第3巻:火は歌う |
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決起 | |||||||||
海賊船エンタープライズは、用心のため、トックルの村から少し離れた場所に接岸した。 光の四戦士は、船長ビッケらと共に村の正面出入口に立つなり愕然とする。 「――」 「ひでえ…」 以前訪れた時も荒れていたが、そこに輪を掛けてより酷い有様だったのだ。 家々は見るも無惨に破壊され、残っているのは曲がった梁、折れて黒焦げになった柱。 壁はただの瓦礫と化し、屋根はバラバラの破片になって落ちている。 窓枠や戸の縁だけが原形を留めている建物もあった。 ところどころで炎が燻り、煙を上げて空気を濁している。 見るからに寒々しい光景だ。まるで、戦場跡――ついさっき攻め落とされたみたいじゃないか。 様子を見に来たエンタープライズ乗組員の面々も、言葉を失った。 いたたまれなくなり、思わず目を伏せる者。あるいは仲間の安否を確かめるため、大声で呼ばわり村に入る者。 近くに敵がいるかもしれない、と船長ビッケが止めるが。 「フェル」ムーンもまた、思い出したように名を呼び、「フェル!」 そのまま仲間の所在を求めて駆け出した。他に何ができただろう? 「よせ、止まれ!」 叫んだビッケには目もくれず、ムーンは村の奥を目指す。 後を追うポポ、躊躇いがちに続いたアリスと、弟たちを止めかけて、一瞬困惑しビッケの方を見るキャンディ。 ややあって、ムーンをはじめ村を歩き回っていた者たちが、その足をぴたりと止める。 「!」 彼らは、海賊頭ビッケに従って止まったのではなかった。 動こうとしても動けなくなったのだ――突然、身体が硬直したために。 (しまった!) 光の四戦士は悟った。まんまと敵の策略に乗せられてしまったことを。 ムーンの口から、言葉にならぬ声が漏れた。上手く喋ることができないのだ。
キャンディの瞳が、ビッケの方を向きながら驚愕に見開かれている。 「魔法か…っ」 そう口にした途端、ビッケも、同じ症状に襲われるのを感じた。四肢が石のように固まる。 更に、目がかすみ、耳が聞こえなくなり、意識が飛ぶ。 「捕まえろーー!!」 大声で号令が掛かった。雄叫びと大勢の足音が湧き起こり、あっという間に押し寄せる。 なんの因果か、魔法による気絶を免れた光の四戦士には、兵士から容赦なく攻撃が来た。 うまいこと避けて反撃をしてやりたい、と思うのに、動けない! (くそぉっ) 精一杯敵を睨んだその刹那、頭部と腹部に凄まじい衝撃を受け、 そーれ、というかけ声と共に体を担がれる。 「連れて行け。…ハイン様の城で、奴隷として使ってやるわ」 くぐもったその声を聞き留めるより先に、ムーンの意識もまた、闇に融けた。
――ああ。暗い海だ。…と、ムーンは思った。 ゆらゆらと揺れる海草の林を見送り、どこまでも沈む。 ふと気づくと、水中から水面を見上げていたのだ。魚になった気分だった。 これ以上沈むと戻ってこられなくなりそうな気がして、彼は懸命に上を目指す。 そんな彼の回りを、見るからに白っ茶けて生育の悪そうな海藻が取り囲んでいる。 ……随分と長いので、先端は見えない。 どこからともなく伸びてきて、遙か上を目指し闇に消えていた。 ムーンは、病的にくねっている海藻を、気味が悪いとは感じなかった。 ここからでは月も太陽も見えない。だからそうして頑張ったところで、届きやしないだろうに。 それでも光を求めて、必死にその『手』を伸ばしている。意地らしいくらいに。 (その意気だ) 海藻に励まされて、芽生えた不安感を拭った。 自分も、早く出なくては。この暗闇から。 「……」 ぼんやり歪んだ視界が、徐々にはっきりする。 「気がついた?」 「……。シャル」 妹ではなかった。女船医の気遣わしげな表情で、ムーンは何があったのかを思い出す。 咄嗟に、がばと上体を起こした。 起き上がった途端に痛みを覚え、身体を丸めて、頭を押さえる。彼は呻いた。 「動かしちゃ駄目だ」 船医の手がそっと患部を確かめる。元通りに寝かされた。 「気持ち悪くない?」 「少し」 言いながら、されるままになっている。その手は思ったよりも華奢だった。 額に触れる、ひんやりとした掌が気持ちいい。 「軽い脳震盪だね。大きな瘤ができてる。痛みはそのせいだ」 処置も的確だった。おとなしくしていると、ぐらぐらした視界と気分の悪さが、徐々に落ち着く。 落ち着けば落ち着いたで、怒りや悔しさがふつふつと込み上げてきて、ムーンは声を上げた。 「あいつら…思いっきり殴りやがって…!」 「へえ。思ったより元気そうじゃないか」 「シャルは! 何もされなかったか?」 「うん。私たちは、魔法で即バタンキュウだったからね」 『私たち』と言われて、自分と船医の他にも人が居るのに、初めて気づいた。 「派手にやられたなぁ」 「まったくだ」 「おやっさん、すみません。ちょっと…」 複数人の話し声。オヤジの奴も居るようだ。何事か指示を出しているのは、ビッケ船長か。 咄嗟に表情を変えたムーンに、船医は、欲しかった答えをくれた。 「大丈夫。君の兄妹も居る」 「そ、か…」 みんな捕まったのか。そのまま彼は、少しの間ぼんやりしていた。 牢は暗かった。天井に向かって うねうねと伸びているのは、何の蔓だろうか。 ひどく色が悪くて、まるでお化けのような… 「!」 そこまで考え、ムーンは目を見開いた。 とうとう気合いを凝らして再び起き上がっている。 奇妙にねじれた牢の格子が見えた。四方とも木の根っこらしきものが密集し、壁になっている。 お化けのような。これは――根っこだ。ここは、『長老の木』の中では? 彼の脳裏に、様々なことが過ぎっては消えた。 無人のアーガス城と城下町。 一万年を生きている『長老の木』を連れ去られて、「森が死んでしまう」と嘆いていた妖精たち。 誘拐犯は魔道師だと言った。 砂漠で見た、よれよれの彷徨う枯れ木。 アーガスの紋章を着けた兵士が、トックルの村に現れたという話。 セトが教えてくれた、『ハイン』という名前。 「ハインって魔道師が…っ、セトは!?」 「ちょいちょい、ちょい待ち!! そう慌てるなって!」 思いつきを矢継ぎ早にそのまま口に出したので、さっぱり意味が通らない。 ひとまず安静にさせようとした船医の口調も、つられて忙しないものになった。 「…気がついたか」 聞き慣れぬ声が耳に入ってきた。 ムーンは注意深く目を凝らし、声の主を見つける。やつれているが屈強そうな男が、 左右に自分の部下らしき二人を従えて、こちらへやってきたところだった。 ここの暗さは、夜明け前の部屋に似ている。 探し求めたあまりに、一目では風守セトと見紛うたが、実際は全くの別人だ。 汚れ、もつれた髪は、紐のよう。長いこと囚われの身なのだろう、汗と脂で酷い臭いがした。 そんななりの男に対して、 「はい」 と答える船医シャルは、珍しく、妙に畏まっている。 キャンディ、ポポ、アリスの三人が、その後から慌てた様子でやってきた。 既に起きていたのか。…無事を確認してほっとしたムーンだが、それは三人も同じだったようだ。 四人で集まり無事を喜び合ったが、みんなそれぞれに、打ち身や瘤をこしらえていた。 アリスは既に、怪我人の治療にあたっていたのだろう。少し疲れが見てとれる。 どうやら面子が揃ったところで、ムーンは単刀直入に訊いた。 「あんた、誰?」 声を掛けてくれた男の側に控えていた部下二人が、血相を変えた。 それと同時に、 「! こらっ!」 「ばかっ」 「わあっ」 兄妹三人が三人とも、ムーンに飛びかかった。 「痛てっ」 キャンディが、慌ててムーンの頭を押さえつけ、下げさせた。 アリスが、いつにも増して、やかましく騒ぎ立てる。 頭を下げさせられたまま視線だけを巡らすと、 ポポは口をぱくぱくさせ、目でさかんに何かを訴えていた。 ムーンが彼らに文句を言う前に、船医シャルが口を開いた。 「ムーン。こちらは、アーガス国王様だ」 「え? アーガス…」 ――こくおう。 「え!?」 お付きの者が、恭しく礼をして一歩下がる。 『国王』と呼ばれた当の男は、心なしか自嘲気味に微笑んだ。 「私は、アーガス。砂漠の北、大平原にある城の王だ。…とは言っても、今は誰も居ないだろうが…」 王は、自ら名乗った。 ムーンは混乱した。 アーガス王――つまり、だ。 表向きは、『トックルの村を襲撃した兵士たちの主』が、目の前に居る。 どうしたものか。だいたい、ムーンはこういう時の礼を良く憶えていない。 「………。なんで」 思わず顔を上げて、つい無遠慮にジロジロ見つめてしまったが、 王本人から「無礼な!」と叱責が飛んでくることは無かった。 ムーンは顔を上げたまま、兄妹が止めるのもお構いなしで、問いをぶつけた。 『王』と分かった瞬間に生じた驚きも、そのままに。 「なんで王様が、ここに…? …ちょっと待てよ。 だって…アーガスの兵士は、あんたの差し金でトックルを襲ったんじゃないのか!?」 ともすれば「この王がトックルの村を襲った張本人だ!」と、うっかり口に出して 指摘したようにも聞こえる。だからか、とうとうお付きの二人のうち、ちっこい方の一人が 気色ばんでムーンに掴みかかった。 「お前…っ」 「やめろ!」 対するもう一人は、その長身で咄嗟に制する。 「わあっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」 慌てて謝罪したのは、ムーンでなくポポである。 「よい」 アーガス王は、短く言って、掴みかかった侍従を止めた。 「陛下…」 「それ見ろ」 納得いかぬ様子のちっこい奴と、したり顔で頷くのっぽの奴。 …けほんっ ムーンは ひとつ咽せた。 掴みかかられた時の、強い力。 …恐らくはこの男共、ただの付き人じゃない。王の近衛兵だろうか? にわかに張り詰めた空気が、この、どことも知れぬ空間に流れた。 「無礼な発言を致しました。お許しください」 話の軌道を元に戻したのは、例によってキャンディだ。 ムーンも彼に倣って、跪いた。……申し訳ありません、と詫びる。 ちょっと気にくわないが、これ以上、要らんことで揉めたくない。 近衛兵らしき二人が、それぞれに反応した。 「気をつけられよ」 のっぽの近衛兵の、静かな叱責。 ちっこい方は、全くだ、と言いたげにこちらを睨み、王の側近くまで戻る。 「構わん」と、王は言った。「元はと言えば、私が至らぬために、このような事態を招いたのだから」 「国王様!」 「そのようなことはございません。決して」 だが、王は。 「国の大事を止められなかった。私の責任だ」 淡々と言った。 言葉はとても責任を感じている風だったが、悔いて、嘆いて、心底悲嘆を滲ませる感じではなかった。 侍従の二人は知っていた。 王の顔が翳るのは、ひとえに『懸命に戦ったものの敗れた無念さ』からだ。 事態を真摯に受け止め、打つ手は打った。が、どうにもならなかったという…。 「一体、何があったのですか?」 キャンディが訊くと、これには侍従の二人が答えた。 「…ハインだ。ハインは、我が国の神官。だが、あの大地震の後、悪の力に取りつかれた」 直情傾向のちっこい方が忌々しそうに言い、 「ハインは何か、強力な力を得たのだ。そして、その力の生み出す欲望に負けてしまった…」 思慮深そうな のっぽが、伸び放題の顎髭を扱く。 二人は同じように、どこへともなく視線を転じた。 一方は右、一方は左に。 方向も逆だが、表情も対照的であった。 怒り冷めやらぬ小さな侍従は、 「あの青瓢箪めが」と歯噛みする。「陛下の剣まで取り上げて…!」 「もっともな話だ。あの剣は王家に代々受け継がれてきた特別なものだからな」 のっぽの方は、相変わらず落ち着いた物言いだったが、少し言葉がつっけんどんになっている。 では一国の主は、というと、こんな状況下にありながらも辛抱強い。 静かに話が運ぶのを聞いていた。 長いこと閉じこめられているせいで髪も髭も伸びっぱなし、衣服はくたびれていたが、 瞳ばかりは暗闇に爛々と光っている。ともすれば、こちらを圧するような目だ。 アーガス王は感情に流されることなく、事実だけを述べた。 「兵士たちは、ハインに呪いを掛けられ、操られているのだ。 ここには、呪いに掛からなかった者たちだけが閉じこめられている。 ハインの奴め、元は私の側近だったのだが――」 言いかけ、またも自嘲気味に苦笑しかけたその時、重い咳が王の喉を突いた。 さっと飛び出し支えたのは二人の側近、 そしてすぐさま処置に乗り出したのは医者であるシャルと、白魔道師のアリスだ。 「大丈夫ですか、王様?」 キャンディの問いに、王は頷く。 「…大丈夫だ。それよりも、頼む。ハインを――倒してくれ」 過酷な環境下にあり、既に屈強な肉体でさえ耐えきれず悲鳴を上げている。 しかし、こちらの心配など無用とばかり、王は、力強い瞳で四人を見た。 四人は、しっかりと頷いた。 「…っそうだ、セト!」 ムーンは思い出し、叫んだ。 「大丈夫、向こうに居るわ。船長さんたちと一緒に」 と、アリス。 「良かった! って、良かねぇか。とにかく行こう!」 ムーンとアリスが、先を急ぐ。 「やれやれ。若いっていいね、元気だ」海賊船の船医シャルは、軽く笑った。 王とその侍従に対して、通常は男性が行う仕草で敬礼する。「では、失礼」 「かっこいい」 「何て女だ」 ポポと、血気盛んなちっこい方の侍従――お互いの小さな呟きが、重なった。
装備品は有用と判断されたのか、牢に入れられた時に残らず取り上げられてしまったようだ。 「…やっぱり、無い!」 ポポは悔しがった。 ドワーフの島を出てくる時、友人のグツコーがくれた『炎の棒』も、例に漏れなかったからだ。 ――クリスタルの祭壇で、祖父トパパから貰った樫の杖を火に巻かれ、失ってしまったポポ。 杖は申し訳程度に燃え残ったが、真っ黒に炭化して短くなり、 もはや使い物にはならぬだろうと察しがついた(彼の兄妹も口々にそう言った)。 そうと分かっていながら、ポポはどうしてもそれを捨てることができず、持ち帰った。 すると、友人のグツコーがそれに目を留めた。 「…これは凄いぞ。火の精霊が取り憑いて結晶化してる。純度も高いよ。 杖として仕立て直したら、お前の魔法をパワーアップしてくれるんじゃないか?」 ポポたちには『ただの木炭』にしか見えなかったが、 「俺にやらせてくれ!」 金属のように澄んだ音を立てる炭の棒を、グツコーは預かりたいと言った。 そして彼は工房に籠もり、船が出るまでの短い間で、新しい武器として仕立て直してくれたのだ。 せっせと表面を磨き、父親に習いながら金属を熱し、 蔦模様をあしらった、美しい持ち手を作り上げた。 持ち手に棒本体を差し込むと、ぴたりと合った。 強度を保つため、保護の輪も何カ所か付けてくれた。―― 「グツコーが、せっかく作ってくれたのに…!」 祖父から貰い、友だちの手で生まれ変わった杖。 今や二重に大事になった品を、またなくしてしまうだなんて。 「大丈夫、どこかにあるよ。取り返せばいい。まずは…これを使おう」 キャンディは、伸びた髪を括っていた紐を外した。それで円を作る。 一筆書きの要領で、内側に一本線が入るようにした。 これは、魔法が発展する前――原初の、おそらく最も単純な魔法陣である。 「どうするんだ?」 と、のっぽの近衛兵が問う。 「どうぞ、見ていてください」 キャンディは、火のクリスタルに光を授かった後、以前にも増して勉強熱心になった。 本を読むのが面白くて仕方ないという。 もともと読書をする方ではあったが…火のクリスタルに力を授かり はりきっているのか、 力を貸してくれる『勇者』の中によっぽど勉強熱心な人が居て、キャンディに乗り移っているのか、 それとも単に彼自身の好奇心に火がついたか。 とにもかくにもキャンディは航海の間、暇さえあればドワーフが譲ってくれた本を読み漁り、 とりわけ、いにしえの魔法陣や魔法体系の変遷などについて、ポポとよく話をしていた。 「ポポ。やってみてくれるか」 「うん」 ポポが、歯の奥から短い息の音を出す。杖無しなので、少々きつい。 しかし、弱いながらも手の中に光が点った。 魔法が具体的な形になる前の、エネルギー体だ。 彼は、その両手を小さな魔法陣の上に持っていき、光を落とし込む。 すると、光は円の中に移って留まり、辺りを淡く照らし出した。 「できたぁ…!」 おお、と人々のざわめきが聞こえた。 辺りを包む明け方のような薄暗さに、皆慣れてしまっていたのだったが…光はやはり、良い。 二人は、何カ所かに同じものを仕掛けた。 根っこのねじれで偶然、原初の魔法陣と同じ形が出来ているのを見つけて、 ポポは嬉しそうに指さす。そこにも魔法の光を点した。 「向こうで、ビッケ船長が脱出の準備を整えています。 合図があったら、船長について逃げてください」 キャンディは、アーガス王に言った。 「承知した」 侍従二人が、何とも言えない顔をする。 「陛下、海賊風情を信用するのですか?」 「大丈夫。僕たちの船長は、無下に人を傷つけたり、騙したりしません」 「お、お前たちのような若造が、何をできるというんだ。 …陛下! 本当にこのような輩に、ハイン討伐を命じるのですか!?」 今…今更、それを言うのか? キャンディは若干、脱力した。 「エンタープライズのみんなは信用できます。少なくとも、貴国の神官よりは」 あんぐりと口を開けた侍従たち。キャンディは構わず、「それに」と続けた。 「ここには、アーガスの皆さんだけでなく、僕らの仲間も居るんです。みんなが信じてくれているから… 応えたい。必ず、何とかします!」 「頼りにしているぞ」 「はいっ!」 笑顔で、キャンディは答えた。 ポポは、なんだか胸がスッとした。目上の人間に対しては特に丁重に接する兄が、ここまで言うなんて。 お付きの二人は、唖然としていた。
エンタープライズの頭脳『風守』のセトは、今や満身創痍の状態であった。 『風守』とは、船に良い風を運び込むという意で付けられた二つ名である。 「セト、しっかりせえ!」 一味の最長老『じっちゃん』がセトを励ましていたので、ムーンは驚いた。 「じっちゃん! 結局来ちまったのかよ。あれほど船に居ろって言ったのに」 「ちゃーんと船におったぞ。文句なら兵士たちに言え。船まで押しかけたのはあやつらじゃ。 年寄りを労れと言うに、ちっとも聞かん。のう、ジル」 「本当だよ。女、子供、年長者はもっと優しく扱いなってんだ」 「ジル姐さん、船長さん!」 「ああ、来た! アリス、シャル、頼む」 海賊頭ビッケは顔を見るなりそう言った。セトの容態が、かなり悪いのだ。 行方不明になって半年。これまでどうしていたのかは分からないが、 ここで生きて会えたこと自体が奇跡だった。 それに、風に託され旅先で受け取った、あの伝言も。 「ちょっと失礼」 アリスは、じっちゃんに代わってセトの手を取った。 優先的に治癒を施したが、厳しい状況下での治療なのは変わりない。 ここには何もないのだから。水も、薬も、食糧も。 アリスもポポ同様、魔法の媒体とする杖を取り上げられたので、いつもより〈白魔法〉が使いづらい。 効力も落ちるのだった。 更に影響しているのが、ここへ来てからずっと聞こえている声だ。 三人の兄には話をした…ここは長老の木の中で、間違いないと。 長老の木が、苦しんでいるのが分かる。 「そこまでだね。これ以上の〈魔法〉は無意味だ」 シャルが言った。 「ええ…」 セトの体力も極度に低下しているから、下手に使うと、セト自身が危うい。 それを説明して、異議を唱える仲間たちに納得してもらう。 ふいに、セトの口から苦しそうな呻き声が漏れた。 「セト!」 「どうした、苦しいのか!?」 思わず声を大きくする、じっちゃんと頭領ビッケ。 もともと浅黒い手は、しばらく見ぬうちに更に黒ずんでいた。 ゆるゆると差し伸べられたが、すぐに力無く落ちる。 アリスは、痩せさらばえた彼の手を、両手で取り直した。そっと指をずらし、手首に触れる。 ……良かった。ちゃんと脈はある。 と。枝のようになった指先に小さな力がこもり、少女の手を握りかえした。 黒い瞳が薄く開かれ、彷徨う。仲間たちの顔を確認し微笑んだのが分かった。 「……。よく、きてくれた」 セトの喉は嗄れていて、それでなおさら待ちわびていた感が滲んだ。 「ううん、ううん。遅くなって、ごめんなさい」 アリスは涙声になった。 彼と同郷の友であるシャルは、なんとか彼が一命を取りとめたと判断して、ほっと息をつく。 後からやって来たポポとキャンディが、心配そうに顔を覗かせた。 一緒に囚われていた少数のアーガス兵たちもまた、様子を見にやってきた。 「頭領…」 「ここにいる」 「すまない。…判断を誤った、ばかりに」 「そんなもん! いいんだ。お前も人間だったんだ、って俺ぁ ほっとしたよ」 「みんな、やられた。呪いに、……ダナンたちも」 「ハインだな? ハインがやったんだな!?」 ムーンが割って入る。セトは今にも気絶しそうだったから、余計に焦った。 セトが薄く開いた瞼を動かす。それを肯定と取り、彼は続けた。 「安心しろ。ハインは俺たちが倒すから!」 「ここは、おそらく長老の木の中だ…刻まれて、苦しい、だろうに」 「分かったわ。分かったから、おじさま」 「木より、あんたの方が心配だよ!」 「壁を…ハインの魔法障壁(バリア)を」 「壁? そんなもん、ぶっ壊す!」 「なっ…ちょっと!」 「静かに!」 「セトさん、もう喋らないで!」 「セト!」 「許さんぞ! 儂よりも先にいくなぞ」 光の四戦士と船長ビッケ、それにジルとじっちゃんが、 揃いも揃ってセトに掛かりっきりだった、その時。 「ハイン様を、倒すだと?」 様子を見に来ていたアーガス兵の一人が、低い声で言った。 四人はギクリと肩を震わせる。本能が危機を知らせていた。 まさか! 振り向けば、声の主は既に人間の姿では無かった。 角が兜を突き破り、背中には蝙蝠の羽が伸びる。 耳も広がり、兵士の形相は皺が刻まれたようになって、目も眉もつりあがった。 歯が伸びて牙になり、爪が、みるみる長くなる。 めまぐるしく変身を遂げるや否や、悪魔は名乗った。 「俺はハイン様のしもべ。お前たち――死ね!」 なんてことだろう! 四人は真っ青になった。 だが、ここに居るのは四人だけではない。 大勢の囚人たちも黙っちゃいない。人々から上がったのは、悲鳴と怒号がほぼ同時。 しかし、悲惨な死を予感しての嘆きより、敵に対する怒りの方が強かった。 「このやろう!」 「よくも、仲間を!」 「兄貴を返せーーっ!」 悪魔に怯まず殺到する、囚人たち。 そしてキャンディが、今度は片方の靴紐を解いていた。 「ポポ!」 「うん!」 ポポは、混乱の最中、何とか集中して〈魔法〉の源を集めだす。 (光った!) 海賊たちの勢いに励まされ、彼らに守られながら…呪文を唱えだした。 ここが長老の木の中なら、周りを燃やさないように、気をつけないと。 けど、火の神髄は『浄化』だと、友人となった半(ハーフ)ドワーフが教えてくれた。 『火』は純粋であるがゆえに扱うのは難しいが、 『土』にも『水』にも『風』にもできない、瞬時の完全なる浄化を、やってのけるのだと――そして、 ポポはその『火』に護られている。 勇気を出せ。呪いも、目の前の悪魔も、浄化すればいいんだ。 (やってみせる) 汗が落ちた。杖が無いと、こんなにもきついものなのか、と再認識する。 でも、大丈夫。さっきも成功したんだ。 キャンディが作り出した単純図形の魔法陣を拠り所に、魔力を集めていく。 原初の形は、〈黒魔法〉にも〈白魔法〉にも属さない。また、杖を使うのと違って時間もかかる。 しかし逆手に取れば黒白どちらの魔法にもなり、杖以上の威力も期待できる。 (あと少し、もう少し) が、ポポの呪文が完成をみる前に、光が消えた。 「えっ!?」 ポポだけでなく、キャンディが、アリスが、思わず声を上げる。 「うわ! …っ」 …タイミングが良いのか悪いのか、 海賊たちと一緒に向こうで参戦していたムーンが、勢いに負けて群衆から弾き出され、戻ってくる。 「何しやがる、オヤジ!」 「お前は下がってろ!」 「……」 すうっと光がセトに集まり、放射した。 側に付き添っていた船医が驚く。 「!」 「そんな…待って!」 「おじさま! おじさまっ!」 「俺が居なきゃ片付かないだろーっ!」 〈ミニマム〉の魔法ですっかり縮んで小さくなってしまった四人を、ぼろぼろの黒い手が掬い上げた。 壁を作っていた根の、狭い狭い隙間に、送り込む。 「行け…」 セトは言った。 「でもっ」 「本当の敵を、間違えるな…!」 ぐっ、と四人は黙った。 「うちのひとも居る。ああ見えて、強いんだよ」 と、ジルがウィンクした。 「ここは大丈夫」 船医シャルも、凛々しく請け合う。 いつもは物静かな おやっさんが、雄叫びを上げているのが聞こえる。 「ええい、年寄りの底力、見せてやるわい! くらえ!」 「じっちゃん!? 下がってください、後生だから!」 威勢の良いじっちゃんの声が聞こえ、 集団の中にあって頭ひとつ飛び出したゼンが、おろおろするのが垣間見える。 「行くぞ、お前たち! ここで見過ごしては騎士の名折れ!」 「陛下!?」 「ようし…やるか!」 アーガス王。近衛騎士の二人も参戦した。 そして、頭領ビッケの頼もしい声が群衆の中から轟いた。 彼には、こちらが見えてはいないはずなのに。 「ここは引き受けた! はりきって、行ってこいやー!!」 その声に勇気をもらい、背中を押されて――四人は駆けた。 暗闇と、奇妙にねじれた根っこの織りなす迷宮を。
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