冒険日和
サイトトップ小説幻生林 第5巻 天と礎

第5巻:天と(いしずえ)

Fan Fiction novel written by HIJIRI.
Fan art by Shoo.

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  巨大都市

 眼下に海鳥が群がっているのが見える。魚でも集まっているのだろうか。
 波頭(なみがしら)は、きらきらと陽の光を反射する。――良い日和(ひより)だ。
 ムーンは深呼吸すると、甲板からそれを眺めた。
 彼が居るのは海賊船エンタープライズの上だ。
本来(ほんらい)船は水面を行くものだが、この船はその常識を超え、空までも渡っていける。
飛空艇(ひくうてい)技師のシドが付けてくれたエンジンとプロペラが、不可能を可能にしてくれていた。
――「間もなくサロニアです」
 船の各所に張り巡らされている伝声管(でんせいかん)――遠距離通話できる道具だ――から、
機関士ジェリコの声が響いた。明朗で、耳に心地よい。
彼はシドの工房で一番(とし)若い弟子ながら、今や頼もしい仲間の一人だ。
彼だけでなく、船にはムーンたちをサポートしてくれる多くの仲間が居た。――海賊ビッケ一味である。
 船長ビッケが舵を取りながら、大声で指示を飛ばしている。
返事をするのは黒髭のリーダー・ダナンに、巨漢のゼン、ひょろっと背高(せいたか)のフェル、他。
 大勢の仲間たちが一丸(いちがん)となって協力し、船を動かしていた。
 風向きを読んでいたらしい『風守(かざもり)』のセトは、オーランドと何か言葉を交わしている。
オーランドは、通称『おやっさん』――ムーンは『オヤジ』と呼んでいる。
とはいえ、あの男はムーンの父親ではない。
 ムーン自身も…この船に共に乗っている彼の兄のキャンディ、弟のポポ、妹のアリスも――
四人全員、風の村ウルの長老トパパに拾われたみなしごだった。
兄妹間でも血の(つな)がりは無い。
そんな四人が今こうしてここに居るのは、ひとえに風のクリスタルが、
彼らを『光の四戦士』に選定し送り出したからだった。
 風のクリスタルの意思に従い、四人は各地を旅した。
そして途中、たくさんの人々に出会い助けられて、ここに至っていた。
「……」
 ムーンがそっと握った透明なかけらが、きらりと光った。
簡素な革紐(かわひも)を巻き、即席(そくせき)の首飾りにしてある。
先の旅路で亡くした巫女・エリアから(たく)された――水のクリスタルの、かけらだ。
 ほんの小さな冒険のつもりで、風のクリスタルの祭壇を目指したあの日……ムーンは、
今日のことなど想像もしていなかった。
 世界は本当に広い。驚きと喜び、そして発見に満ちた旅路は明るいと思った。
――それなのに、こんな気持ちになる日が来るなんて。

 どこまでも続く海の青さに目を奪われていた彼を、竪琴(たてごと)の音が引き戻した。
…見ると兄のキャンディが、仲間たちのリクエストに応じて古い歌を口ずさみはじめたところだった。
これから訪ねるサロニアの国に伝わるという、(りゅう)騎士(きし)伝説を題材にした歌だ。
 サロニアは、世界最大の都市国家だそうだ。
(たび)重なる戦乱の末、今の王家が大陸各地の勢力を統一し、一大国家を築き上げた、とのことだった。
(どんだけ大きいかなぁ)
 浮かない顔は、もうやめだ…。ムーンは期待半分、疑い半分で頭を巡らせた。
 故郷の土地は空に浮いていたし、水のクリスタルに会うまでは世界中ほとんどの場所が水に沈んでいたし、
もう滅多(めった)なことでは驚かない自信がある。
 それに、光の戦士であるムーンの目下(もっか)の関心事は、
小難しい歴史よりも、今兄が口ずさんでいる詩の内容にあった。
 サロニアに端を発する『空飛ぶ竜に乗って戦う騎士』にまつわる伝承…これは、
この前立ち寄ったダスター島で吟遊(ぎんゆう)詩人(しじん)たちが教えてくれた(うた)のひとつだ。
『♪ 竜と人とは助け合い それぞれ王を(いただ)きて 力を合わせ世を(たい)らかにした ♪』
『竜のバラード』と名付けられたこの古い(うた)は、竜と人間が共に暮らした太古の話に始まる。
やがて(いくさ)に明け暮れる人間を(うれ)いた竜が去り、
物語は混迷を深めた戦乱末期の話へと移ってゆく。――空飛ぶ魔物の襲来だ。
『♪ 怪鳥(かいちょう)ガルーダ全てを欲し 一声()くと 人心(じんしん)惑う ♪』
 しかし、このガルーダから人々を守ろうとした者たちが居た。
 槍を手にした勇ましい騎士が二人。
『♪ 一人は()きこと風のごとし 一人は目映(まばゆ)きこと雷のごとし ♪』
 そして、もう一人が、その騎士たちを助け竜王(りゅうおう)バハムートにすら認められたという、
時のサロニア王である。
 王は民を勇気づけ、民に呼びかける。自らもまた混乱の渦中(かちゅう)()りながらも。
『♪ 今こそが 心を一つに 敵を()つ時 ♪』
 すると、サロニア王に感銘(かんめい)を受けた竜王バハムートが、人間たちの居る世界に舞い戻る。
サロニア王はバハムートに「共に戦って欲しい」と願ったそうだ。
 サロニア王の願いを聞き入れた竜王バハムートは、
勇敢(ゆうかん)な二人の騎士を背に乗せて、共に怪鳥ガルーダに挑む。
『♪ すると ついに(こた)えた竜王は 二人の騎士をその背に乗せて 遙か高みへ飛翔した ♪』
 この、二人の騎士が竜の背に乗りガルーダに(いど)むくだりが、ムーンは大好きだった。
今までゆったりと奏でられていたアルペジオがだんだん速くなって、行進曲(マーチ)のリズムを刻む
和音に変わる瞬間。
竜と二人の騎士、それに王と民が、一丸となって挑む――想像しただけで、カッコ良すぎるだろ!
『♪ 人びとは 天を(あお)ぎて(ゆび)をさす 「いざゆかん 敵は怪鳥ガルーダ」と ♪』
 ムーンは歌声を合わせた。甲板に居る船の仲間たちも、曲を盛り上げる。
…みんな、ダスターで吟遊詩人と共に歌っているうちに、すっかり歌詞を覚えてしまったのだった。
 歌うのは楽しかった。
今もムーンはいつの間にか体で拍子を取っているし、
ポポとアリスはそれぞれに高い声で、兄の歌う主旋律にハモりはじめている。
 甲板の上に共に居た海賊たちも、それぞれの持ち場で仕事をしながら、合唱に加わっていた。
 …なるほど、こうして歌い()がれていくのだと思うと、音楽の力は凄い。
(それにしても)
 ムーンはふと笑う。ダスターの人々に(うなが)されるまま四兄妹で歌ってみたら、
思いの(ほか)うまくハモれたからびっくりだ。
そして何よりも、あのくそ真面目(まじめ)な兄が、ここまで音楽に興味を示して楽器まで買ったことに驚いた。
 「すっかり吟遊詩人だな」と揶揄(やゆ)すると、キャンディは気にするでもなく
「楽しそうだから」と笑った…――それから、練習に没頭すること(しば)し。
この短期間でそれなりに弾けるようになってしまうのだから、()(にく)らしい。
 やがて曲が終盤に差し掛かると、弟のポポがここぞとばかりに、手に持ったギヤマンの(ベル)を鳴らした。
勝利のファンファーレに入れる合いの手らしい。
「…さあ、合唱団の真似(まね)(ごと)はそこまでだ」
 船長ビッケが笑顔で言った。それを聞いたキャンディは楽器ケースに竪琴を仕舞い、背中に負う。
「そろそろ領空(りょうくう)に入るぞ。俺たちは竜じゃねぇが、大陸の様子は空から見た方が分かるだろう。
――おーい、ポポ! 風はどんな具合だ?」
 舳先(へさき)付近に居たポポは顔を上げ、目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
やがて小型の(ベル)を大切に(ふところ)へと仕舞(しま)うと、答えた。
「南東から、追い風! 精霊たちも、ご機嫌で飛んでます!
海流の方は…もう少し行くと別の海流とぶつかって、ちょっと複雑に渦を巻いてるみたい。
港に入るにしても、もうしばらく飛空艇(ひくうてい)モードで行った方がいいと思います!」
 ポポに航海術や気象予測を教えた二人――大男のゼンが「育ったなぁ!」と笑い、
風守(かざもり)のセトが「そうだな」と頷く。
 四兄妹の一番末の妹アリスは、ポポとはまた違った形で順風を感じていた。
彼女は『光の戦士』であると同時に、クリスタルから祝福された『風の巫女』でもある。
そんな彼女に、クリスタルの――『風』の声が言った。行け、と。
「了解」
 ビッケの返事に重なるようにして、
――「待ってました!!」
 伝声管を通った機関士ジェリコの声が、うきうきと()ねる。
 ビッケは、彼に指示を送った。
「十時の方向、全速前進!」
――「了解!」
 空飛ぶ海賊船エンタープライズは大海原に小さな影を落とし、一路サロニアを目指した。




 サロニア国の領空(りょうくう)に入ると、間もなく(だい)穀倉(こくそう)地帯。
続いて、広大な湿地帯が見えてきた。
 海へ注ぐ何本もの河川(かせん)が確認できる頃、ふと進行方向に目を向けると、(すで)
巨大な城の尖塔(せんとう)群が見える。と同時に、船首へと集まっていた光の四戦士――
ムーンたち四人は、違和感を覚えた。
城のある辺りから――こちら側に向かって広がる大地が、灰色に見えるのだ。
 船が海岸沿いに進路を取り北上を始めたところで、違和感の正体が分かった。
「建物だ」
「――これ全部!?」
 四人はもちろん海賊船エンタープライズ号の乗組員たちも、思わずぽかんと口を開けた。
それほどまでに度肝(どぎも)を抜かれる光景だったのだ。
 数えきれないほどの家々。高くそびえ立つ塔。
宿屋を数倍大きくしたような館の手前に、そこだけ緑の立派な庭が広がっている。
あそこには、王をしのぐほどの大貴族でも暮らしているのだろうか?
 街の中に、他にもいくつか樹木の緑が、申し訳程度にぽつりぽつり点在していた。
目を凝らすと見えた、動く小さな点の集まり。あれは…もしや人の頭か。
人々が所狭しと集まる街の真ん中に、時計台が建っている。
「でっけえ街だなー…」
 驚きのあまり溜め息を()らしたムーンに、キャンディが(うなず)く。
「ああ…。見事に四角く見えるな」
 城壁は、城はもちろんのこと、街全体をぐるりと囲っていた。
 外周を守るのが、一番新しそうで一番高い壁。
街の中に入るに従って、古そうな塀が――樹木の年輪よろしく、ぐるぐると人の住処(すみか)を囲っている。
しかしそれは、あくまで人工的に造られた都市そのものだった。
「こんなの造れるんだ…」
「人間って、凄いのねぇ…」
 ポポとアリスが、感動を通り越した様子で、まるで他人事みたいに言う。
 ――東に光る海、西から北にかけては青く(かす)む山々。
その両方を征服したぞ、と言わんばかりに人が積んだ石が連なり、ところどころ張り出している。
 人の住む領域を「自分の陣地」と主張するように大事に囲った様は、
陣取りゲームの遊戯(ゆうぎ)(ばん)でも見下ろしているような気分だ。
「せっかくだ。まず上空から見物していくか?」
「うん!」
「お願いします!」
 元気よく返答した少年たちに応じ、ビッケは舵を切った。
 船は一旦近づきつつあった港を離れて南西へと向かい、北西側に広がる山を左手に、巨大な城へと近づく。
「と…」ふいに、エンタープライズの狙撃手が叫んだ。「船長!!」
 どうした、と返す暇は無かった。
 ドォン!!
 爆音が(とどろ)き、凄まじい衝撃が船体を襲ったからだ。
「な…!!」 「!?」
 たちまち船内は騒然となった。
「何だ、地震か!?」
「落雷か!?」
「火事だ!」
「馬鹿者、今のは砲撃音じゃ!!」
「怪我人は!?」
 ――「機体、損傷(そんしょう)!」
被弾(ひだん)しました!」
右舷(うげん)です!」
「メーデー、メーデー!!」
 警告音が鳴り響いている。
「落ち着け、野郎共!」
(かつ)
を入れたビッケは、伝声管を通し機関部に確認した。
「ジェリコ、状況は!?」
――「エンジン作動中! 浮力変換も正常――だけど、
機体を損傷したせいで、バランスが保てません!!」
「くっ」
 言われるまでもなかった。
 機体が大きく左に傾いている。このまま市街地に落下すれば大惨事だ。
 ビッケは舵輪を回して、大きく右に舵を切った。王城が近づき、また一瞬で遠ざかる。
船員の一人が声を上げた。
「あっ!!」
 甲板に居たムーンたち四人は、辛うじて身を守ったものの、疑問に思う暇は無かった。
直後に体を大きく左右に振られ、船外に投げ出されたからである。
 彼らは、甲板があり得ない方向に、壁のようにそそり立つのを見た。
「「「うわああああ!!」」」 「きゃああああ!! ――っ」
 船の仲間の驚愕した顔は一瞬で遠ざかる。
白魔道師のアリスは、空中に放り出されながらも必死で手持ちの杖に(すが)って
『風』に呼びかけ、魔法を発動した。
(――〈エアロ〉!!)
 彼女に応えた『風』が、四人をふわりと抱き留める。
ほんのつかの間、身体が浮き――落下速度が緩んだ。
しかし、ちょうど落下地点にあった木々は四人を受け止めきれずに折れ、バキバキと音を立てる。
一番低位置に広がっていた生け垣が何とかクッションになってくれたおかげで、四人は一命を取り留めた。
「いてて…」
「前にも、こんなことあったよね…」
「まだ『飛行難』がついて回ってるのか…」
「~~~」
 痛かったけれど、骨が折れたりはしていないようだ。飛空艇から転げ落ちたにもかかわらず、
こんなに暢気(のんき)な会話ができているのだから奇跡的だった。
自分たちの強運と、珍しく働いてくれた(?)風のクリスタルの加護に乾杯だ。
「ああ~~…」――また、何とか生きてた。
 夏草の匂いを嗅ぎながら安堵する。こうして木陰に居ると、涼しくて気持ちいい。
何事も無かったように晴れ渡っている空は、遠かった。
「……」
 夢でも見そうな気分でぼうっと上を向いていたムーンは、ふと人々の喧噪(けんそう)を耳にした気がした。
上体を起こし、生け垣から芝生の上へ降り立つ。
「?」
 …何やら、向こう側がワアワアと賑やかだ。
花火でも打ち上げているのか、ドォン、ドォンと音がする。
しかしそれが花火などではないことは、眺めてみればすぐに察しがついた。
 城の手前、広場。これでもかというくらい大きなその場所で、二つの軍隊が激突している。
赤の旗を掲げた軍と青の旗を掲げた軍が、いつ決着がつくとも知れぬ戦いを繰り広げていた。
「な…なにあれ…?」
 両軍が(かも)し出す異様な雰囲気に、青ざめるポポ。
「……。実戦訓練でもしてるの?」アリスが首を傾げ、
「いや…それにしちゃ様子がおかしい」キャンディが訝しむ。
「あ、動くぞ」
 ムーンが指摘すると、両軍がまたぶつかった。歩兵と騎馬隊が入り乱れる。
 特に軍の先頭に立ち戦う騎士たちは、派手に名乗りを上げて立ち回っていた。
 槍を手に、竜の兜を被ったその騎士の一人が――ふいに跳ぶ。
「すげえ! 何モンだ、あいつ!?」
 その高さといったら。四人は思わず口を開けて、見守ってしまう。
 弓部隊が号令と共に矢を放った。が、跳躍した騎士には届かない。
目標に達せず降ってきた矢を、地上に居た重装歩兵たちが盾を傘にして防いだ。
 一方、戦陣の一番外側には大砲に点火する砲撃手が居る。
大砲が角度を変え、またもやドォンと鳴った。
 ひゅるるるるる…
「……!」
 砲弾の行方に注意を払った四人は、予想よりもずっと近くで起こった爆発に仰天(ぎょうてん)した。
「どわーっ!!」
「わーっ、わーっ!!」
「流れ弾(だま)!?」
「下手くそーっ!!」
 慌てふためく彼らの方に、今度は軍隊そのものまでが纏(まと)まって近づいてくる。
「…やばい」
「逃げよう、早く!!」
「ああ」
 走り出そうとしたそこへ、再び砲弾が飛んできた。
「~~〈テレポ〉!!」
 窮地に立たされたアリスは、土壇場(どたんば)で再び〈白魔法〉を使った。瞬間移動の呪文だ。
これで一安心…と、思いきや。
なんと、気づいた時には、一行は戦陣(せんじん)只中(ただなか)に移動してしまっていたのだった。
「ええーーっ!?」ポポが、ますます青くなる。
「下手くそ!!」
「許してよ、知らない土地なんだからーーっ!!」
「ともかく、こっちへ…うわ!」
 四人は走った。
 飛び交う砲弾、打ち合わされる剣、交錯(こうさく)する槍に、入り乱れる兵士たち。
 どうにもならず逃げ惑う四人に、不意に何者かが叫ぶ声が聞こえた。
「乗れ、早く!!」
(――乗る?)
 疑問に思うと同時に転びそうになったポポの足元で、ふいに光が生じ、
何かが陽炎(かげろう)のように揺らぐ――その刹那(せつな)
羽だらけの背にすくい上げられ(かつ)がれたのが、ポポには分かった。
焦ってしがみついた格好になる。
(――チョコボ!?)
 お馴染みの乗用鳥。
それは突然現れたように見えた。何も無いところに湧いて出たと言ってもいい。
通常よりかなり大型で、羽毛が白っぽい個体だった。
 アリスがなんとかチョコボに追い(すが)り、ポポの後ろに乗る。
それを見届けたキャンディが、更に後ろへ、ばっと飛び乗った。
「!?」
 俊足でひとり先行していたムーンは、突如チョコボに腰帯を(くわ)(つる)されて面食らった。
「ムーン、ポポ! そのまま堪えろ!」
「~~~~っ」


 白いチョコボは、戦場を疾風のごとき速さで駆け抜ける。
四人は無我夢中、振り落とされないようにするので精一杯だった。
 どこに行くのか分からなかったが、このチョコボは賢く、乗り手をたちまち安全な場所へと運んだ。
ようやっと速度を緩めたかと思うと止まり、頭を下げ(くちばし)を開いてムーンを離す。
「いてっ」
 彼は受け身の姿勢を取る間も無く、尻餅をついた。
 ずるずるとチョコボの背から落ちかかったポポが、どうにかこうにか地面をつま先で探り当て、
溜め息をつく。それを見たアリスが、ふふっと笑った。
 キャンディが安全確認して、チョコボから降りた。正面に回り、(ねぎら)いを
込めてその首筋を()いてやると、チョコボは気持ち良さそうにする。
「ありがとう」と礼を言うと、チョコボは「どういたしまして」とばかり、一声(ひとこえ)
鳴いた。かと思うと――その姿が薄れ、みるみる消えていく。
「え。ぅわっ!」 「きゃっ!?」
 ムーンに続き、地べたに放り出されるポポとアリス。
 羽毛の柔らかい感触は嘘のように消え失せ、その場には四人だけが残された。
「どうなってるの?」
「分からない…」
 一行は揃って首を(かし)げたが、その謎は間もなく解けた。
「いやー、良かった、良かった! 間一髪じゃった」
 親しみやすさ抜群(ばつぐん)の笑顔を浮かべた眼鏡(めがね)の中年男性が、
生け垣の向こうから、がに股でこちらへ走ってきたのだ。
「全員、無事か?」
 四人は思わず「はい」と頷き答えた。が、つい警戒心が先立ち、
この『面白(おもしろ)おじさん』を怪訝(けげん)な目で見てしまう。
そう…このおじさん、ちょっと変な格好なのだ。
――(すそ)の極端に短い(こけ)緑色のローブの上に革鎧(かわよろい)を着て、短パンを穿()いている。
足にはサンダルを突っかけ、『ちょいとそこまで出掛けてきました』とでもいう具合だ。
中途半端な長さのボサボサ髪を後ろで束ね、分厚い瓶底(びんぞこ)眼鏡(めがね)の奥で大きく見える目を、
くりくり動かして好奇心たっぷりにこちらを観察している。
まるで子供みたいだ。
――そんななり(・・)とは逆に、彼のおでこは徐々に広がってきていて、寄る年波を感じた。
このおじさんは、それを隠したいのか、それともお洒落のつもりなのか、
サークレットのようなものを()めていた。
これがまたおかしい。
普通なら額の正面に飾りの付いた中央部を向けるのに、それを後頭部に回しているのだ。
しかも、飾りはルビーやサファイアなどの宝石ではなく、魔物か動物か…はたまた、
昔話に描かれる鬼の角を模した飾り。
端的(たんてき)に言えば『後頭部から一本角を生やしたおじさん』なのだった。
「……」
 四人は、ついさっき入国して、とんでもない目に()ったばかり。
『見知らぬ土地の、見知らぬ人』が、『物騒な国の、変な人』にすり替わる。
「…あ?」さすがにそれが伝わったのか、おじさんはこう言った。
「…ああ、びっくりさせて、すまん。さっき空飛ぶ影を見たもんでな…
とうとう伝説の竜王でも現れたかと思って、危険を承知で来てみたら君たちを見つけたんだ。
――なんで、あんな所に居た? 危なかろうが」
 まさか「その『空飛ぶ影』に(フン)のように落っことされて、
あの場から脱出するつもりが間違えて突入してしまった」なんて、
言っても信じてはもらえまい。
 怪訝な顔をされるかと思ったが、鬼の角を生やしたおじさんは、福でも呼びそうな顔でにこにこ笑う。
話しているうちに少しずつ四人の警戒心が解けた。
貴方(あなた)が助けてくださったんですね。ありがとうございます」
「さっきのは〈魔法〉ですか? チョコボは、どこへ行っちゃったの?」
「それより、あれは何だ? どうして城の前で軍隊がドンパチやってんだよ?」
「待ちなさいよ。先に自己紹介しなくちゃ」
 収拾がつかず、てんで勝手にわあわあ言う四人組。それを気にするでもなく、
「では、歩きながら話すとするか」
『見た目通り親切な面白おじさん』は、四人を自分の住む街へ案内してくれると言った。
四人が名を名乗ると、
「キャンディ君。ムーン君。…それに、ポポ君とアリス君だな」
 おじさんは、一人一人の顔を確認しながら名を呼んだ。自らも名乗る。
「わしは、ミチタカ・レオジット。チョコボの研究をしとる」
 改めて話をしてみると、救助方法は詳しく分からないが、やはりこの『面白おじさん』――
ミチタカが、四人を窮地から救ってくれたのだと分かった。
 ムーンたちが雁首(がんくび)揃えてお礼を言うと、
「なぁに」ミチタカは、また笑った。
「だが、しばらく城前広場には近づかん方が()いな。親御さんも心配するぞ。
君たちはどの地区の子かな? 一段落してから、送っていこう」
 四人は、きょとんとした。
久々に子供扱いされた気がしたが、不思議と嫌な気はしないし、やりにくさも感じない。
ミチタカの温和な人柄にも背中を押され、彼らは自分たちが旅人であることを明かした。
「なんと。では、ここで足止めか。タッチの差で出損ねたな? 災難じゃなぁ」
「タッチの差?」
「今朝ちょうどお触れが出たんじゃよ。『何人(なんびと)たりとも出入国を禁ず』とな。
国境も城郭(じょうかく)の外に通ずる門も、今頃は全て封鎖されておるだろう」
「えっ!?」
「なんだって!?」
「その…おそらく城郭(じょうかく)(へき)の外に、僕たちの仲間が居ると思うんです」
 キャンディが咄嗟(とっさ)に言う。
 砲撃を受けたエンタープライズ号は無事だろうか?
見渡せる範囲では火の手や煙が上がった様子は無い。騒ぎになっていないのなら、ひとまずは安心か。
…しかし。
「何とか合流できねぇかな…?」と唸るムーンに、
「今の状況では難しかろう」ミチタカは言うのだった。
 エンタープライズ号と仲間の安(あん)否(ぴ)は、今すぐ確かめられそうにない。
「みんな、無事だといいけど…」
「大丈夫だろ。『海の貴族』は、転んでもタダでは起きねーよ」
 四人の話を少し不思議に思ったミチタカだが、彼は気を取り直して言った。
「じゃあ宿まで送ろう。どこかな? 宿の名前を教えてくれれば、案内するぞ」
「あ…」
「ん?」
「えーっと…」ムーンたち兄妹は困った顔で目(くば)せし合い、ミチタカを見た。
 宿など取ってあろうはずがない。何せ、小一時間前に到着したばかりなのだ。
おまけに着の身着のままで放り出されてしまったので、旅荷(たびに)らしい旅荷はほとんど持っていない。
今手元にあるのは、キャンディの背負(しょ)った竪琴、ポポとアリスが魔法を使うため常に携帯している、棒と杖。
そして、懐に忍ばせた必要最低限の所持金くらいである。
「宿の部屋は、仲間が引き払ってると思います。
僕ら、今朝早くから別行動してたので、門の外で待ち合わせることにしてたんですが…」
 これは苦しい言い訳か?
 しかしミチタカは四人の何を信じたのか、すんなり納得してくれた。
財布の中身も心許ないことを打ち明けると、同情してくれる。
「そりゃ大変だな。…では、まずわしの家に行こう。交換条件ではどうかな?」
「交換条件?」
「うむ。四人で研究助手を務めてもらう。
わしを手伝ってくれたら、一晩でも二晩でも泊まってくれていい」
「本当!?」
「ありがとう、ミチタカさん!!」
 ポポとアリスがこれ幸いと提案に飛びつく一方、キャンディとムーンは首を傾げた。――「助手?」
 一体、何の手伝いだろうか?


「ちょうど、体力のある若い助手が欲しいと思っとったんだよ」
 健脚(けんきゃく)なミチタカは足早に歩いた。
その後を元気についてきたムーンだったが…やがて、うんざり顔で尋ねた。
「まーだーぁ?」
 何しろミチタカの家を目指し歩き始めてから、もうかなりの時間が経過している。
城と街を繋ぐ石畳(いしだたみ)延々(えんえん)と続き、終点など無いように思えた。
四人には土地勘が無いから、余計に遠く感じるのかもしれないが…それを差し引いても、おつりがくる。
…キャンディが、手持ちの懐中(かいちゅう)時計を見て苦笑した。
「ここまで、歩いて一時間ちょっとか」
「大きすぎだっての。あー、疲れた」
 サロニアの広さを、四人は改めて実感した。
空から眺めた時も唖然(あぜん)としたが、実際に歩くとなると、また輪をかけて大変だ。
「あと少しだ」と、ミチタカは笑った。
 サロニアは、四つのブロックに分かれているという。
 中でも一番最初に拓(ひら)かれたのが、港を(よう)する北東の商業区だそうだ。
 次に出来たのが、南西の工業区――四人が今ミチタカと共に向かっているのが、ここである。
「ええっと、商業区があっちで、僕らが行こうとしてるのは工業区だから…」
 やがて産業が発展しサロニアの文化が花開くと、
その発展を象徴するように図書館が建ち、回りに学術都市が出来た…という話だった。
「北西の山側にあった大きな建物は、お屋敷じゃなくて、図書館だったのね…」
「ああ、そうだ」と、ミチタカは頷いた。
「でな、四つの中で一番新しいのが、竜騎士が拓いた南東の街じゃ。一番新しいのは確かなんだが……
今となっては一番古い町並みがそのまま残っておるので、『旧市街』なんて呼ばれとる」
「へぇ、面白い」
「一番新しいのに『旧市街』…こはいかに? ってか」
 工業街に入ろうと城郭壁のアーチに差し掛かった所で、検問があった。
 門番が厳しそうな顔で控えており、持ち物検査を行っている。
 四人とも、いつもなら引っかかりそうなものだが、今日は何ともなかった。
軽装で、武器らしい武器を持ち歩いていなかったからだ。
ムーンは、黄金館の主・ゴールドルから貰った格闘武器『飛竜(ひりゅう)の爪』を飛空艇に
置いてきてしまったため、丸腰だ。
…とはいえ、もともと故郷でも格闘技を(かじ)っていた彼は、
旅の最中に重ねた鍛錬も幸いして、今や素手でも十分戦える。
(ゴールドルには悪いけど、あれを持って歩いてたら、目ぇ付けられて面倒なことになっただろうしな…
かえって助かったぜ)
 ムーンは、ほっと胸を撫で下ろした。
 何の準備もなく飛空艇から放り出されたことが、こんな形で幸いしようとは。
 一方、兄にくっついて検問をやり過ごしたポポは、
ふいに響いた大きな鐘の()に心底驚いて()び上がりそうになった。
「こっ、今度は何だ?」
 ああ、とミチタカが笑う。
「時報だよ。時を知らせる鐘さ。あれが時計台。各地区ごとに設置されとる」
「あんな大きな時計があるんだ…。――あの…いつもこんな感じなんですか?」
 ポポは、おずおずと尋ねた。
「時計のことかい?」
「いいえ、その…検問とか」
「そういえば、持ち物やら人相(あらた)めやら、細かくなったのは最近だな。
近頃、やれ不審者が出ただの、魔物が暴れただのがあったから、警備を強化したらしいが。
大きな国だから、そのぶん何かしようとすると大仰(おおぎょう)にもなる。
王様は、用心深い方と聞くし…ともかく、(まち)(がこい)の内側なら心配は要らんよ」
 ポポはミチタカの言葉に納得しようとしたが、難しかった。
確かにサロニアの街中(まちなか)は安全なのだろう。が、どうにも落ち着かないのだ。
 『安全』=『安心』の式は、必ずしも成り立たないのかもしれない。
 足元に規則正しく敷かれた石畳。道の左右に所狭しと並ぶ家々。
――それは、整列する兵隊と同じように見える。
余所(よそ)者である自分たちを、絶えず油断なく見張っているかのように…。
「なんだか窮屈そうね…」
 アリスは思わずぽろっと(こぼ)し、慌てて口をつぐんだ。
 空が区切られて、狭い。
 今はサロニアも夏の(さか)りで青空だが、
どこに行っても、白や灰色の建物が、くっきり濃い影を落としている。
道は迷路のように入り組み、辿(たど)れば辿るほど細く感じた。
 行き()う人々は忙しそうだ。誰もが皆どこかに向かい急いでいて、
ちょっと他人にぶつかったくらいでは動じないし、足も止めない。
まるで、自分以外のことなど目に入っていないかのように。
「……」
 アリスは小さく息を吸って、吐いた。
 気づけばジリジリと鳴く(せみ)の声が、思ったより遠くから聞こえてくる。
ここでは人も蝉も、出来るだけ一つ所に(まと)まって暮らすのが当たり前のようだった。
 …それにしても、何だか妙だ。すれ違う人たちは、誰もがどこか不安そうに見える。
そんな一般の人々の中に、武装した兵士たちが混じっている。
 井戸端で話す奥様方はひそひそ声。通りに遊んでいる子供が、ただの一人も居ない。
(活気が無いわね…。人はこんなに多いのに)
 青空市場でも開かれそうな街の中心には、ザワザワとした喧噪(けんそう)が遠慮がちに残っていたのみだ。
「おーい、行くぞう。その角を右だ」
 ミチタカの暢気(のんき)そうな声が――この不安感を(あお)る空気の中では救いだった。


 ミチタカ・レオジットの家は、細長い変な形の家だった。
「ここは昔の職人街だよ。橋向こうに新しく工場(こうば)が建ってから、
小さな工房は吸収合併されて、地区としての機能はそっちに移ったようじゃが」
ミチタカは、オンボロの我が家とその周辺の家並みを、どこか愛おしそうに眺めるのだった。
「昔は、この家一つ一つに職人が住み、切磋(せっさ)琢磨(たくま)しておったそうじゃ」
 人口の多いサロニアの中でも、ここは住人が減り続けているという。
この家は格安で売りに出されているのを買い取ったのだと、ミチタカは笑った。
 もともと住居と店を兼ねていたという家々は建物同士の間隔が狭く、何件も
連なっている。ミチタカの家は、その群の一番南側に在った。
 日当たりの良い玄関から家の中にお邪魔すると、その奥がいきなり書斎になっていたので驚いた。
剥き出しの土の床の上に、簡素な木の机と椅子がある。
その両脇を、中身のぎっしり詰まった本棚が(はさ)んでいる。
机の上にも(ほこり)っぽい書物が雑多に積まれ、
謎の文字と絵を記した文献が、広げたまま置かれていた。
机をくっつけてある壁の(きわ)、高い場所から山羊の頭がこちらを見下ろしている。――剥製(はくせい)だ。
机に向かおうとすると目が合うので、ちょっと怖い。
 玄関と、東側のもともと店先だった場所は、木の簡易(かんい)扉で(へだ)てられていた。
扉の高さは、子供の背丈ほど。ひょいと覗くと、今はまるで厩舎(きゅうしゃ)だ――
家畜用の寝藁(ねわら)と、餌籠(えさかご)がセットされている。
 そういえばミチタカは「チョコボの研究をしている」と言っていたが、肝心のチョコボはどこに居るのだろう?
「土間を見るのは初めてか。――おっと。
すまんが、ここから奥に入る時は、これに履き替えてくれ。わしの故郷の習慣でな」
 書斎から奥は一段高くなっており、上がり口があった。
 ミチタカは、書斎とリビング・スペースを分けるタイル張りの床に、草で編んだ室内履きを並べた。
四人は室内履きに履き替え、台所(キッチン)兼ダイニング兼リビングルームに上がらせてもらう。
―― 一人住まいにしては随分(ずいぶん)広い。
「あと、(かわや)があっち。納屋(なや)がそっちで…一番西は、一応の庭じゃ」
「おもしれぇー!!」
 東西に延びる廊下を見渡して、ムーンが目を輝かせる。
 ミチタカは自宅の間取りを説明し終えると、
大きさもデザインもてんでバラバラな(とう)製のカップを五つ、食器棚から取り出した。
そして当たり前のように流し台の蛇口をひねり、飲み水を汲むのだった。
「すごーい! 便利ね!」
 以前訪れた水の街アムルでも上下水道が整備されていたが、
あそこで四人がじっくり見たのは宿の中だけだ。
 まさか一般家庭にまで、こんな設備が整っているなんて! さすがはサロニア、大都会だ。
 ミチタカは、茶を()れてくれる気は無いようだった。しかし喉が渇いていた四人は、
貰った水をありがたく飲み干した。
 その後、彼を手伝う。
庭に面した納屋から厩舎へ、箱詰めになったギサールの野菜を運んで、餌籠に出す――というのが、
ミチタカの指示だった。
 四人が言われたとおりにすると、
ミチタカはありったけのギサールの野菜を盛った餌籠の前に立ち、秘密めかして人差し指を立てた。
(ふところ)に忍ばせたお守り袋から灰色の小石を取り出して、ごにょごにょ呪文らしきものを唱え始める。
すると、なんと――ミチタカの手に載った小石が、発光しはじめた!
「えっ!?」 「まあ」 「おーっ!」 「これは…!?」
 どう見ても河原で拾ってきたようにしか見えなかった石が、光っているのである。
魔法だ、と四人が思い当たるのとほぼ同時に、ミチタカは両手をえい、とばかりに前へ突き出した。
すると長い廊下の向こうから…追い風が、ざあっと四人の背中を押して吹き抜けていった気がした。
…思わず振り向くが、庭に面した西の窓や扉は、今は閉じている。
第一、もし本物の風なら、服の裾なり髪なり、なびくはずだ。
「ほーれ…」ミチタカが、小石を握っていない方の手をくるくると動かした。
風のように感じた『何か』が渦を巻き、一点に集まって凝縮した…そして。
 ポン!! ――火に掛けたトウモロコシみたいな音が、弾ける。
「デブチョコボ登場!」
 わっと歓声を上げた四人を見て、ミチタカはにこにこした。
 ――『チョコボの森には、不思議な力を持ったチョコボの親分が居るんじゃ。
ギサールの野菜を、チョコボの集まる森の中央に生えた「(ヌシ)の木」にお(そな)えしてみなさい。
チョコボの親分・デブチョコボに会えるかもしれんて』
 そんな話を聞いたのは、いつだったろう?
何度試してみても会えないから、いつしか絵空事のように思っていたが…
「さあ、おあがり」
 ミチタカが餌籠を押しやると、小さな厩舎を占領したデブチョコボは、
翼で器用にギサールの野菜を掴み、もそもそ食べ始めた。
「〈召喚(しょうかん)魔法(まほう)〉というんじゃ」と、ミチタカは説明してくれた。
「『冥界(めいかい)精霊(せいれい)』に力を借りる魔法でな。
その昔『降霊(こうれい)(じゅつ)を行おうとして、偶然発見された魔法』だと聞いておる。亡くなった者の魂を呼び寄せ、
生きている者の肉体を一時的に貸し与えて意思疎通(そつう)(はか)るのが降霊術で…」
「そんなことができるのか!?」
「その(すじ)の人間ならな。ムーン君、興味あるのかい」
「あ…うん。まあ…」
 キャンディ、ポポ、アリスの三人は、顔を見合わせた。
「しかし、降霊術は難しい。特定の魂を呼ぶとなると、成功は奇跡的な偶然が重なってくれなければ無理じゃ。
加えて、冥界の存在(もの)を生者の肉体に強制的に呼び込むからか、術者に非常に負担が掛かる。
代償も大きくてな」
「そうなのか…」
「対して〈召喚魔法〉は、例えば黒魔道師が自然界の精霊に呼びかけるようなものなんだ。
術式により『冥界の精霊』に一時的な『仮の肉体』を与え、こちら側(・・・・)に実体化させてから力を借りる。
大きな代償は無いが、肉体はあくまで『かりそめ』で、長くは()たん。
…それゆえ、わしのように〈召喚魔法〉を扱う者は、『(げん)(じゅつ)()』と呼ばれる。
(まぼろし)の術、と書いて、『(げん)(じゅつ)』じゃ」
「幻術師」
「さよう」ミチタカは頷いた。
「〈召喚魔法〉を使うには、(あらかじ)め『冥界の精霊』と契約を結ぶ必要がある。
望みの『対価(たいか)』を差し出してな。――『対価』は、契約したい相手によって変わる」
「契約?」
「対価?」
 ポポとアリスが、順番に首を傾げる。
「わしはチョコボの研究をしとるうちに、デブチョコボも()べるようになった。
もっとも、ここはわしの故郷と同じで〈召喚魔法〉が使いやすくてな。……。ううむ、流れが強まっている。
やはり『竜脈(りゅうみゃく)』の上に、この街があるということか…?」
「『竜脈』ってなんだ?」
「クリスタルの祭壇のように、魔力や魂の流れが強く現れる場所のことだよ。人間で言うと、血管か。
わしの研究によると、どうもチョコボやデブチョコボだけが『この場所に所縁(ゆかり)ある精霊』というわけでは
なさそうだ…」
「…。待ってください」――キャンディが、思わず挙手する。
「ほい、キャンディ君」と、ミチタカが指名した。
「今『精霊』と(おっしゃ)いましたよね。デブチョコボは、精霊なんですか? 普通の鳥じゃなくて」
「もちろん、デブチョコボも、そこら(へん)(つか)まえて乗れるチョコボも、普通の鳥だよ。
しかし〈召喚魔法〉で出てきた場合には、便宜(べんぎ)上『精霊』と呼んどる。
冥界から来ると分かっているから、『冥界精霊』じゃ。
冥界より(いず)存在(もの)は、多くが強く不思議な力を発現する。
〈黒魔法〉に(なら)って『精霊』なんて呼び方をするようになったのも、だからかもしれんな…。
この辺、実はかなり大雑把(アバウト)なんじゃがの」
「…。つまり、そのデブチョコボにとってはギサールの野菜が『対価』というわけですか」
「うむ。クリスタルや亡くなったご先祖様に対する、お(そな)えみたいなもんさ」
 デブチョコボは既に、山盛りの餌を半分以上平らげている。
「で、魔法を使う時に必要な〈召喚(じゅ)〉が、これじゃ――〈エスケプ〉という」
「おじさんは、その魔法であたしたちを助けてくれたのね!」
「その通り。上手いこと〈白召喚〉が発動してくれて良かったわい。
〈黒召喚〉だとチョコボの気性(きしょう)も荒くなりがちで、たまに言うことをきいてくれんからな」
 ミチタカは朗らかに笑ったが、実はこれは笑い事ではない。
気の荒くなったチョコボは、目の前のものを見境なく蹴りつけるからだ――
青くなったポポだったが、ふとまた疑問に思ったので尋ねた。
「ミチタカさん、〈白召喚〉と〈黒召喚〉って、何?」
「うん? おお、そうだな。説明しておこう。
詳しくは未だに分かっておらんのだが――未熟な術者が呼び出した『冥界の精霊』は、極端な力の現し方をする。
それを〈白魔法〉と〈黒魔法〉になぞらえて、
人を守る方面に働いてくれると〈白召喚〉、破壊衝動的な効き目が出ると〈黒召喚〉というんだよ。
高位の術者は、その両面を合わせ持つ強力な〈合体召喚〉が可能だというが…
わしは残念ながら、まだそんな術者に会ったことがないなぁ」
「ふーん…」
 いつの間にやらギサールの野菜を平らげたデブチョコボは、
「ごちそうさま」と言ったかのように一つ、ゲップをした。
 一拍置いて、ミチタカの前に何かが…ちゃりん、という音と共に現れる。
「ん? こりゃ、なくしたと思っておった鍵! いや、助かった!」


 その後、ミチタカは〈エスケプ〉の〈召喚(じゅ)〉を人数分くれた。
これだけは人が練習用に開発したもので、ミチタカの故郷に行けば簡単に手に入るそうだ。
「なくすなよ。〈白の(たま)〉や〈黒の(たま)〉と違って、使い切りじゃないからなぁ」
「えっ! じゃあこれ、ずっと持ってなきゃいけないの?」
〈白魔法〉や〈黒魔法〉なら、(たま)から一度その力を解放すれば、以降はずっと使えるのに。
「もちろん、そうじゃ。召喚の〈魔法(じゅ)〉は、『冥界(めいかい)の精霊』の()(しろ)になる。
いわば、肉体の代わりだから」
「そうなんだ…」
「さあさあ! みんな、そこに並んで」ミチタカは、四人を横一列に並ばせた。
わけも分からず従った彼らに言う。「…よし。まずは『気』を通そう」
「『気』?」 
「聞いたことある。空手(からて)と同じか?」
「うん、何と説明したらいいかな。空手(どう)で言う『気』は、
血液同様に生物の体を巡るエネルギーのことなんだが…。
世界にもあるんだよ。冥界と、わしらの生きるこちら側(・・・・)を、絶えず循環しているエネルギーがな」
「魂の循環のこと?〈白魔法〉と同じような理屈で考えればいいのかしら」
「いい質問だ、アリス君」と、ミチタカは唸った。
「ここで定義しているのは、確かに同じ『流れ』だよ。
しかし、な……〈白魔法〉は基本的に、冥界側まで干渉することはできんのだ」
「…と、いいますと?」――続きを促すキャンディだ。
「『流れ』に乗って冥界に行こうとする対象を引き戻すのが蘇生魔法〈レイズ〉なら、〈召喚魔法〉はその逆。
冥界からこちら側へ戻る『流れ』を利用して、冥界に属する対象を引き寄せるイメージだ」
「そっか…。そういえば、一般的な魔法の本で『冥界』の話は読んだことない」
「なんか、やたらスケールでかくなってきたな」
 ミチタカは、ポポやムーンに向かって頷くのだった。
「だから幻術師は、世界全体を巡る『気の流れ』を感じ取る必要がある。そのための準備をするんじゃ。
体に、通り道を開く」
「い…痛くない?」
「ああ、ちっとも」
 ミチタカは笑って、利き手の人差し指と中指を伸ばした。
 思わず(ひる)んで目を(つむ)ったポポの(ひたい)を、トン、と突く。
「!」
 彼は、アリスとムーンとキャンディにも同じようにした。
「これでよし。では、深呼吸から」
 ミチタカに(なら)い、すーっ、はーっ、と息をする四人。
「よろしい。額(ひたい)から後頭部にかけて『気』の通り道があることをイメージするんじゃ。
まずは、イメージ」
「はい」
 続いて、ミチタカはギサールの野菜を一株ずつ配った。
それを目の前に置き、四人はミチタカの真似をして呪文を唱えてみる。
一節ずつ歌を輪唱するように。
…だが何度唱えても、何も出てきてくれなかった。
 気づくといつしかとっぷり日も暮れていて、さすがに空腹が鳴る。もうヘトヘトだ。
夕食はいつも近くの酒場で()るというので、四人はミチタカに付いていくことにした。
彼と一緒なら、未成年でも入店を許してもらえるかもしれない。
いざとなったら全部包んでもらって、(かご)に入れて持ち帰ろう。
「全然出てきてくれなかったね、チョコボ…」
 ポポは道すがら落胆の溜め息をついたが、ミチタカは励ますように笑った。
「いやいや、みんな実に筋がいい。もう少し練習すれば、出来るようになるさ」
「何を根拠にそう(おっしゃ)るの? おじさん」
 アリスが疑いを全面に出すと、ミチタカはこう答えるのだった。
「〈召喚魔法〉とはな、『冥界の精霊』に認められて、初めて使えるんだよ。
…『認められる』とは、どういうことだと思う?」
「どういうことなの?」
「平たく言うと『仲良くなればいい』」
「はあ?」
「そ、そうですか…でも、一口に『仲良くなる』と言っても、どうすれば?」
 この問いに、ミチタカは次のように指南)した。
「呪文や術式に、頼りすぎないこと。頭で考えすぎず…まあ、
まずは『冥界の精霊』のことを、『そういう存在が居るんだ』と信じなさい。素直にな」
「………」
 本当に大雑把(アバウト)だった。
 ムーンは少し疲れた顔をしていたが、ふと思ってミチタカに訊いた。
「…んで、そういうおっちゃんは、もっといろんな魔法が使えんじゃねーの? やってみせてくれよ」
「あっはっは! …いや。わしはチョコボ専門じゃから」
 今も彼のことを『面白おじさん』と思っていた四人は、
これを聞いて、彼のあだ名を『チョコボおじさん』にすり替えた。
 ムーンは夏の夜空を、やれやれと仰ぐのだった。
「あのさ、おっちゃん」――どのみち、こう呼ぶことに決定だ。
「今日の夕飯、鳥の肉だけは勘弁な…」
 四人が揃ってどこか情けない溜め息をついた途端、――ぐう、きゅるる、と腹の音がした。

--- 試し読みは、ここまでです。続きは同人誌で!---



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