巣立ちの時 |
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サラは、思わず目の前の立派な邸宅を下から上まで眺めてしまった。 「トーマス様ですね?お待ちしておりました。こちらへどうぞ」 初めて姉に反抗しトーマスについて このピドナまで来たものの、うっかり後悔しそうになる。 トーマスは地元名家の跡取り、祖父の頼み事あってここまで来た。 肩に掛かる期待は大きいだろうに、彼は苦にした様子も無く笑った。 「普通だよ」…普通の尺度が違いすぎる。 しかし、気後れしているサラに、トーマスはやはり微笑んだ。 「緊張してるのか、サラ」 「う、うん…変?」 「普通だよ」
「トーマス君、良く来た」家の主人は、トーマスを歓迎した。 彼の背に隠れるようにして立っていたサラにも、「ようこそ、ピドナへ」と笑顔を向ける。 慌てて頭を下げた。きちんと挨拶をしなくては、という思いとは裏腹に、 内気な性格が仇を為し、うまく喋れないサラである。 「君の祖父殿は、私の祖父の兄、つまり、君とわしとは、はとこ、ということだ。 自分の家だと思ってくつろいでくれ」 「ありがとうございます」 トーマスは礼を言った。 はとこさんか、とサラは思う。 トーマスよりは年上のようだけど、屋敷を一つ持つには若いように思う。 世の中にはこんな人が居るのか。 サラは驚くと同時に、いよいよ自分が、子供っぽく取るに足らない人間のように思えてきた。 …いや、自分でも頼りないのは分かっている。 今まで姉のエレンやトーマスの背に隠れ、優しさに甘えてきたのだから。 サラは、いよいよ居たたまれなくなった。 絵画や生花の飾られた居間でお茶をご馳走になったが、味などほとんど記憶に残らなかった。 初対面で年上、目上の家主にどう接したら良いか分からなかったし、 白いレースのカーテンやテーブルクロス、沢山の高級な調度品に囲まれて落ち着かない。 モニカ姫の護衛をしてポドールイまで行くことが決まった時は、人生が変わっていく瞬間を感じたのに。 (もう、昨日までの私じゃない!) そんな高揚感すらあったのに。 (でも、急に変わろうとしても、難しい…) 一段落して客用の寝室に通されると、サラはそっと溜め息をついた。 幼い頃からの環境で培われた性格は、一朝一夕で何とかなるものではない。 すっかり意気消沈したサラの耳に、扉をノックする音が聞こえる。 「サラ、居るかな?」 「トム?」間違いない、トーマスだ。サラは慌てて返事をした。「う、うん」 扉に駆け寄って開けると、見慣れた笑顔があった。ついつい、ほっとする。 「ピドナは初めてだろう。案内するよ。ちょっと出よう」
そのまま、トーマスと共に街を散策した。 新市街は賑やかで、人が多い。はぐれないようにと手を繋いでもらった。 ちょっぴりドキドキしたが、同時にまだ子供扱いされているような感じもして、複雑な気分になった。 公園で一息つくと、トーマスは噴水を眺めながらサラに言った。 「一緒に、なんて誘ったはいいけど、心細い思いをさせてる。ごめん」 「えっ」 「エレンには、『サラのことは俺にまかせてくれ』なんて言っておいて、これじゃ怒られるな」 「……!」 なんと、そんな事を言ってくれたのか。 …「トムとピドナへ行く」と宣言した時の、姉の驚いた顔が浮かんだ。 ――『何考えてるの!まだ子供のくせに、バカ言ってないで、帰るわよ』 ――『私はもう大人よ!!お姉ちゃんの言うこといちいち聞く必要は無いわ!』 ――『なんてこと言うの!分かったわ、どこでも好きな所へ行きなさい!』 …あれは、はっきり言って、売り言葉に買い言葉だった。でも、 「私、変わりたいの。お姉ちゃんに寄りかからないで、自分の足で歩きたい」 そうか、と、トーマスは頷いた。 「私のこといつまでも子供扱いするお姉ちゃんは…嫌い」 サラは、はっとした。…言ってしまった。なんてことを。 「……」 トーマスは、サラが、これほど きっぱり「嫌い」と口にするのを、初めて聞いた。 「じゃあ、サラはやっぱりエレンが大好きなんだな」と、その意を汲む。 世界で唯一の姉。大好きで大切だからこそ、時に衝突するし、嫌いになることもある。 「そんなこと…」ない、とは断言できないサラ。 ――『サラ、俺はピドナへ行く事になった。どうだ、一緒に来ないか?』 あの時、サラはこれ幸いと提案に飛びついた。 トーマスが、何を考えて自分を誘ってくれたのかは分からない。 ただ、自分を変えたかった。思い切って飛び出せば、何かが変わると思っていた。 だが…実際は、どうだろう。相変わらずトーマスの後ろに隠れている。 おまけに、手助けをしたいと思っているその相手に、逆に気を遣わせてしまったのかもしれない。 今日だって、トムは疲れてるかもしれないのに私がウジウジしてるから、街に連れ出してくれて。 ――『あんたが一緒じゃ、トムの邪魔になるだけよ』 本当にその通りだ。あの時は、そんなことないよ、と反論したが… ――『私だって、お姉ちゃんがいなくても一人でトムの手助けが出来るわ!』 我ながら大層な啖呵を切ったものだ。 噴水の飛沫が小さくなり、一旦止まった。日差しの加減で出来た虹も、消える。 意気消沈したサラに対し、トーマスの口から出たのは、予想外の言葉だった。 「頼りにしてるよ」サラが顔を上げると、彼は言った。「サラが居てくれると、ほっとする」 「ほんと?」 「ああ」 「じゃあ…私、頑張って役に立つね!」 サラは、ここに来てやっと心から笑った。 まるで花が開くように。 黒雲の隙間から陽が差し、やがて晴れ渡るように。 この笑顔とひたむきさが、どれだけエレンやトーマスの救いになっているのか、彼女は知らない。 やがてアビスゲートの復活に向き合い、世界の命運を左右する事態に巻き込まれていくことも。 …全ては、これからである。 |
【使用お題】 ①トムサラ(トーマスとサラのカップリング)で『普通の尺度』 ②サラとエレンで『唯一の、嫌い。』 お題提供:診断メーカー「140文字で書くお題ったー」 |
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