浮遊大陸からの手紙 |
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シドの改造で飛空艇として空を飛べるようになった海賊船エンタープライズは、 まず浮遊大陸の東の端に回り込んだ。 次の冒険を予感して心躍らせていた光の四戦士が、案の定、勢いを削がれた雰囲気になる―― その一人、いっちょまえに騎士の鎧を着たムーンは、落胆も明らかな溜め息をついた。 「あーあ……。やっと外の世界に出られると思ったのに」 彼らについていくと決めた海賊一味の頭領ビッケは、 眉尻を下げ、口元に困ったような笑みを湛えて詫びた。 「すまんな。アジトの留守番組から、届け物を頼まれてよ」 ビッケの言う『魔法屋の赤魔道師』には幾度となく世話になっていたから、ムーンは それ以上の文句を飲み込む。 「『ギサールの野菜』の産地だよね。せっかくだから楽しもうよ」 「そうそう。『急がば回れ』ってことわざもあるし」 黒魔道師のポポと、学者の本を手にしたキャンディが笑う。 白魔道師アリスは、魔法屋からの預かり物を大事に持った。 「確か、村の名前もギサールだったわよね。着いたら、まずおつかいを済ませましょ」 旅の行程を考えると、逗留の予定はせいぜい一日。 四人は船が着くと早々に降り、ギサールの村を訪ねた。 「うわーっ、なにこれ、凄い!」 「綺麗ねぇ!」 丘の上の草原に、羊が放牧されている。お馴染みの乗用鳥チョコボの姿もあった。 嬉々として駆けていくポポとアリスを、キャンディとムーンが追った。 春を迎えて伸び始めた草を食む羊たち。 見慣れた景色の中ふいに現れた四人に、村で牧畜を営む姉弟が目を見張る。 「おやまあ。こんな辺境に人がやってくるなんて、何年ぶりだろ!?」 「こんにちは」キャンディが、好感度抜群の笑顔で挨拶した。 「ギサールってここか?」と、ムーン。 「ええ…びっくりした。お客さまなんて、珍しいわね」 「羊、可愛いね」 「ねーっ」 「ありがとう。あたし、羊飼いやってるの…」 と、彼女が目を離した隙に、一番最近産まれた子羊が、ふと群れを離れる。 「こらこら! そっちに行っちゃ、ダメ!!」 温和に話す彼女が出した不意の大声に、旅の少年少女――ムーン、ポポ、キャンディ、アリスは、 驚いて目を丸くした。追う飼い主、逃げる羊。両者をぽかんと見守ってしまう。 「さあ、こっちにいらっしゃい! まったくもう! 仕方がないんだから!!」 言うことを聞かぬ子羊を力づくで連れ戻す彼女に圧倒されつつ、ムーンは魔法屋の場所を確認した。 「ああ、それなら目の前」 羊飼いの姉弟に礼を言い、四人は魔法屋を訪ねた。
「ああ、ありがとうね。助かったわ」 「いいえ」 ギサールの魔法屋店員は、白いフードにローブの袖と裾を飾る赤い三角模様。アリスと同じ 白魔道師だった。彼女は届け物を確認し、古びた木の棚に並べる。 それは家畜用の薬だった。 「春は、お産の多い季節だからね。もしも難産になった時にこの薬が無いと、いざって時に心許なくて。 そうだ、その赤魔道師さんにもお礼を伝えないとね。…ねぇ、あなたたち、少し待って。 悪いけど、もう一つ頼まれてくれない?」 受け取りの報告と礼をしたためた手紙を預かって、一行は通信士の鳩小屋に向かった。 さっき通りかかったチョコボの厩舎と同じ臭いがする。 手紙の入った筒を鳩の脚に結ぶと、通信士は空に放した。 「大地震以来、巷ちまたには魔物が出るようになっちゃったけど…今も 鳩のおかげで、こうして通信は出来る。有難いよね」 そうですね、と四人は頷いた。 同じ辺境ウルの出身である彼らには、通信手段を断たれる心細さが身に染みて分かる。 「それにしても…ここの鳩、多くねぇか?」 ムーンが鳩の多さに驚いて尋ねた。すると、通信士は笑う。 「浮遊大陸の端っこにあるここから、世界中に手紙の返事を書き続けてる子がいるんだよ」
四人が小屋を出ると、閉めた扉の震動に驚いたのか、三角屋根のてっぺんから 鳩たちがバサバサと飛び立った。 「空って広いんだね…」 「あったり前だろ! 世界中と繋がってんだ」…ムーンは、ポポを振り返った。 そのまま後頭部をどやしつける。「これから俺たち、もっと遠くまで行くんだぜ?」 故郷ウルと似ていて辺境にあるせいか、なんとも落ち着くギサール。 しかしあくまで『似ている』で、同じではない。 「おっ、畑だ!」 「葉っぱが大きい…土の下の株も立派なんだろうな」 「…待って。あれが『ギサールの野菜』じゃない?」 「ほんとだー!」 思わず走り寄った四人に、 「こら!」 畑の中から怒声が飛ぶ。 彼らは驚き、踏みとどまった。 それを確認した畑の主は、 「勝手に入っちゃいかんよ! まったく……」 早々と農作業に戻りつつも、ブツブツお叱りの言葉を置いていく。 四人は肩身を狭くして、すみません、すみません、とコソコソその場から 立ち去る。宿屋の前まで辿り着くと苦笑して――揃って吹き出した。 「って、笑い事じゃないわ! あんたのせいで、また怒られちゃったじゃない!」 「…でも、ちょっと面白かったね。昔みたい」 「一方的に責任なすりつけんなよ。みんな同罪でーす!」 「ふふふ…まいったな」 「よう、悪ガキ共」海賊仲間を引き連れやって来たビッケの呼び方が、何やらとっても懐かしい。 「明日は浮遊大陸を出ちまう。今のうちに、のーんびり羽を休めとけよ」 はーい、と四人は返事した。
宿の夕食はギサールの野菜づくしだった。 サラダに煮物、漬物、炒め物――ギサールの家族にはお馴染みのメニューらしく、 客人たちにも料理を勧めては、ぱくぱく平らげる。 四人とも野菜が苦手なわけではないが、ここまでフルコースだと面食らった。 「でぶチョコボは、物をお腹に貯めておくことができるの!おかしいでしょ!!」 手元がお留守なのは、久しぶりの客に興奮した宿の末娘。 四人が相手をしている横で、エンタープライズの仲間でありギサール出身、 海賊の『じっちゃん』が、「懐かしいのぉ」を連発しながらホクホクの煮物を頬ばる。ふと尋ねた。 「…。もう一人のお嬢ちゃんが見当たらんな。どうした?」 「お姉ちゃんなら、お手紙書いてるわ」 末娘の言葉に、宿の女将が「仕方のない子ね」と溜め息をつく。 先に満腹になった光の戦士たちは、女将と共に食卓を後にした。 廊下を通り一番端まで行った女将が、ドンドンと部屋の戸を叩く。 …何となく興味を惹かれて、四人は寝室に戻る前にそちらへ行った。 親子お決まりのやりとりがあって女将が食卓に戻ってしまうと、四人は部屋にお邪魔した。 小さな部屋の机の上には、何通もの手紙が束になって置いてある。 紙とインクの匂いがするこの部屋で、少女は羽ペンを走らせていた。 「あたし、つるぎざき。お手紙いっぱい書くの!」 聞き慣れぬ名の自己紹介に、四人は戸惑った。 「ええと…それが君の名前?」 「そうよ。お手紙を書いてる、あたしのなまえ。お手紙で、ここからたくさんの人たちと繋がってるの!」 小さな村の小さな部屋の片隅で、少女は何やらスケールの大きな話をした。 ムーンたちにも「お手紙くださいね!」と言う。 摩訶不思議なメッセージを彼女から受け取った四人は、おずおずと頷いた。 何故なぜだかわくわくした気分になって、宿を出て散歩することにする。 外はとっぷり日が暮れて空気も冷たかったが、気がつくとなんだか胸が熱かった。 「行くか!」 「「「うん!」」」 どこへ、とは言わない。そんなの訊くだけ野暮だ。 光の戦士たちは、四人で駆け出す。村の入口を飛び出して草原に出ると、口々に「おーい!」叫んだ。 羊雲浮かぶ夜空の向こう――この世界のどこかで、自分たちと同じ時間を生きているだろう誰かに。 今ここに居ることが嬉しかった。そして、広い空を越えて、まだ見ぬ景色を見に行けることも。 知らせたい。誰かに。…ここに居ること。そして伝えたい。「ありがとう」と。 「ははっ、あははは!」 「なんでだろう、楽しいねー!」 「何だか不思議な気分だよ」 「まだ会ったことない誰か。いつか、会えるといいわよね!」 光の四戦士であるムーン、ポポ、キャンディ、アリスは…高揚して、てんでバラバラに叫ぶのだった。 迷子の羊を探しに行ってやっと帰ってきた羊飼いの姉弟が、 そんな四人を見つけて――それぞれに独りごちた。 「あの子たち、羊みたい」 「迷子になるなよー?」 彼らに同行し、怪我した羊を介抱した――魔法屋の白魔道師が、そっと笑う。 鍵屋の爺さんが、「ワシのところには挨拶にも来ない」とぼやいていたが、 彼らには鍵が必要ないのかもしれないから、仕方ない。 彼らの前に現れる扉は、彼らが自身の手で開くのだ。 「……」 白魔道師は、店の戸棚で長らく出番を待っていた〈魔法珠〉を、あの子たちに譲ろうと決めた。 「羊は、広い草原を彷徨うもの。だけど、帰る家があるから出て行けるのよ。 …それは、みんな同じね」 羊飼いの姉弟は、遠くで少年たちと一緒にはしゃぐ少女を――この魔法屋が じっと見ていることに気づく。やがて、 「頑張って、遠くまで来たのね」――感慨深げに呟いたのを聞いた。 |
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[了] | ||||||
→あとがき |
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