冒険日和
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水の本懐



本懐(ほんかい) = 本来の願い、本望。本意。




「さあ、これ(・・)を受け取ってください。『水』の力が持つ『称号』を…」
 突然の出来事に言葉を失うアンソニーの目の前で、水の巫女エリアは息も絶え絶えにそう言った。
 嫌だ、と彼女に対して――否、水のクリスタルに対して、アンソニーは初めて明確な拒絶を示す。
(少年よ…光の戦士よ。今ここで『覚悟』を示し、我が光を受け容れよ)
「……!」
 絶対に嫌だ。いま水のクリスタルからこの光を受け取るということは、魔法の中断を意味する。
一瞬でも治癒魔法を唱えるのを()めれば、エリアを失う。
呪いの矢に射抜かれ、今まさに生命の光を薄れさせている彼女のことを。
「……っ」
 今まで、アンソニーは沢山のことを諦めてきた。いつも、いつも。
 自分が孤児(みなしご)で親が居ない事実が、彼に諦めを促した。
 …欲しかった物がある。
 真っ先に自分へと差し伸べられる父母の手。
 沢山の人たちに囲まれながらも傷つくことのない、温かな居場所。
 物怖じせず進んでいける、強い意志。
 憧れて、憧れて――でも、自分には無理だ、手に入らないんだ、と思っていた。
この旅すら、諦めから始まったかもしれない。
 この諦めは、劣等感へと変化した。
そして、いつしか心の奥底に『(おり)』のように溜まり、アンソニーに寂しさを植えつけた。
 それでも構わなかった。諦めたことで、逆に手に入ったものもあったから。
自分はこの寂しさを胸に抱いて生きていくんだ、とすら思っていた。…けれど。
 失いたくない――今度ばかりは。
 彼女だけは、絶対に諦めたくない。諦めるもんか。
「〈ケアルラ〉!!」
 アンソニーは何度も何度も〈白魔法〉を(ほどこ)して、治療を試みる。
 しかし矢による傷は深く、強く禍々(まがまが)しい
その呪いのせいで治癒力がダメージの広がりに追いつかない。
(『覚悟』を示し、我が光を受け容れよ。さすれば今一度、世界を清浄に保つ一助となろう)
 何度目か呼びかけてきた水のクリスタル。
その声なき言葉を、アンソニーは嫌です、と心の中ではねつけた。
怒りと苛立ち、そして、それら全てを呑みこむほどの悲しみが、濁流のようになって
彼の心身を痛めつける。
(『覚悟』を)
 よりによって…今、それを僕に求めるのですか。
 世界の未来と引き替えに、彼女の命を手放せというのですか。
 そんな…そんなこと!
「出来るわけ、ないじゃないか…!! 勝手すぎる!!」
 水の巫女エリアは、アンソニーを見て微笑んだ。
困ったように――まるで、駄々をこねる幼子を あやし諭す、母親のように。
もう(ほとん)ど力など残っていないはずなのに、アンソニーに水のクリスタルの欠片(かけら)を託し、
欠片(かけら)ごと彼の手を ぎゅ…っと握る。
「エリア、しっかりしろ!」
 しかしエリアは、「いいえ」と、か細い息を吐き出した。
「私は、もうだめ…。さあ、行ってください…。私のためにも闇を振り払い、この世界に再び平和を…」
「エリア…!」
 嫌だよ、こんなの。
「さようなら…」
「エリアーッ!!」
 頼むよ、取り消して。どうか「生きる」と言って。これからも一緒に――。
そうしたらきっと、クリスタルの力なんか借りなくたって、僕は誰よりも強くなれるのに。
「アンソニー…」
 なおも必死で回復呪文を唱える。
その肩口に触れようとしたケイトの手を、アンソニーは振り払った。
指の関節が白くなるほど強く握りしめたエリアの手を通し、〈白魔法〉の力を送り込む。
 …と、それに対し、打ち寄せる さざ波のように応えていたエリアの――命の気配が、
さあっと遠ざかった。
「……!!」
 ややあって、祭壇の洞窟全体が揺れはじめた。
「地震だ! 逃げろ!!」
「だめだ! エリアを残してなんて…!」
「危ない!」
「うわあーー…!!」
 エリアの側に居たアンソニーを、スティーブが力づくで立たせようとする。
 アンソニーが全力で抗い、そこに落ちてきた岩にケイトが警告を発して、
ジャックが悲鳴を上げた、その時――光が(あふ)れた。


「…で、結局、水のクリスタルから力は受け取れたんだろうか?」
 首を傾げたスティーブに、ケイトは憮然(ぶぜん)として返した。
「分からないわよ」
 彼らは、水の街アムルの宿に滞在していた。
『本日休業』のため貸し切りと化した食堂のテーブルに頬杖(ほおづえ)をつき、ケイトは溜め息をこぼす。
「クリスタルの欠片(かけら)は、アンソニーが大事に持ったままだもの」
「俺、見たけど、もう(まぶ)しくはなかったよ」とジャック。「もう受け取ったことになるんじゃないかな」
 ケイトは訊ねた。
「あんたたち、何か手応えは無いの? 私の…火のクリスタルの時みたいに」
 スティーブとジャックは、高い所と低い所から、お互いに顔を見合わせた。
それから、ケイトを見る。
「今のところ、無いな」
「うん、わかんないよ。ケイトは?」
「分かるわけないでしょう」
 ケイトは再び溜め息をついた。
風のクリスタルに啓示を受けた時ほど明確な悟りも無ければ、
火のクリスタルの前で弓を引いた時ほど、自身に劇的な変化が起こったわけでもない。
水のクリスタルは、あの巫女エリアの人柄のように力の発現が穏やかなのか、
アンソニーの何か(・・)が影響して変化が感じられないのか――そんな可能性をケイトは考えた。
「ほんっと、はっきりしないんだから…」
 それは表向きジャックとスティーブに向けられた言葉ではあったが、
実のところアンソニーに向けられたもののようにも思えたし、
「『水』ってやつは」と、『水』の本質に言及したようにも聞こえた。
「まあ、様子見だな」
 様子見と聞いて、ケイトは「アンソニーの、ね」と思った。
 アンソニーは、エリアを目の前で亡くして以来、何をするにも(うわ)の空で、ぼうっとしている。
こちらから何か話しかけても、うつむきがちで「ああ」とか「うん」しか言わない。
そこで無理矢理 視線を合わせてみるも、本当にこちらが見えているのか疑わしかった。
ジャック曰く、「気の抜けた炭酸水みたい」
そして、スティーブの言葉を借りれば、「腑抜(ふぬ)けてしまった」ように見えた。
 ケイトとて、アンソニーが落ち込む気持ちは分かる。
 エリアは、一緒に旅をした人間の中でも、珍しく、同じ年頃の少女だった。
ケイトも彼女と友だちになって、いろいろ親しくお喋りをしたし、
旅が終わってからも、また会いに来る約束をしていた。
 それが、こんなことになってしまうなんて。
 あの後、洞窟の外に倒れていたのを四人纏めてアムルの宿に担ぎ込まれ目を覚ましたが、
ケイトはアンソニーと共に街を出て、祭壇の洞窟入口まで戻った。
「エリアの姿を見た」という人は、誰も居なかったからだ。
 戻ったところで、やはりどこにも彼女は見当たらない。
 洞窟の入口も塞がってしまっていたので、亡骸(なきがら)を探しに戻ることすら叶わなかった。
 それが分かった時、ケイトはアンソニーの目の前で泣いた。
後からジャックとスティーブが来てくれなければ、どうなっていたか。
 あの時、ジャックが一筋流した涙。彼は、悲しみを共有してくれた。
 そして、そっと頭を撫でてくれたスティーブの、無骨(ぶこつ)(てのひら)
その温もりが、どれだけ救いになったか知れない。
 …だが、アンソニーは、まだ泣いていない。あの時も気づけば無表情だった。
あまりのショックに立ち止まったままなのかもしれない。
だから『今度は私が泣かせてあげる』――ケイトは、それくらいのつもりだった。
「あっ、アンソニー!」
 と、ジャックが声を上げた。噂をすれば、だ。
「起きたか」スティーブは、ケイトが拍子抜けするくらい、いつも通りに声を掛けた。「何か飲むか?
…と言っても、今日は見ての通り休業だから、セルフで出せるの、水か白湯(さゆ)くらいだけど」
「いや…()らない」
 スティーブの勧めを、アンソニーは断った。
 が、ケイトは勝手にテーブルの上のカップを取り、水差しを傾けて注いだ。
こちらへ来ようともしないアンソニーの目の前までわざわざ持っていき、ずいっと突き付ける。
「はい」ケイトは努めて笑顔を作った。
「起き抜けに、水くらい飲んだ方が体にいいわよ」
 だが、アンソニーは受け取らなかった。
「喉、渇いてないんだ」
 嘘つき、とケイトは内心で反論する。――そんな(かす)れた声をしてるくせに。
「でもほら、一口くらい」
()らない」
「そんなこと言わないで、ほら」
「欲しくない」
「私の()いだ水が飲めないっての?」
 酒じゃないんだから、と苦笑したのはスティーブ。アンソニーは笑わない。
「欲しくないって言ってるだろ!」
 思わず払ったカップが、石の床に落ちる。
水の(こぼ)れる音と、木製のカップが当たる軽く高い音が重なった。
「……」
「あ…」
 唖然としたケイトだったが、その場から足早に立ち去るアンソニーを、彼女は追いかけた。
「待ちなさい! 何よ、その荷物!!」
「何でもない!」
「待てって言ってるでしょ!?」
「嫌だ! ついてくるな!」
「なんで逃げるの!?」
「ケイトが追いかけてくるから!!」
 初め早歩きで言い争いをしていた二人が徐々に駆けっこをし、
やがてお互い全速力で風を切ってマラソンする羽目になったとは、誰も思うまい。
 水路だらけのアムルの街。その、とある橋の上まで来て、アンソニーは力尽きた。
追い(すが)ったケイトが、勢い余って背中から押し倒す酷い形になる。
 汗をかきかき情けない顔を上げ、彼は怒鳴った。
「ほっといてよ!」
「ほっとけない!」
「お節介なんだよ!!」
 アンソニーに面と向かって怒鳴られることすら初めてと言っていいほどなのに、
非難のような言葉を突き刺され、ケイトは思わず、あんぐりと口を開けた。
「お節介…。私、お節介!?」
 身を乗り出した彼女にアンソニーは怯んだが、それでも言い返す。
「そうだよ! いつもいつも…鬱陶(うっとう)しいんだ。
たまには一人で静かにしてたいんだから…もう、ほっといてよ!」
 アンソニーは立ち上がると、早くも泥だらけになってしまった白いローブを翻して、駆け去った。
 ザワザワと注目する人混みの中にいた気取り屋が、
「お嬢さん、大丈夫ですか」
 と手を差し出す。
 ぽかんとしたまま無意識にその手を借り、ケイトは立ち上がった。
「……。逃げた」

--- 試し読みは、ここまでです。続きは同人誌で!---



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