

 「こうしよう。まず、お前ら五人をアーガス側で降ろす。俺たちは船で
  トックルに回るから、お前たちは用を済ませたら伝書鳩(しらせ)を
  こっちへ寄こせ。大抵の町や村にゃ、通信士が居るからな。
  状況を見て、迎えに来るなり次の指示を出すなりする。後で合流しよう。
  ―― 他にアーガスで降りる奴は?」

  船長に訊かれ、否定をするのが約二名。


 「わたしは家出同然の身だからなあ」 と苦笑を浮かべる船医シャル。

 「いっ、いいっスよ、俺もそんなモンだし!第一、戻ったら何言われるか…!」

  両手を振って慌てるのは、黒髭ダナンである。――それを横に、風守セトも
 また静かに目を伏せた。ちらりと視線を送ったダナンやシャルには気づかずに。


 「じゃあ、俺たちだけだな」

 デッシュの言葉に頷いて、キャンディが言った。

 「一段落したら、報せます」




  翌日、エンタープライズはカナーンを出港した。

 シド夫妻とジェリコ、アン、そしてサリーナが見送りに来てくれ、
 見えなくなるまで ずっと手を振ってくれていた。

 ―― そういえば、シドは朝早くやってきて何やら船長と話し込んでいたよう
 だったけど、あれは何だったんだろう。

 まあいいか。

 やれやれ、とムーンは思う。
 飛空艇さえ使えるなら、こんなにありがたいことは ないんだけどな。
 しかしまあ、『光の戦士』が船酔いだなんて、何てシマらないことだろう。
 まずは、船酔いを やっつけなくては!


 「ぼさっとしてんな、小僧!こっちへ来い」


 ―― おっと、言ってる側から これだ。

 「今行くよ!」

  容赦ない怒鳴り声に応じて、彼はその場を後にした。


  港の方角を見つめていたデッシュもまた、持ち場に向かおうとする。
 ふっと息をつき踵を返した彼に、アリスが言った。

 「ちゃんと話してきた?」

 「うん。嬢ちゃん、ありがとな」


  あっさり言われ、どこか寂しげに ―― アリスにはそう見えた ――
 笑われてしまうと、こちらとしては それ以上言うことが無い。

 「サリーナさんがいいなら、それでいいのよ。あんたの為じゃないわ」

  わざと つんと すまして、先に船室へ駆け込んでしまう。
 妹を呼び止めようとしたポポだったが、何となくデッシュを見上げた。
 それに応えて、デッシュも何となくポポを見る。


 「帰る場所があるってのは、嬉しいけど、ちょっぴり重いかもな」

 「そうかな…」

  重い、という表現は、ポポには分からなかった。

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