序
暗闇の奥、夜よりなお深い闇に閉ざされた場所があった。
動くものはほとんど無く、音もない。
そこに在るのは物言わぬ闇と、無表情で堅固な岩壁の連なりだけ。
空間を支配するのは静寂であり、永久不変とも思われる時間である。
しかし時間は流れるもの、そして熟すのをじっと待っている。
事が起こり「運命」と名の付くものが動き出す、その瞬間を。
変わらぬものなどない。
いかに強固な岩盤でも風雨に削られ、形を変えるように……
世界は常に、動きを止めはしないのだ。
それが証拠に ── 変化は突然、始まった。
大地は、何の前触れもなく揺れた。
凄まじい咆哮を発して、さながら血に飢えた獣のように。
あれほど堅固だと思われた石壁にひびが入る。
無表情だった岩肌が、にやり、と不気味な笑みを刻んだ。
静寂が陣取っていた空間には、既に音が満ちている。
不変だった筈の場所は崩れていく…降り注ぐ瓦礫の雨。
そして闇の中へ、微かな光が侵入する。
…再び静けさが訪れた時、そこは一変していた。
…ふと。
りん、と何かが音を立てた。
鈴の音にも近い…だが、金属のそれよりも、ずっと温かい…そして、
もっと深く澄みきった音。
一度、二度、三度。
微かな音が響き、空気が震える。
繰り返し繰り返し、微かだったものが始め小さく、徐々にはっきりと。
やがて、音に聞こえていたそれは、声に変わった。
次第次第にひとつの言葉を訴えはじめる。
───『ひかりを』……
───『光を!!』
声が反芻し、空間が揺らぐ。
すると、それに呼応したかのように辺りに満ちる異様な気配。
どこか哀しげに響く声とは明らかに異質な、不気味な唸りが起こる。
…そして、切々とした訴えは徐々にその中へ飲み込まれ、消えていった……。
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