(20)『光の巨人』
捕らわれていた海賊たちとアーガス王、そしてアーガスの民たちは、
力を合わせて牢からの脱出を決行している最中だった。
後から後から湧いて出る魔物たちを千切っては投げ、あるいは踏み倒す。
光の四戦士と事前に話した限りでは、『操られた兵と海賊仲間たちは、
後で光の戦士たちが連れて出る』手筈になっていた。だから、
彼らは捕らわれた仲間たちを解放し、今度は長老の木の外への脱出を試みる…
かと思いきや。
「外部へ通じると思しき道が見つかりました!」
「じゃ、こっからは別行動だな」
アーガス王の指示で、てきぱきと動いていた側近の騎士たちには構わず、
海賊ビッケは、上層へ向かうことを決めた。
「何?」 「勝手なことを!」
騎士たちが言う。だが、ビッケは揺るがなかった。
「お前らに騎士道があるように、俺たちには俺たちの流儀がある。
仲間は決して裏切らない、見捨てない…それが一つだ」
操られた仲間を助け出して連れ帰る、というのがひとつ。
そして、彼らの仲間にはもちろん、キャンディ、ムーン、ポポ、アリス…
ハインを倒しに向かった四人だって、含まれるのだ。
「仲間を助けに行く!おめーら、異存はねえな!?」
応えて、オウッと声が上がった。
とまどう民や騎士たちを前に、一国の王は、…静かに口を開き、言った。
「今、私のすべきことはただ一つ。皆を安全にここから出すことだ。
しかし、私はハインの過ちを、正せるものなら正したい。
…民は私の一部。民の過ちは、私の過ちだ。
私は行く。そして、できることなら、『光の四戦士』に加勢したい。
勝手を言ってすまぬが、ついてきてはくれぬか」
「陛下!」 「王様…」 「王様」
ぽつりぽつりと出た賛同の声が、やがて広がる。
中には、躊躇する者や反対する者、そもそも身体が動かせぬ者も在ったから、
王は彼らのことも尊重した。
自らの忠実な側近たちを二つに分け、
片方の班を、脱出ルートを確保する側に回したのだった。
いずれも、賢明で腕の立つ騎士たちである。
他に、海賊仲間の数人と船医シャル、アーガス国の医師数名が
彼らと残ることになった。そして、風守のセトもまたしかりだ。
「頭領…」
「ちと、行ってくらあ」
「悔しいよ。こんな時に、なにも」
「なーに言ってやがる。
そんな身体で、今のお前じゃ足手まとい以外の何モンでもないぞ」
「そう、だな…」
セトは、まだ苦しそうに息を吐きながら…半ば自嘲気味に笑ったように見えた。
「参ろうか」 「よっしゃ!」
「ご武運を!」「後で会いましょう」
ビッケとアーガス王は、着々と魔導師ハインの居ると思しき上層へ進軍した。
暫し進んだ、その時――
「お?」
突然、頼りにしていた光が弱まったのだった。
それは、要所要所で、光の四戦士が残していったものだ。
木の枝を結び合わせ、人工的に敷いた藁を踏みしだき、
ハインの手の者がわざわざ運んできたらしい、砂を掻いて…。
描かれた魔法陣は、ごく簡易的だ。
そして、間接的な使い方ではあったが、きっちりと役割を成していた。
―― 淡い光は、暗い中では道を示し、勇気を与えてくれる。
気味悪く捻れた蔓と、彼らの不安さながらに膨れあがった木の瘤。
不可思議かつ複雑怪奇な迷宮の中にあって、光は、
それらの侵食に対抗するようだった。
「うえっ、なんだこりゃ。生きてるみてえだ…」
「…見事だ」
怪訝そうに魔法陣を見る海賊ビッケの隣で、アーガス王が感心して唸った。
「さすがだな。俺には病気になった木にしか見えねぇが…分かるのかい」
「いや、私もさほどではない。
だが、こちらは間違いなくあの子たちが細工していったものだろう」
『お守りだから』…魔法の光をそう称した黒魔導師の少年を、
王は思い起こした。
枝と枝の間に鮮やかな紅い髪紐が結んである。
あえてここを区切るのは、魔法的な意味合いに違いない。
アーガスに古くから伝わる宝物…とりわけ祭儀の小道具に刻まれたのと同じ
紋様が、ここには見てとれる。
「これは、もしかすると本当に何とかなるかもしれんな」
「当ったりめーだろ!何とかならなきゃ、ここで何とかしようとしてる俺たちは
どうなんだよ」
「ふふ、そうであったな。失敬」
そして、面白いことに、この『魔法に通ずる紋様』は、
古代・機械文明の遺物と似ている部分さえあるのだ。
中でもそれが顕著なのが、飛空艇にも用いられる『時の歯車』だった。
飛空艇の軍事利用を危惧し『時の歯車』を回収を進めたアーガス王だったが、
真に危惧すべきは『時の歯車』本体であったかもしれない。
「頭領!」「船長」
ふいに、数人の海賊が声を上げた。
「何だ、新手か!」
「わかんねえです。何か、さっきから地響きが…」
「地響きだぁ!?こいつは宙に浮いてる『長老の木』の中だぞ!
地響きなんてあるもんか!」
「陛下」…王の側近、騎士の一人が言った。「妙です」
「どうした」
「先ほどから確かに、地響きのような振動が…木が、揺れております!」
言うと同時に、振動は誰の感覚にも明らかになった。
「みんな、堪えろ!」
「大丈夫だ、すぐ収まる!!」
すぐに収まる保証など何処にも無かったが、少なくとも二人の指導者の声は
淀みなく届き、皆の心を支え、鼓舞した。
―― 道しるべとなっていた白い光が、一斉に ―― すうっと消えた。
かと思うと、一転。
あの大地震を思い起こさせる振動と共に、
目の前で爆発でも起こったかのような強い強い輝きが、一行を襲った!
刻まれた『長老の木』の迷宮の中。夢幻と現の境目で、人々は揺さぶられた。
「うわあああ!!」
反射的に瞼を閉じていなければ、その光に目をやられていたかもしれない。
光そのものに、熱さは無かった。痛みも感じられなかった。
ただ、その幾つもの光の点は、ほんの一瞬、太陽をも凌ぐ明るさとなり、
圧倒的な輝きでもって辺りを埋め尽くした。
皆、文字通り『地に足がついていない状況』だったが、
後から来た振動による衝撃だけは、現実味を帯びていた。
そら恐ろしいほどの光が、奔流となって辺りを駆け巡った。
長老の木を縛り上げているように見えた、蔓を導火線にして。
―― トックルの西。
砂漠は朝を迎えたところだった。
薄墨色だった空が白々と明け、雲は紫を帯び、地平に茜がさす。
やがて黄金の光が投げかけられ、太陽が顔を出した。
そこに、突如として光の柱が現れた。
砂漠のど真ん中だ。通り掛かった旅人がもし居たら、腰を抜かしたことだろう。
太陽を押しのけて空に立ち上った光に、
カナーンの灯台守が、何事かと腰を上げ、
古代人の末裔たちは、注意深く仰ぎ見る。
森の中では動物たちが騒ぎ、小人たちが動いた力の大きさに驚いていた。
逆巻いた風が波を荒立て、遠く遠く彼方の海面を揺らした。
上空の鳥の目から見れば、木の葉のように小さな船が、それに合わせて揺れた。
波紋が広がり、世界のあちこちに多かれ少なかれ影響を与えた、その後で。
砂漠に生じた光の柱は、太陽を味方につけてその輝きを纏い、
…何と、歩き出した。―― 一路、森に向かって。
やがて浮遊大陸で まことしやかに語られる、『光の巨人』の話の発端である。
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